Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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遠坂凛と草壁真

「……ここが、ボクの家だよ」

 

凛が無理矢理連れて来られたのは、とあるマンションの一室であった。1LDKといったところか。新築なのか、中も綺麗で、一人で暮らすには十分過ぎる程である。ただし、家具などは最低限のものしか置いてなくて生活感はあまりない。

 

「そんなに緊張しないでくつろいでてよ。何もない部屋だけど、お茶くらいなら出せるし」

「……………………」

 

そんなことを言われたところで敵の根城でくつろげるわけがない。ましてや、敵から出された飲み物に口をつけるなんて以ての外であろう。

凛は、無言でただじっと草壁真という少年のことを見つめていた。

 

「着替えるからちょっと待っててね」

 

そう言って真は着ているゴシックロリータの服を凛の目の前で脱ぎ始めた。彼女が見ていることもお構い無しといったところである。

晒された真の体は全体的に華奢な体型と透き通るような白い肌から、女性特有の丸みこそ帯びてはいないものの、凡そ男性っぽさを感じられなかった。服さえ着ていれば発育不足で痩せ型の女子で騙し通せてしまうだろう。真の女装の理由が趣味なのか他に理由があるのかは凛には分からないが、そのレベルは決して低くはない。現に、凛も初見では彼のことを女子だと思わされたのだから。

 

「……………………ふう」

 

真の着替えは意外と早かった。女性の服、それもあんなゴシックロリータの服など、慣れていなければ着るのも脱ぐのも時間が掛かる代物である。彼の女装癖は恐らく筋金入りなのだろう。

真の新たな服装は黒いタートルネックとジーンズという意外にもラフなものであった。髪も前髪をアップにし、輪ゴムで結わえている他、後ろの方もポニーテールのようにしている。

 

「お待たせ、お姉ちゃん!」

「……あら。自分の家では女装しないのかしら?」

「その方がいいって言うなら今から着替えてもいいけど?」

「……結構よ」

 

相変わらず、彼には凛の皮肉が通じない。いや、皮肉とも思っていないのだろう。

 

「紅茶でいい?」

「それも結構よ。何入れられるか分かったもんじゃないし」

「砂糖とミルクくらいしか入れないよ。ああ、蜂蜜とかもいいよね!」

 

真はキッチンへ向かうとヤカンに水を入れ、コンロの上に置いた。そして、換気扇を回した後にカチッと火を点ける。

 

「……いらないって言ったつもりだったけど?」

「ボクが飲むんだよお姉ちゃん」

 

紅茶のティーバッグを取り出しながら真は言った。それから数分間、彼は無言で紅茶を作っていた。わざわざカップをお湯で温めたりしている割に、市販のティーバッグを使い、砂糖らしき白い粉と蜂蜜を大量に入れている。中途半端に通ぶっているのが何となく凛を苛つかせていた。

 

「お待たせ!」

 

真は笑顔で今しがた作った紅茶の入ったカップを持って来た。甘ったるい匂いが凛の鼻を突く。飲まなくとも、その紅茶がとても甘いことが分かった。これだけ甘くしたら、紅茶の風味も全て台無しになってしまうのでは、と凛は思った。

彼はそんな凛の視線を気にする素振りも見せずにカップへ口をつけて、それをずずっと飲み始めた。

 

「……………………」

 

凛は思わず胸焼けしそうになる。彼女も紅茶は好きな方で、砂糖も入れるタイプだが、流石にここまではしない。そもそも、こんな糖分の塊を体に取り入れたら、すぐに病気になってしまうだろう。

 

「……あ~、美味しかった」

 

カップの中身を飲み干した真はそう言って一息ついていた。

あまりに無防備で、凛のことを舐め切っていると思われても仕方の無い様子。まだまだ勉強中とは言え、魔術師である者と一緒にいる態勢とは思えない。

だが、そこを突いて脱走しようにも、感知出来ないサーヴァントの存在がどうしても気に掛かる。サーヴァントの力量について、凛は理解しているつもりだ。少なくとも、今の彼女が真正面から戦って倒せる存在ではない。しかも、相手はあらゆる搦め手を得意にしていると思われるアサシンのクラスのサーヴァントである。今もその刃を彼女の喉笛に当てているかも知れない。迂闊に動くのは得策でない以上、いくら相手が隙を見せていても、それに乗じるわけにはいかない。

 

「……ねえ」

 

凛は一先ず会話から情報を得ることにする。このような相手と会話をするのは彼女的には勘弁ならないが、四の五の言っていられる状況じゃないのは百も承知であった。

 

「アンタ……」

「マコトって呼んでよ。姉弟なんだからさ」

「……アンタ、一体何者なの?」

「お姉ちゃんの弟だって言ってるじゃない」

「さっきも言ったけれど、私に弟なんていない……少なくとも、私は知らないわ。父さんだってそんなこと一言も……」

 

凛は父親である遠坂時臣を家族としても、また一人の魔術師としても敬愛している。彼女にとって、時臣という人間は理想の男性像でもあるのだ。それ故に、時臣が母親や凛に隠れて別の女性と……などと考えたくもないのが正直なところであった。

 

「まあ、時臣の口からそんなこと言えるわけが無いからね。でも、ボクはお姉ちゃんのことを知っていたよ」

 

真はそう言うと、首に下げていたロケットを手に取り、中を開いて見せた。そこには、凛の幼い頃の写真が入っていた。何時撮られたものかは分からないが、紛れもなく本人である。

 

「これは、お母さんがボクに遺してくれたもの。ボクの最後の家族の手掛かり……。そう、お姉ちゃんのことだよ」

 

真は愛おしそうな目で凛のことを見る。今の彼の口振りだと、彼の母親はもうこの世にはいないように聞こえた。

 

「……あなたの母親は一体何者なの?」

 

真が本当に自身の異母姉弟であるかは一旦置いておき、凛は素朴な疑問をぶつける。

 

「ボクのお母さんに興味を持ってくれるなんて嬉しいなあ。いいよ。教えてあげる。ボクのお母さんの名前は草壁真理。魔術の研究一筋の人生を送った本当の意味での研究者だよ。あ、でも、ボクのことを放ったらかしにせずにちゃんと育ててくれたから、そこまで一筋でもないか」

「魔術の……研究?」

「うん。時臣ともそれで出会ったんだって」

「……………………」

 

凛は幼い頃を思い出してみるが、草壁真理という女性など全く記憶に無い。少なくとも、彼女の行動範囲にそんな人物はいなかったという確信がある。

 

「その、草壁真理さん、だっけ?その人はもう……」

「うん。事故でね。呆気ない最期だったよ」

 

真の口からは凛が予想していたことと同じ答えが返ってくる。もしも彼女が生きていたならば、一目会ってみたかったが、それでは仕方が無い。

それにしても、自分の母親の死をそんな軽く言えるものだろうか、と凛は思った。彼女でさえ、亡き父親の話をする時には、今でも多少は寂しさを感じるのだ。真のように、何も感じていないような目など到底出来ようも無いだろう。ますますもって、相容れない存在であることを認識させられる。

 

「聖杯戦争の参加者ということは、アンタは魔術師ってことかしら?」

「まあ、そういうことになるね。ボク以外の参加者がどうかは知らないけどさ」

「サーヴァントは魔術回路を持つ者しか召喚出来ない。それが、聖杯戦争の大前提よ」

「お姉ちゃんが参加した聖杯戦争はそうかもね」

「……どういうことかしら?」

 

まるで、凛の知っている聖杯戦争とは別の聖杯戦争があるような言い方であった。凛が一年前に参加した聖杯戦争よりも更に昔に聖杯戦争が行われたことは知っているが、それらは同一のものであるというのが彼女の認識だ。

 

「私が戦った聖杯戦争とアンタの聖杯戦争は別物だって聞こえるんだけど?」

「うん。そうだよ」

 

真は即答する。

 

「今、ボクらが参加している聖杯戦争は、魔術回路を持たない人間でも参加資格を持てる、全く新しい聖杯戦争なんだ」

「全く新しい聖杯戦争ですって!?」

 

凛は思わず大きな声を上げていた。彼女の知る聖杯戦争は、歴史ある伝統的なものである。故に、模倣した偽の聖杯戦争が行われたことは過去に幾度もあった。凛は真っ先にそれを連想する。

 

「……つまり、偽物ってわけね」

「さあ。どうだろうね?」

 

真はそう言うに止めた。何か確信めいた表情に見えるのは気のせいだろうか。ただ、偽物に踊らされているようにはあまり見えない。

 

「……アンタの目的は一体何なの?聖杯戦争……ということは、当然叶えたい願いがあるってことよね?」

 

聖杯戦争に参加するということは多大なリスクを負うことになる。最悪の場合、命だって奪われかねない。それでもその戦いに身を投じようとするのは、聖杯が叶える願いがあるからである。中には、凛のように魔術師としての実力を証明する為に参加するような者もいるが、そういった人物は稀少な存在と言えるだろう。

もっとも、凛の考えからすれば、本当に聖杯が得られるかどうかは甚だ疑問ではあるが。

 

「うん。勿論あるよ」

「良かったら聞かせてくれるかしら?」

「いいよ!」

 

真はあっけらかんと言ってのけた。隠すつもりが無いのかブラフなのかは分からないが、ここまで淀むことなく答えてくれると疑いの気持ちの方が強くなる。

 

「ボクの願いはねえ……」

 

真は凛の顔をじっと見た。ねっとりと舐め尽くすかのような視線に凛は一瞬怖気が走る。

 

「家族皆で一緒に暮らすこと!」

「家族皆で?」

「うん!お母さんと時臣とお姉ちゃんとボク。あ、お姉ちゃんのお母さんも、かな?……ああ、それともう一人いるらしいけど、それは別にいいや。だって、もう家族じゃないんでしょ?そいつ」

「……要するに、アンタの願いは死んだ人間を生き返らせたいってことかしら?」

 

真の願いを叶える為には、少なくとも鬼籍に入った者たちの蘇生が不可欠である。無論、仮にそうなったとしても、凛は真と一緒に暮らしたいなどと微塵も思ってはいないが。

 

「まあ、確かにそれは必要になるね。でも、間違えないで。ボクの願いの本質は“一緒に暮らすこと”。一緒に暮らせれば、本当に生きてるかなんて些細な問題だよ」

「何ですって!?」

 

死んだ人間は生き返らない。それが変えることの出来ない自然の摂理である。だからこそ、生は尊ぶべきものであるし、死は不可侵の領域であると言える。真の願いはそれを滅茶苦茶にするに等しい。

 

「……命への冒涜ね。死者の尊厳を踏み躙る気なの?」

「お姉ちゃんだって、また家族皆で一緒に暮らしたいでしょ?」

「確かにまた会えるものならば父さんに会いたい。けれども、その感情と禁を犯すことは別よ。悪いけれど、アンタの願いには賛成出来ないわ」

 

救える命は救いたい。だが、既に失われてしまった命を取り戻すことは絶対に許されない。それは生者と死者を分ける明確なルールなのだから。

 

「そっか。でも、きっとお姉ちゃんも考え方が変わると思うよ。ボクと一緒に戦ってくれたらね」

「愚問よ。有り得ないわね。アンタみたいな異常者と一緒に戦うなんて。ましてや、一緒に暮らすなんて想像しただけで鳥肌ものだわ」

「ふふふ……」

 

真は不気味に笑う。

 

「今はそれでいいよ。でも、ボクは信じてる。お姉ちゃんもきっと分かってくれるって」

「……………………」

 

うっとりと凛のことを見つめる草壁真。まるで、自分が言ったことが実現すると信じて疑っていない。凛の拒絶さえ意に介していない様子である。

凛は何故だか、嫌な予感が拭いきれないでいた。

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