Fate/Nexus 作:月影ノブ彦
「いやあ~。本当によく働いてくれるわぁ~」
お気に入りのゴルフクラブを磨きながらそう言うのは、田川良男。某所の小さな雑居ビルに事務所を構える金融会社、田川ゴールドの社長である。田川ゴールドは、高い金利を課す代わりにどんな相手へでも金を貸す、言わば闇金と呼ばれる会社であった。
「はぁ……」
特に感情もなく馬堀は相槌を打つ。元々口数が多い方では無いが、田川との会話を出来ればしたくはなかったのだ。
「馬ちゃ~ん。褒めてんのよ?喜びなさいよ」
「はぁ。有り難うございます」
「んもう、イケズなんだから~」
お姉口調で田川は言った。明るい物言いだが、目は全く笑っていない。
「相変わらず可愛くないわね。馬ちゃん。まあ、そんなところがいいんだけどね。……それにしても」
田川はチラッと横へ視線を向ける。そこには、一人の外国人がいた。物珍しさからか、室内を物色し回っている。彼は先日、馬堀の前に突然現れ、「アーチャー」と名乗った男であった。
「馬ちゃんがここに知り合いを連れて来るなんて珍しいこともあるのねえ。それも外国人なんて」
「……社長には感謝してます。色々と手を回して頂いて」
「偽造パスポートに偽造身分証明書、偽造ビザ。本当に大変だったんだから。馬ちゃんの頼みじゃなきゃ断ってたわよ」
田川は恩着せがましく言うと、再びアーチャーを一瞥する。
「……それにしてもいい男ねえ。私好みのイケメンだわあ。ねえ、ちょっと!」
「……俺かい?」
アーチャーが振り向くと、田川は満面の笑みを浮かべる。
「あらあら、真正面から見てもやっぱりイケメン!ねえねえ、アンタの名前は?」
「アーチャー。そう呼んでくれて構わない」
「アーチャー!いい名前ね!」
オカマのハイテンションほどうざったいものは無いと馬堀は眉間に皺を寄せている。今回のことも含めて、田川に恩こそあるが、決して彼に好意を持っているわけではない。寧ろ、馬堀の個人的にこの世から消えて欲しい人物ランキングの上位を常に位置しているような人物であった。彼は金貸しとしては優秀だが、人間としては下衆の極みでしか無いというのが馬堀の見解である。
もっとも、それは馬堀もまた同様であり、彼自身も自覚していることなのだが。
「……ああ、そうそう。馬ちゃん」
何かを思い出したかのように田川が話し掛けてきた。馬堀の思いを知ってか知らずか、ただニマニマとした顔を向けている。表面通りに受け取り難い、何とも微妙な笑顔であった。
「お仕事よ。ちょっと、行ってきて頂戴」
「はぁ」
相変わらずな馬堀の返事。否定に限り無く近い肯定の言葉である。金貸しの仕事が嫌なのではなく、田川という男の指示に従うのが嫌なのであった。この態度は今に始まったことではなく、田川に出会ってからずっとこのような感じで通している。当初は当然の如く叱責の対象であり、指の骨を全て折られたこともあったが、馬堀は決してその態度を改めることは無かった。向けたくもない敬意は初めから出さないというのが、彼の信念である。一念岩をも通すとは言ったもので、貫き通すことで、逆に肝が座っていると気に入られることになったのはある意味では皮肉なのかも知れない。
「詳細は何時ものようにメールで送ってあげるからチェック忘れずにね。あと、見終わったらすぐに消すのよ」
「……分かりました」
馬堀は立ち上がり、事務所の出入り口までさっさと歩いていく。まるで、一秒でも早くここから出て行きたいと言わんばかりであった。
「!一人で出歩くのは良くない。私も付いていくとしよう」
「あ、アニキ!俺も行きやす!!」
アーチャーとサブがそれぞれ馬堀の後を追う。仕事であるサブは当然としても、アーチャーが付いてくるのは馬堀にとって不可解でありうざったい以外の何者でも無かった。
思い出せば、このアーチャーという男と出会った時も不可解でしかなかった。借金の取り立てに行った先で対象者が自殺。現場にあった魔方陣から突如、男が出現。男は自らをアーチャーと名乗り、馬堀のことをマスターと呼び、付きまとう。明らかに普通ではない。通常であれば、こんな輩は殴り飛ばして終わりなのだが、このアーチャーという男はその佇まいが只者ではなかった。この仕事を始めてから何度も危うい目に遭ってはそれを切り抜けてきた馬堀だからこそ、彼の纏う不穏な何かに気が付けるのである。
ーーこの男はヤバい。
だから、アーチャーが付きまとってくることに対して、馬堀は目を瞑ることにしていた。もっとも、言ったところで全く聞かないから面倒臭くなったというのもあるのだが。
「……………………」
馬堀は改めてアーチャーという男を見た。長身の自分よりも背が高い黒髪の西洋人。ガタイも良く、探検家のような格好も相俟って明らかに周囲と浮いている。顔は少々垂れ目がちなところが柔和な印象を与えるものの、その実様々な修羅場をくぐり抜けてきたことを物語るように達観している。年齢的には、馬堀よりも上であろうが老熟した感じは見受けられない。三十代後半~四十代、といったところか。それでこれだけのオーラを発するなど、並大抵の人間では無いのだろう。そもそも、人間かどうかも怪しい。
「どうしたい?マスター?」
馬堀の視線に気が付いたアーチャーがそう尋ねてきた。マスターと呼ぶ割に、かなりフランクな喋り方をしてくる。
「……何でもねえよ」
ふと馬堀は右手を見た。今は黒い革手袋をしているが、その下には妙な紋様が何時の間にか刻まれていた。この紋様が何なのかは分からないが、アーチャーと何らかの関係があるのは間違いないだろう。そういうことも含めて、この男には不信感しか抱いていない。
「行くぞ」
取り敢えず、今は目の前の仕事を片付けようと馬堀は二人を連れて外へ出た。
「ま~たその話か、アーチャーよお」
目的地へ向かう道中、サブがアーチャーに言った。アーチャーは二人の前に現れてから、事ある毎にあることを馬堀へ話してくる。それは、聖杯戦争という戦いについてのことであった。
「アーチャーよお。向こうじゃそういう映画かゲームが流行ってんのかい?」
「違う違う。今、起きていることだ」
「今は仕事中だろアーチャー」
サブはやたらと上から目線でアーチャーへと話し掛ける。彼にとって、馬堀をマスターと呼ぶアーチャーは自身の後輩という解釈なのであった。
「聖杯戦争なんつーもんはなあ。仕事が終わってからだよ。分かったかアーチャー?」
「そうか」
アーチャーは顎の無精髭を擦りながら言った。
「……じゃ、この話は後ってことで。俺はマスターの仕事が終わるまで待たせて貰うことにしますかね」
「馬鹿!てめーも手伝うんだよ!このアホ外人!!」
「うるせーぞサブ!!」
馬堀が声を張り上げた。
「……お前、何時から他人に指図出来る程偉くなったの?」
「す、すんません!!調子に乗りました!!」
「素人に中途半端に手伝われると色々と面倒なんだよ。……おい、てめーも手貸そうとか思い上がんじゃねーぞ」
「マスターがそう言うなら、手出しはしませんよ」
「フン」
三人はその後、無言で歩いた。
中背中肉のサブはともかく、大柄な馬堀とアーチャーが二人並んで、ただでさえ目立つ。その上、アーチャーの格好はどう贔屓目に見てもコスプレにしか見えず自然と衆目を集めてしまう。これまで馬堀はそういったものは全て無視していた。あまりにうざったい時にはひと睨みしてやれば、蜘蛛の子を散らすように周囲から人がいなくなるのだが、そこまでしなくとも好奇の視線にはいい加減慣れていたので、そのまま電車へ乗り、目的地へと向かった。
「……ここか」
田川のメールにあった住所へ辿り着いたのは会社を出てから二時間程度であった。冬木町の駅に降りてから少し歩いた所にその家はあった。
「……ここが衛宮の家か」
馬堀はそれを確認すると、呼び鈴を押した。
「……こんにちは。衛宮さんいますか?」