Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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僅かな違和感

「はい」

 

呼び鈴を押してから一分も経たない内に入り口の戸が開いた。出て来たのは一人の高校生くらいの少年であった。今は土曜の午後なので、学生も部活動などが無ければ帰宅している時間ではある。また、最近は土曜日が休みという学校も多いという。馬堀の学生時代にはそんなものは無かったが、そもそもそんな恩恵を受けられる程まともな学校では無かったので、土曜の午後にのほほんと家にいられるなんて、十分恵まれているんだなという感想を抱くのみであった。

 

「衛宮切嗣さんいますか?」

 

馬堀は少年へ尋ねた。いくら何でも目の前の学生風情が自分のところに金を借りに来るとは考え難いし、少年からは債務者特有の後ろめたさは感じられなかった。彼は衛宮切嗣では無いだろう。

 

「……親父の知り合い、ですか?」

 

少年が警戒した様子で聞き返して来る。流石に馬堀が堅気の人間には見える訳も無し。無理もないだろう。

 

「親父……ってことは、アンタ息子さん?」

「そうだけど……」

「ふーん」

 

馬堀は衛宮切嗣の息子と名乗る少年のことを改めて見つめた。訝しげな目でこちらを見てはいるが、馬堀のような大男を前に一切物怖じしてはいない。この年齢にしては、随分と肝が据わっている。まるで、それ以上に何か壮絶な体験でも経てきたかのようだ。

 

「……早速で悪いんだけど、ちょっとアンタの親父さんをここに呼び出して貰えない?」

 

だが、そんなことは関係なく、馬堀は淡々と自分の仕事をすることにする。相手が、一筋縄ではいかなそうな学生だろうと、それは変わらない。

 

「……親父に何の用だ?」

 

その質問は当然であろう。こんな不審な男が急に訪ねてくるなど普通は有り得ないのだから。

 

「アンタの親父さんが借りたものを返して貰いに来た。これだけ言えば分かんだろ?」

「親父が……借りたもの?」

「そ」

「アンタたち、どう見ても借金取りにしか見えないけど、まさか……?」

 

このリアクションは父親が借金をしていたことを知らないパターンの典型であった。そして、次に取る行動も大体決まっている。父親へ確認を取るのだ。ここで下手に自分たちのことを知らされると目当ての人間に逃亡される恐れがある。

 

「取り敢えず、何も言わずに衛宮切嗣をここへ連れて来てくんない?」

「……それは無理だ」

「てめえ!!何ふざけてんだゴルァ!?」

 

急にサブが間に入って来た。相変わらずただ喚くだけである。

 

「サブ、いいからテメーは引っ込んでろ」

「ですが、アニキ……」

「引っ込んでろ」

「……はい」

 

馬堀が睨み付けると、サブは大人しく下がっていった。力押しで返済を迫るのは下の下のやり方である。やり過ぎれば反発されたり警察沙汰になってしまうからだ。こういうところが素人だと馬堀は心の中でため息を吐いた。

 

「……で、今、無理とか言った?」

 

馬堀は声のトーンを一段階低くする。

 

「無理でも何でも連れて来い」

「……っ!親父はもう死んでる。死人は連れて来れない」

「何?」

 

馬堀の表情が僅かに変わる。

 

「死んだ?それ、何時?」

「五年前……いや、六年前になるか。何れにせよ、親父はもういない」

「あっそ」

 

馬堀は首を傾げる。債務者の生死は重要な情報である。昨日今日死んだというのならばともかく、何年も前に死んでいるのであれば、そういった情報は共有される筈なのだ。

しかし、田川から送られてきたメールにはそんな情報は全く無かった。まさか、田川程の人間がそんな初歩的なミスを犯すとは考え難い。人間としては見下げるような男でも、金貸しとしては優秀極まりないからだ。彼の取り立ての果てで人生を終わらされた人間を馬堀は何人も知っている。だからこそ、この仕事の上では信頼出来る人間でもあるのだ。それに、約八年前の借金を今更取り立てに行くというのも今考えれば不自然ではある。

 

(……何か、きな臭ぇな)

 

それは馬堀の直感であった。田川がこのことを知っていたにせよ、知らなかったにせよ、別の何かの思惑が働いているかのような違和感を覚える。

だが、それはそれ。今は仕事。債務者が未返済のまま死んだりとんずらした場合は、保証人から受け取るのが決まりである。馬堀の持つ借用書には保証人として身内を立てるという記載がある。本来ちゃんとした借金であれば、このような表記では通らないのだが、そこは馬堀たちの会社が特別であった。あまりルールに則り過ぎれば相手が警戒して借りるのを止めかねない。故に緩くしている部分でもある。この場合、身内であるこの少年に全額返済して貰うのが常套であろう。

ただ、この手の仕事は法律に反する金利を設けているが故に債務者には返済の義務が生じないのがネックである。その上で金を取り立てなければならないのだから相当な技量を必要とするのだ。

 

「……だったら悪いんだけどアンタが払ってくんない?アンタの親父の借金をさ」

「ちょっと待ってくれ。親父が借金してたなんて初耳なんだ。本当なのか?」

「これ、借用書ね」

 

馬堀は少年へ借用書を見せた。無論、奪われないようにしっかりとこちらで持っている。

 

「……確かに親父の筆跡に似ている。けど、やっぱり信じられない」

「信じる信じないはこの際重要じゃないんだよね。大事なのは、返すか返さないのか。それだけ。で、返せんの?」

「こんな大金、あるわけないだろ!」

 

借用書に記載されていたのは、凡そ一人で返しきれる額では無かった。まともな社会人ならともかく一介の学生ではほぼ不可能と言えるだろう。

もっとも、馬堀たちの狙いは全額返済ではなく、利子分の返済を出来るだけ長く続けてくれることである。貸した分に上乗せして返ってくる金額がそのまま会社の儲けとなるのだ。だから、借りて即返済されるのも実はあまりよろしくはない。

 

「なら、取り敢えず金利分でいいよ。ウチはトサンだからその八年分でこんくらいになる。まあ、今回は初回サービスってことでこんだけにまけてやるよ」

 

馬堀は携帯電話の電卓を少年へ見せる。

 

「こんなん払えるわけないだろ!!」

「借りたのはそっちだろ?」

「だとしても!いや、そうじゃなくて……」

「士郎~。何、大声出してるの~?」

 

玄関でのやり取りを不振がったのか、家の中から女性が声を掛けてきた。すぐにドタドタと足音が向かって来る。

 

「どったの士郎?」

「藤ねぇ!?」

 

声の主は妙齢の女性であった。母親にしては年が若い。姉か親戚、或いは年の離れた彼女といったところか。

 

「……何よあなたたちは?」

 

藤ねぇと呼ばれた女性は訝しげな目を向けて来た。こういう視線には慣れているので、今更どうということはない。

 

「アンタ、こいつの家族?」

「いいえ。でも、家族みたいなものです」

「つまり、コレか?」

 

馬堀は小指を立てた。それを見て彼女は顔を赤くする。

 

「な、何で私が士郎と!?」

「家族でもない女を家に上げてるのなら、普通はそう思うだろ?」

「ち、ち~がいま~すぅ~!!」

「別にアンタが何処の誰でもいいけど、無関係ならすっ込んでてくんない?面倒臭いから」

「無関係じゃないわよ!大体、あなたたちは何なのよ!?事と次第によっては警察呼ぶわよ!?」

「んだとアマァ!?」

 

またもサブが出て来る。サブはどうも沸点が低い。

 

「調子こいてんじゃねえぞこのドブス!!」

「誰がドブスですって!?」

「てめーだよ!見るからに行き遅れが!!」

「行き遅れぇ!?」

 

その言葉が彼女の琴線に著しく触れたようで、一瞬で目が吊り上がる。

 

「上等じゃない!!」

 

そう言うと、何処からか木刀を取り出して構えた。

 

「お、おい、藤ねぇ!」

「どうせ、ろくでもない連中なんでしょ?こんな連中、すぐに追い払って……」

 

と、その時、馬堀が木刀の先をガシッと掴んだ。

 

「なっ!?」

「……………………」

「う、動かない……」

「……で、誰を追い払うって?」

 

馬堀は冷めた目で彼女を見下ろす。

 

「こちらにも非があるっつっても、暴力は感心しねえな」

「っ……!」

「……おい、サブ。てめえ引っ込んでろっつったろ。誰が勝手にしゃしゃり出ていいっつった?」

「……!!す、すんません!!」

「駄目だな。謝って済む段階はとっくに終わってんだよ」

 

そう言うと、馬堀は空いている方の手で握り拳を作り、そのままサブの顔面を打ち貫く。

 

「グァハ!」

 

サブは鼻血を噴き上げながら、後ろへと倒れ込んだ。馬堀の拳には鼻の骨が折れる感触があった。あの鼻血はすぐには止まらないだろう。

 

「ず、ずんまぜんでした……」

「部下が馬鹿で悪いな。で……」

 

馬堀は木刀を掴む手に力を込めた。すると、バギッと鈍い音を立てて木刀の先端が折れる。

 

「返すの?返さないの?どっち?」

 

先程のやり取りで場が一変する。引き気味の女性とは別に、士郎は馬堀たちを睨み付けたまま一歩も引き下がらない。

不穏な空気が周囲に漂い始めていた。

 

 

 

「……これでよかったのかしらん?」

「ええ。有難う御座います」

「馬ちゃんを騙すのは流石に少し心苦しいわねえ」

「少しだけ……ですか」

「そうよ。少しだけよ」

 

田川はニカッと笑った。

 

「それにしても、アナタもそんなにいい顔して、結構悪どいのね」

「お褒め頂き、至極光栄です」

「ねえ。何処の教会なの?私、礼拝行っちゃう!」

「神はどなたでも歓迎いたします。是非とも来て下さい」

「こちらこそよん♪」

「では、私はこれで……」

「また来てねぇん♪」

 

そう言って田川は男を見送った。

 

「……何を考えているか全く読めない。あんな人間は初めて。……そもそも、人間なのかしらね?」

 

田川は近くにある煙草を一つ取り出すと、火を点け一服する。紫煙の中、その目だけは得たいの知れぬ男への警戒を忘れてはいなかった。

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