Fate/Nexus 作:月影ノブ彦
「…………!?」
あまりに突然のことに馬堀は何が起きたのか理解が出来なかった。ただ、周囲から漂う焦げた臭いと強烈な突風から、何かが爆発したのだという予測は出来た。すぐに爆弾というキーワードが脳裏に浮かぶ。
(……一体、何がどうなっていやがる?)
いくら人気が無いとはいえ、ここは住宅街の一画である。そんなところでこんな大爆発を起こせば、すぐに事件沙汰であり、警察や野次馬がどっと押し寄せて来るだろう。また、被害の方だって、決して小さい訳がない。馬堀を狙ったとしても、あまりに行動が短絡的過ぎる。
「何処の誰かは知らねえが、イカれてやがんのか……?」
そう言うと同時に、自身が何故無事なのかという疑問にぶち当たる。それについては、すぐ目の前に答えがあった。
「無事か?マスター?」
アーチャーの背中。どうやら、先程の爆発から身を呈して守ってくれたらしい。しかも、殆ど無傷である。この時、ようやく馬堀はアーチャーという人物がただの胡散臭い外人というだけでは無いことを理解する。
「てめえ……」
「おっと、マスター。今は敵を排除する方が先だ」
アーチャーの視線の先。そこにいたのは、立派な体躯の馬に乗った西洋人であった。
馬堀は、そいつがアーチャーと同種の存在であることにすぐに気が付く。
「……何だぁ?てめぇ?」
「………………………」
その男は馬堀の呼び掛けには答えず、ただ涼しい顔で眼下を見下ろしていた。まるで、これから仕留める獲物を品定めするかのように。
「仕留め損ないましたか……」
「ええ」
再び、少女たちの声。見ると、男の後方に同じ顔の少女が二人立っている。
「双子……?」
少女たちは、共に巫女装束のようなものを着込んでいた。コスプレにしては堂に入っている。この惨事を引き起こしながらも、男と同様に涼しげな顔であった。
「白昼堂々と爆破テロか。沸いてんじゃねえのか?」
それが馬堀の率直な感想であった。同時に、周囲の異変にも気付く。
(……何で誰も来ねえ?)
これだけの爆発があって、警察どころか野次馬の一人さえ来ない。明らかにおかしい状況である。
「……結界のようなものを張っているんだ」
そう言ったのはイリヤであった。
「結界?何言ってんのお前?」
「ここだけ隔離されてるんだよ。分からないの?」
「分かりたくもねえよ。クソッ」
しかし、現実として目の前では不可思議なことが起きている。流石の馬堀も、これには舌を巻かずにはいられなかった。
「ライダー」
「おやりなさい」
「……御意」
相手は馬堀の戸惑いを他所に行動していく。
少女たちは男のことをライダーと呼び、男は少女たちの命令に答える。何となくは分かっていたが、この男をけしかけたのは、やはりこの少女たちのようだ。
「……マスター、なるべく下がっていてくれると助かる」
アーチャーが何時になく真剣な声音で言うと、馬堀は無言で頷き、後退っていく。馬堀がアーチャーの指示に意外と素直に従ったのは、今が自分の手に負える事態では無いとすぐに理解したからであった。
馬堀はサブとイリヤの二人を連れてこの場から逃げ出そうとする。
「あ、アニキィ~、逃げるんスか~?」
「何当たり前のこと聞いてんの?」
「アニキならあんなイケすかない奴、一発で伸せるんじゃないですか~?」
「…………………」
この期に及んでサブはまだ能天気なことを宣っていた。いくら馬堀が喧嘩慣れしていたところで、それは所詮普通の人間に対してである。どう見ても目の前の奴は普通ではない。そして、そいつと対峙するアーチャーもまた普通の人間ではない。で、あれば、ここはアーチャーに任せるのが最善の策であった。寧ろ、ここ以外で彼が役に立つシチュエーションなど存在しないだろう。
「おい、お前」
「何だい、マスター?」
「死ぬなよ」
「……オーケイ」
何時もの口調に戻してそう言うと、アーチャーは巨大なボウガンを手にして構えた。その後ろで馬堀たちはさっさとこの場から去って行く。
「ライダー、この場は任せました」
「私たちはあいつらを追います」
「あまり時間を掛けずに倒してしまいなさい」
「そしてすぐに追い掛けてきなさい」
「御意」
少女たちもライダーにそう告げると馬堀たちの後を追った。同時にライダーも彼女たちを庇うように動き、アーチャーに狙わせないようにする。
やがて、この場にはアーチャーとライダーの二人だけとなった。
「……さてさて、どうやらこの場は俺とお前さんだけとなったわけだが」
アーチャーは改めてライダーと向き合う。
「こちとら化け物退治は得意なんだがね。英霊とはいえ、人間相手にどう戦ったもんかね?」
「……それが貴様の武器か、アーチャー?」
「ま、こちとらアーチャーと名乗らせて貰ってるんでね。一応、弓矢の類は使わせて貰わないとな」
「果たして、それで余を倒せるかな?」
ライダーは見下したように言った。アーチャーと違って、彼は武器のようなものは持っていないように見える。
(……と、思わせておいて、何か武器を隠し持ってるのは間違いないだろうな。でなければ、さっきの爆発の説明がつかない。それに、どうせ宝具もあるんだろうしさ)
アーチャーは地面にペッと唾を吐き捨てる。
(ま、そいつはお互い様なんだがね。さあて、どう動いたものか……)
アーチャーとライダー。互いに対峙したまま次の動きが無い。共に次の動きを思案している、といったところだろうか。しかし、表情からライダーの思考は読み取れない。相変わらず涼しげな顔で馬上からアーチャーのことを見下すように見つめるだけであった。
「……………………」
「……………………」
「!!」
先に動いたのはアーチャーであった。
バックステップで距離を取ると、すかさずボウガンをライダーへ向けて乱射する。
「ハイヤー!」
「ブルルルル!!」
ライダーが手綱を握ると、馬も勇ましい嘶きを上げる。そして、器用に馬を操って、放たれた数多の矢を紙一重で交わしていった。同時にアーチャーとの距離も一瞬で詰める。
「!?」
「……踏み潰せ」
「ヒヒィーーーーン!!」
アーチャーの目の前。ライダーが手綱を強く引くと、馬が大きく前足を上げた。
「ちぃっ!!」
前足が振り下ろされる直前にアーチャーは斜め後ろに飛んで交わした。そして、空中で体勢を崩しながらもボウガンの矢をライダーへ向けて再度放つ。
「フッ」
ライダーは余裕の笑みを浮かべながら、前足を地面へ叩き付けた馬にその勢いを利用させて、高くジャンプさせた。矢は文字通り空を切っていく。
「流石に空中なら自由に動けねえだろ!」
アーチャーは地面にもう片方の手をつくと、くるりと一回転して体勢を立て直しつつ、未だ飛び上がったままのライダーへ向けて三度矢を乱射した。
自身へ向かってくる矢の雨を前にライダーは表情を変えず、手綱を強く握ると、馬はすぐさま何もない空中を蹴った。すると、まるでそこに壁でもあったかのようにライダーたちは再び飛び上がっていった。
「何!?」
アーチャーは思わずそう声を漏らす。
(アレもただの馬じゃ無いってことか。本当に何でもアリだな、こいつぁ……)
アーチャーがそう舌を巻く一方で、此度も矢を交わしたライダーはさも当然といった表情をしながら、旧式のマスケット銃を取り出す。彼がその姿を現してから、初めて武器を持った瞬間であった。
馬と共に落下していく最中、ライダーは眼下のアーチャーへと狙いを定める。
「不味い!!」
アーチャーはすぐに先程の爆発を連想した。あの時は爆心地から多少の距離があったので馬堀を守りつつ、自身も無傷で済んだが、直撃を受けてしまえば如何に自身がサーヴァントであろうと、流石に無事では済まない。帽子を押さえながら、アーチャーは全力でライダーと距離を取る。
「……死ね」
ライダーは引き金を引く。
銃声と同時にアーチャーは前転回避で直撃を交わし、来る爆発に備えて歯を食い縛った。
しかし、爆発の轟音も熱も全く来ない。見ると、抉れた地面に鉛弾が転がっていた。
銃口から放たれたのはどうやら先程爆発したものでは無いようだ。だが、威力は普通の銃弾とは桁違いである。直撃は決して許されない。
「…………………」
ライダーはまるで機械のように動くアーチャーへ狙いを定めては引き金を引いていった。
二発、三発と銃弾がアーチャーを襲う。だが、アーチャーも伊達にサーヴァントではなく、それらをひらりひらりと交わしていった。
やがて、スタッとライダーが地面へ降り立つ頃には、再び両者の間に距離が生まれていた。
「……………………」
「……………………」
先程の攻防を経て、二人は改めて無言で互いを見つめ合う。どちらもほんの手探りといったところだろう。自らの手の内をあまり明かしていないというのが両者の抱いた共通の印象であった。
「……やるねえ」
先に沈黙を破ったのはアーチャーであった。
「……しっかし、お前さん。なかなかの馬に乗ってるねえ。流石はライダーの名を冠するだけはあるぜ」
「よく喋る男だな。貴様は」
「お喋りは大好きなんでね」
「ふむ……」
ライダーは口に手を当てる。
「貴様、一見何も考えて無さそうだが、その実、策を弄した戦い方をするのが得意だな?」
「ほう。何でそう思いで?」
「クックック……」
突如、ライダーは笑い出す。ここに来てライダーは初めて感情の変化を見せた。
「よく分かるぞ。余も貴様と同じく策を弄した戦いを好むからだ。それに、戦いの中で相手に話し掛ける時は、大概は次の手段を考える時間稼ぎであろうが」
「……へえ、よくお分かりで」
「それに貴様は先程から自らの手の内をあまり明かそうとしてはいないではないか」
「それはお互い様だと思いますがねえ」
「……個人的なことを言わせて貰えば、貴様とはもっと違う戦いをしたかったところだ」
ライダーは少しだけ残念そうに首を降る。
「だが、これは聖杯戦争。そして、マスターの命令は絶対。で、あれば、好まぬ戦いもせねばならない。ここは一先ず力押しとさせて頂こうか」
「……こっちもマスターから『死ぬな』って命令された身でね。その命令を守る為にも精一杯抵抗させて頂くとしますか」
アーチャーは一筋縄ではいかなそうな相手に思わず肩を竦める。一方で、その目は何処か好奇に満ちているようであった。