Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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金貸しは逃げない

馬堀の足がピタッと止まったのは、サブと別れてから一分もしない内であった。

 

「……………………」

 

徐に馬堀は抱えていたイリヤを地面へ下ろす。

 

「……どうしたの?」

「ここでちょっと待ってろ」

 

こちらを見つめるイリヤを他所に、馬堀は踵を返して来た道を戻って行った。

 

(……俺もあいつを馬鹿と言えねえな)

 

今は逃げるのが最善の策であることを頭では理解している。戻るのが愚策だということも。だが、それでも心の奥底にある何かが馬堀を突き動かしていた。

馴れ合いは好きではない。だが、手の届く身内くらいは守りたい。

そんな思いが馬堀にこの行動を取らせたのであった。

 

 

「……大丈夫か?」

 

満身創痍の相手に言う台詞では無かったかも知れないが、馬堀は敢えて尋ねた。

 

「……楽勝ッスよ」

 

返ってきた言葉は馬堀の期待通りのものであった。息も絶え絶えといった様子ながら、何故か見栄を張っているサブを見て、思わずニヤリと笑ってしまう。

 

「楽勝って、お前血塗れじゃねーか」

「ひ、皮膚が切れただけッスよ。致命傷には全然程遠いッス」

「……お前、やっぱ馬鹿だろ」

「それ、今言います?」

 

サブの顔が綻んだ。出血は酷いが、彼の言う通りダメージは表面的なものだけで内臓などには到ってないようだ。もしも、内部に深刻なダメージを受けていれば、いくら根性があろうが、ここまで喋ることは出来ないだろう。

馬堀は徐に内ポケットから財布を取り出すと、中から一万円札を抜いた。

 

「……これで病院行って来い」

「え?でも、アニキ……」

「いいから行け、役立たず。今のお前は誰がどう見ても足手まといじゃねーか。まあ、足手まといは普段からだけどな」

「ひっでぇ~」

 

サブはそう言いながらも一万円札を受け取る。

 

「……アニキ、後は頼みましたよ」

 

サブは名残惜しそうに言うと、この場を去って行く。その背中は、明らかに「アニキと一緒に戦いたかった」と語っていた。

 

「さて、と」

 

馬堀は少女たちへと向き直った。何の心遣いかは分からないが、二人は今のやり取りの間、手を出しては来なかった。正々堂々というよりは余裕の現れといったところだろうか。馬堀は軽く舌打ちする。

 

「おいガキ。狙いは俺なんだろ?関係無い奴を狙ってんじゃねーよ」

「邪魔をするから」

「自業自得よ」

「いちいち二人で言葉を分けてんじゃねーよ。片方が喋ったら、もう片方も喋んねーと死ぬのかてめーらは?」

「……不愉快」

「やはり殺しましょう」

 

少女たちは表情を変えずに言った。言葉の響きには僅かに揺らぎが見られたことから、先程の馬堀の言葉に対して苛立ちを覚えたようである。

 

「式神よ」

 

片方の少女が懐から、またも紙で出来た鳥のようなものを取り出した。それも、今度は四つ。

 

「四羽の朱雀がお前を殺します」

「逃げても無駄」

「……だから、いちいち二人で喋んな」

 

直後、少女の手から四羽の紙の鳥が放たれた。朱雀と呼ばれたそれらは、サブの時と同様に空高く舞い上がり、旋回しながら眼下の馬堀へ狙いを定めている。

一方で、馬堀はゆっくりと少女たちの方へ歩き出していた。一歩、また一歩と。

 

「不用意に近付くなんて」

「お馬鹿さんね」

 

嘲笑うように言うと、少女は上空を旋回する朱雀たちへ何やら合図を送る。直後、四羽が一斉に馬堀へと襲い掛かった。

 

「……ッ!」

 

次の瞬間、馬堀の肩や背中が一気に切り裂かれ、血が辺りに飛び散る。馬堀の肉体を抉った朱雀は再び上空へと舞い上がっていった。それらは材質が紙なのに、まるで鉄製のナイフのような切れ味である。そんなものが今も空中から四つも狙っているのだ。丸腰の馬堀には、とても太刀打ちなど出来そうにない。

と、普通なら考えるのだろう。少女たちも例外では無かった。

だが、馬堀は怯む様子も無く、歩みも止めないでいた。一歩、また一歩と。まるで、ダメージなど受けていないとでも言うかのように。

 

「痩せ我慢?」

「それとも、本当にお馬鹿さんなのかしら?」

 

動揺とまではいかずとも、流石に少女たちの顔色が僅かに変わる。馬堀はというと、徐々に距離を詰めていった。

 

「朱雀!」

 

少女は再度、合図を送る。再び四羽が急降下し、馬堀の体を抉った。

 

だが。

 

「!?」

 

少女たちは今度こそハッキリと表情を変えていた。それは、馬堀の両手にしっかりと二羽の朱雀が握られていたからである。

 

「……………………」

 

馬堀は無言で両の手の平に掴んだそれをぐちゃぐちゃに握り締め、地面へと叩き捨てた。原型を留めなくなったそれらはまるで死んだかのように動かなくなる。

 

「……有り得ない。魔術師でも無いのに、式神を潰すだなんて」

「狼狽えないで、二葉!式神なんてまた作ればいい!」

 

そう言って、少女の片方が懐から新たに三羽の朱雀を取り出した。

 

「……お生憎様。式神は出そうと思えば、いくらでも補充出来るのよ?」

「む、無駄な努力だったわね!」

 

勝ち誇る少女たち。だが、馬堀はそんな彼女たちをまるでアホを見るような目で見つめていた。

 

「……あ、そ。で、補充出来るから何?」

「わざわざ説明しないと分からないお馬鹿さんかしら?」

「あなたがいくら式神を潰しても意味が無いってことよ」

「それに今のを見る限り、無傷で朱雀を掴まえることが出来るわけではない……」

「つまり、どう考えてもあなたが力尽きる方が先ってこと」

「……ふーん」

 

少女たちの言葉を意に介さず、馬堀はただ歩いている。

 

「……!言っても聞かないお馬鹿さんは」

「死を持って知ることね!」

 

三度の合図。瞬時に朱雀が馬堀の体を切り裂く。そして、彼の手にはまたも朱雀だったものの残骸が握られていた。更に進軍し、相手との距離をどんどんと縮めていく。

 

「…………!」

「…………!」

 

気が付くと少女たちは少しだけ後ずさっていた。後退など有り得ないというのに。

 

「ひ、一葉……」

「……朱雀!」

 

一葉と呼ばれた方の少女が両の手いっぱいの朱雀を取り出し、空中へ放った。それでも、彼女の小さな手では五羽が限度であったが。先程残った一羽と足して計六羽。これだけの攻撃を一度に受ければ、相手がいくらタフだろうと耐えられる道理はない。

 

「行きなさい朱雀!」

 

一斉に襲い掛かる朱雀たち。それらは馬堀の体を更に切り裂いていく。

 

「これで……」

「……………………」

「……えっ?」

 

やはり、馬堀の歩みは止まらない。あれだけの猛攻を受けてもなお少女たちとの距離を詰めていく。そして、その両手にはやはり朱雀だったものが握られていた。

 

「何で…?」

 

理解を超える馬堀の行動に少女たちも流石にたじろいでいた。

 

「何で動けるの!?」

「ああん?」

 

ここに来て馬堀が口を開く。

 

「簡単なことだろ?脳と心臓さえ守れば即死はしねえ。後は耐えればいい」

 

さも当然といった表情で馬堀は言った。彼の腕は確かに脳と心臓をしっかりとガードしている。

 

「そんなボロボロになって、無事なわけが……」

「あ?こんなんオートバイで突っ込まれた時に比べたら屁でもねえよ」

 

会話をしながらもゆっくりと歩み寄っていく馬堀。身体中のあちこちが切り裂かれ、そこから確かに少なくない出血を見せている。だが、虚勢や痩せ我慢の類いではなく、本当にダメージと思っていないようであった。もしかすると、彼が着用している上質のジャケットが多少はダメージを軽減し、深く切り刻まれるのを防いでいたのかも知れないが、それにしてもタフ過ぎる。

 

「あとさ……」

 

馬堀は少女たちを見回した。

 

「お前ら、今まで一度も人殺したことねえだろ?」

「……!?」

 

馬堀の問いに少女たちはピクリと反応する。彼女たちの表情を見て、馬堀は察した。

 

「……やっぱりな。さっきから脳と心臓の狙いがぶれてんぞ?」

「そんなこと……」

「人殺すなんて、ど素人じゃまず無理だ。大概はやる前に萎縮しちまうし、いざ相手を前にすると今度は金縛りにあったみてえになる。真っ当な神経じゃそこから先へはいけねえよ」

 

見透かしたかのように言う馬堀に対して、少女たちは動揺を隠せないでいた。もっとも、普通の人間であれば人を殺したことなど無いのが当たり前なのだが。

 

「あなたは……」

 

不意に片方の少女が口を開いた。それは一葉と呼ばれた方の少女であった。

 

「あなたはあるっていうの?人を殺したこと……」

「……ああ、あるよ。ある意味、な」

 

やや間を開けてから馬堀は言った。

 

「俺の仕事はな。金貸しだ。文字通り金を貸すのが仕事でな。貸すってことは、当然返して貰うのが前提だ。それも、高い利子をつけてな。俺らみたいな奴から金を借りるような連中だ。その時点でもう真っ当じゃねえし、返す気だって最初から無いような奴ばかりだ。知ってるか?闇金には返済義務はねえ。法律上は、な。それを盾にする奴も中にはいた。だがな、それでも俺はそいつらから取り立てた。ありとあらゆる手で追い込んでいった。結果、自殺した奴だっている。俺が直接手を下したわけじゃねえが、俺が殺したのと同じことだろ?少なくとも俺は自分が殺したと思ってるよ」

「……………………」

 

少女たちは思わず口を噤んだ。そうこうしている内に、両者間の距離はかなり縮まっている。

 

「……俺がてめえらみたいに中途半端な覚悟じゃねえって分かるか?流石にそこまで馬鹿じゃねえだろ?その上で言ってやるよ」

 

馬堀はしっかりと少女たちの目を見据えた。

 

「てめえら“ぶち殺す”ぞ?」

「!?」

 

強烈な殺気に総毛立つ少女たち。

彼女たちが次に取った行動、それは……。

 

「……令呪を持って命じる。ライダー、今すぐこちらへ来なさい!!」

 

言い終わると同時に馬堀の目の前にライダーが現れた。それは、殆ど瞬間移動のようなものであり、流石の馬堀も面食らってしまう。

 

「…………!」

「ライダー!そいつを殺しなさい!!殺して!!」

「了解した」

 

少女たちの下した命令をただ実行しようと動くライダー。

その時であった。

 

 

「令呪を使ってアーチャーを呼んで!!」

 

 

甲高い子供の声が馬堀の耳に入る。それは、置いてきた筈のイリヤのものであった。

 

(使えっつわれても、使い方なんか分かるわけねーだろ)

 

馬堀は内心ではそう思いながらも、先程の少女の見よう見まねで口を開く。

 

「……令呪を持って命じる、アーチャー来い」

 

言い終わるや否や馬堀の右手の紋様が一つ消え、それと同時にまたも目の前に人物が一人現れた。

 

「来たぜ、マスター」

 

ここ最近、何度も見てきたうざったい背中。それは、アーチャーのものであった。

 

「……さ、命令してくれや」

「あっそ。じゃあ、胡散臭い外人同士、もうここで決着つけろ」

 

アーチャーはチラッとライダーを見ると、フッと笑ってみせる。

 

「……了解。骨の折れそうな命令だけど、頑張るとしますか!」

 

そう言ってアーチャーは巨大な猟銃を取り出した。

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