Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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勝負師の帰還

「……変わらねえな。日本も」

 

僅かに揺れるタクシーの中、流れる景色を見ながらプラチナブロンドの男──渡口零は退屈そうに呟いていた。何処かこの風景に、諦めに似たような表情を浮かべているようにも見える。

事実、彼は退屈していた。日々の変化の無さと変えようにも変えられぬ現実に。

 

 

勝負師渡口零。

彼が初めてギャンブルに携わったのは、幼少の頃であった。

父親に連れられ、パチンコ屋へ入った時のこと。席を外した父親の代わりに玉を打っていて欲しいと頼まれた。無論、それはせっかくの良席を他人に取られまいという彼の父親の策であったのだが、子供の頃の彼はそれに構わずレバーを回して人生初のギャンブルを行っていたのだ。それは僅かな時間であったが、ただ雲散していく銀の玉を見つめていて彼は一つの仮説を立てる。

 

(……ただレバーを捻っていてもこのゲームを攻略することは出来ない。これには何か別の思惑が介入している)

 

事実、その店は出玉の操作を常時行っていた。普通のパチンコ屋であれば、余程のことが無い限りは出玉の操作は行われない。つまり、違法店だったのである。時間にして十分にも満たない出来事。これが一つの切っ掛けとなり、その後の彼の人生を大きく変えたのであった。

 

(世の中、勝つ為には仕組みを知らなければならない)

 

その考えは遊戯だけでなく、勉強、スポーツ、恋愛など、世のあらゆる物事へ面白いように当て嵌まった。彼はまず何よりも仕組みを理解しようとした。その上で攻略を考える。百パーセントは無理でも、限りなくそれに近く勝てる方法を。勝つには、その為に必要な方法が必ず存在する。言わば、方程式のようなものが必ず存在する。それさえ解ければ必勝である。

それが、彼の持論であった。

渡口はあらゆる局面で勝ち続けた。結果、地位と名声以外の全てを得た。得ていない地位については、そもそも出世欲の無い彼にとって必要では無かったもので、名声については勝つことによって逆に手放して来たものでもあった。だが、彼は他人からの称賛もまた必要とはしなかったので、望むものは全てを得たに等しい。やがて、彼は持つ者の虚無を味わうことになる。欲望とは持たざるものの本能。故に、渡口が抱くことの出来ぬものであった。いや、かつては持っていたものと言った方が正しい。欲望の無い戦いの何と虚しいことか。そこに意義を見出だせなくなってきた彼はやがて、結果の為に戦うのでは無く、戦いそのものに価値を置くようになっていた。

圧勝の優越、劣勢の焦燥、逆転のカタルシス……戦いは渡口にとっての無二のゲームと化す。人生が戦いそのものなのであれば、彼にとっての人生は正にゲームなのである。一つ一つの出来事はそのイベントの積み重ねに過ぎない。常に第三者的な視点であらゆる物事に挑む彼の姿は端から見れば異様な人間に映ったであろう。

そして、戦い方に関しても変化が訪れていく。必勝パターンを模索するやり方から、やがて運否天賦に任すやり方を好むようになっていったのだ。それは、戦いそのものを娯楽と感じる彼ならではの変化であった。実力では勝利が確実な相手でも、運ではそうはいかない。敗北のリスクを背負うことで得るスリルを享受することが彼にとっての何よりの喜びであったのだ。

だが、勝利の女神というものが存在するのであれば、彼女は渡口の味方らしい。驚いたことに運否天賦でも渡口に敗北は無かったのである。戦えばどう転んでも確実な勝利が渡口の元に転がり込む。約束された勝利と言えば聞こえはいいが、結末の分かりきった戦いなど作業に等しい。戦いすらも退屈に変わるのは彼が思っていたよりも早かった。

そう、渡口は退屈していたのだ。それでも、戦いだけが彼に生きる時間を与えてくれているのもまた事実。故に、戦いを止めることは出来なかった。典型的な勝負ジャンキーの症状である。

刺激的な勝負だけを求め、渡口は世界各地を転々としていった。舞台を変えても、彼の勝ち続ける人生に変化は無かった。ただ、多少なりとも癒しはあった。ありとあらゆる国を周り、最終的に辿り着いたのが母国というのは何とも皮肉めいたものを感じずにいられない。

 

 

「お客さん、海外で仕事か何か?」

 

運転手が愛想笑いを浮かべながらバックミラー越しに尋ねてきた。渡口はその質問に正直なところ鬱陶しさしか感じられないでいた。それが本心からの質問ではないというのが明らかであったからである。この運転手はこうして他人と付かず離れずのコミュニケーションを取ることで、健全で充実した仕事を行った気になりたいだけなのだろう。少なくとも、本当に自身のことを知りたい訳ではない。所詮、自己満足にしか過ぎない向こうのコミュニケーションに応じる義務など無い。と、ばかりに渡口が無表情のまま何も答えずに無視していると、運転手はそれ以上何も尋ねては来なくなった。

無言のタクシーはただ目的地までへの道を突き進んでいく。

 

「……………………」

「……………………」

 

重苦しい沈黙。

普通の人であれば、何とか空気を変えようとラジオでも流したいところであるが、渡口はそれさえもさせないような雰囲気を醸し出していた。具体的に何をしているというわけでは無いが、素人にさえそれを分からせるのが彼の無表情の圧なのだろう。

渡口は静かな車内で唯一、手荷物として持っている分厚い本を開く。

 

「……………………」

 

本に書かれていた文字は、見慣れないものであった。少なくとも有名な言語で無いのは確かである。

しかし、何故か渡口には読むことが出来た。現地で様々な人種の人間と会話することであらゆる言語を話せるようになったからだろうか。頭ではなく、研ぎ澄まされた感覚によってその文字が何を示すのかを理解していたのだ。黙読で文字を追っていき、幾つかのキーワードを心に留める。

 

「……聖杯戦争、サーヴァント、召喚、魔術師」

 

それらだけ抜き出せば、何とも胡散臭い本なのだろう。だが、渡口にはある種の確信があった。それは、ギャンブルの時、トラブルの時、人生における様々な場面で彼を救ってきた天命のような直感。

渡口は一通りページをめくり終えると本を閉じ、後部座席にふんぞり返った。そして、静かに目を閉じる。

 

(……まずは、緑川だな)

 

 

──こうして渡口が緑川へとやって来たのは、直がセイバーと出会う前日であった。

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