Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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観察する男

──その出会いはあまりに突然であった。

 

 

「……お前、参加者だろ?」

 

目の前に現れたプラチナブロンドの長身の男にそう言われ、直はすぐに身構えた。

参加者。

その一言だけで、目の前の男が自分と同じサーヴァントのマスターであるということが理解出来る。

何故、それが分かったのかは直も理解はしていた。セイバーのような怪しい人間を連れていれば、見る者によっては一目瞭然だろう。

直は今、日常生活の必需品の買い出しに出ていた。外出ということでセイバーに強く同行を求められ、結果的にこうして一緒に行くこととなったのである。

本来であれば、直も彼女を連れて歩くなどしたくは無いのだが、いざという時に身を守る手段が無いのはあまりに愚策過ぎると言えた。

側にいる時のデメリット、側にいない時のデメリット。

双方を天秤にかければ、連れ歩く方を選択するのは自然であるとも言えた。もっとも、直が拒否しようとセイバーならば無理にでも付いていこうとしたであろうし、それを拒否する為に何処の誰かさんみたいに令呪まで使うような愚かし過ぎる真似は直には出来なかっただろうが。

だから、ここまでは直の想定通りであった。

 

「……だと、したら?」

 

直はなるべく表情を変えずに言った。いくら想定通りでも、いきなり来られれば多少なりとも動揺はしてしまう。その僅かな動揺を相手に悟られるだけでも、こちらの不利に陥りかねない。鉄壁とまでは行かずとも、ポーカーフェイスに徹することは勝負の定石の一つであると、直は努めて無表情を装う。

 

「……ふーん。ああそう」

 

プラチナブロンドの男は興味無さげにそう言った。自分から尋ねておいてこの態度である。その表情からは、相手の意図も思考も全く読み取れない。正に完璧なるポーカーフェイスであった。

ただ、男に戦意は今のところ見られないようである。すぐに戦闘……という事態にはならなさそうであった。もし仮に相手に直と戦う気があるとしたならば、こうして正面からの接触というよりは奇襲を選択した可能性が高いだろう。少なくとも、正々堂々と真正面から挑むにしては不意打ち過ぎるし、すぐに切り出さないのもおかしい。見た目の雰囲気や態度からも騎士道精神に満ち足りているという風には読み取りづらい。

だが、騙し討ちのつもりで近付いたのだとしても、ここまで友好的な雰囲気を排した態度であるとそれも考え難い。

現状の直の目に入る情報から考え得るに、目の前の男は交渉する腹積もりでも、ましてや瑠璃子のような宣戦布告のようにも見えない。とにかく、ただただ不気味であった。

 

(何が目的なんだ、この男は?)

 

接触の理由について、直が判断し兼ねていると、プラチナブロンドの男は無表情のまま右手を見せてきた。それを見て驚きの声を上げたのは、セイバーの方であった。

 

「……!?令呪が無い?」

 

よく見ると男の右手には何やら刺青のようなものがあり、それが消えかかっていた。色や形状を見るに直や瑠璃子のものと同種のようである。

瑠璃子は令呪を一度使用したと言っていて、その印の一部が消えていた。つまり、それが令呪を使用したという証なのだろう。そのことを踏まえれば、目の前の男の場合は二回程使用したということになるかと思われる。令呪の使用回数は、デフォルトでは三回。増やす方法もあるそうだが、それをしていなければ、このプラチナブロンドの男はあと一度しか令呪を使用出来ないということになる。あくまで、目の前の情報を素直に受けとれば……の話ではあるが。

 

「……これで、サーヴァントに何でも命令出来るんだってな?」

「……………………」

 

直は沈黙を貫いた。何かを口にすれば、そこから足元を掬われかねない。そんな脅威を相手から感じていた。

 

「…………令呪を持って命じる」

「!?」

「肩を揉め」

「なっ……!?」

 

それは奇妙な光景であった。強面の屈強な男が突然現れたと思ったら、背丈こそ高いものの、自身より一回り以上も細いプラチナブロンドの男の肩を揉み出したのである。

 

(令呪を……馬鹿かこいつは!?)

 

直自身は令呪のことを詳しくは知らない。だが、使い方次第では戦況に多大な影響を与えることは間違いないというだけは理解している。そんな重要なファクターを敵の目前で敢えて無駄遣いして見せるという行為。とても、理解不能であった。

 

(……動揺するな。動揺すれば奴の思う壺だ)

 

そう思うことさえ、既に相手の術中なのかも知れない。何故だか分からないが、直には目の前の男が考えも無しにそういうことをするような人間には見えなかった。一見何の意味もない行動や仕草に罠が隠されている。そんな得体の知れなさをこの男から感じていた。

 

「なあ……」

 

と、男が突然話し掛けてきた。

 

「思わないか?」

「……何を?」

「この令呪って奴についてだよ」

「……………………」

 

直は何も答えない。

 

「サーヴァントに何でも好きな命令を下すことが出来る……」

「……………………」

「それって、本当に必要なのかね?」

「……………………」

「聖杯戦争……だっけ?この戦いを一つのゲームとした場合、ハッキリ言ってこの令呪ってのは余計だ。言わば、不純物って奴だな」

「……………………?」

 

直には相手の言っていることが理解出来なかった。何を以てして令呪を不要だと見なしているのだろうか。聖杯戦争において、これ程重要なファクターは無いというのに。

 

「だんまりか」

「……………………」

「……一つ、分かったことがある」

 

徐に男は呟いた。

細く切れ長の目を直たちへ向ける。

 

「お前は色々と策を練って戦うタイプの人間だろ?」

 

鋭い一撃。

出会って、数分も経っていないのにそこまで読み取ってくるとは直も思ってはいなかった。必死にポーカーフェイスを保とうとするものの、自身でも上手くいっていないだろうというのが分かる。

 

「…………ッ」

 

何も返せない。何か喋れば、そこからまた分析されてしまうかも知れない。

直は、ただ相手の目を見つめ返すことしか出来なかった。

 

「……用件は一体何でしょうか?」

 

代わりにセイバーが男へ尋ねた。

 

「戦うというのであれば、こちらも迎え撃つということになりますが?」

「そうして欲しいなら、お望み通りにしてもいいぜ?」

 

男は僅かに口角を上げながら言った。

だが、ここは市街地である。衆目がある中で、まさか本気で戦闘を始めるなど有り得ない。と、直は考えていた。

 

「……そうして欲しいなら、ということは、そのつもりでは無いってことか?」

「……さあね」

 

直が尋ねると男はそう交わした。

全く意図を読ませない言動と行動。こういう読み合いの部分では、どうも相手の方が一枚も二枚も上手のようである。更にこの男は、時折論理とは到底かけ離れたことも平然と行うようであった。そのことが直の理解を鈍らせる。

戦う意志があるのか、無いのか。それさえも引っ掛けに過ぎないのか。最早、何も分からない。

ただ一つ理解したことは、直は対峙して五分も経たずに相手の術中に嵌まってしまっていた。それだけである。

 

「…………」

 

男は無表情のまま煙草の箱を取り出すと、そこから一本を咥えて火を点けた。見たことの無い銘柄。海外のものだろうか。

 

「フーーーー……今時、海外の煙草なんて何処にいても買えるぞ?俺個人を分析する材料としては弱いんじゃないか?」

「……!?」

 

視線を向けただけで、まるで心を読まれているように考えを当てられてしまう。

直は戦慄した。

 

(……認めなければならない。この男は俺の遥か上を行っている!!)

 

直は自分が他者よりも優れているなどと自惚れる程に自身を高く評価しているわけではないが、低く見積もっているつもりでも無かった。瑠璃子と相対した時にも、大体が自身の想定通りに物事が進み、戦わずしてイニシアチブを取ったという自負もある。そんな矢先でのこの男との遭遇であった。思わずギリリと歯噛みする。

 

(幸運だったのは、これが実戦では無かったことか……。いや、それさえも断定するにはまだ早過ぎる。俺が背を向けた瞬間に牙を剥いてもおかしくないのだから)

 

少なくとも相手もサーヴァントを連れている。武器は手にしているということだ。しかも、最初はサーヴァントの姿が見えなかったことを考えると、この男は魔力の供給とやらが行えるらしい。つまり、魔術師。或いは、それに準ずる何かであるということ。今もサーヴァントの姿は何時の間にか消えている。

 

「……やれやれ、こいつは思っていたよりも退屈そうなゲームだな」

 

男は一言、そう呟いた。

心底、残念そうな表情である。

 

「まあ、暇潰し程度にはなるか……」

 

頭をポリポリと掻きながら男は背を向けた。

あまりにも隙があり過ぎるその背中。だが、直は一歩も動けなかった。そして、男の姿が見えなくなるまで、ただ目で追うことしか出来ないでいる。

 

「…………ッ!」

 

男が衆人の中に消えたところで、直は歯噛みして悔しさを表現した。

 

(暇潰し、だと?クソッ!!)

 

圧倒的な力の差を見せ付けられたような気分。これは、完全なる精神的敗北であり最大の屈辱である。

だが、その中でも得るものはあった。

 

(……名前も知らない男。お前は一つ、ミスを犯した。それは、俺の前に姿を現せたことだ)

 

相手の実力の片鱗さえ知らぬまま、実戦としてあの男と相対していたら、確実に直は負けていただろう。逆に、相手にとってはチャンスであったと言える。それを見す見すと逃してくれたのは幸運以外の何物でもない。

 

(余裕か……?だが、相手を見くびるようなタイプには見えなかった。それに……)

 

直はあの男に、まるで獲物を観察する猛禽類のようにじっと見られていた。出会ってから去って行くまで一秒たりとも欠かさず。対峙しているだけで神経はすり減っていく。

そして、その観察は直に止まらずセイバーにも及んでいた。

 

「……不気味ですね。まるで、心の奥底まで覗き込まれた気分です」

 

セイバーも直と同様に感じていたのだろう。そう言ってあの男に対して強い警戒心を抱いていた。

 

「……………………チッ」

 

気付かぬ内に直は隣にいるセイバーにも聞こえる程の音を立てて舌打ちをしていた。

 

(負けられない戦いだというのに……クソッ!!)

 

その戦いを暇潰しと言ってのけるあの男。

直の前に新たな壁が現れた瞬間であった。乗り越えることのとても困難な高い壁。

 

(……心しなければならないな。あの男ですら、最頂点では無いのかも知れないと)

 

 

この邂逅がもたらす未来。

それは……。


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