Fate/Nexus   作:月影ノブ彦

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金、金、金

昼下がりの住宅街。

そこは、街の喧騒とは打って変わって、閑静で落ち着いていた。

早めの買い物帰りの主婦たちが井戸端会議をしたり、まだ幼稚園にも行っていない子供たちの無邪気な遊び声を上げていたり、何一つ変わらぬ日常がそこには存在していた。

 

「誰が返すかっっ!!」

「ああん?」

「ひぃっ!」

 

そんな平穏とは、大きくかけ離れた会話が、住宅街のど真ん中で繰り広げられていた。

 

「……お前、今何て言った?」

 

馬堀政美が、しわくちゃな服を身に纏った初老の男へと詰め寄る。互いの顔と顔の距離は僅か数センチといったところであった。坊主頭で強面の大男がそんな間近に来ると、威圧感がとてつもないものになる。

 

「どうやら耳悪いんで、よく聞こえなかったよ。悪いけどもう一度言ってくんない?この距離ならよく聞こえると思うからさ」

「あ、あの……」

「ああっ!?」

「ね、ねえもんはねえっつってんだよ!!」

 

初老の男は馬堀から距離を取ってそう吐き捨てるように言った。所々、歯の抜けた口からゼイゼイと痰の絡んだ呼吸をする。

 

「し、知ってっぞ!てめえらみたいなところから借りた金はなあ!返す義務はねえんだよ!」

「……だから返さねえってか?他人様から金借りといて?」

「け、警察呼ぶぞ!!この闇金野郎!!」

 

初老の男は勝ち誇ったように言った。しかし、馬堀は一切動じる素振りを見せずに顎に蓄えた髭を擦っている。

 

「……あっそ」

「分かったらとっとと帰れ!!」

「で、それがどうかしたわけ?」

「ああ!?」

 

初老の男は何だコイツ…という目で馬堀を見る。その時、たまたま警官が自転車を漕いでやって来た。初老の男は渡りに舟とばかりに警官へ声を掛ける。

 

「おおおい!お巡りさああん!」

「!」

 

警官は自転車を止めて、二人の元へ近付いていく。

 

「どうかしましたか?」

「こ、こ、こいつ!こいつを逮捕してくれ!闇金業者だ!このままじゃ、こ、殺される!」

「え!?」

 

警官は馬堀の顔を見た。警官も身長があってそれなりに体躯のいい方であるが、馬堀はそれよりも更に大きく、見上げるような形になる。凡そ、二メートルくらいはあるだろう。

 

「……ちょっとお話いいですか?」

 

警官が恐る恐る馬堀へと尋ねた。その背後で、初老の男は再び勝ち誇ったように笑う。

しかし、それでも馬堀は動じない。懐から何かを取り出すと、それを無言で警官に見せた。

 

「これは……認知症ケア専門士の証明書、ですか?」

「……この度はご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

 

馬堀は丁寧な口調でそう言うと、大きな体をくの字に曲げ、頭を下げた。警官は「ああ…」と頷くと、彼の肩をポンポンと叩いた。

 

「……そうか、大変だったね。まあ、頑張って下さいね?」

「ご理解頂けて何よりです」

「…………はぁ?」

 

初老の男は二人のやり取りを見て、思わずそう溢した。

 

「お、おい!アンタ!何してんだ!そいつをとっとと捕まえ……」

 

その時、馬堀は初老の男の男の腕を思い切り掴んだ。

 

「……ハイハイ、早く帰りましょうね。鈴木さん」

「いでででででで!!は、離せ!離せえ~~!!」

「それでは、失礼します」

「お仕事ご苦労様です」

 

そう言って警官はその場を離れていった。警官の姿が見えなくなると、馬堀は初老の男を乱暴に地面へ転がす。

 

「いだぅ!」

「……鈴木、てめえ手間掛けさせんじゃねえよ」

「な、な、なんでぇ!?」

 

自分の思惑通りにならなかったことに鈴木と呼ばれた初老の男はひどく狼狽している。馬堀はやれやれと先程警官へ見せたものを再び取り出した。

 

「……これはなあ、認知症ケア専門士の証明書でな。お前みたいな奴への保険なんだよ」

「認知……症?」

「お前みたいな年齢の奴がお巡り呼んだときにこれ見せるとな。大抵、ボケジジイが暴れて迷惑掛けてるって見なされんだよ」

「なっ!?」

「……資格って大事だよな。知ってるか?今の時代、ちゃんと勉強すりゃ、誰だってこの程度は取れるんだぜ?」

 

馬堀は不敵に笑った。そして、鈴木のフケまみれの髪の毛を思い切り鷲掴みにすると、力付くで引っ張りあげた。

 

「いででででででででで!!抜ける、抜ける~~!!」

「おい、てめえ。もう一度同じようなことしてみろ。その時は地獄見せるぞ?」

「は、は、はぃぃぃぃぃ!!し、しません!!二度としませんから離してぇぇぇぇ!!」

「よし。じゃあ、払え」

「ひっ…、い、今手持ちが……」

「手持ちが無いなら恵んで貰うんだな」

「え?」

「幸い、この時間帯はいい感じに主婦とかが歩いてくるからな。土下座して頼めば一人か二人はてめえみたいなクズにも恵んでくれるんじゃないか?」

「そ、そんなあ!」

「やれ」

「あ……ああ…………」

 

鈴木は観念して地面へ座り込んだ。

 

 

 

 

「……いやあ、アニキは凄いッスわ。結局、あの鈴木から今月の利息分をきっちり回収したじゃないですか。いや、ホントに凄い」

 

短髪のちょっと頭の悪そうな男が尊敬の眼差しで目の前に座る馬堀へ言った。

場所は変わって、ここは某所のファミレス。鈴木から利息分を回収した馬堀は部下の一人と少し遅めの昼食を取りに来たのであった。

 

「……藪から棒に何だサブ?仕事だから当たり前だろ」

「だとしても、アニキの集金率ほぼ百パーセントじゃないですか。マジ尊敬ッスわ」

「声大きいよ」

「あ、すいません……」

 

サブと呼ばれた部下の男はすぐに声を小さくした。

 

「おい、サブ。こういう場所で金貸しだってバレるような会話すんな」

「あ!すんません!」

 

馬堀に窘められ、サブはテーブルに両手をつけて頭を下げた。

 

「ご注文のイタリアンハンバーグとナポリタンをお持ちしました」

 

そのタイミングでウェイトレスが注文した品を持ってきた。強面の男二人のこの構図に一瞬ウェイトレスは止まったように見えたが、すぐにトレイの上の料理をテーブルへ並べ始める。

 

「ん?おい、姉ちゃん。ライスはどうした?」

 

サブがそう言うとウェイトレスはハッとした顔になる。

「申し訳ございません。只今、お持ちいたします!」

「おいおい、ハンバーグだけ食うとか有り得ねーだろ。ライスも一緒に持ってくんのが常識じゃねーのか?」

「た、大変申し訳ございませんでした!」

「おい、サブ」

「はい!何ですかアニキ?」

「お前、少し黙れ」

「へ、へえ……」

 

途端にサブは意気消沈したように黙り始める。次に馬堀はウェイトレスへ視線を向けた。

 

「あの……」

「……は、はい。何でしょう」

「これ、中身入ってないから新しいのと変えてくれる?」

 

そう言って馬堀はタバスコの小瓶をウェイトレスへ渡した。

 

「は、はい。只今、お持ちします!」

 

ウェイトレスは急いで厨房の方へと向かっていった。

その後、無事にライスとタバスコは届けられ、馬堀とサブは食事を始める。

 

「……イタリアンハンバーグって、何処がイタリアンなんスかねえ?トマトとチーズ使ってるからッスか?」

「何それ?俺に聞いてんの?」

「い、いえ、独り言ッス」

「でかいんだよ。てめえの独り言」

 

うんざりした顔で馬堀はナポリタンへタバスコをかけ始めた。小瓶を小刻みに振って、中の液体を大量にナポリタンに染み込ませる。ぐちゃぐちゃにかき混ぜた後、黙々とそれを口の中に運んでいった。

 

「…うへえ。辛くないッスか、それ?」

「全然」

「そうッスか」

「無駄口叩いてないでとっと食え。次の集金があるからな」

「へ、へえ!」

 

急いでハンバーグとライスを掻き込むサブを尻目に、馬堀はゆっくりとナポリタンを片付けた。

 

 

ファミレスで食事を終えた二人はその足で、とあるマンションへと向かった。目的は勿論そこに住む人間である。悪魔だの呪いだのオカルトめいた怪しい研究が趣味の老人であったが、債務者である以上は容赦なく取り立てねばならない。

 

「うへえ、何時来てもここ不気味なんだよなあ。暗いし、あのジジイ以外は他に誰も住んでいないとしか思えないし、あのジジイも何か魔術の研究とか胡散臭いことしてたし…」

「置いてくぞ、サブ」

「あ、待って下さいよアニキ!」

 

おどろおどろしい雰囲気の中を全く意に介さずに進んでいく馬堀。サブも慌ててその後を追った。

やがて、四階の奥の方にある部屋の前へ立つと、馬堀は呼び鈴を鳴らす。何度鳴らしても反応が無い為、馬堀はドアを力任せにドンドンと叩いた。

 

「世良さーん。いるんでしょ?出てくださーい!」

 

そう呼び掛けてもやはり反応が無い。ドアノブを回してみると、どうやら鍵は掛かっていないようだ。馬堀はドアを開けると、躊躇なく中へ入った。サブもその後に続く。

中はカーテンを閉めきっているからか、暗黒に近い状態であった。

 

「うわ!何も見えねえ!」

「……いちいちリアクション取るな。五月蝿いんだよお前」

 

馬堀は濃い闇の中、壁に手をつけ、手探りで電灯のスイッチを求める。やがて、それっぽい感触を探し当てたのでスイッチらしきものをパチッと動かした。と、電気が点く。あまり明るくは無いが、室内の様子は何とか分かる。

 

「あ、やっと電気が点い……うわああああああああ!!!!」

 

サブが何かを見つけ、驚きのあまり尻餅をつく。そこには壁にもたれ掛かる老人の姿があった。首にはコードのようなものが巻き付いている。

明らかな自殺体であった。

 

「うわわわわわ…ど、どど、どうしやしょアニキ!?け、警察呼びやすか?」

「馬鹿言ってんじゃねえ!サツなんか呼んだら事情聴取とかで面倒臭いことになんだろうが!」

「ひっ!」

「……チッ、死ぬなら金返してから死にやがれ」

 

馬堀は老人の亡骸へ向けて舌打ちをする。突然の死体にも彼は動じなかった。何故ならば、これが初めてでは無かったからだ。債務者の末路は大概こうなる。闇金に手を出すということは、その時点でまともな人生のレールから外れるのと同じようなことなのだ。そうなれば、このように無惨に死ぬか、惨めったらしく生かされ続けるしかない。若い身空でこの仕事を選び、以来十年以上も続けてきた馬堀はそんな人間を何人もその目で見てきたのである。これもその一つに過ぎない。

 

「ん?」

 

よく見ると、老人の周囲には開いた本が散乱している。また、何やら文字か記号のようなものも確認出来た。壁や床にびっしりと記されている。

 

(遺書……か?)

 

馬堀は徐に落ちていた本の一つを拾い上げ、読んでみる。薄明かりで見えにくいのと、見たことも無い文字で書かれていたので内容は全く分からないが、挿し絵の魔方陣らしきものから、オカルトめいた本なのだということは分かった。

 

(何だこれは?……何れにせよ、これ以上ここに長居は無用だな)

 

馬堀は本を地面へ捨てると、踵を返して部屋から出ようとした。

と、その時、周囲が突然明るくなる。

 

「おいサブ!これ以上電気点けんじゃねえ!」

「お、俺じゃ無いッスよ!」

 

確かにサブはまだ床に尻餅をついたままであった。それに、電気にしては局地的且つ明る過ぎる。馬堀は背後を振り返った。すると、そこには何時の間にか一人の男が立っていた。

 

「!?誰だ、てめえは!?」

 

馬堀が恫喝するかのように聞くと、男は答えた。

 

「……俺の名はアーチャー。お前が俺のマスターか?」

「ああ!?」

(こいつ、何言ってやがる?)

 

流石の馬堀もこれには戸惑いを隠せなかった。

そして、彼はまだ知らなかった。

これから始まること。そして、その重大さを。

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