Fate/Nexus 作:月影ノブ彦
緑川の中心には由緒正しい神社がある。その名も緑川神社といった。
神主の名前は真行寺正幸。家族五人でそこに住んでいる。真行寺家は代々この神社の守人であり、正幸はその十六代目にあたる。
かつては守人として高い霊力を備えて、その土地を代々護って来ていた一族であった。
霊力とは内に秘めた霊魂を力とし、悪霊、妖、物の怪といった類のものから身を守ること、そして撃退することが可能となる。故に、霊力の高さは一族のアイデンティティであり、一族の象徴であった。
だが、歴史を重ねる内に霊力は段々と失われていってしまい、やがて守人の名も形骸化していく。
真行寺家が霊力を失っていったのは、子孫を作る上で異なる血が混ざっていったのが原因であった。 彼らは基本的には近親にて子孫を作っていて、それで一族としての霊力を保っていたのだが、世相の流れがそれを許さなくなる。近親での恋愛、出産は禁忌として激しく弾圧され始めたのだ。真行寺といえ例外でなく、仕方なしに身内以外との交配を余儀なくされ、現在へと至る。
以前までは、その土地全てを護れる程の霊力を持っていた真行寺家も今では緑川神社さえ護れるかも怪しい程に低下していた。
一族の中には、それを歯痒く思う者も当然いて、正幸もその一人である。失った霊力をかつてのように取り戻すことは一族の悲願であった。
真行寺家に一枚の招待状が届いたのは、そんな折のことである。
「……いいか、お前たち?」
「………………」
「………………」
正幸は目の前で鎮座する娘二人を見る。
「お前たちはこれから聖杯戦争へ参加することになる。そのことは理解しているな?」
「…………はい」
「…………理解しています」
娘二人は同じ顔、同じ姿、同じ仕草で同時にコクリと頷いた。
彼女たちは一卵性双生児、所謂双子である。名をそれぞれ一葉、二葉と言った。
前をぱっつんとした長く美しい黒髪、白く透き通るような肌、黒曜石のような瞳。それらが彼女たちの清楚さを引き立てている。
「……本来であれば、お祖母ちゃんがマスターとして適任だったのだが、ここ最近は体調不良もあってな。だから、その代役はお祖母ちゃん以外で一番霊力の高いお前たちしかいなかった。勝つ為にはそれが一番の近道なんだ」
正幸は無念そうな表情をしながら、彼女たちではなく、まるで自分自身へ言い聞かせるように言った。
「……すまないな。変わってやれるものならば変わってやりたい。だが、私は霊力が低いのだ」
「大丈夫よ、お父さん」
「気にして無いわ、お父さん」
一葉、二葉はニッコリと微笑んでみせる。
彼女たちの気遣いに正幸は申し訳無さそうに頭を下げた。本来であれば、一家の長である自分がマスターとして参加すべきだったのだろう。だが、客観的に見ても、自身の霊力では他の参加者に不覚を取りかねない。それ程までに、娘たちとの霊力には差があった。
霊力は元来、男性より女性に強く受け継がれる性質がある。故に、男性である正幸がどれ程鍛練しようと、母や娘たちの生まれ持った霊力には敵わないのだ。
代々、真行寺家では男子が表立って全てを動かし、女子はその霊力を男子の為に使い続けるという習わしになっていた。時代の移り変わりによって多少はその役割に変化も生じたが、根本は変わっていない。
「………………」
その時、ガラッと障子を開け、一人の老婆が現れた。
「母さん……!!」
「…………フン!」
現れたのは、真行寺九十九。
正幸の母であり、一葉と二葉にとっては祖母である。長い白髪とその形相から、まるで山姥を思わせるような姿をしていた。
「正幸。私はやれるよ。ゴホッゴホッ……」
九十九が苦しそうに咳き込むと正幸が心配そうに駆け寄る。
「無茶をしてはいけません。……寝て下さい」
「年寄り扱いすんじゃないよ」
「年寄りじゃないですか!」
「言うようになったじゃないか」
九十九はニヤリと笑って見せた。だが、顔色はかなり悪そうで、立っているのがやっとに見える。実際、九十九は二月程前から体調を崩してしまっていて、ずっと寝た切りであった。
齢八十三歳。よもやという可能性も十二分にある。
「……正幸、私はやるよ」
それでも九十九は言った。今にも崩れ落ちそうな体とは裏腹に、その目にはギラギラと強い光が宿っている。
「確かに長くは持たないかも知れない。でも、それならすぐに終わらせればいいだけさ。全てが終わってからなら、死んじまっても私としては文句無いね」
「そんな馬鹿なことを言わないで下さい」
「何が馬鹿なことかい!」
そう言うと、九十九は孫娘たちへ視線を向けた。
「……何が悲しくて、前途ある可愛い孫たちを死地へ送らなきゃならんのか。死ぬのはねえ、年寄りのが先なんだよ」
「……それこそ無駄死にですよ。霊力は確かに母さんの方が強いですが、そもそもまともに戦える体じゃない。スタートラインにさえ立てないんですよ?」
「孫死なせるよりはマシだわね」
「母さ……」
「お祖母ちゃん!」
正幸の言葉を遮るように一葉が口を開いた。
「これは私たちが選んだことです」
「覚悟は出来ています」
二葉も続く。
二人はじっと九十九の顔を真正面から見つめた。岩清水の如く澄んだ瞳の中にある確かな光。その光には彼女たちの意思の強さが現れているかのようである。
それを見て取った九十九は、流石に押し黙ってしまった。
「……聖杯戦争に勝ち、聖杯を手に入れる」
「……一族の望みを叶える」
「それが、私たちの」
「願い」
二人はそう言って九十九の手を取る。
暫くして、九十九もまた無言で彼女たちの手を握り返した。その目には薄っすらと涙が滲んでいる。
それを見守ることしか出来ない正幸は悔しそうに彼女たちから目を背けた。
「あなた……」
そんな彼へ声を掛けたのは、正幸の妻であり一葉、二葉の母である巴であった。
「……巴。今日程、自分が矮小な存在であることを感じた瞬間は無い。本来であれば私がマスターにならねばならなかった筈だ」
「仕方ないわ。それはあなただけのせいではありません」
「……男に産まれてしまった。そのことが既に罪だったのだ」
「いいえ、それは違います。あなたが男で無ければ、こうして私があなたと出会うことも、あの子たちを授かることも無かったのですから」
「……………………」
正幸は無言でその言葉を飲み込む。
「……ここで過ぎたことを言っても仕方が無い、か。……サーヴァント召喚の儀式を始めるとしようか。来なさい。一葉、二葉」
「はい」
「はい」
二人は正幸の言葉に素直に従うと、彼の後を追った。
巴は心配そうに三人を見送り、九十九はさっさと自室へ戻ってしまう。
正幸たちは外に出ると、そのまま奥の蔵の中へと入った。そこには既に魔方陣が描かれ、儀式の準備が完了していた。
「……全て、クロサキ氏の指示通りだ。さあ、後は二人で仕上げだ」
「………………」
「………………」
二人は同時にコクリと頷くと、共に何やら詠唱を始めた。これもまたクロサキという男から教えて貰ったものである。そうすることで彼女たちの内どちらか一人をマスターとしてサーヴァントが召喚されるという。
「………………」
正幸はこの土壇場に来て、儀式に対して疑心暗鬼になる。
儀式の準備をしている間は藁にもすがる思いであったが、いざ直前となると妙に冷静になっている自分に気が付いた。
(……聖杯戦争に勝利した者は、自身の願いを何でも叶えることが出来るのです)
果たして、そんな上手い話が本当にあるのか。
あの神父の男は胡散臭くは無かっただろうか。
聖杯戦争が本当にあったとして、果たして自分たちが勝利することが出来るのか。
頭の中ではいくつもの疑念が浮かび上がり、その度にそんなことはないと自問自答する。
だが、霊力の喪失は最重要課題。持っている霊力をある程度高めることは出来ても、元の霊力を増やすことは出来ない。
つまり、失われた霊力は通常では取り戻す方法が無いのだ。最早取り返しのつかないところまで来た霊力低下に対しての解決策はこの手段しかないのが現実なのである。
「!!」
と、その時、魔方陣から強い力が溢れてくるのを正幸たちは感じる。瞬間、強い風のようなものがこの場に吹き荒れ、強い光が魔方陣から発された。
「こ、これは……!?」
眩い光の中、一人の人間が魔方陣から現れていく。
異人の男性。彼は閉じた目を見開くと、正幸たちをその視界に入れ、口を開いた。
「……我は此度、ライダーの名を名乗らせて貰う者だ。お前が、我のマスターか?」
男は西洋系の顔立ちなのに、日本語で話し掛けて来る。正確には、マスターが理解可能な言語で話すとのことらしいが、そんなことはどうでも良かった。それよりも、男から感じる霊力のような強大な力。それが正幸を震わせる。
「ほ、本当だった……本当だったんだな!」
一先ず、正幸の疑念の一つは解決された。そうすれば、後は目の前の彼を使って勝利するだけだなのだ。
「……勝てる。勝てるさ」
正幸は確信を持って呟いた。
「先代より衰えたとはいえ、我が一族の霊力は大きなアドバンテージ。そこいらの敵に負ける筈など無い。それに、このサーヴァントとやらの力……」
正幸は歓喜の表情を浮かべる。
「いける……。いけるぞ!!負ける筈など無い!!そうだろ、ライダーーーーーー!!!!」
一族の悲願を達成する。
その喜びを想像しながら正幸は叫んだ。