Fate/Nexus 作:月影ノブ彦
カジノ。
それは、快楽と狂気の宴の場。
ある人間は富を求め、ある人間は刺激を求め、数々のギャンブルに挑んでいく。
その結末は神のみぞ知るところであり、一夜で財産を築く者もいれば、一夜で全てを失い素寒貧となる者もいる。
全ては運で、勝つか負けるかというシンプルなルールに人生がそのまま乗っかっているのだ。
今宵も狂人たちが己の人生を賭けて戦いを挑んでいる。
「Ohhhhhhhhhhhhhhhh!!」
突如、どよめくフロア内。
衆目を一身に浴びているのはルーレットに挑む一人の男性であった。
彼の名は渡口零。
周囲に様々な外国人がいる中、東洋人の顔つきでプラチナ色の髪が異彩を放っている。
「……回せよ」
手持ちのチップ、凡そ数千枚はあるかと思われるそれを一点賭けすると、渡口は挑発するようにディラーへ言った。まるで負けるわけが無いと確信しているかのようである。
ディーラーはポーカーフェイスをキープしたまま玉をルーレットの中へ放り込む。その手つきはとても鮮やかであった。カラカラと回るルーレットの中で、玉がまるで舞でも踊っているかのように跳ね上がっている。
固唾を呑んで見守るギャラリーたち。その一方で渡口は特に興味も無さそうに欠伸なんかをしている。ルーレットの中さえ見てはいない。
と、その時、ディーラーが僅かに口角を持ち上げる。ギャラリーの中にはディーラーのその表情を見逃さなかった者もいて、「あ~あ」と渡口を哀れむように見ていた。
熟練のディーラーであれば、自身の狙った場所へ玉を入れることが出来る。このディーラーは渡口のベットした場所へ入れないように玉を放り、彼の勝ち分の回収を図ったのだ。
卑劣では無いかと思うものもいるだろうが、このディーラーの行為は決して間違ってはいない。カジノは胴元が勝たなければ経営は成り立たない。どんなに馬鹿ヅキする客であっても、最終的には負かさなければならないのだ。特にこういった裏カジノではこんなことなど日常茶飯事である。彼もそれを行ったに過ぎない。何時もであれば、ここに一人の敗北者が生まれている筈であった。
だが。
「……え?」
ディーラーは信じられないといった表情で思わずそう声に出してしまっていた。
何故ならば、玉が突然不規則に跳ね上がり、狙った場所とは別の所へ入ったからだ。
どうやら、ルーレットの溝の一箇所が人間に視認出来ないレベルでごく僅かにすり減っていたことが原因らしい。
そして、玉が入ったのは渡口が一点張りした所であった。
「Ohhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!」
地鳴りのようなギャラリーの歓声。
敗北必至と思われた男がまさかの勝者となったことにその場の者たちは興奮を禁じ得ないでいた。
対して、渡口はまるでその結果が予め分かっていたかのように冷めた様子でルーレットの方を見向きもしなかった。
そして一言だけ呟く。
「……つまんねえ」
「……また、やっちまったのかい?」
大柄な妙齢の女性がタバコを片手に言った。彼女は都心の片隅でたった一人しがないバーを経営している。カジノからも比較的近く、一勝負を終えた後の者たちの憩いの場であった。もっとも、最近は不景気のせいか客足も遠のいていて、客と言えば目の前でダルそうに酒を飲むプラチナヘアーの東洋人しかいないくらいなのだが。
「……アンタ、そんなことばっかしてたら、何時か本当におっ死んじまうよ?」
当の渡口はグラスに入ったビールを一気に煽り、何処吹く風である。
「……死にてえんだよ。俺はな。それも、ボロ負けしてな」
「何を馬鹿なことを言ってんだい。酔っ払ってんのかい?」
「俺が酔わないこと、ママなら分かんだろ?」
そう言って渡口は空になったグラスをママと呼ぶ女性へ差し出す。すると、彼女は手際よく冷蔵庫からビールを取り出し、新しいグラスの中へ注いだ。
「はいよ」
「ああ……」
渡口はグラスを受け取る。グラスの中は泡に蓋をされた琥珀色の液体で満ちていた。渡口は暫くそれを見つめた後、一気に喉の奥へと流し込んだ。丁度良く冷えたものが泡の刺激と共に体の中を通っていく。
「……美味い」
「……しかし、勿体無いねえ。何で勝った分の金の殆どをばら撒くようなことすんだい?アタシだったらそんな大金入ったら一生遊んで暮らしたいけどね」
「……………………」
つい三時間程前、カジノで大勝した渡口は手に入れた大金を持ってとあるビルの屋上へ行くと、飲み代分だけ取ってからそれを地面へ向けて文字通りばら撒いたのである。
突如、雨のようにドル札が降ってきて街は大混乱となったのであった。
「……別に、俺は金が欲しかったわけじゃないからな」
「じゃあ、何で賭け事なんかするんだい?賭け事なんて大概が金欲しいからやるんだろ?」
「……勝負さ」
「勝負?」
「……ヒリつくような勝負。刺激的で、常に死と隣り合わせな、そんな勝負がしてえんだよ」
「……相変わらず狂ってるね、アンタ」
ママはやれやれと肩をすくめて見せた。
「で、そんな勝負は出来たのかい?大勝したみたいだけどさ」
「……あんなのは勝負とは言わねえよ。勝つことが最初から決まってるようなのは勝負とは言わねえ」
「凄い自信だねえ」
「事実さ。俺は生まれてこの方、こういった勝負に負けたことねえんだよ」
「そうかい。だのに、何でカジノへ行くんだい?もうこの街のカジノは殆ど出禁になってんだろ?」
「……そんな勝負が出来るのが、そこしかないからだよ」
「アンタさあ。さっき、ボロ負けして死にたいとか言ってなかった?だったらその辺でごろつきに喧嘩売ってきたら?すぐに願いが叶うだろうよ」
「……違う。そういうことじゃねえんだよ」
渡口はそう言うと、つまみのマカデミアナッツを口へ放り入れる。
「……俺は、別に自殺したいわけじゃねえんだ。殴り殺されたいわけでもない。全身全霊を賭けた上で敗北し、死ぬ以外の選択肢が無くなる…死ぬなら、そんな最期を迎えたいんだ。当然、最初から負けるつもりなんて一ミリも無い。その上での敗北が望みなんだよ。俺に勝ちの芽が全くない勝負だったら、それはただの自殺だろ?…そんな風に厳選していくと、結局最終的にはギャンブルに行き着いちまうんだよ」
渡口は自嘲気味に笑った。
「ギャンブルは互いの運否天賦。ただ、それだけのシンプルな勝負だ。だから、いい感じにヒリつく。その時の運が足りない方が負ける。それはやってみるまでは分からねえ。な?刺激的でこれ以上無いくらいの平等さだろ?」
「なら、何でそんなに退屈そうなんだい?」
「……結局、最後には勝っちまうからさ。過程でどれだけ苦戦しても結果はいつも同じ。今回もそうだ。あのディーラーが最後に外してくるのは分かってた。だから、それが失敗する方に賭けた。相手は熟練だ。失敗する確率なんて一パーセントに満たないだろう。勝負するのも馬鹿馬鹿しい賭け…だからこそ、ヒリつく。これで負ければ完璧だったんだが、どうやらギャンブルの女神は俺をとことん好きらしい。途中で分かっちまったよ。……これで、どうやって楽しめって言うんだい?」
「……そいつは難儀なことで」
「……もっと俺に相応しい、もっともっとヒリつくような戦いがしてえんだよ」
「はいはい。……ところでさ、そいつはなんだい?」
ママはくわえタバコのまま渡口の持つ大きめの本を指差した。
「大事そうに抱えちゃっててさ。随分とアンタに不釣り合いに見えるけど、何の本なんだい?」
「……ああ、これか?ちょっと前に何処ぞの石油王とやらとギャンブル勝負した時に戦利品で貰ったんだよ。モノホンの魔術書らしい」
「魔術書?ちょっと眉唾過ぎないかい?」
「俺も最初はそう思ってて、小説感覚で読んでたんだけどさ。読み進めてくと意外と面白いんだよ」
そう言うと渡口は笑ってみせる。まるで少年のような無邪気な笑顔であった。
「特に気に入ってるのが、この本の中に書かれてる“聖杯戦争”って奴さ」
「何だいそりゃ?物騒な名前だけど」
「選ばれた七名がそれぞれサーヴァントとやらを呼び出して、最後の一人になるまで戦い合うんだと。勝ち残った者は聖杯により何でも願いが叶うらしい」
「……馬鹿馬鹿しいにも程があるね。まさか、そんなもん信じてんのかい?」
「ああ、信じてるさ。これ以上無いくらいのチャンスだと思ってるよ。最初のサーヴァントの時点で運が絡んでるのがまたいい。こういうのは俺の力を活かせるからな。ただの喧嘩とは全然違う、正に俺の望んだ勝負の形だよ」
「……呆れた。アンタは相当なリアリストだと思ってたんだけどねえ。まさか、こんなお粗末なお伽噺を信じるなんてさ」
「そのくらい、俺は退屈なのさ。今も、な」
渡口はそう言うと、ジーンズのポケットに突っ込んでいたくしゃくしゃのドル札数枚をカウンターへ置いた。
「……ご馳走さま。多分、暫くはここへは来ないよ」
「暫く…って、またどっかへ行くのかい?」
「ああ。だけど、行くってよりは帰るって方が正しいかもな」
「帰る?」
ママがそう聞き返すと、渡口は笑みを浮かべながら答えた。
「ちょっと日本へ帰るわ」