Fate/Nexus 作:月影ノブ彦
シークレット・スイーパー。
政府公認の殺し屋集団。
それは、相次ぐテロ行為や関係者への暗殺行為に業を煮やした政府が作り上げた特殊機関であり、政敵を抹殺するのが主な任務であるという。
某国にて、政治犯罪が多発していた頃、そんな都市伝説が民衆の間で広まっていた。突拍子も無い話であるが、当時はかなりの人間に信じられていた。何故ならば、ある時期を境にその国ではそういった事件がピタリと起きなくなったからだ。更にそれだけではなく、政府にマークされていた要注意人物が次々と変死体で発見されたのである。とても偶然とは思えぬそれらの出来事から、民衆はこぞってシークレット・スイーパーの存在を口にした。
「政府に逆らえば、シークレット・スイーパーに消されるぞ!」
「シークレット・スイーパーなんている筈がない!ただの妄想だ!」
「しかし、現に反政府の連中が死んでいるじゃないか!」
やがて、その存在は民衆の間で激しい論争をも巻き起こすことになる。この事態を重く見た某国政府は異例の発表を行ってシークレット・スイーパーの存在を否定し、それ以降は触れることさえしなかった。公式の一応の発表に論争の熱は冷めていき、やがて噂は風化して現在へと至る。
なお、先の変死体の事件について、その真相は未だ明らかにされてはいない。
「諸君!我々国民はこのままでいいのか!?いや、良くなどない!!」
狭い部屋の中で一人の男が熱く演説を行っていた。感情を包み隠さず、強く握る拳を何度も振り上げ、思いの丈を熱弁している。部屋いっぱいの聴衆たちも固唾を呑みながら、男を見つめていた。
「我々は我々の手によってこの国をあの無法者たちから取り戻さねばならない!今すぐにだ!!」
「そうだそうだ!」
「腐敗した政府など打ち壊せ!!」
「殺せ殺せ!!」
演説が進むにつれ、場が一体となっていき、周囲を狂熱が支配していく。やがて集団は個となり、目的の為の力へと変わっていくのだ。そう、暴力という名の力へ。
朝陽を取り戻す会。
元々は現政府に対する不満や怒りを持った者たちで結成された組織であった。当初の活動はディベートを行ったり、政策に対するデモ行進を行ったりと比較的穏やかなものであったが、近年は過激化の一途を辿り、議員の襲撃や爆破予告など行動が直接的になっていった。今ではテロ組織として指名手配されるまでになっている。
本日は彼らの決起集会であった。組織の主要メンバーも全員参加している。こうして士気を高め、これより破壊工作を行おうというものであった。
なお、今まで壇上で演説していたのは組織のリーダー、段田一朗である。演説を終えた彼は、他の幹部たちが座っている席へと戻っていった。
「……さて、質疑応答に移る」
進行を担当している者が聴衆へと問い掛ける。ことを起こす前の最終確認のようなものであった。
「はい」
聴衆の中で真っ先に手をピンと真っ直ぐ挙げた者が一人。進行役の男はその人物を指差した。
「そこの挙手した者。名前を名乗れ」
「はい。甲斐丙と申します」
「カイ・ヒノエ…変わった名だな」
そう言うと、進行役の男は書記係と思わしき者へ視線を向けた。書記係と思わしき男は、名簿のようなものを確認した後、進行役の男へ首を縦に振って返す。
「……よし。同志甲斐丙、前へ出ろ」
「はい」
甲斐丙と名乗った人物が言われた通りに前へ出る。彼はスラッとした体格の背の高い男性で、フワッとさせた髪を金髪に染めていた。何よりも目を引いたのは、彼が般若のお面を付けていたことである。とは言え、そこまで周囲は彼のことを不審がってはいなかった。組織が組織なだけに、身バレしたくない者たちも中にはいて、そういった者の中にはこうした変装をしている者もいるからである。
「……では、質問を許す」
「有り難うございます。まずは皆様こんにちは」
甲斐丙は穏やかな声でまず挨拶をした。緊張などは微塵もなく威風堂々とした様子である。
「それでは質問を。段田殿は、もしも人生の最期に好きなものを何でも食べられるとしたら、何を食べたいですか?」
場がしんと静まり返り、空気が凍りつくのが見て取れた。
「……同志甲斐丙、ふざけているのか?」
暫くして、段田が怒気を孕んだ声で問い質した。
しかし、甲斐丙は至って真面目な顔と声音で答える。
「はい、ふざけていますよ。質問には特に意味などありません。……ちなみに私は寿司を食べたいですね。好きな店がありまして、そこの穴子が絶品なんですよ」
「……もう良い。下がれ」
「穴子が絶妙な煮加減なのもそうですが、やはりあの熟成したタレ。あれを口にしたら他の穴子など、とても食べられませんよ」
「もう良いと言っている!!」
「……どうやら、段田殿にはそういったものはおありでは無いようですね。残念ですよ」
「貴様、ふざけるのもいい加減に……」
「もっとも……」
それは一瞬の出来事であった。
怒って前へ出た段田の首が、まるで最初からそうなるかのようにポーンと吹っ飛ぶ。その場にいた全員が何が起きたのかまるで理解出来なかった。
「それを言ったところで、別に食べさせてあげようとか、そういうことでは無いのですけれどもね」
甲斐丙は般若の面の下でニヤリと笑う。彼の手には長ドスが握られていた。
段田の首が壁に当たって跳ね返り、血しぶきをあげながら聴衆たちの方へ飛んできたところで、彼らは何が起こったのかを理解した。まるで輪唱のように悲鳴が次々と上がっていき、我先と逃げ出そうとする。
しかし、甲斐丙の次の行動は素早かった。奥にふんぞり返っていた幹部連中数名が動き出す前に全員斬首すると、進行役の男や書記係の男まで残らず斬り裂く。その間、僅か数秒程度。人間業では無かった。しかも、刃には一切の血液が付着してはいない。あまりに甲斐丙の剣の振りが速過ぎて、血がつかないのだ。
「さて、次はと」
甲斐丙は懐から何やら丸い物体を取り出すと、その上部のピンを外した。小型の手榴弾である。それを彼は逃げようとする聴衆たちの中へ躊躇無く投げ入れると、素早く先程まで演説が行われた教壇の裏へ隠れた。直後、強烈な爆音と爆風が巻き起こる。
「…………」
焼けた肉と血の臭いが一段と濃くなる。甲斐丙は、すくっと立ち上がると、室内を見渡した。地面は元は人間であったろうバラバラになった肉片や血溜まりで埋め尽くされている。また、爆心地から遠かった者たちも破片が体のあちこちに突き刺さって半死状態であったり、吹き飛ばされた衝撃で手足が有り得ない方向に曲がるなど、息はあっても到底無事とは言えない状態であった。
「……おやおや。火薬が少なかったですかね?手製の爆弾なのでこういうことがよくあるのですよ。すぐに死ねなくてお辛いでしょう」
そう言うと、甲斐丙は懐から完全密封の大きい水筒のようなものを取り出し、その中身を周囲へ撒いた。油と鉄の混じったような臭いが辺りに広がる。
「あと少しの辛抱です。もうじき楽になりますよ」
出入り口まで死体と半死人の中を悠々と歩く甲斐丙。去り際に火を点けたジッポライターを放り投げた。それが地面へ落ちるなり、物凄い勢いで火柱が上がっていく。
炎の舞を背に、甲斐丙はその場から去っていった。
「ご苦労」
そう言って外で甲斐丙を待っていたのは、白髪の初老の男であった。スーツ姿で威風堂々とした立ち姿である。
「お父さん!」
甲斐丙は面の下に明確な喜びの感情を表に出して、初老の男のことをそう呼んだ。
「わざわざ来て下さったのですか?」
「なあに。久々に息子の顔が見たくなってな」
「嬉しいなあ……」
甲斐丙は少し照れ臭さもありつつ、それでも本気で嬉しそうに言った。目の前の人物が彼にとってどれだけ大切なのかが第三者からも伝わるようである。
「向こうに車を停めてある。立ち話もなんだから、取り敢えず来なさい」
「はい!」
食い気味で甲斐丙は即答した。初老の男はうんうんと頷くと、彼を連れて歩いていく。
暫くすると、細長い車が見えてきた。闇に溶けるような真っ黒のリムジンである。二人の姿を見るなり黒服の人物が後部座席のドアを開け、待ち構える。
「……後は頼んだぞ」
「……………………」
すれ違い様に初老の男は黒服の男へそう耳打ちした。黒服の男はただコクリと頷く。
二人がリムジンに乗り込むと、黒服の男がドアを閉め、直後に発車された。
車内は外見同様に豪奢で、本革張りのシートは勿論のこと、テーブルの上にはフルーツとシャンパンが置かれていた。初老の男はシャンパンを開けると二つのシャンパングラスへ注ぎ、その片方を甲斐丙に渡す。
「……一先ず、今宵の仕事の成功に乾杯といこうじゃないか」
「は、はい!!喜んで!!」
甲斐丙は嬉々としてグラスを受け取ると、面を僅かにずらしてから、それを一気に飲み込んだ。初老の男はその様子を嬉しそうに見つめた後、同じようにグラスの中身を飲み込む。
「……改めて、ご苦労だったな。我が息子よ」
「はい。お父さん。今日もお父さんの邪魔をするゴミ虫どもを葬り去ってやりましたよ!」
「相変わらず見事な仕事っぷりだな」
「今回は相手も間抜けでしたよ。決起集会ということで凶器を持参してもすんなり中に入れましたから。予め潜入していたというのもあって、連中は私のことを疑いもしなかったですよ」
「……お前がいてくれて本当に助かっているよ。何せ、世の中には私の行く手を阻む者が多いからな」
「お父さんの障害になるものは全て取り除く。それが私の使命であり、私の生きる理由ですから。当然のことをしたまでですよ」
「頼もしいな」
初老の男はにんまりと笑うと、予め切り分けられていたメロンの一欠片を口の中へ運んだ。
「……いいメロンだ。決め細やかで繊細な味なのは勿論のこと、熟れ過ぎず適度な硬さを残しているのに噛むととてもジューシーだ」
「なるほど。では、私も頂きます。……確かにこれは美味しい。甘過ぎないからくどくないですね」
「……お前に話がある。一つ、頼まれてはくれないだろうか?」
「お父さん。私がお父さんの頼みを断ったことがありますか?」
「そう言ってくれると思っていたよ」
初老の男はメロンをもう一欠片口に入れ、軽く咀嚼した後に飲み込んだ。
「お前には、これに参加して貰いたいんだ」
「……“聖杯戦争”?何なのですかこれは?」
「平たく言えば、殺し合いだよ」
「なるほど。私の得意分野ではありませんか」
「そうだろ?詳しい話はこれから会う者が話してくれるだろう」
「分かりました。……今から楽しみですよ。お父さんの役に立てることが」
武者震いに打ち震える甲斐丙。
「必ずや、お父さんの希望を叶えましょう」
「吉報を待っているよ」
「はい!」
そうして二人を乗せたリムジンは闇へと消えていった。