突然だが、目が覚めたら陽が傾いていている、という経験はあるだろうか。
俺は、今がそれだ。
「外が完全に夕方なんだけど…」
オレンジの空、地平線に沈みかける夕陽。なんか、思考が止まっている。
呆然としているうちに頭がだんだんと冴えてくる。
記憶が確かなら、今日は七月十四日、月曜日。日付を確かめようとスマホの画面をつけようとしたところで、振動とともに画面が光る。
『レン』
そこに映っていた名前は同じクラスの友達。
確かレンは今日クラブだからこのくらいの明るさの時はまだ部活だと思うんだが…そう思いながら電話に出る。
「もしもし?俺は多分寝坊したけどレンはまだクラブじゃねーの?」
『いやいやソウお前まだ時計見てねーのか!?今すぐ時計見てみろって!』
「はぁ?時間がどうし、た…」
一人暮らしの家の壁に掛けてある時計。そこに示されていた時刻は、【7時15分】。
普段俺が起きるよりは多少遅い、ただそれでもこの外の光景とは一切合わない時間であることは確か。
『な?わかっただろ?俺がこんなに焦ってた理由がさ。』
「あー…これは確かに、焦るっていうか困惑するっていうか…」
『うちはなんかわかんねえけど親も妹もいねぇし…』
「え?いつもお前が一番早く家出てるんじゃなかったっけ?おかしくね?」
『だからそう言ってんじゃん!』
「あー…今考えても仕方ねえだろ。とりあえずシャワー浴びたい。汗すごいし。」
なんか、何も考えたくなかった。
ただ、エアコンの付いていない部屋の蒸し暑さと寝ている間の汗でじっとりと体が湿っているのが、ただただ不快に感じていた。
『あーもう!後でな!』
レンはそれだけ言うと電話を一方的に切断した。
家族がいないって言ってたけど他の人はどうなんだろうか。
スマホを軽く見る限りクラスのグループは通知が入っているし内容的に他学年もいる、少なくともこの学校のメンバーはいるんじゃないかな、とは思う。
でも他のSNSは学校のメンバーの投稿以外存在しない。
あとは…学校で使っているアプリ。開くと、先生からの通知。何があってもこれを見ている限り全員登校、らしい。
これでこの学校の生徒、先生はいることが確定した。
ただそれと同時に、やけに静かな外とか、何をしても砂嵐のテレビを見る限りこのメンバー以外いないんだろうな、とも思う。思ってしまう。
「シャワー浴びよう。」
一旦それら全部を思考の隅へと追いやって、エアコンの電源を入れて、風呂に入る。
朝は普段シャワーしか浴びないが、今日だけは湯船にまで浸かった。
何も考えずに。
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風呂から外に出ると、時間は七時五十分。
朝にしても夜にしてもおかしい外の夕焼けを見ながら、どうしようか考える。
家から学校までいつも通りに行くと大体30分ってところか。いつもの始業が八時三十分だから、急いで準備すれば間に合うかなってくらいの時間。
「でもまぁ、別に行かなくたっていいよな…」
なんというか、やる気がなくなったというか、なんというか。
レンは友達だし、もちろん他にも友達はたくさんいる。安否も気になる。
でもそんなことより、少し思ったことがある。
今は、自由なんじゃないか。
そんなことないかもしれない。次の瞬間には何もなかったかのように元に戻っているかもしれない。でも、それなら、学校なんかに縛られるより自由に生きたい。
別に学校が嫌いってわけじゃない。ただちょっと、自由な時間が欲しいだけだ。
一応レンのスマホに連絡だけ送るか?いや、いいか。
さっき電話したから無事ってことはわかってるはずだし。
そう考えて、制服に着替えようとしていた自分の動きを止める。
そして、半袖のパーカーに適当なズボンを履いて、鍵と財布と水だけ持って外に出る。
自分の住んでいるマンションの階段を降り、止めてある原付に跨る。
エンジンをかけて走り出す。
校則違反。
そんな言葉が頭をよぎる。ウチの高校はバイクの免許を取ることは禁止されている。ただどうしても乗りたかったからバレなきゃOKの精神で免許をとった。原付も買った。
普段ならバレないようにとか考えるけど今はそんなこと頭になかった。
そのまま向かうのは学校とは別方向。
夏特有のジメッとした空気に体が汗ばむのを感じながらも、風を切る感覚が気持ちいい。ただそれと同時に、怖いほど美しく、今の時間に合っていない夕焼け。
少しだけ学校の友達に心配されてないかな、とか、自分だけめんどくさいことから逃げてるなー今から行ったほうがいいかなーとか感じながらもそれを無理やり振り払って目的地へと向かう。
その道中感じたのは、不気味なほど、いや全く人がいない、ということだった。
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「あ、センパイ。やっぱり来たっスね。」
「おう、一応友達と電話したしこんな時にわざわざ学校行きたくねえなーって思ったし。」
「私もそんな感じッス。一緒っスね。」
「お前は友達いねーだけだろ。一緒にすんな。」
「失礼な。私にも友達の1人や2人くらいいるっスよ。」
「おうそう言うんなら名前出してみろや。」
「…それは卑怯じゃないっスか。」
「やっぱいねーじゃねえか。」
そんな適当な会話を繰り広げているのは店主のいない駄菓子屋の前。
互いに私服で駄弁っている。
「私にも連絡くらいは来るっスよ?」
「誰から?」
「タカハシさん」
「あー、あの感じのいい女子か。いわゆる陽キャ的な。」
「そう、その子っス」
「…そいつが誰にでも連絡してるだけじゃねーの?」
「ひどい!センパイは私をそんなに人望がなくてタカハシさんは誰にでも優しいからこんな私でも連絡してきてくれる人だって思ってるんスね!」
「うん。」
「ひどい!」
オーバーリアクション気味に後ろに倒れる後輩、ユイ。
たまたま仲良くなってよく一緒に学校をサボっている。あとたまに放課後とか休みの日にここの駄菓子屋集合で原付の後ろに乗せて出かけたり駄弁ったりしてる。
それだけの関係。
特別仲良くも悪くもない。
「で、全員登校無視してサボってる訳ですけど、これからどうします?」
「これからねぇ…正直あんま考えてないんだよな…」
学校に行きたくないってだけでここまできたから、正直なところこれからどうするかとか一切考えていない。
「センパイもっスか。とりあえず適当に走りません?せっかく人もいないし、こんなに夕焼け綺麗ですし。」
「最高。それ採用。」
「やった。なんか嬉しいっス。じゃあもう行くっスか?」
「いや、せっかくだしなんか駄菓子食ってかね?」
「ありっスね。私もなんか買おっと。」
後輩の素晴らしい提案を採用したところでとりあえず店の中に入る。
ただ、いつも笑って迎えてくれた店主のおばあちゃんはいない。ただ風に揺れる風鈴の音だけが中には響いている。
「なんか、あのおばあちゃんいないだけでこんなに静かっていうか、寂しいんスね。」
「…そうだな。一応呼んでみるか… おーい!ばあちゃーん!いるー!?」
そんな呼びかけに帰ってくるのはただの静寂。
いつもそんなに人が多かったとか、賑やかだったとか言うわけではないが、いざ何もなくなるとなんというか、寂しい。
「センパーイ、これお金とかどうしたらいいんスかね。」
「あー、とりあえず代金だけ置いておけばいい…んじゃないか?とりあえず。」
「了解っス」
そう言って幾つかの駄菓子を取ってその代金をレジに置くユイのあと、俺も同じようにしていつも座っているベンチに2人並んで座る。
「なんか、時間と景色が合わないと混乱するっスね。」
「そーだな。なんかもう学校終わった夕方に感じる。」
そんな話をしたあと、2人して黙々と駄菓子を食べ進める。
別に話がしたくないわけじゃない。普段からたまにこう言う時間はあった。でも今日に限っては何か思うことがあるんだろうか、なんて思ってしまう。
思えばユイのことはほとんど知らない。2人して家の話なんてしないし、互いに学校とかバイトとかこのアニメが面白かったとかの会話しかしていない。何もないと言われれば何もない、特別面白い事もない。それでも関係は続いているんだから、こういう関係が一番長続きするものなのかね、なんて考えてしまう。
そんな時。
「うおっ、眩しっ」
「なんかすごい光見えたっスね」
「どこで光ってんだこれ…俺らみたいに学校行かなかったバカがなんかやったか?」
「それ私たちがバカって事じゃないスか」
「実際そうだろ」
「ひどい!っていうかあっちって学校じゃないっスか?」
「あー…確かに?」
「センパイ…もしかして方向分かってないっスね?」
失礼な。家からの道は覚えてるんだからいいだろうが。
というかそうか、学校か。
え?学校でなんか光った?
「…どうする?学校行く?」
「そうっスね。何も通知入ってないし…」
私服だし、原付だし、先生に見つかると面倒…だけど流石にあのよくわからん光がなんなのか気になるし…と適当に意味があるのかわからない理由づけを済ませて原付のエンジンをかける。
ユイにヘルメットを渡し、俺の後ろに乗ったことを確認するとアクセルを入れ、進み始める。
「学校から離れたとこに一応これ置こうと思うんだけどさ、原付止めれる駐輪場って知ってる?」
「んー、思ったんスけど、人いないし覚えやすい場所にでも止めてればいいんじゃないっスか?」
「人いないって決まったわけじゃないけど…まぁそれでいいか。」
人がいないってだけで感覚がバグるな…なんて考えながら、人がいないのに点灯している信号を律儀に守りながら学校への道を進む。
学校近くの公園に原付を止め、ヘルメットのせいで蒸れた頭を軽く振り払いながら歩く。
歩き慣れたはずのこの道がひどく長く感じる。
赤い、紅い夕焼けが照らす街が、あんなに綺麗に思えるのに、それもどこか不気味に思えてきた。
その時、ふと気がついた。
こんな狂った時間と光景の世界でも、日は沈んでいるらしい、ということに。
「門、空いてるっスね。」
「ってことはまだ中に誰かいるって考えてもいい…のかね?」
門を通る。
なんらいつもと変わりのない校舎。
だが、あまりに静かすぎる。
いつもの下駄箱に進む。多分数十年と改修されていない校舎と下駄箱。さっさと改修すればいいのにとずっと思っているけど、特別不便というわけでもないからずっと放置されているんだろうな。
ギシギシと軋む床を歩き上履きに履き替える。
校舎に入ってからの俺たちの間には不思議と会話はなく、ただただ自分たちの教室を目指して歩く。
思えば、私服で学校にくる、というのは初めてかもしれない。文化祭とかの行事は制服固定だし、宿泊系も学校外の集合のため私服で学校に入ることはない。
「なんか、今更だけどこの学校って便利じゃないけど微妙に不便でもない学校だよな…」
「あー…なんかわかる気がするっス。いつまで経っても校舎は改修しないし…」
なんか、違う。違和感。
何が、とまではわからない、小さな違和感。
階段を登りながら、考える。
意識しないと気づかないレベルで小さな違和感…だとは思う。
なんならこの違和感は間違いかもしれないとすら思える。
だが確実に何かがおかしい。
夕焼けが不気味さを増している、のかもしれない。
校舎がどこかおかしくなっているのかもしれない。
「センパイって三年だから四階っスよね?」
「そ。階段がしんどい。」
「センパイ…おじいちゃんかなんかスか…」
教室。いつも通り。そのはず。
「誰もいないっスね。」
「ちょっと回ってみるか。」
そう言って部屋を出る。カーテンが、揺れた気がした。
「美術室…センパイって美術選択っスか?」
「んや、俺は音楽。」
「おや、いらっしゃい。急にすまないんだが質問だ。」
「青い血が流れている人間は、果たして“人間”と呼べるのかな?」
なんだ。やっぱりおかしいじゃないか。
だって。
俺の先輩がここにいるはずないんだから。