「センパイ?どうしました?」
そんな声も耳に入らず、ただ茫然としている。
できるなら、また会いたいと思っていた。
失踪なんてするはずがないと思った。
机に花が置かれていた時、吐き気がした。
あなたがそんな簡単に死ぬ訳ない。そう簡単に生を捨てるような人間ではないと。
ただ、色々と聞く前に答えるべきなのは。
「人間でしょうよ。血が青だろうと、人型で、自認が人であるなら。」
先輩の質問をスルーすると面倒だなんてことは俺が一番よくわかっている。
そして、改めて見る前に。
「…あとで、また来ます。」
「うん、また後で。」
部屋を出る。心臓が高鳴っている。頭が、今すぐ部屋に戻れと、今すぐ部屋から離れろと、急かしている。
「とりあえず、体育館でもいくぞ。」
「は、はいっス」
ユイを連れて、何も言わずに階段を降りていく。
先輩のことを考えないようにしながら。
だが、現実というものは残酷で、この現実かどうかもわからない空間でも確かに自分が、先輩が、後輩が、ここにいるということを突きつけてくる。
「センパイ、さっきの人って知り合いっスか?あぁいや、答えたくないなら別にいいんですけど…ちょっと聞きたいというか…」
その質問が来るのはわかっていた。だから、答えなければならない。
「俺の、先輩。二つ上の。」
「センパイの、先輩。」
「そ。ただ、2年前に失踪してる。」
その言葉で、言葉が止まる。
あたりに響くのは俺たちの足音と、人がいないというのに煩わしく鳴り響く蝉の声だけ。
「…そういえば、私たちも失踪ってことになってるんスかね。」
「さぁな。でもまぁ、今生きてるんだからそれでいいだろ。」
今、難しいことを考える気にはなれなかった。
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体育館。どこか暖かな光が残る感じのあるその空間には、我らが高校の正鞄が散乱している。
そう、誰もいない。
どこか不気味さのあった校舎とは全く違う、どこか懐かしさというか、安心感というか、そういうものが残る空間だった。
「…いないっスね、誰も。」
「多分あの光は体育館だったんだろうが…なーんで誰もいないんだろうな。」
こんなことならちゃんと学校に来ておいた方が良かったかな?なんてことを考えて、すぐに気持ちを切り替える。
センパイの方を見るとこの状況を気にしつつもやっぱりどこか上の空というか、別のことを考えているというか、そんな感じ。
センパイの先輩のことだとは思う。でも、私はあの人のことを知らない。
年齢も、名前も、好きなものも、センパイとの関係も。
私自身、センパイとどういう関係なのかもわからないし、どうなりたいとかもない。
だから、この少しモヤモヤする気持ちも、何も、わからない。
「センパイとさっきの人ってどんな関係なんスか。」
だから、聞く。踏み込む。
だって、聞きたいから。
「…なんなんだろうな。」
返ってきたのはそんな言葉。
「正直、先輩とは色々ありすぎたんだ。本当に。俺の人生が色々と変わるくらいに。」
続く言葉を聞いても、私にはたかが十八年しか生きてないのに何言ってるんだろうとしか思えなかった。それは単純に時間だけで考えていたからなのか、私にそんな経験がなかっただけなのか。
「や、確認事項は終わったかな?」
私とセンパイが同時に後ろを振り向くと、そこにいたのはセンパイの先輩。改めて見ると、すごく綺麗な顔つきをしていると思う。何より、髪も、目も、吸い込まれるように黒い。
こう言うと失礼かもしれないけど、目に光がない、というか、何を考えているかわからない、と言うか。
「そんな君達に一つ話が。」
「ここから元の場所に帰れるって言ったら、帰りたい?」
投げかけられたのは、そんな質問だった。
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「そもそもここがなんだって話をすると長くなるんだけどね、私は裏側って呼んでる。」
その話を受け、センパイ、先輩、私の3人で歩きながら、先輩が1人で話を続ける。
「いわゆる神隠し的なやつだと思ってもらえたらいい。ところで朝やけに学校が騒がしいと思ったらなんかいっぱい人が来ててさ、隠れるのに必死だったよ。」
「その人達は多分帰ったんだろうけどね、私の知る方法とは別の方法で。いやぁ、その方法も気になるけど、まずはソウ君達を戻す方が先かな。」
そこまで話したところで、センパイが口を開く。
「先輩は戻らないんですか。」
「ノーコメントで。面白くないでしょ?言っちゃったら。」
はぐらかされた。まぁいいけど。センパイと歩くこの時間がなんだか心地いい。ずっとこの時間が続けばいいのにと思う反面、蝉のうるささに気が滅入りそうにもなる。
「話の続き。まぁ、帰り方って言ったら単純なんだけどね。さっき、神隠し的なものって言ったでしょ?なら答えは簡単。」
「そっくりそのまま、“元の場所に返してください”って、神様にお願いしちゃえばいい。」
神社の前で振り向き、先輩は私たちに向けてそう言った。
「どうする?すぐに帰る?それとも遊ぶ?」
なんか、色々と話が急すぎる。色々と聞きたいこともある。でもまぁ、帰ってからセンパイに聞けばいいことばかりだし、タカハシさんとかも心配…してくれてるのかな?してくれてるといいな。
「私は帰りたい…っスかね。」
「ソウ君は?」
「じゃあ、そうさせます。」
「うん、決まりだね。」
そう言って鳥居をくぐる。すると、あの体育館に入った時のような感覚。何か空気が変わったというか、そんな感じ。
「手順は簡単。いつもの参拝みたいな感じで、願うだけ。」
「なるほど。帰れたら、ですけど、短い時間だったけど、ありがとうございましたっス。」
そう言って私とセンパイは参拝を始める。
二礼二拍手一礼。
元の場所に返してください。
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目が覚める。朝日、青い空。
スマホを見ると、記憶より一日進んでいる。
通知欄には大量にタカハシさんからメールが来ている。それに軽く返して、学校の準備を始める。学校にも一応顔を出さないといけないし、何より先輩に聞きたいことが多すぎる。
そうだ、先輩に連絡しておこう。
『センパイ、今日の放課後いつものところで会いましょうよ。』
その日、センパイは来なかった。既読も付かなかった。家には誰もいなかった。
私はどこか地に足がつかないような感覚のまま数週間が過ぎ、夏休みに入った。