灯と鏡   作:猫とふりかけ

1 / 3
西洋の剣と東洋の刀コンビっていいよねっての話。


優しい笑顔とあの人

泉鏡花は前世の記憶を持っている。彼女はかつて横浜に存在するポートマフィアの一員だった。

孤児だった鏡花はその強力な異能を見込まれて、ポートマフィアに拾われたのだ。

 

泉鏡花の異能は(夜叉白雪)。

異能生命体の召喚。夜叉白雪は仕込み杖を使った異形。その異能の恐ろしいところは殺戮に特化しているところだ。目に止まらぬ速さで敵の首を跳ねる。その異能にて彼女は三十五人もの命を奪っていた。

 

しかし、鏡花の異能にはとある欠点を持っていた。それは夜叉白雪は携帯の声でしか従わない。故に鏡花は自分の意思で夜叉白雪を操れないのだ。自分の意思すら関係なく人を殺める毎日。

 

「もう、誰一人殺したくない」

 

鏡花は日々、苦しんでいた。とある少年に出会うまでは……。

 

 

 

 

 

 

 

広い和室にて、着物姿の少女が幼い少年に頭を垂れていた。

少年はなぜ少女がそんなことをしているのか分からず、不思議そうに見つめていた。

 

やがて、少女は柳の枝のように下げていた頭をゆっくりと上げ、機械のような無感情な声で告げる。

 

「初めまして、坊ちゃま。

私は長田鏡花。あなたの世話役および護衛として仕えることになりました。どうぞ、お好きにお使いください」

 

そう言うと、再び畳に額をつけて深々と頭を下げた。

 

二人の間に、しばし沈黙が流れる。

少年は自分より少し年上に見える鏡花をじっと見つめてから、ふわりと笑顔を浮かべ、口を開いた。

 

「頭を上げて」

 

鏡花は、その言葉に素直に従い、ゆっくりと顔を上げた。

 

少年は彼女の目線に合わせるようにしゃがみ込み、にこにこと微笑む。

その優しげな顔とは対照的に、鏡花の表情は終始無表情のままだ。じっと、射抜くような視線で少年を見つめている。

 

普通の子どもならば、きっとその視線に怯えたかもしれない。

しかし少年は、怖がることもなく、変わらぬ笑顔で言った。

 

「僕、時弥。よろしくね、鏡花ちゃん」

 

その瞬間、鏡花の胸の奥に、懐かしい記憶がよぎる。

――自分を暗い闇から救ってくれた、あの少年。

中島敦と呼ばれた優しい人。

 

髪の色も、顔立ちも、瞳の色も違う。

けれど、その笑顔だけはまるで同じだった。

まるで寄り添うような、そっと包み込むような笑顔。

 

今もなお、闇の中にいる鏡花にとって――

時弥の笑顔は、焼けるほど眩しく、温かかった。

 

その様子を二人の少女達は見守っていた。十代前半にもなる少女の一人が口を開いた。

 

「ほら、大丈夫じゃないですか。沙代お嬢様」

 

「本当に大丈夫かしら?灯花。鏡花ちゃん、無理してないといいのだけど……」

 

沙代お嬢様と呼ばれた少女は、頬に手を当てて「はあ……」とため息をついた。

その様子を見ていた灯花は、鏡花と時弥の様子を見ながら、柔らかく言い聞かせるように沙代に語りかける。

 

「大丈夫ですよ、お嬢様。鏡花も時弥様も、きっと上手くやっていけます」

 

しかし、それでも沙代の胸に残るのは、不安だった。

無邪気な甥が、鏡花を困らせてしまわないか――それが気がかりだったのだ。

 

一方で、鏡花の姉である灯花はどこまでも楽観的だった。

「鏡花は手先も器用だし、時弥くんも優しいし。むしろ、あの二人って、けっこうお似合いだと思うのよね」

などと、口には出さずとも内心で頷いていた。

 

優しさと静けさを持つ二人なら、きっと気も合うだろう。

困ったことなど起こるはずもない――そんなふうに、灯花は信じていた。

 

心配性な時弥の叔母・沙代。

能天気でおおらかな鏡花の姉・灯花。

二人の年上の少女たちは、これからも静かに、けれど確かに、鏡花と時弥の行く末を見守っていた。

 

「では、おやすみなさいませ、時弥坊ちゃま」

 

「うん、おやすみ。鏡花ちゃん」

 

鏡花は静かに頭を下げると、障子をすべて閉じた。

きぃ……と鳴る木戸の音。

障子の向こうから、時弥の優しい寝息が聞こえるまで、しばらくじっと耳を澄ませていた。

 

その音を確かめるように受け止めてから、少女は廊下をゆっくりと歩き始める。

 

足音はほとんど響かない。

暗く冷えた廊下に、少女の影だけが淡く浮かんでいる。

 

(……あの笑顔、また見てしまった)

 

彼の笑顔に、過去の誰かを重ねてしまう自分に、鏡花は気づいていた。

でも――今は、それで良い気がしていた。

 

ほんの少しだけ、あたたかさを知ってもいいのかもしれない。

ほんの少しだけ、誰かのために生きてもいいのかもしれない。

 

そう思えるほどに、今日の時弥は、優しかった。

 

(でも――)

 

ふと、風もないはずの廊下の奥から、ひたり、と何かが滴る音がした。

 

鏡花は足を止めた。

廊下の先、障子のすき間から、冷たい空気が忍び込んでくる。

 

「……夜叉白雪?」

 

彼女は無意識に、懐に仕込んだ杖に指を添えていた。

 

しかし、何も答えは返ってこない。

冷たい空気だけが、ふっと頬を撫でていった。

 

「……気のせい、か」

 

静かに息を吐いて歩を進めると、風のように、彼女の影が廊下の闇に溶けていった。

 

けれど、その直後――

遠くの方で、障子がひとりでに、カタンと音を立てた。

 

誰もいないはずの客間で。

 

ガラガラ――と玄関の戸を開けると、そこには姉の灯花が立っていた。

夜の冷たい空気の中で、彼女はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「おかえりなさい、鏡花」

 

「ただいま、灯花姉さん」

 

ふたりの声は静かに交わり、柔らかい空気が玄関に満ちる。

 

そのあと、灯花は熱いお茶を鏡花に淹れた。

湯呑に淡い緑色の液体が注がれる。

鏡花はそれを両手で包み、一口、口に含む。まろやかな味が舌に広がり、ようやく肩の力が抜けた。

 

その様子を見て、灯花は妹の頭を優しく撫でる。

 

「今日は疲れたでしょう。もう、休みなさい」

 

「はい、姉さん」

 

「……大丈夫?無理してない?」

 

「大丈夫です、姉さん」

 

鏡花は、姉の目を見つめながらはっきりとそう返した。

その姿に、灯花はふっと目を細め、懐かしそうに呟いた。

 

「こうやって、面と向かって話すの、いつぶりだろうね」

 

「前世の頃からお世話になって……数年ぶり、だと思います」

 

「だろうねぇ……まあ、あの頃の関係だと思って、気楽にしていいからね」

 

「はい、姉さん」

 

鏡花はうなずき、もう一口、緑茶をすする。

あたたかな液体が、喉を通って胸の奥に染み込んでいくようだった。

 

長田灯花と長田鏡花。

ふたりは、今世では姉妹として生きているが――

その縁は、前世にまでさかのぼる。かつては、ポートマフィアに身を置く者同士。

灯花は幹部、鏡花はその部下という立場だった。

 

そして、ふたりには共通点があった。

それは、“異能”の持ち主であること。

 

どちらも、異能生命体の召喚者だった。

その異能は、例外なく“殺戮”に特化していた。

 

鏡花の異能・夜叉白雪は、和装の女――

仕込み杖を手に、静かに首を刈る殺戮者。

対して、灯花の異能は、西洋の甲冑をまとった騎士のような異形。

巨大な剣と盾を携え、戦場を駆ける破壊の権化。

 

――過去に、ふたりが命じ、斬った首の数は数知れない。

 

けれど、今。

 

こうして茶を飲み交わし、姉妹として静かに言葉を交わせること。

それは、ほんの少しの贖罪と、ほんの少しの救いだった。

 

静かな時間が流れていた。

湯呑の中のお茶は半分ほど残っていたが、その湯気はもう、すっかり消えていた。

 

「じゃあ、私はこれで。あまり夜更かししちゃダメよ、鏡花」

 

「はい、姉さん。おやすみなさいませ」

 

灯花は微笑を残して部屋を出ていく。

障子が静かに閉まり、再び、部屋には鏡花ひとりだけが残された。

 

(優しいな……姉さん)

 

前世の頃――いつも自分を気にかけてくれた。

ポートマフィアで生き延びるために、あらゆる術を教えてくれたあの人。

今も変わらぬその笑顔は、鏡花にとって安らぎであり、居場所でもあった。

 

「……夜叉白雪?」

 

ふと、呼びかけると、異能生命体である夜叉白雪は静かに現れ、鏡花の頭にそっと手を置いた。

まるで、彼女の身を案じているかのようだった。

 

「ありがとう、夜叉白雪」

 

そのとき――ガタッ、と障子が揺れた。

誰もいないはずの廊下からの音に、鏡花の背筋がわずかに緊張する。敵襲か?

 

彼女はそっと立ち上がり、揺れた障子の方へ歩を進める。

一歩、また一歩――慎重に、音を立てぬよう。

 

そして、静かに障子を開ける。

 

……誰もいない。

 

だが、確かに“気配”はあった。

今までに感じたことのない、殺意のない、どこか柔らかな気配――。

 

(後をつけられてる……?)

 

夜叉白雪を展開し、周囲を見渡す。

身構えながら、背後に気を配り、踵を返したその瞬間――

 

「ピギィ!」

 

「え……?」

 

鏡花は思わず足を引いた。

柔らかく、弾力があり、温かな何かを踏んだ感触が足元に伝わる。

 

そっと視線を落とすと、そこにいたのは――

 

白く、丸く、ふわふわとした毛に包まれた、小さな生き物。

手足はなく、黒くつぶらな瞳とまあるい口が、こちらをじっと見上げている。

 

ふるふる……と、小刻みに震えながら。

 

「……何、これ」

 

夜叉白雪を維持したまま、鏡花はひざをついた。

だが異能反応はない。むしろ、異能とはまったく違う、もっと古く、次元の異なる存在のような気配。

 

(生物?妖怪? ……文献でも見たことがない)

 

「ピピ……」

 

生き物は、ふわふわとした体で鏡花の足元に身を擦り寄せてきた。

まるで懐いているかのように。

 

「……な、なつかれてる?」

 

困惑しつつも、鏡花は警戒を緩めない。

けれど、殺気も敵意もまったく感じられなかった。

 

(……でも、放っておくわけにもいかない)

 

彼女は静かに夜叉白雪を消す。

よく見ると、白い毛の一部に血がにじんでいた。

 

「怪我している……?」

 

立ち上がり、棚の上にある救急箱を取り、手早く治療を始める。

ガーゼを当て、消毒液を滲ませると――

 

「ピギィー!」

 

「ご、ごめんね……。あと少しの辛抱だから……」

 

傷薬を塗り、丁寧に包帯を巻いていく。

 

「……これで、よし」

 

包帯を巻き終えたその小さな身体は、かすかに震えていたが、安心したように丸くなった。

 

「ピ……ギィ」

 

小さな声とともに、ふわふわの生き物は鏡花の手の甲に、自分の頬のような部分をすり寄せてきた。

その温もりに、鏡花はほんの少しだけ、目を細める。

 

(あったかい……)

 

彼女はその小さな生き物をそっと抱きかかえ、布団の中へと潜り込んだ。

 

そしてそのまま、眠りについた。

 

――翌朝。

朝陽が部屋を満たしたときには、あの白い影は、すでにどこにもいなかった。




長田鏡花
(泉鏡花)

前世は元ポートマフィアの一員であり、武装探偵社員でもあった。
今世では長田家の次女。
異能・夜叉白雪の使い手。
龍賀時弥の世話および護衛を務めている。

長田灯花
(蝶番灯火)
前世はポートマフィアの幹部。
今世では長田家の長女。
異能・殺戮のアーサーの使い手。
龍賀沙代の世話および護衛を務めている。

龍賀時弥

龍賀沙代の甥。
龍賀家当主の龍賀時貞の孫。
鏡花のことをよく思っているし、懐いている。
灯花とも仲良し。

龍賀沙代。

龍賀家当主の龍賀時貞の孫。
灯花との関係は良好。
鏡花をよく心配している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。