ベルリンの本懐 【完結】   作:えいどら

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一陽来復

 突拍子もない宣言が響いた、次の瞬間――。

 

 轟音。

 耳をつんざくような爆発音がすぐ脇から響き、熱風と衝撃波が壁を揺らす。

 コンクリートの欠片や金属片が宙を舞い、火花のように散った。

 

「――っ!」

 

 ヒスイは即座に振り返り、星川を抱き寄せる。

 細い体に似合わぬ強い力で、爆風から庇うように押し倒す。

 飛び散る破片が二人のすぐ横を掠め、壁に突き刺さった。

 

「……あまり大きな声で叫ばないでください」

 

 耳元で低く、鋭い声が落ちる。

 

「肺に破片が刺さって死にますよ」

 

 その冷たい忠告に、星川は青ざめ、息を呑むしかなかった。

 

 ヒスイは素早く辺りを確認し、敵の気配がないと見るや、星川を立たせる。

 そしてすぐ側にあったエレベーターへと駆け込み、サンゴもその後を追った。

 

 金属扉が閉まる。

 ヒスイは迷いなくボタンを叩き、天井のランプが点灯する。

 

 その瞬間、耳元のインカムから雑音混じりの声が響いた。

 

『……そのエレベーター、11階までにしといた方がいい。そこから先は――B-6出口に窓から飛び降りて脱出。できる?』

 

 声の主はセイラ。

 あまりに軽く告げられた指示に、ヒスイは一瞬固まった。

 

「……んな無茶な……!」

 

 低く呟いたあと、すぐに声を荒げる。

 

「ンゴも一緒にいるんだぞ!」

 

 怒鳴り声が狭い箱の中に反響する。

 すると、インカムの向こうからセイラの悲鳴に近い声が返ってきた。

 

『……嘘でしょ!?』

 

 その声には明らかな狼狽が滲んでおり、全く知らなかったことを示していた。

 

 閉ざされたエレベーターの中、空気はさらに張り詰めていく。

 ランプが一つ、また一つと上がり続けるたび、三人の鼓動がその音に重なっていた。

 

 狭いエレベーターの中、空気は張り裂けそうなほど張り詰めていた。

 サンゴが口を開くより早く、星川が胸に手を当て、低く呟いた。

 

「……ここで覚悟、決めなきゃダメでしょ」

 

 その目は恐怖に揺れながらも、決意の光を帯びていた。

 

 だが、ヒスイは即座に首を振る。

 

「そんなこと、させられません」

 

 短くも断固たる声。

 

 星川は一歩踏み出し、声を荒げる。

 

「どうせ、そうしなきゃみんな死んじゃうんだから!」

 

 ヒスイはすぐに被せるように言い放った。

 

「――あなたは死にません。私やンゴは知りませんが」

 

 その冷たい響きに、星川の胸がきゅっと締め付けられる。

 

「……そんなこと、させない!」

 

 二人の声がぶつかり合い、喧嘩のようにエスカレートしかけたその瞬間――。

 

 ――チン。

 

 無機質な音と共に、エレベーターの扉が開いた。

 外には――黒尽くめの武装兵たちが銃口を向けて待ち構えていた。

 

「やば……」

 

 ヒスイが低く呟き、銃を構えようとした刹那。

 

 星川の手が、ヒスイの腰のあたりに伸びた。

 彼女の指は、そこにぶら下がっていた手榴弾のピンを、ためらいなく引き抜いた。

 

「っ――!」

 

 投げられた手榴弾が、武装兵の群れの真ん中に転がる。

 次の瞬間、轟音と共に視界が白く焼き尽くされた。

 

 ――大爆発。

 

 炎と衝撃波が廊下を揺らし、壁を粉砕する。

 金属の破片が雨のように飛び交い、耳鳴りが全てを覆った。

 

 煙が晴れる中――。

 ヒスイは自分の体に覆いかぶさる温もりを感じ、視線を落とす。

 

「……う、うわぁ……死ぬかと思った……」

 

 そこには、星川がいた。

 小柄な体で必死にヒスイを庇うように抱きしめ、頭から血を流しながらも、目を開いていた。

 

 震える声でそう呟く彼女を見て、ヒスイは言葉を失った。

 普段は冷酷な彼女の瞳が、ただ呆然と揺れる。

 

 星川は、血に濡れた顔を歪めながらも、かすれた声で呟いた。

 

「……アンタ死んだら……私もここで死ぬからね……」

 

 その言葉を残すと、力尽きるように瞼を閉じ、意識を失った。

 

 ヒスイは黙ってその姿を見下ろし、唇を固く結ぶ。

 表情は崩さないようにしていたが、引き攣った頬がわずかに震えていた。

 

 「……行くぞ」

 

 背を向けようとした瞬間、サンゴが小声で制した。

 

「奥にまだ……敵がいる」

 

 ヒスイは顔をしかめ、苦虫を噛み潰したように吐き出す。

 

「……今日、本当にマズいかも……」

 

 だが、サンゴは怯まずに言った。

 

「駆け抜けよう」

 

 その短い言葉に、ヒスイは一瞬だけ目を合わせ、そして頷いた。

 

 二人は息を合わせて廊下を駆け抜ける。

 壁に体を寄せ、足音を殺しながら走り抜ける。

 敵の気配が近づいても、決して止まらず――そのまま窓際へと飛び込んだ。

 

「――行くぞ!」

 

 ヒスイは窓を蹴破り、サンゴの体を抱き寄せるようにして大きく跳んだ。

 昼のビルの風が頬を切り裂き、重力が体を下へと引きずる。

 

 眼下には身も毛もよだつほどの青い空と、ビルの壁面を滑るように迫る風景。

 だがその先――わずかに突き出たB-6出口の鉄製の庇が見えた。

 

 ヒスイはサンゴを庇うように抱え込み、そのまま足を叩きつけるようにして着地した。

 

「……っ、痛っ……!」

 

 衝撃で膝が痺れ、息が漏れる。

 だが足を止める暇はない。

 

 サンゴを引き寄せたまま、ヒスイは足を踏み出す。

 二人は荒い息を吐きながらも、B-6出口を目指して走り抜す。

 

 外へ出た瞬間、まだ暑い日差しを帯びた風が汗に濡れた体を撫でていく。

 サンゴはヒスイの腕を振り払い、息を切らしながらも必死に声を上げた。

 

「……自分で歩けるよ!」

 

 そのまま先に駆け出すサンゴの背を見て、ヒスイはわずかに肩をすくめる。

 それでも追いかけ、ようやく建物の外まで出ると、息を荒げながらも笑うように呟いた。

 

「……もう流石に追ってこねえだろ」

 

 そう言いながら、ヒスイは慎重に星川を下ろした。

 すると、彼女はゆっくりと瞼を開き、ぼんやりと二人の顔を見上げる。

 

「……マジで疲れた……」

 

 自分の体を確かめるように触れ、血に染まった手を見て顔をしかめる。

 

「てか、身体……血だらけだし……」

 

 その言葉に、サンゴもヒスイも返す余裕はなく、ただ三人で無言のまま歩き出した。

 

 しばらく進むと、遠くからサイレンの音が騒がしく響いてくる。

 赤い光が街をちらつかせ、緊張が再び胸を締めつけた。

 

 ヒスイが首を傾げ、何気なく問う。

 

「……そういえば、通報ってしたの?」

 

 サンゴは眼鏡を押し上げながら、疲弊しきった声で答えた。

 

「……星川さんが手榴弾投げた辺りで……押しといたよ」

 

 淡々とした口調だが、その顔には疲れが色濃く刻まれていた。

 

 やがて角を曲がると、駆けつけた栞葉が三人を見つけ、血の気が引いた顔で駆け寄ってくる。

 

「……通報してくれるだけで良かったのに……!」

 

 彼女の声は叱責というより、心底の心配が滲んでいた。

 

 星川はふらつきながらも笑って手を振る。

 

「……私、ちょっとこのまま救急車呼んでもらうわ……。あー……マネちゃんに何て言おう……」

 

 苦笑しながら栞葉の肩を借り、そのまま連れていかれる。

 

 ヒスイはそれを見送り、短く言った。

 

「……まあ、アンタはその方が良さそうね」

 

 すると栞葉は振り返り、驚いたように声を上げる。

 

「いや……あなた達も乗っていきなさいよ!」

 

 必死の説得だったが、ヒスイは軽く首を振り、サンゴの方を向く。

 

「……私たちも帰るか」

 

 サンゴも深く息を吐き、頷いた。

 救急車の赤い光が背後に瞬く中、二人は歩みを進めていった。

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