虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

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10 効率を考えて

 遺跡のひんやりとした空気が、屋敷での息苦しさを洗い流してくれるようだ。

 ボクの後ろを、重厚な足音を立てるバーナードと、その頭の上で楽しそうに尻尾を振るフラグメントがついてくる。

 これからは三人(?)でこの秘密の聖域に通うのが、ボクたちの新しい日常になりそうだ。

 

「よし、今日も頑張ろう! 次は、どの子を直そうかな……」

 

 ボクが革鞄を置いてガラクタの山を見渡し、ぐっと拳を握りしめると、バーナードが少しだけ心配そうな顔を向けた。

 瓦礫の山には、まだたくさんの仲間たちが眠っている。流麗な曲線を描く女性型の機械人形、獣のような四つ足を持つ大型の機体、翼を持つ鳥のようなものまで様々だ。

 どれも魅力的で、早く動かしてあげたい気持ちでいっぱいだけど、同時に、どれもバーナードと同じか、それ以上に大きくて複雑な構造をしている。一人で修理するには、途方もない時間がかかりそうだ。

 

 ボクが腕を組んで唸っていると、バーナードがおもむろに進み出た。

 

「僭越ながら、マスター。一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」

 

「うん? なんだい、バーナード」

 

「マスターの御身を案ずるに、これ以上の激務は心苦しく存じます。このバーナード、マスターのお役に立てるなら本望ではございますが、力仕事以外では非力。マスターお一人に、これほどの負担を強いるのは……」

 

 バーナードはそこまで言うと、瓦礫の山の一角を、その太い腕で指し示した。

 

「つきましては、我々の同胞の中でも、特に『修復』に特化した個体を先に再生させるのが、後の作業を円滑に進めるための最善手かと存じます。彼を直せば、マスターの大きな助けになるはずです」

 

 彼が示した先には、一体の機械人形が、壁に寄りかかるようにして座り込んでいた。

 その姿は、まるで深海の宝石と呼ばれる『白珊瑚』を模したかのようだ。

 白い陶器のような装甲は、無数の微細な骨格が集まって形成されたサンゴのように、複雑で美しい模様を描いている。体つきは華奢で、背中には、まるでサンゴの枝が伸びたかのような、四本の細い金属の腕が折り畳まれている。

 そして何より特徴的なのは、頭部だ。顔に当たる部分には、暗い海の底で静かに輝く、巨大な真珠のような一つ目が埋め込まれていた。

 

「あの子か……」

 

 ボクも、ずっと気になってはいた。

 半分以上が瓦礫に埋もれていたが、露出している部分の損傷は比較的少ないように見えたからだ。でも、その分、内部構造は今までで一番複雑そうに見えて、後回しにしていた。

 

「……そうだね。バーナードの言う通りかもしれない。ボク一人で全員を直すなんて、時間がかかりすぎる。仲間を修理する仲間がいれば、もっと早く、みんなを助けてあげられる」

 

 今なら、できるかもしれない。

 フラグメントを直した経験と、バーナードを直した応用力。そして何より、手伝ってくれる仲間がいる。

 

「よし、決めた! 次はあの子だ! バーナード、フラグメント、手伝ってくれるかい?」

 

「おおっ! お任せください、マスター!」

 

「きゅいーっ!」

 

 頼もしい二人の返事に、ボクの胸は熱くなった。

 

 

 修理は、まさに三位一体のチームプレーで進められた。

 まず、バーナードがその怪力で、機械人形を埋めている瓦礫を一つ一つ、慎重に取り除いていく。

 完全に姿を現したその機体を、ボクたちは工房へと運んだ。

 ボクは自分の知識と観察眼を総動員して、機体の損傷具合を調べていく。大きな破損はすぐにわかったが、問題は細部だ。

 

「きゅい!」

 

 ボクが唸っていると、機体の周りを調べていたフラグメントが、瓦礫の影に隠れた小さな亀裂の前で鳴いた。

 

「ありがとう、フラグメント! 助かるよ、そこは見落とすところだった!」

 

 フラグメントの直感が、ボクの技術を補ってくれる。ボクはノートに機体の状態を細かく書き込み、完璧な修理計画を立てていく。

 だが、すぐに新たな壁にぶつかった。

 

「なんだ、この機構は……」

 

 装甲の内側に張り巡らされていたのは、まるで人の血管のように微細な、水晶でできた管のネットワークだった。古文書によれば、この管の中を『生命の雫』とも呼ばれる、魔力を帯びた液体が循環し、わずかな傷を自動で塞ぐ機能を持っていたらしい。とんでもない技術だ。

 問題は、その循環路の多くが物理的に断裂し、中の液体が干上がってしまっていることだった。修復するには、人間の髪の毛よりも細い水晶管を、寸分の狂いもなく再接続する必要がある。

 

「くっ……ボクの手じゃ、ピンセットを使っても無理だ……!」

 

 ボクが頭を抱えていると、足元でフラグメントが「きゅいきゅい!」と何かを訴えかけてきた。

 彼はおもむろに、両腕のカマの先端から、シュルリ、と一本の糸を伸ばしてみせた。それはまるで、蜘蛛の糸のように細く、それでいて、内部から淡い光を放っている。月光を編み込んだかのような、神秘的な光の糸だ。

 

「なっ……なんだ、その糸は!? フラグメント、君、そんなことできたのか!?」

 

 ボクは思わず素っ頓狂な声を上げた。今まで、彼ができるのは透明化と幻影を見せることだけだと思っていた。こんな、物理的な糸を生成する能力まで持っていたなんて。

 ボクは驚きに目を見開いたまま、その光の糸をまじまじと見つめた。

 髪の毛よりも細く、しなやかで、それでいて強度もありそうだ。

 ……待てよ。

 この細さ、このしなやかさ……もしかして。

 

「……この糸を、水晶管の繋ぎに使えば……!」

 

 天啓のような閃きが、脳天を貫いた。そうだ、この糸なら、あの微細な管の中を通して、断裂した部分を繋ぎ合わせることができるかもしれない!

 

 閃きが、困難な道を照らし出す。

 

「フラグメント、すごいぞ! 君のおかげだ!」

 

 ボクは興奮気味に叫び、すぐに作業の準備に取り掛かった。息を詰めるような緊張感が、再び工房を支配する。

 

「バーナード、そこを動かないように、しっかり固定してくれ!」

 

「お任せを、マスター!」

 

 バーナードが重いパーツをミリ単位で調整しながら固定し、わずかな隙間を作り出す。

 

「フラグメント、今だ! その隙間に糸を!」

 

「きゅっ!」

 

 フラグメントが、その隙間に寸分の狂いもなく光の糸を通す。

 

「よし……!」

 

 そしてボクが、震える指でピンセットを操り、糸の先端を回路の結節点へと繋ぎ合わせる。

 オイルと金属の匂い。パチパチと火花が散る音。ひんやりとした工具の感触。

 ボクと、二人の仲間。三者の呼吸が完全に一つになった時、断裂していた回路に、再び青銀の光が脈動した。

 

「やった……! やったぞぉっ!」

 

 思わず叫ぶボクの肩を、バーナードが優しく叩く。フラグメントは、ボクの足元で嬉しそうに飛び跳ねていた。

 一人では、決して越えられなかった壁。

 

 それから、一週間が経った。

 ボクたちは、寝る間も惜しんで修理に没頭した。

 そして、ついに、その瞬間が訪れる。

 

「……よし。これで、全部だ」

 

 ボクは最後の配線を終え、額の汗を手の甲で拭った。

 残すは、胸部中央の窪みに、調整を終えた動力コアをはめ込むだけ。

 ごくり、と喉を鳴らす。

 バーナードとフラグメントが、固唾を飲んでボクの手元を見守っていた。

 

 ボクは祈るような気持ちで、水晶のコアパーツをゆっくりと窪みにはめ込んだ。

 

 ――カチリ。

 

 小さな、しかし確かな手応え。

 その瞬間だった。

 

 ……スゥゥゥゥ……。

 

 駆動音は、今までの二人とは比べ物にならないほど静かだった。まるで、精密な時計が動き出すような、澄んだ音。

 機体の全身を走る紋様が、知性を感じさせる、静謐な青銀の光を灯していく。

 やがて、その白衣の機械人形は、ギシリとも音を立てず、滑らかな動作でゆっくりと身を起こした。

 そして。

 

 カシャッ。

 

 頭部の巨大な一つ目が、何枚もの薄い金属の羽根が重なり合うようにして、音を立てて開いた。

 その巨大な目が、まっすぐにボクを捉える。

 次の瞬間、背中に折り畳まれていた四本の細い金属の腕が、シュルリ、と音もなく展開された。

 そのうちの一本が、ボクが作業台に置きっぱなしにしていたヤスリを、そっと掴み上げた。

 

 白衣の機械人形は、そのヤスリを自らの目の前にかざし、分析するように微かに首を傾げる。

 そして、静かな、機会のような音声が、遺跡に響いた。

 

「……表面の摩耗率、3.7パーセント。整備を推奨します」

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