虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない 作:匿名希望さん
最強。
その言葉の響きは、ボクの心の奥底で、ずっと燻っていた小さな火種に、風を送り込んだかのようだった。
出来損ない。汚点。サンドバッグ。
そう呼ばれ続けてきたボクにとって、『最強』という言葉は、あまりにも眩しく、甘美な輝きを放っていた。
ボクは、ゴクリと喉を鳴らし、コーラルが示した遺跡の最奥部へと、吸い寄せられるように足を踏み出した。
そこには、玉座を模したかのような巨大な岩塊に、一体の機械人形が深く腰掛け、眠りについていた。
近づくにつれて、その全貌が明らかになる。
息を呑むほど、美しかった。
しなやかな曲線を描く体は、まるで夜空を閉じ込めたかのような、深みのある黒曜石の装甲に覆われている。その表面には、星屑を散りばめたかのように、微細な銀の粒子が煌めいていた。長い髪のように見える部分は、無数の光ファイバーの束で、今は光を失い、力なく床に垂れている。
その姿は、人間に限りなく近かった。気高く、そしてどこか悲しげな雰囲気をまとっている。
だが、その神々しいまでの美貌とは裏腹に、彼女の状態は悲惨だった。
胸から腹部にかけての装甲は無残に引き裂かれ、内部の複雑な機構が剥き出しになっている。片腕は肩から先がなく、しなやかだったはずの脚にも、深い亀裂が痛々しく走っていた。
ひび割れた装甲の隙間から、まるで干からびた木乃伊のように、茶色く変色した何かが覗いている。
「これは……」
ボクが言葉を失っていると、隣に立ったコーラルが、静かな声で説明を始めた。
「マスター。彼女――《アストライア・ノヴァ》は、我々とは根本的に構造が異なります。彼女の体組織の大部分は、『人工細胞』によって構成されているのです」
「アストライア・ノヴァ……。それが彼女の名前かい?」
ボクの問いに、コーラルは巨大な一つ目を静かに瞬かせた。
「それは、彼女だけの固有名称(コード)です。彼女は、我々のような『量産機』ではありません。この遺跡、いえ、おそらくこの世界にただ一体の『オリジナル』です」
「オリジナル……? 量産機って……?」
初めて聞く単語に、ボクは素直な疑問を口にした。
「肯定。我々は、特定の目的のために複数体製造された、いわば『量産機』です。それゆえ、個別の名称ではなく、役割を示す『分類』と、その中での『モデルコード』で識別されています」
「モデルコード……?」
「はい。例えば、私の分類は【総合整備支援ユニット】。モデルコードは《Type-C7》です。バーナードは【重装甲制圧ユニット】で、モデルコードは《Type-B3》。そしてフラグメントたちは【高速隠密偵察ユニット】。モデルコードは《Type-F12》と記録されています」
Type-C7、B3、F12……。
淡々と語られる無機質な記号に、ボクは息を呑んだ。
ボクがつけた名前とは全く違う、彼らの本当の識別コード。彼らの過去の断片に触れられたような不思議な気持ちになった。
「そうか……君たちは、そんな風に呼ばれていたんだな……」
ボクが呟くと、コーラルは言葉を続けた。その巨大な一つ目が、まっすぐにボクを捉える。
「それらは、機能を示すための過去の識別記号に過ぎません。マスターから賜った《コーラル》という名こそが、現在の私を定義する、唯一無二のアイデンティティです」
淡々とした、しかし揺るぎないその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。ボクがつけた名前を、こんなにも大切に想ってくれている。それが、どうしようもなく嬉しかった。
「それで人工細胞というのは……」
ボクは話を戻し、改めてコーラルに問いかけた。
「理論上、再生は可能です。しかし、実行には我々とは比較にならないほどの莫大な初期エネルギーと、それを細胞単位で精密に制御する超高度な技術が要求されます」
コーラルの静かな声に、ボクは息を呑んだ。そんな途方もないこと、できるはずが……。
「私一人では不可能です。ですが、マスターと私、二人ならば可能です」
コーラルは、その巨大な一つ目を、まっすぐにボクに向けた。
「私の演算能力で可能なのは、あくまで基礎的なシミュレーションまでです。アストライアの人工細胞を再生させるためのエネルギー紋様の設計図は、我々量産機とは次元が違います。その設計図を完成させるための『最後のピース』は、私のデータベースにはありません。それは、マスターの持つ発想力と、それを形にする独自のエネルギー制御技術の中にあります。どうか、私と共に、この史上最も複雑な設計図を完成させてください、マスター」
ボクにしか、できないこと。
そして、コーラルにしか、できないこと。
その二つが合わさった時、初めて奇跡が起きる。
ボクは、剥き出しになった彼女の内部機構を改めて観察する。ひんやりとした、生命の気配のない感触。
でも、ボクにはわかる。この冷たい鉄の奥で、魂が眠っている。ボクが呼び覚ますのを、ずっと待っている。
ボクは、彼女の壊れた体を見つめ、固く拳を握りしめた。
「やろう。ボクが、この手で必ず君を助ける。だから、もう少しだけ待っていてくれ」
それは、彼女への、そしてボク自身への誓いだった。
◆
「というわけで、まずは作業効率を上げるために、仲間をもっと増やす!」
ボクがそう宣言すると、バーナードが「おおっ!」と力強く拳を突き上げ、フラグメントとその兄弟たちは「きゅいーっ!」と歓声で応えた。
アストライアの修復は、今までの比じゃない。まずは、彼女の人工細胞を培養するための特殊な設備の建設が必要だった。どう考えても、人手(機械手)が足りない。
それから数日間、ボクたちは遺跡の小型機械たちの修復に専念した。
コーラルが分析と修復計画の立案、バーナードが力仕事、そしてボクとフラグメントが精密作業を担当する。完璧なチームワークで、遺跡に眠る機械たちは次々と目を覚ましていった。
「よし、君は……ラッティ!」
「きゅい!」
「君は……ラットソン!」
「きゅい!」
「君は……えーっと、もう思いつかない……! そうだ、君は『ランラン』とか?」
「きゅきゅっ!」
大量に増えたフラグメントの仲間たちに名前をつけるだけで一苦労だった。みんな型式は同じでも、微妙に個性があるから、番号で呼ぶのはどうしても嫌だった。
仲間が増えるにつれて、ボクたちの聖域は、ただの遺跡から、活気あふれる『拠点』へと姿を変えていった。
「よし、みんな、出番だぞ!」
ボクが声をかけると、工房の一角から、カシャカシャと軽快な音を立てて、小さな機械たちが現れた。
それは、ボクとコーラルがこの数日で新たに修理した【汎用作業型ユニット】たちだ。
球体のボディに、用途に応じて換装可能な複数のアームやツールが取り付けられている。その健気な働きぶりから、ボクは彼らを働き蜂になぞらえて『ビー』シリーズと呼んでいた。
もちろん、一体一体にちゃんと名前はつけてある。
見つけた場所や、ちょっとした傷跡、動きの癖なんかにちなんだ名前を。最初は覚えるのが大変だったけど、今ではもうすっかり顔(?)と名前が一致する。
「さあ、ビースケ、ビータ、ビーゴロー! 拠点内をもっと快適にしてくれ!」
「「「ピポ!」」」
元気な機械音と共に、ビーたちが一斉に散らばっていく。
ある者はアームをブラシに換装して床を磨き、ある者は吸引ツールで埃を吸い取り、またある者は資材運搬用のアタッチメントで瓦礫を器用に片付けていく。
その万能な働きぶりのおかげで、薄暗く、じめついていた遺跡は、みるみるうちに天井の光苔の光が隅々まで届く、清潔で機能的な工房兼居住スペースへと生まれ変わっていくのだった。