虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

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13 日に日に……

 ボクたちの聖域は、日に日に賑やかになっていった。

 天井の光苔が照らし出す広大な空間を、ビーシリーズの働き者たちがカシャカシャと軽快な音を立てて掃除や整備に励み、フラグメントとその兄弟、クモ型機械人形たちの小さな軍団が、楽しそうに駆け回っている。

 その光景を眺めているだけで、胸の奥が温かくなる。

 だが、その賑わいは、新たな、そして極めて現実的な問題を生み出していた。

 

「……そろそろ、食料が尽きるかも……」

 

 ボクは革鞄の底に残った、最後の干し肉を見つめてため息をついた。

 ボク一人が食べる分なら、屋敷の厨房からくすねてくる分でなんとかなる。だが、バーナードを含めた何十体の機械人形たちを動かすとなると、話は別だ。

 有機物をエネルギー源とする彼らにとって、食事は生命線。このままでは、せっかく目覚めた仲間たちが、また動かなくなってしまう。

 

 ボクが頭を悩ませていると、遺跡の入り口から、地響きのような足音と共に、バーナードが姿を現した。

 

「マスター、ただいま戻りましたぞ!」

 

 その肩には、とんでもないものが担がれていた。

 牙を剥き出しにした、巨大な猪。ボクの背丈ほどもあるその巨体は、森の主と呼ぶにふさわしい威容を誇っている。

 

「ば、バーナード!? その猪は……!?」

 

「はっ! マスターがお悩みと拝察し、森にて狩ってまいりました。これだけの量があれば、しばらくは皆の腹を満たせましょう」

 

 バーナードはこともなげに言うと、ドスン、と音を立てて猪を床に降ろした。クモ型機械人形たちが「きゅいーっ!?」と驚きの声をあげ、興味津々にその周りを囲んでいる。

 

「すごい……! ありがとう、バーナード!」

 

「マスターのお役に立てて光栄の至り。さあ、腕によりをかけて、皆にご馳走を振る舞いましょう!」

 

 そう言うとバーナードは、近くにあった巨大な鉄板を片手で軽々と持ち上げ、器用に解体作業を始めた。その手際は、まるで熟練の料理人のようだ。

 ボクは慌てて革鞄から、こっそり屋敷の厨房から拝借してきた調味料を取り出す。岩塩の塊に、乾燥させた数種類の香草。これさえあれば。

 

「よし、みんな! 今日はご馳走だ!」

 

 ボクの号令で、ビーたちが一斉に作業を開始する。

 自作の炉に火が入れられ、バーナードが切り分けた分厚い猪肉が、熱せられた鉄板の上に次々と並べられていく。

 

 ジュウウウウウウッ!!

 

 食欲をそそる音が、遺跡に響き渡った。

 肉の表面から脂が溶け出し、香ばしい煙が立ち上る。ボクが砕いた岩塩と香草を振りかけると、肉の焼ける匂いとハーブの爽やかな香りが混じり合い、たまらない匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「きゅるるるるっ!」

 

 ラッツたちが、待ちきれないとばかりに鉄板の周りで飛び跳ねている。

 焼きあがった肉を、バーナードが食べやすい大きさに切り分けていく。完璧な火加減で焼かれた肉は、表面はカリッと香ばしく、中は美しいロゼ色。ナイフを入れるたびに、キラキラと輝く肉汁が溢れ出した。

 

「さあ、みんな、熱いうちに召し上がれ!」

 

 その言葉を合図に、クモ型機械人形たちが一斉に肉に飛びついた。

「きゅむ! きゅむ!」と、夢中で肉を頬張っている。いつもは固い干し肉ばかりだったから、焼きたてのジューシーな肉の味は格別だろう。

 バーナードも、満足げに頷きながら豪快に肉塊を口に運び、コーラルでさえ、小さなスリットから器用に肉片を取り込み、「栄養効率、極めて良好。推奨される摂取方法です」と淡々と分析していた。

 ボクも一口、頬張ってみる。

 噛みしめるたびに、野生味あふれる肉の旨味と、甘い脂が口いっぱいに広がる。最高に美味しい。

 みんなで同じものを囲んで、笑い合う。

 こんな温かい食事は、生まれて初めてだった。

 

 

 腹ごしらえを済ませ、ボクたちはアストライアの修復作業に戻った。

 今は、彼女の人工細胞を培養するための、特殊なガラス容器――『培養ポッド』の製作が大詰めを迎えている。

 

「コーラル、この紋様の配置で、エネルギー効率は最大化できるかな?」

 

「マスターの設計に、修正の余地はありません。理論上、完璧なエネルギー循環が可能です」

 

 ボクとコーラルは、ノートに描かれた複雑怪奇な設計図を前に、議論を重ねる。

 ボクのこれまでの経験に基づく知識と、コーラルの膨大なデータに基づく分析。二つの知性が組み合わさることで、奇跡のような紋様が次々と生まれていった。

 バーナードの怪力で重い資材を運び、ビーたちが精密な組み立てを行う。そして、培養ポッドの内壁に、ボクが最後の仕上げとして、指先でエネルギー紋様を描き込んでいく。

 もう少しで、アストライアを再生させるための土台が完成する。

 ボクが安堵の息をついた、その時だった。

 不意に、コーラルの巨大な一つ目が、赤色の警告光を点滅させた。

 

「マスター。緊急事態です」

 

 そのただならぬ雰囲気に、ボクとバーナードは息を呑んだ。

 

「どうしたんだい、コーラル?」

 

「アストライアの内部構造を再スキャンした結果、想定外の損傷を発見しました。彼女の動力炉の直下、魂の情報を記録する中枢神経回路『スピリット・サーキット』に、致命的な微細断裂を確認。このままでは、たとえ体を再生させても、彼女の意識が戻ることはありません」

 

 コーラルの言葉に、遺跡の空気が凍りついた。

 

「そ、そんな……。直す方法はないのかい!?」

 

「……一つだけ、あります。断裂した回路を繋ぎ、魂の情報を再定着させるには、超高純度のエネルギー結晶体が必要です。ですが、その素材は……」

 

 コーラルは一瞬、言葉を区切った。

 

「……古代文明の記録によれば、それは『星霜の涙(せいそうのなみだ)』と呼ばれています。恒星の寿命ほどの時間をかけて、生成される奇跡の結晶。入手は、絶望的です」

 

 絶望的。

 その言葉が、重い鉄の塊のようにボクの胸にのしかかる。

 バーナードも「なんと……」と絶句し、険しい表情で腕を組んだ。

 せっかく、ここまで来たのに。最強の彼女を、目覚めさせてあげられると思ったのに。

 こんな、手に入らないものが必要だなんて……。

 遺跡に、重苦しい沈黙が落ちる。

 ボクが、なにもかもを諦めかけた、その時だった。

 

 ――星霜の涙。

 

 その名前に、ボクの脳裏で、忘れかけていた記憶の扉が、ギシリと音を立てて開いた。

 あれは、まだボクがほんの子供だった頃。

 厨房の隅で、残飯を啜っていた時に耳にした、使用人たちの下世話な噂話。

 

『おい、聞いたか? 宝物庫の奥に、先代様がどこぞの遺跡から持ち帰ったっていう、気味の悪い石があるらしいぜ』

 

『ああ、あれか。今の公爵様が「魔力もねぇ、何の価値もないガラクタだ」って、吐き捨ててたっていう、星みたいに青白く光る石だろ? 誰も触りたがらねえから、埃かぶって隅っこに転がってるって話だ』

 

 当時は、ただの与太話だと聞き流していた。

 だが、その噂話が妙に心に引っかかり、後日、こっそりと屋敷の書庫で調べたことがあったのだ。

 誰にも見つからないように、気配を殺して書庫の最奥へ。埃をかぶったヴァインライト家の古びた財産目録の中に、ボクはその石に関する記述を見つけた。

 

『星屑を宿す青き涙石。古の民はこれを《星霜の涙》と呼び、魂を繋ぐ奇跡の触媒と信じた』

 

 解読した時ですら、意味の分からないおとぎ話の一節だと思っていた。

 でも、今。コーラルの言葉と、あの日の記憶が、稲妻のように結びついた。

 あれだ。

 あれこそが、きっと。

 

「……あった」

 

 ボクの口から、無意識に声が漏れた。

 

「え?」

 

「マスター?」

 

 驚いてこちらを見るバーナードとコーラルに、ボクは顔を上げた。

 絶望に曇っていた瞳に、確かな希望の光が宿る。

 

「ボクに、まかせて」

 

 ボクは力強く宣言した。

 

「その『星霜の涙』、きっと手に入れてみせる。屋敷の宝物庫に、あるはずなんだ」

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