虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

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14 それぞれの陰謀

 ヴァインライト公爵家の広大な庭園。手入れの行き届いた芝生の上で、二つの影が激しく交錯していた。

 キンッ、と甲高い音を立てて木剣が弾かれる。体格で勝る取り巻きの一人が、体勢を崩してよろめいた。

 その一瞬の隙を、レオ・ヴァインライトは見逃さない。

 

「――終わりだ」

 

 冷たく呟き、レオは左手を天に掲げる。その手のひらに、蒼い魔力が渦を巻いて収束していく。

 

「――身体強化《フィジカルブースト》!」

 

 詠唱と共に、レオの体を淡い光が包み込む。魔力が彼の筋肉を、神経を、骨格を、常人ではありえないレベルにまで引き上げた。

 踏み込んだ足が芝生を抉り、その姿がブレる。

 取り巻きが体勢を立て直すよりも早く、レオの木剣が閃光となって彼の胴を薙いだ。

 

「がはっ……!」

 

 鈍い衝撃音と共に、取り巻きの体が「く」の字に折れ曲がり、数メートル後方まで派手に吹き飛ばされる。芝生の上を無様に転がり、そのまま動かなくなった。

 

「さ、さすがです、レオ様!」

 

「あの一撃……! もはや騎士団の方々と見紛うばかりの鋭さでしたぞ!」

 

 遠巻きに見ていた他の取り巻きたちが、慌てて駆け寄り、称賛の声を浴びせる。

 レオは強化魔術を解き、ふぅ、と息を吐いた。心地よい疲労感と、全能感が全身を駆け巡る。

 ああ、強い。自分は、こんなにも強くなった。

 ヴァインライト公爵家という、王国でも屈指の名門に生まれたレオは、その血筋ゆえに、そこらの下級貴族のボンクラどもとは魔力の総量が違う。鍛えれば鍛えるだけ、強くなれるのだ。

 だが、それでも。

 この公爵家では、レオ程度の強さでは『平凡』の域を出ない。天才的な長男、狡猾な姉。彼らの前では、自分の努力など、児戯に等しい。

 だから、ふてくされた。だから、もっと弱い者を見下すことで、かろうじて自尊心を保ってきた。

 そう、ルックだ。魔力ゼロの、出来損ないの、レオだけのサンドバッグ。

 あいつを嬲る時だけが、自分が『強者』でいられる唯一の時間だった。

 

 ――だというのに。

 あの忌々しい日。手下の腕が、謎の現象で切断されたあの日から、全てが狂った。

 恐怖に駆られて逃げ出したレオは、屋敷中の笑いものになった。姉には「出来損ない相手に逃げ出すなんて、みっともなさすぎ」と嘲笑され、敬愛する父上からは、ゴミを見るような冷たい視線を向けられた。

 許せない。何もかも、全部、あのルックのせいだ。

 だから、今日まで、血反吐を吐く思いで魔術の特訓に励んできた。

 すべては、この手でルックを完膚なきまでに叩きのめし、失われた名誉を取り戻すため。

 

「お見事でございました、レオ様。その若さで、これほど精密に魔力を制御なさるとは」

 

 穏やかな声と共に、木陰から一人の男が拍手をしながら現れた。

 銀縁の眼鏡をかけた、優男風の家庭教師。この一ヶ月、レオの魔術を指導するために雇われた男だ。

 

「これほどの成長速度、まさに神童と呼ぶにふさわしい。もはや、同年代でレオ様に敵う者は、この王国広しといえど、一人としておりますまい」

 

「ふん、当然だ」

 

 レオは家庭教師の賛辞に鼻を鳴らし、木剣を放り投げた。

 

「これから、この前の雪辱を晴らしに行く。手筈通り、お前もついてこい」

 

「心得ております。そういうお約束でしたからね」

 

 家庭教師は、笑みを崩さずに頷いた。

 本来なら、こんな大人を連れていくつもりはなかった。レオ一人の力で、あいつを屈服させてこそ意味がある。

 だが、忌々しいことに、取り巻きのボンクラどもは、あの腕が切れる怪異現象にすっかり怯えきって、誰もルックに近づこうとしない。

 仕方なく、この男を『保険』として連れて行くことにしたのだ。

 

「言っておくが、お前はあくまで監督役だ。手出しは絶対に許さん。オレの名声に傷がつくからな」

 

「もちろんです。私はただ、レオ様のお側に控え、万が一の事態に備えるだけ。仮に、かの出来損ないが、また何らかの卑劣なトリックを用いたとしても、私の目をごまかすことはできません」

 

 家庭教師の言葉に、レオは満足げに頷いた。

 そうだ、それでいい。

 こいつがいれば、心配ない。何せこの男は、自分が動かせる全財産を総動員し、裏ルートで探し出して雇い入れた、王国の暗部組織――王室直属特務機関宵闇の梟(ダスク・オウル)の工作員なのだから。

 

 その完璧すぎる布陣に、レオの口元がニタニタと歪んだ。

 もう、負ける要素など何一つない。

 

「行くぞ、お前ら! あの出来損ないの寝床はわかっている!」

 

 レオはそう叫ぶと、怯えながらも従うしかない取り巻きたちと、底知れない笑みを浮かべる家庭教師を引き連れて歩き出した。

 目指すは、あの忌々しい兄の部屋。埃っぽい、物置同然のあの部屋だ。

 

「待ってろよ、ルック……。今度こそ、お前のくだらない小細工もろとも、その心をへし折ってやる!」

 

 

 使用人用の居住区画の、一番奥。

 レオは、目的の部屋の前に立つと、躊躇なくドアを蹴り開けた。

 ギィィ、と軋んだ蝶番が悲鳴を上げる。

 だが、中に人影はなかった。

 軋むベッドが一つと、空っぽの棚があるだけ。カビ臭く、埃っぽい空気が鼻をつく、みすぼらしい物置部屋。

 

「……チッ。もぬけの殻かよ」

 

 レオは苛立ちを隠さずに舌打ちした。

 一番楽しい、寝込みを襲うという算段が外れたことに、気分がささくれる。

 

「レオ様、どこかへ探しに行きますか?」

 

 取り巻きの一人が、おずおずと尋ねる。

 レオはその言葉に一瞬考え込むと、忌々しげに顔を歪めた。

 

「……チッ。しゃあねぇな。おい、お前ら! 手分けして探すんだ! 厨房、書庫、庭の隅……あの出来損ないが好きそうな薄汚ねぇ場所は決まってる! 見つけ次第、大声でオレを呼べ! とどめは、このオレが直々に刺してやるからな!」

 

「は、はいっ!」

 

 取り巻きたちは怯えながらも、レオの後を追って廊下を走り出した。

 ただ一人、家庭教師だけが、面白そうに口元に笑みを浮かべたまま、その一行の最後尾を静かについていった。

 

 

 ――その、わずか数メートル離れた廊下の角。

 透明化したバーナードが、蜂蜜色の瞳を冷たく光らせ、彼らの一挙手一投足を観察していた。

 その頭の上では、同じく透明なフラグメントが、警戒するように尻尾をピンと立てている。

 

 あれがマスターを苦しめる元凶、レオ・ヴァインライトとその取り巻きたちか。主から聞かされた、これまでの仕打ち。そして今、彼らが放つ、底意地の悪い殺気。どうやら、良からぬことを企んでいるのは間違いないようだ。

 

 マスターは、波風を立てることを望まれてはいない。その優しき主の意向は、最大限に尊重せねばならない。

 しかし、とバーナードの蜂蜜色の瞳が、獲物を狙う獣のように、鋭く細められた。

 マスターに仇なすというのなら、話は別だ。このバーナード、一切の容赦はしない。

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