虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

16 / 20
16 ■■■■――完了

 忌々しい兄――ルック・ヴァインライトが、そこに立っていたのだ。

 

「……フン。オレ様から逃げ回るのに疲れたか? 出来損ないの分際で、自分から出てくるとはな。随分と舐められたもんだ!」

 

 レオは勝利を確信し、吠えた。

 そして、傍らの取り巻きたちを制するように手を広げる。

 

「お前らは手を出すなよ。こいつは、オレが直々に躾けてやる」

 

 レオは勝ち誇った笑みを浮かべ、左手を掲げた。蒼い魔力が、待ってましたとばかりにその手に収束していく。

 

「――身体強化《フィジカルブースト》! どうだ、ルック! 魔力ゼロのお前には、逆立ちしたってこんな真似はできねぇだろ!」

 

 体が淡い光に包まれ、全能感が全身を駆け巡る。

 

「これから、オレ様が身につけた最強の魔術で、お前のその生意気なツラをめちゃくちゃにしてやるよ!」

 

 レオはそう言って、手にした木剣に魔力を込める。

 ズバァッ!

 近くの壁に振るうと、石造りの壁が、まるでバターのように音もなく切り裂かれた。

 

「どうだ、この威力! 怖いだろ? 泣いて許しを乞うなら、今のうちだぜ?」

 

 レオは、恍惚の表情で言った。

 だが、おかしい。

 ルックは、怯えるでもなく、驚くでもなく、ただ無表情にこちらを見つめている。一切、喋らない。

 その態度が、レオの逆鱗に触れた。

 

「……てめぇ、何とか言いやがれ! この出来損ないがぁっ!」

 

 怒りに任せ、レオは強化された身体能力のすべてを乗せて、ルックめがけて木剣を振り下ろした。

 ――その瞬間だった。

 

 ゴッッッッッッ!!!!

 

 鼓膜が破れるかのような、凄まじい破裂音。

 それは、レオのすぐ隣で起きた。

 廊下の隅に、いつからあったのか、古びた大きなクマのぬいぐるみが、音もなく立ち上がっていた。その丸っこい腕が、レオの視界の端を、ありえない速度で通り過ぎていく。

 強烈な風圧が、レオの髪を激しく揺らした。

 

 パンチ。

 あまりにも強大な、質量と速度を伴った、暴力の塊。

 その拳の先には、さっきまで得意げに笑っていた取り巻きの一人がいた。

 

「……え?」

 

 次の瞬間、取り巻きの体が、まるで熟れすぎたトマトのように、弾け飛んだ。

 ビシャァッ!と生々しい音を立てて、熱い血飛沫と、生温かい内臓の破片がレオの顔にかかる。肉塊と骨片が、芸術的なモザイクのように、美しい大理石の壁と床を禍々しく染め上げた。

 

 レオの思考が、完全に停止した。

 脳が、目の前の光景を理解することを拒んでいる。

 

「ぎゃあああああああああっ! なんだ、あれは!?」

 

「ひぃっ! 化け物だ! クマの化け物が……!」

 

 残りの取り巻きたちが、パニックに陥って絶叫する。

 一人が震える手で魔術を詠唱しようとした。

 

「炎の矢《ファイアアロー》!」

 

 だが、その指先から炎が生まれるよりも早く、クマの化け物の巨大な手が、彼の頭を鷲掴みにした。

 ブチッ、と熟れた果実が潰れるような音。

 別の取り巻きは、武器を投げ捨て、泣き叫びながら降伏の意を示した。

 

「降参だ! 助けてくれ!」

 

 しかし、化け物は無慈悲だった。その背中を、鉄の杭のような拳が貫き、心臓を抉り出した。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。それは数秒で終わった。

 レオは、その場でへたり込んでいた。

 生温かい液体が、ズボンを濡らす感触。恐怖のあまり、失禁したのだ。

 ガチガチガチガチ、と顎が外れるかと思うほど歯の根が合わない。尻もちをついたまま、震える視線を、ルックに向ける。

 

「お、おま……お前が……やったのか……?」

 

 ルックは、肯定も否定もしない。ただ、冷たい瞳でレオを見下ろしている。

 その沈黙が、何よりも雄弁に肯定していた。

 クマの化け物が、ギ、ギ、と軋むような音を立てて、レオの方へと一歩、踏み出す。

 

「ひっ……! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 僕が、僕が悪かったです! 出来損ないなんて言って、本当にごめんなさい! 兄様! どうか、どうか命だけは!」

 

 レオは、鼻水と涙とよだれでぐしゃぐしゃの顔で、床に額を何度も擦り付けた。

 

「靴でもなんでも舐めます! 犬にだってなります! だから! お願いです! 金も! 僕の地位も全部差し上げますから! だから殺さないでくださいぃぃぃぃ!」

 

 だが、レオを襲ったのは、死よりも大きな恐怖だった。

 カサカサカサカサ……。

 どこからともなく、無数の小さな何かが現れた。黒色に光る、小さな虫。まるで黒い砂が、生きているかのように床を覆い尽くしていく。

 虫たちは、床に散らばった取り巻きたちの肉片に群がると、一つ残らず集め始めた。その様子の不気味さに、レオは声も出せずに固まった。

 集められた死体のパーツが、まるで意志を持ったかのように組み合わさっていく。骨が嵌り、肉が付き、皮膚が覆う。グロテスクな再構成。

 やがて、血まみれだった床は綺麗になり、さっきまで死体だったはずの取り巻きたちが、無傷の姿でそこに立っていた。

 

「な、なんだよ……脅かしやがって……! そうだ、これは全部兄さんの手の込んだイタズラなんだ! あはは……」

 

 レオは希望的観測にすがり、虚勢を張って笑おうとした。

 しかし。

 クマの化け物が、低く、深く、そして絶望的に渋い声で言った。

 

「……乗っ取り、完了。これなら、誰も彼らが死んだことに気づきますまい。波風も、立ちませんな」

 

 レオの頭が、真っ白になった。

 目の前で、取り巻きたちが、一斉に口を開く。

 

「乗っ取り、完了」

 

「乗っ取り、完了」

 

「乗っ取り、完了」

 

 彼らの瞳には、光がない。まるで、精巧に作られた人形のようだ。

 彼らは、もう、レオが知っている彼らではない。

 別の何かに、なりかわってしまった。

 その理解不能な恐怖に、レオの喉から「ひっ」と短い悲鳴が漏れた。

 クマの化け物が、ゆっくりとレオを見下ろす。その蜂蜜色の瞳は、冷たい鉄の色をしていた。

 

「――さて。次は、貴様の番だ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。