虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

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2 フラグメント

 フラグメントを直すことができたのが嬉しくてボクは涙を流していた。

 それからしばらくして落ち着きを取り戻したボクの頭に、冷静な思考が戻ってきた。

 技術者としての、探究心だ。

 この子は、一体何で動いているんだろう?

 

「動力源は……やっぱり、あの水晶のコアパーツか?」

 

 ボクはフラグメントの胸部で淡く光る部品に目をやった。

 あれが心臓部であることは間違いない。でも、それだけでは説明がつかない。起動しただけで、膨大なエネルギーを消費したはずだ。もしコアを動かすのになんらかのエネルギーが必要なら、いずれは消費しててしまう。

 エネルギーを補充する方法は? まさか、この時代の技術では修復不可能な、使い捨ての遺物なのか?

 

 そんなことを考えながら、ボクは散らばった工具を片付けようと革鞄に手を伸ばした。その瞬間、鞄の中から、非常食用の干し肉の、塩辛い独特の匂いがふわりと漂う。

 すると、さっきまでボクを慰めてくれていたフラグメントの動きが、ぴたりと止まった。

 

「きゅ?」

 

 翠色の単眼が、ボクの手元――革鞄へと向けられる。

 そして、トコトコと駆け寄ってくると、鞄に鼻先をこすりつけるようにして「きゅいきゅい」と鳴き始めたのだ。

 

「ん? どうしたんだ、フラグメント」

 

 ボクが尋ねると、フラグメントは両腕の小さなカマで、鞄をカリカリと引っ掻くような仕草を見せる。その視線は、明らかに鞄の中の何かを欲していた。

 

「まさか……この干し肉か? いや、そんなはずはない。君は機械だぞ。食べ物なんかで動くはずが」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 だが、フラグメントは「きゅいーっ!」とひときわ甲高い声をあげ、もっとくれとねだるようにボクの足にすり寄ってきた。

 信じがたい光景だ。機械が、食料に興味を示すなんて。

 でも、この子はボクの常識が通用する相手じゃない。超古代文明の、未知のテクノロジーの塊だ。

 もしかしたら……想像つかないような、とんでもないエネルギー変換システムを持っているのかも。

 

「……信じられないけど、試してみる価値は、あるか」

 

 ボクは半信半疑のまま、恐る恐る革鞄から干し肉を一枚取り出した。

 途端に、フラグメントの単眼が、期待に満ちたようにキラキラと輝きを増す。

 ボクがそれを差し出すと、フラグメントは両腕のカマで器用に干し肉を受け取り、胸部のコアパーツのすぐ下にある、普段は閉じていて見えないスリットに持っていった。カシャリ、と小さな音を立ててスリットが開くと、中から覗いた小さな歯のようなもので干し肉を挟み込み、ムシャムシャと美味しそうに食べ始めた。硬いはずの干し肉が、驚くほどの速さで小さくなっていく。

 

 直後、フラグメントの全身を走るオレンジ色の紋様が、ひときわ強く輝いた。

 

「きゅるるる~♪」

 

 満腹になった子猫のような、満足げな鳴き声。

 嘘だろ……。

 動力源は、有機物。つまり、ボクたち人間と同じ、普通の食べ物でいいのか!

 

 驚くべき発見に興奮しつつも、ボクの頭には新たな疑問が湧き上がっていた。

 さっきから、まるでボクの言葉を理解しているかのような反応を見せる。まさか、とは思うけど……。

 

「なあ、フラグメント……もしかして、ボクの言っていること、わかるのか?」

 

 問いかけると、フラグメントは「きゅい!」と、まるで「当たり前だよ」とでも言うように、力強く鳴いた。

 

「嘘だろ……。じゃあ、試してみるぞ。お手、とかできるか?」

 

 冗談半分で手を差し出すと、フラグメントは六本ある脚のうち、前の一本をちょこんとボクの掌に乗せてきた。ひんやりとした金属の感触。

 ボクは息を呑んだ。

 

「本当に……? じゃあ、その場でくるっと一周回ってみて」

 

 フラグメントは器用に体を回転させ、完璧に一周してみせる。

 すごい。簡単な命令なら、完全に理解している。

 だとしたら、どこまで……?

 ボクは少し意地悪なテストを思いついた。

 

「じゃあ、これはどうだ? 右側の三本の脚だけ、上げてみて」

 

 少しは迷うだろう。そう思ったボクの予想は、見事に裏切られた。

 フラグメントは一瞬もためらうことなく、ギ、と音を立てて指示通りの脚を器用に持ち上げてみせたのだ。

 

「……百パーセント、言葉を理解してる……」

 

 信じられない。この子は、ただの機械じゃない。明確な知性を持っている。

 じゃあ、身体能力は? 何ができるんだ?

 

「フラグメント、君はどれくらい速く走れるんだ? この中を、思いっきり走ってみてくれ!」

 

 ボクがそう叫んだ瞬間、フラグメントの姿がブレた。

 ブォン! と風を切るような音を残し、小さな体は弾丸のように遺跡の空洞内を駆け巡る。あまりの速度に、目で追うのがやっとだ。

 

「は、速すぎる……!」

 

 ボクが驚きの声を上げるのも構わず、フラグメントは走る勢いのまま、タタタタッ!と一切減速せずに垂直な岩壁を駆け上がり始めた。

 

「うそだろ……壁を、走ってる!?」

 

 まるで「こんなこともできるんだぞ!」と自慢げに見せつけるように、フラグメントは壁から天井へとスムーズに移行し、何事もなかったかのように逆さまになって天井を走り始めた。

 ボクは、もう開いた口が塞がらなかった。

 知性だけじゃない。この驚異的な身体能力。

 こいつはただのガラクタなんかじゃない。超古代文明の、とんでもない遺産なんだ。

 

 

「……そろそろ、戻らないと」

 

 もっと一緒にいたい。この子のことを、もっと知りたい。

 でも、夜中に屋敷をうろついて見つかれば、ただでは済まない。

 ボクは名残惜しさを振り払うように立ち上がった。

 

「フラグメント、今日はありがとう。また明日、必ず来るから。だから、ここで大人しく待っててくれるかい?」

 

 ボクがそう言い聞かせると、フラグメントはさっきまでの元気な様子が嘘のように、しゅん、と体を縮こませた。

 単眼の翠色の光が、弱々しく点滅する。

 

「きゅうぅ……ん」

 

 悲痛な電子音が、静かな遺跡に響いた。

 そして、ボクが背を向けて歩き出そうとした瞬間、ズボンの裾をくい、と引かれた。

 振り返ると、フラグメントが両腕のカマで必死にボクのズボンを掴んでいる。その姿は、置いていかないで、と全身で訴えていた。

 

 胸が、締め付けられる。

 この子を、また独りぼっちにしてしまうのか? この暗くて冷たい場所に?

 ボクが五年間、感じてきた孤独を、この子に味あわせるのか?

 

 逡巡は、一瞬だった。

 屋敷に連れて帰るのは危険だ。見つかれば、きっと取り上げられて、壊されてしまう。

 でも――。

 

「……わかった。一緒に行こう」

 

 ボクはしゃがみ込み、フラグメントの頭を撫でた。

 

「でも、約束してくれ。絶対に、誰にも見つからないように、静かにするんだ。いいね?」

 

「きゅいっ!」

 

 フラグメントは、今までの悲しそうな鳴き声が嘘だったかのように、力強く、そして嬉しそうに鳴いた。

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