虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない 作:匿名希望さん
ボクは秘密の聖域、超古代文明の遺跡へとたどり着くと、さっそくローストチキンを革鞄から取り出し、フラグメントの前に差し出した。
「今日の一番の功労者だ。たくさんお食べ」
「きゅるるっ♪」
嬉しそうな声をあげてチキンにかぶりつく相棒の姿を眺めながら、ボクは改めて遺跡の内部を見渡した。
ガラクタの山、山、山。
でも、今のボクには、これが宝の山に見える。
フラグメントが動いたんだ。なら、ここにいる他の子たちだって、きっと――。
「よし、決めた。ここにいるみんなを、ボクが全員、修理しよう!」
それは、途方もない目標だった。でも、今のボクには、不思議とできる気がした。
最初にフラグメントを直そうと思ったのは、ここにあるガラクタの中でもっとも小さく、比較的、直す箇所が少なそうに見えたからだ。
でも、あそこには、ボクの背丈の何倍もある巨大なガラクタや、流麗な曲線を描く、美しい女性の姿をしたガラクタも眠っている。
彼女たちも、ボクが命を吹き込めば、フラグメントみたいに笑ってくれるだろうか。
「次は、君にしようかな」
ボクはガラクタの山の中から、一体の機械人形――股下程度の大きさのクマのようなもの――を工房と決めた一角まで持って行く。
フラグメントを直した要領でやれば、これもきっと動くはず。
そう思って、意気揚々と修理を始めたボクだったが、すぐに壁にぶつかった。
「なんだ、この機構は……」
装甲を開くと、そこにはフラグメントにはなかった、複雑怪奇な歯車と水晶のパイプが絡み合った、まったく未知の構造が姿を現したのだ。
これじゃあ、動力コアを繋ぐことすらできない。
この調子だと、思ったよりもずっと時間がかかるかもしれない……。
ボクが頭を抱えて唸っていると、足元で食事を終えたフラグメントが「きゅ?」と不思議そうにボクを見上げてきた。そして、ボクが悩んでいる原因を察したのか、トコトコとボクの傍らに置かれた分厚い書物の束に歩み寄る。
「きゅい! きゅい!」
フラグメントは、その中の一冊を、両腕のカマで器用に指し示した。
それは、ボクが屋敷の書庫からこっそり持ち出し、独学で解読を進めていた古代文字の技術書だ。
まさか、とは思った。でも、フラグメントが指し示すページを開いてみて、ボクは息を呑んだ。
「……そうか、そういうことか!」
そこには、複数の動力源を並列に繋ぎ、エネルギーを増幅させるための紋様の描き方が記されていた。このクマ型の機械は、フラグメントのような単一コアではなく、複数のサブコアで動くタイプだったんだ!
ボクが気づいていなかっただけで、答えは最初からこの手にあった。
「ありがとう、フラグメント! 君は本当にすごいな!」
ボクが心からの感謝を伝えると、フラグメントは「きゅるるっ」と嬉しそうに尻尾を振った。
それから、一ヶ月が経った。
ボクの毎日は、驚くほど充実していた。
朝、目覚めると、まずフラグメントに挨拶をする。
そして、憂鬱だったはずの厨房へ向かう。
最初のうちは、ボクがこの前のようにいじめられそうになると、すかさずフラグメントが天井裏から巨大な蜘蛛の姿で威嚇する。その繰り返しだった。
最近では、ボクが現れると蜘蛛が出てくるという奇妙な法則に気づいたのか、厨房に入る前に身体検査までされるようになった。
「おい出来損ない! 化け物をどこかに隠してるんじゃないだろうな!」
もちろん、フラグメントはその間、完璧な透明化でボクの足元にぴったりと寄り添っている。見つかるはずもなかった。
何も出てこないことに業を煮やした彼らは、もうボクに構うこと自体を諦めたらしい。
今では、ボクが厨房の入り口に立つだけで、誰かが無言でパンとスープの乗った皿を突き出し、「とっとと食って、さっさと失せろ!」という空気を全身で発してくるようになった。
おかげで食べ物の獲得に時間をかけないで済むようになった。
食事を済ませると、すぐに遺跡へ向かい、日が暮れるまで修理に没頭する。
遺跡にいない時も、頭の中はガラクタのことでいっぱいだった。
忙しいけど、満たされている。そんな毎日。
その日も、ボクは夕食を早々に済ませ、遺跡に戻ろうと屋敷の廊下を歩いていた。
頭の中では、あと少しで起動できそうなクマ型機械の最終調整についてシミュレーションしている。
すると、廊下の向こうから、聞き慣れた下卑た笑い声が聞こえてきた。
ハッとして顔を上げると、そこには弟のレオとその取り巻きたちが、こちらに向かって歩いてくるところだった。
彼らもボクに気づき、ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべる。
「あ、いたいた。ボクのサンドバッグ」
レオが、ボクを指さして言った。
その目は、獲物を見つけた肉食獣のように、残忍な光を宿している。
まずい。
最近は弟のレオと出くわさないよう、細心の注意を払ってきたというのに。新しい機械の修理に夢中になるあまり、完全に油断していた。
ボクは内心で舌打ちしながら、ゆっくりと近づいてくるレオたちを睨みつけた。
「よう、出来損ない。この間は派手に血なんか流しやがって。一瞬ビビっちまったぜ?」
レオが、心底愉快そうに唇を歪める。取り巻きたちもゲラゲラと下品な笑い声を上げた。
「でもよぉ、なんだ、結局ピンピンしてるじゃねぇか。案外、頑丈なんだな、お前。さっすがボクのサンドバッグは伊達じゃないぜ」
前回の失態を取り戻しにきたのか。一度は恐怖で逃げ出した自分が許せなくて、もっと酷いことをして優位性を証明したいんだ。子供じみた、あまりに幼稚な発想。
レオは勝ち誇った顔で、ボクの足元の床を顎でしゃくった。
「そうだ、面白いことを思いついた。この大理石の床、少し汚れてるだろ? お前のその生意気な舌で、ピカピカになるまで舐めろよ」
周囲の取り巻きが「そいつはいい!」「やれ! やれ!」と囃し立てる。
まただ。また、この理不尽な要求。殴られ、蹴られ、心を殺して従うか、それとも――。
いや、選択肢はもう一つある。
よし、もう一度、あの手で切り抜ける。
「……嫌です」
ボクが静かに拒絶の言葉を口にすると、レオは「ほらな、そう言うと思ったぜ!」と満足げに拳を握りしめた。
風を切る音がして、拳がボクの腹部にめり込む。
「ぐっ……!」
前回よりも重い一撃。だが、想定の範囲内だ。
ボクは衝撃に耐えながら、わざとらしく大きく吹き飛ぶ。床に倒れ込み、咳き込むふりをしながら、口の中に隠していた血の袋を噛み破ろうとした。
――その瞬間だった。
「待て」
低い声とともに、レオの指がボクの顎を鷲掴みにした。
動きを封じられ、身を起こすこともできない。
「こいつ口の中に何か隠してるぞ!!」
しまった……!
レオはニヤリと笑うと、乱暴にボクの口をこじ開け、ためらいなく指を突っ込んできた。そして、舌の下に隠していた小さな皮袋を、器用に引きずり出した。
「やっぱりな! この豚の血の匂い……こざかしい真似しやがって!!」
レオの顔が、怒りで真っ赤に染まる。
彼は血の袋を床に叩きつけると、馬乗りになってボクの首に両手をかけた。
グッ、と喉が圧迫され、気道が塞がれる。
「が……っ、ぁ……!」
「出来損ないの分際で……このボクを騙そうなんて、百年早いんだよッ!」
空気が、来ない。
視界が急速に赤く染まり、チカチカと点滅を始める。手足から力が抜けていく。
レオは憎悪に歪んだ顔で、取り巻きたちに号令をかけた。
「おい、お前ら! こいつが二度と小細工できないように、徹底的に教えてやれ! 今度は本物の血を流させてやろうぜ!」
「「「うぉおおお!」」」
下卑た笑い声とともに、複数の影がボクに覆いかぶさる。
振り上げられた拳が、スローモーションのように見えた。
ああ、もう、ダメか……。
ボクが、なにもかもを諦めかけた、その時。
――キィィィィィィィィンッ!!
頭蓋の内側に直接響くような、鋭い金属音。
今まで聞いたことのない、鼓膜を突き破るかのような金切り声。
その音はあまりにも小さく、ボクの首を絞めるレオも、拳を振り上げた取り巻きたちも、何も聞こえていないようで、残忍な笑みを浮かべたままだ。
その発生源は――足元にいるはずの、透明な相棒。
ボクには、わかった。
これはただの音じゃない。悲鳴でも、威嚇でもない。
ボクがこの手で命を吹き込んだ、たった一人の味方が。
ボクだけの大切な宝物が、今、心の底から燃え盛るような、純粋な怒りを発していることを。