虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

6 / 20
6 新たな仲間

 あの騒動から、数日が経った。

 ボクの日常は、驚くほど何も変わらなかった。

 結局、取り巻きの腕がなぜ切り落とされたのか、その原因は誰にもわからずじまいらしい。屋敷の中では「何者かによる呪いだ」「通りすがりの化け物の仕業だ」なんて噂がまことしやかに囁かれていたが、まさか魔力ゼロの出来損ないであるボクが疑われることは、ただの一度もなかった。

 それが、ヴァインライト家におけるボクへの絶対的な評価だった。何かを成せるはずがない、という揺るぎない無能の烙印。皮肉にも、それが今回はボクを守ってくれた。

 

 先日、厨房で下働きの男たちが話しているのを小耳に挟んだが、あの取り巻きの腕は、公爵家お抱えの腕利きの治癒師によって、後遺症もなく元通りにくっついたらしい。

 ボクをいじめようとした相手とはいえ、腕を失ったままではさすがに目覚めが悪い。その知らせを聞いて、ボクは心の底からホッと息をついた。

 

 それ以来、レオたちがボクに絡んでくることは、ぱったりとなくなった。

 おそらく、あの理解不能な現象に不気味さを感じ、ボクに関わること自体を避けているのだろう。

 おかげで、ボクは誰にも邪魔されることなく、自分の時間に没頭できるようになった。

 

 

「うーん……やっぱり、この紋様の配置じゃ、エネルギーの伝達効率が悪いみたいだな……」

 

 遺跡の工房で、ボクは分厚いノートを広げ、唸っていた。

 目の前には、一ヶ月前から格闘しているクマ型の機械人形が横たわっている。

 フラグメントを直した時の経験から、すぐにできるだろうと高をくくっていたが、この子の構造は想像以上に複雑だった。

 フラグメントが単一の強力なコアで動くのに対し、このクマ型は複数の小さなサブコアを連携させて動力を得る、いわば並列処理タイプ。それぞれのコアから供給されるエネルギーを、損失なく中央の制御機関に集約させるための紋様の設計が、とにかく難しい。

 

「きゅ?」

 

 足元で、フラグメントが心配そうにボクを見上げている。

 ボクがノートに描いた複雑な図形を指さして「ここの流れがうまくいかないんだ」と説明すると、フラグメントはトコトコと古代技術書の束まで歩いていき、一冊の本をカマで示した。やっぱり、この子には何か、ボクにはない知識があるのかもしれない。

 

 紋様の設計だけではない。物理的な破損も酷かった。

 特に、動力コアを保護するはずの胸部装甲は、無残に砕け散って原型を留めていない。これを直すには、部品をゼロから作り直すしかなかった。

 

「よし、やるか」

 

 ボクは気合を入れ直し、作業台に向かう。

 まずは、遺跡で手に入れた粘土をこね、ノートに描いた設計図を元に、失われた装甲の原型を精密に作り上げていく。次に、その原型を、耐火性の高い石膏でそっくりそのまま覆い、固めて鋳型を作る。

 鋳型が完全に乾いたら、いよいよ金属の鋳造だ。

 

 ボクは遺跡の片隅にある、自作の溶解炉に火を入れた。

 もちろん、これはボクがゼロから作り上げたものじゃない。遺跡の片隅に崩れ落ちていた、超古代文明の『窯』の残骸を修理・改造したものだ。

 見た目はただの石窯のようだけど、その内壁には肉眼では見えないほど微細な紋様が刻まれていて、熱を吸収し、内部で増幅させる機能を持っている。街の鍛冶屋の親父さんが見たら、腰を抜かすような代物に違いない。

 壊れて機能を失っていた送風管を、遺跡の別のガラクタから剥ぎ取ったパイプで繋ぎ、手動のふいごを取り付ける。これも、古文書の知識と、街の職人に頭を下げて教えてもらった知恵を総動員して、なんとか動くようにしたボクのオリジナル。この五年間の努力の結晶の一つだ。

 

 ふいごで空気を送り込むと、炉の中の温度が急激に上昇し、ゴオオッと音を立てて炎が赤から白へと色を変えていく。

 遺跡のガラクタの中から選び抜いた、軽くて硬い金属片を坩堝(るつぼ)に入れ、炉の中に投入する。じりじりと肌を焼く熱気。パチパチと火花が爆ぜる匂い。

 やがて、銀色の金属は、太陽のように眩しい光を放つ、どろりとした液体へと姿を変えた。

 

「よし……!」

 

 ボクは耐熱性の革手袋をはめ、火傷に細心の注意を払いながら坩堝を取り出し、石膏の鋳型にゆっくりと溶けた金属を流し込んでいく。

 ジュウウッ、という音とともに、白い水蒸気が立ち上った。

 

 金属が冷え固まるのを待ち、慎重に鋳型を槌で叩き割る。

 中から現れたのは、まだ表面がザラザラとした、武骨な金属の塊だ。

 ここからが、根気のいる仕上げ作業。

 バリと呼ばれる余分な部分を金槌で叩き落とし、大小様々な種類のヤスリを使って、ひたすら表面を削っていく。

 シャッ、シャッ、という単調な音が、静かな遺跡に響き渡る。

 ボクはこの時間が好きだ。

 無心で手を動かしていると、屋敷での嫌なことなんて、すべて忘れられることから。

 最後に、研磨剤をつけた鹿の皮で、鏡面になるまで磨き上げる。

 

「……できた」

 

 ボクの手にあったのは、元々そこにあったかのように滑らかな曲線を描く、美しい銀色の胸部装甲だった。

 

 それから、さらに数週間。

 試行錯誤の末に完成させた紋様の配線を施し、自作した装甲を取り付け、すべてのサブコアを定位置にはめ込む。

 残すは、フラグメントの時と同じ、中央の動力コアをはめ込むだけ。

 

 ごくり、と喉が鳴る。

 震える指で、水晶のコアパーツを掴み、クマ型人形の胸の中心にある窪みへと、ゆっくりと押し込んだ。

 

 ――カチリ。

 

 小さな、しかし確かな手応え。

 その瞬間。

 

 グォォォォン……。

 

 フラグメントの時よりも、ずっと重く、力強い駆動音が響き渡った。

 ボクが設計した紋様が、力強い青色の光を放ち、全身の関節部へとエネルギーを供給していく。

 そして。

 

 ピカッ。

 

 今まで固く閉じられていたクマの目が、カッと見開かれた。

 そこに宿っていたのは、蜂蜜色の光。

 

 ギ……ゴゴゴ……。

 重厚な音を立てながら、その巨体が、ゆっくりと床から起き上がる。

 ボクの股下ほどの大きさだと思っていたそれは、立ち上がると、ボクの胸のあたりまで届くほどの大きさだった。

 そのクマ型機械人形は、ボクと、そしてボクの足元にいるフラグメントを交互に見下ろすと、少しだけ首を傾げるのだった――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。