虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

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7 新しい仲間

「やった……! 上手くいった……!」

 

 胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

 フラグメントの時とはまた違う、複雑な構造を乗り越えた達成感。そして、新しい仲間が生まれたという純粋な喜び。

 足元で、フラグメントが「きゅい?」と少しだけ警戒したように鳴いた。ボクはしゃがみこんでその頭を撫でてやる。

 

「大丈夫だよ、フラグメント。きっと仲良くなれるよ」

 

 そのクマ型機械人形は、蜂蜜色に輝く瞳で、ゆっくりと自分の両手を見つめていた。

 

「……むむ……?」

 

 それは、洞窟の奥底から響いてくるような、低く、深く、そしてウイスキー樽で何十年も熟成させたかのような、渋みに満ちた声だった。

 

「この感触……う、動く、のか? 我が腕が……」

 

 信じられない、といった様子で、クマはゆっくりと立ち上がる。ギシリ、と重厚な音を立てて関節が軋む。

 

「……信じられん。動力炉が、再び脈動しているだと……」

 

 ボクは、固まった。

 口を半開きにしたまま、目の前のクマを見つめている。

 声の主は、間違いなくこのクマだ。愛らしい口元が、その渋い声に合わせて、わずかに動いている。

 

 え?……えええええ!? 声、渋っ!

 

 脳内で、絶叫がこだまする。

 見た目は、どう見ても可愛いぬいぐるみのようなクマ。なのに、中から聞こえてくるのは、歴戦の傭兵みたいな声。

 ギャップが、凄すぎる。

 

 ボクが思考停止に陥っていることなど露知らず、クマは入念にコンディションを確かめるように体を動かすと、やがて周囲を見渡した。そして、遺跡に広がるガラクタの山に目を向けた瞬間、ピタリ、とその動きを止めた。

 

「ここは……。そして、この残骸の山は……ああ……」

 

 絞り出すような声には、絶望的な色が滲んでいた。彼は、かつての仲間だったであろう機械たちの骸に、まるで手を伸ばすかのように、指先を震わせる。

 しかし、その手は何も掴むことなく、力なく下ろされた。彼の巨体が、悲しみの重さに耐えかねるように、わずかに揺れる。

 

 彼が呆然と立ち尽くしていると、足元でフラグメントが「きゅい?」と小さく鳴いた。その声にハッとしたのか、クマは初めてボクたちの存在に気づき、その蜂蜜色の瞳をボクに向けた。しかし、その瞳には何の光も宿っていない。

 

 その背中からは、どうしようもないほどの孤独と悲しみが漂っている。その姿が、この遺跡でずっと一人だったボク自身と重なった。胸が、強く締め付けられる。

 ボクは心配になって、おそるおそる声をかける。

 

「だ、大丈夫……?」

 

 ボクの言葉は、彼には届いていないようだった。彼は何も言わず、ただ虚ろにガラクタの山を見つめている。その沈黙が、彼の深い絶望を物語っていた。

 もう黙って見ていられなかった。ボクは、彼を、そして自分自身を奮い立たせるように、力強く叫んだ。

 

「大丈夫だよ!」

 

 クマの肩が、ピクリと震えた。驚いたように、ゆっくりとこちらを振り返る。

 

「君だけじゃない! ここにいるみんなを、必ず、ボクが全員直してみせる!」

 

 ボクの決意に、クマの蜂蜜色の瞳が、困惑に見開かれる。「何を……言っているんだ、この少年は……?」と、その表情が語っている。

 そうか、ボクが修理したんだってことをまず説明しないと。

 そう思って口を開くより前に、彼はハッと何かに気づいたように目を見開いた。

 そして、おもむろに自分の胸にそっと手を当てる。そこにあるのは、傷一つない、滑らかな銀色の装甲。ボクが何週間もかけて作り上げたものだ。

 

「この胸の装甲……見覚えのない輝きだ。それに、この脈動……! まさか……まさか、体を……直してくれた、というのか……?」

 

 信じられないといった様子で、彼は自分の腕を上げ下げし、関節の滑らかな動きを確かめる。驚愕が、彼の渋い声にありありと浮かんでいた。

 彼の視線が、改めてボクへと注がれる。

 ボクのオイルと金属の匂いが染みついた手、傍らに置かれた使い古しの工具、そして分厚いノート。最後に、ボクの瞳を、まっすぐに見つめた。

 

 クマの中で、驚きが畏敬へと変わっていくのが分かった。彼はしばし呆然としていたが、やがて、その巨体をゆっくりと折り曲げ、厳かな動作で、ボクの前に膝をついた。

 

「……なんと。この瓦礫の山を……全て、救うと申されるか。この私のような、鉄の塊のために……」

 

 その声は、震えていた。

 そして、深く、深く、頭を垂れる。

 

「……貴方様こそ、我が主。この身に再び魂を宿してくれた、我がマスターに、最大限の敬意を」

 

「え? マ、マスター!?」

 

 突然のことに、ボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 クマは顔を上げると、先程までの虚ろさが嘘のような、真剣な眼差しでボクを見つめてきた。

 

「マスターよ。一つ、この身の勝手な願いを、聞き入れてはいただけないだろうか」

 

「ね、願い?」

 

「どうか、私に新たな名を。その大いなる志を持つ貴方様から、この再誕の日に、名を賜りたいのだ」

 

 思いもよらない言葉に、ボクは戸惑った。

 

「名前? でも……もともと、君には名前があったんじゃないのかい?」

 

 彼の瓦礫をみたときのショック、それはかつての同胞に対するものだった。その瞳には、ボクには想像もできない過去の憧憬が宿っていた。

 なのに、新しい名前をつけて、その過去を否定してもいいのだろうか……。

 ボクがそう尋ねると、クマは「フッ……」と、どこか自嘲するように小さく笑った。

 

「確かに、この胸には、遠い過去の残響のようなものがある。彼らが『同胞』であったという、朧げな記録がな。だが、それはまるで、霧の中の景色だ。名前も、個別の記憶も、永い時の流れがすべて洗い流してしまったらしい。今の私は、いわば空っぽの器に等しいのだ」

 

 その声は、どうしようもなく寂しげだった。

 

「だからこそ、マスター。貴方が再び命を吹き込んでくださったこの日に、新しい名前をいただきたい。それが、この名もなきクマの、新たな始まりとなる」

 

 まっすぐな瞳に、強い決意が宿っている。

 ボクはゴクリと喉を鳴らし、彼の願いを受け入れた。

 

「……わかったよ。そうだな……どこか気品がある感じがするから……君の名前は『バーナード』とかどうかな……」

 

 その名を告げた瞬間、バーナードの蜂蜜色の瞳が、力強く輝いた。彼はゆっくりと、その名前を反芻する。

 

「バーナード……。……素晴らしい名を、ありがとう、マスター。このバーナード、生涯をかけて貴方にお仕えしよう」

 

 深く、深く、彼はもう一度頭を下げた。

 ボクの足元で、フラグメントが「きゅいっ!」と嬉しそうに声を上げる。

 孤独なボクの城に、二人目の、頼もしい仲間が加わった瞬間だった。

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