虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない   作:匿名希望さん

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8 バーナード

 バーナードが仲間になった。

 胸の奥から込み上げてくる熱い感情に浸っていると、ふと、洞窟の入り口から差し込む光が、もうだいぶ傾いていることに気づいた。

 

「……そろそろ、戻らないと」

 

 名残惜しい。もっとここにいたい。新しく仲間になったバーナードのことだってもっと知りたいし、他のガラクタたちの修理も進めたい。

 いっそのこと、このまま遺跡で寝泊まりしてしまおうか。そんな考えが頭をよぎる。

 屋敷での冷たい石床と残飯の食事。ここには、温かくはないがボクだけの城と、何より大切な仲間がいる。

 でも、食料の問題もあるし、まだ完全に屋敷との縁を切るわけにもいかない。

 

「……ひとまず、今日は屋敷に戻ろう」

 

 ボクがそう呟いて立ち上がると、足元でフラグメントが「きゅい!」と頷き、当然のようについてくる準備を始めた。

 問題は、新入りの彼だ。

 

「バーナード、君はどうしようか……?」

 

 ボクが尋ねると、恭しく膝をついたままだったバーナードが、顔を上げた。

 

「マスターがそうお決めになるのなら、このバーナード、どこへなりともお供いたします。マスターにこの身を捧げると誓った以上、片時も離れるつもりはございません」

 

 蜂蜜色の瞳に、揺るぎない忠誠心が宿っている。

 その気持ちはすごく嬉しい。嬉しいんだけど……。

 

「でも、君みたいな見慣れないものが屋敷をうろついていたら、大騒ぎになると思うんだ。見つかったら、君を取り上げられて、壊されてしまうかもしれない」

 

 ボクが真剣な顔で懸念を伝えると、バーナードは「なるほど」と一つ頷いた。

 そして、次の瞬間。

 

 フッ、と。

 ボクの胸ほどもあったバーナードの体が、陽炎のように揺らめき、完全に景色に溶け込んで消えた。

 

「えっ!?」

 

「これで、問題はございませんかな、マスター」

 

 渋い声だけが、何もない空間から響いてくる。

 ボクは驚いて、さっきまでバーナードがいた場所に手を伸ばした。硬質で、でもどこか温かみのある金属の感触。確かに、いる。見えないだけだ。

 

「すごい……! バーナードも、透明になれるんだ! ……そっか、この機能はみんな持ってる標準装備なんだ」

 

 超古代文明、恐るべし。

 ボクは一人感心しながら、透明な相棒たちとともに、夜の闇に包まれ始めた屋敷へと戻った。

 

 

 月明かりに照らされた公爵家の屋敷は、まるで巨大な城塞のように荘厳だった。

 ボクの隣を歩く、見えないバーナードから、感嘆のため息が聞こえてくる。

 

「おお……なんと壮麗な……。これが、マスターのお住まい。マスターの城なのですね」

 

 その言葉に、ボクは思わず苦笑いを浮かべた。

 マスターの城、か。

 これはボクの城じゃない。ボクを産んだ父親のもので、ボク自身は、この壮麗な屋敷の片隅で、汚点として生きることを許されているだけの存在だ。

 使用人からさえ虐げられ、家族からは存在しないものとして扱われる。この屋敷の出入りが許されていること自体が不思議なくらいだ。

 ……なんて、胸のうちに渦巻く暗い感情は、今は隠しておこう。せっかく仲間になってくれた彼らを、心配させたくない。

 

 ボクは気配を殺し、誰にも見つかることなく、物置同然の自室へとたどり着いた。

 軋むドアを開けて中に入り、すぐに鍵をかける。

 

「ふぅ……。さて、今日はもう疲れたし、寝ようか」

 

 ベッドに腰掛け、そう呟いた時だった。

 部屋の隅で透明化を解いたバーナードが、蜂蜜色の瞳で部屋の中をぐるりと見渡し、不思議そうに首を傾げた。

 

「マスター。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

 

「うん? なんだい?」

 

「この部屋は……その……少々、手狭に感じられますが……。それに、調度品というものが、この寝台以外に見当たらない。マスターの私室にしては、あまりにも……」

 

 言葉を選んでいるようだが、言いたいことはわかる。

『なんでこんなボロい物置みたいな部屋に住んでるんだ?』ということだろう。

 

 ああ、やっぱり聞かれちゃうか。

 隠せるものなら隠したかった。彼らに、ボクの惨めな境遇を知られて、同情されたり、心配されたりするのは、なんだか居心地が悪い。

 でも、これからずっと一緒にいるんだ。いつまでも隠し通せることじゃない。

 ボクは、観念してため息を一つ吐いた。

 

「……説明、するよ。ボクの、この家での立場について」

 

 ボクは、淡々と語り始めた。

 自分が公爵の庶子であること。魔力ゼロの出来損ないだと蔑まれていること。家族からも使用人からも虐げられ、まともな食事も与えられず、存在を疎まれていること。

 話しているうちに、胸の奥がチクチクと痛んだけど、ボクは感情を殺して、事実だけを伝えた。

 

 ボクの話を、バーナードは黙って聞いていた。足元では、フラグメントが心配そうに「きゅうぅん……」と鳴いている。

 話し終えると、重い沈黙が部屋に落ちた。

 バーナードは、神妙な顔つきで深く頷いた。そして。

 

「……なるほど。事情は、理解いたしました」

 

 その声は、嵐の前の静けさのように、低く、押し殺されていた。

 次の瞬間。

 

「――許せんッ!!」

 

 地を揺るがすような、怒りの咆哮。

 バーナードの蜂蜜色の瞳が、燃え盛る炎のような、激しい怒りの光を宿してカッと見開かれた。

 

「我がマスターを! このバーナードが命を捧げると誓った唯一無二の主を、そのような劣悪な境遇に置き続けていたとは! その父上とやら、断じて許すわけにはいかんッ!」

 

 ゴゴゴ、と音を立ててバーナードが立ち上がる。その体から発せられる怒りのオーラに、部屋の空気がビリビリと震えるようだ。

 

「マスター! 今すぐ、私に案内を! その愚かなる父君とやらに、主への礼儀というものを、その骨の髄まで叩き込んでくれようぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待って、バーナード!」

 

 今にもドアをぶち破って飛び出していきそうなバーナードを、ボクは慌ててその太い足に抱きついて止めた。

 

「だめだよ! そんなことしたって、何も変わらない! それに、ボクはこれ以上、波風を立てたくないんだ!」

 

「しかし、マスター!」

 

「お願いだ、バーナード。今は、何もしないでほしい」

 

 ボクが真剣な瞳で訴えると、バーナードの怒りの炎が、わずかに揺らいだ。

 彼はしばらく葛藤するように唸っていたが、やがて、大きく息を吐き、燃え盛っていた瞳の光を収めた。

 

「……なるほど。マスターが、それを望まれるのであれば……」

 

 苦々しい、といった表情で、それでも彼は納得してくれたようだ。その体が、ゆっくりと力を抜いていく。

 ボクは心の底からホッとして、彼に言った。

 

「ありがとう、バーナード」

 

「……なぜ、マスターが礼を? 私は、マスターの意に沿えぬことをしようとしたのですよ」

 

 不思議そうに問いかけるバーナードに、ボクは少しだけ照れながら、正直な気持ちを伝えた。

 

「ボクのために、本気で怒ってくれたから。それが、すごく嬉しかったんだ」

 

 その言葉に、バーナードは一瞬、蜂蜜色の瞳を大きく見開いた。

 そして、ふっと、その厳つい顔つきが、わずかに和らいだように見えた。

 

「……そうか。……さようですな。マスターにお仕えできて、このバーナード、心から幸せにございます」

 

 深く、深く、彼はもう一度、ボクに頭を下げた。

 

 ……なんだか、大げさだなあ。

 ボクはそう思いながらも、胸の中に温かいものが広がっていくのを感じていた。

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