虐げられていたとはいえ、ここまでのざまあは望んでいない 作:匿名希望さん
バーナードが仲間になった。
胸の奥から込み上げてくる熱い感情に浸っていると、ふと、洞窟の入り口から差し込む光が、もうだいぶ傾いていることに気づいた。
「……そろそろ、戻らないと」
名残惜しい。もっとここにいたい。新しく仲間になったバーナードのことだってもっと知りたいし、他のガラクタたちの修理も進めたい。
いっそのこと、このまま遺跡で寝泊まりしてしまおうか。そんな考えが頭をよぎる。
屋敷での冷たい石床と残飯の食事。ここには、温かくはないがボクだけの城と、何より大切な仲間がいる。
でも、食料の問題もあるし、まだ完全に屋敷との縁を切るわけにもいかない。
「……ひとまず、今日は屋敷に戻ろう」
ボクがそう呟いて立ち上がると、足元でフラグメントが「きゅい!」と頷き、当然のようについてくる準備を始めた。
問題は、新入りの彼だ。
「バーナード、君はどうしようか……?」
ボクが尋ねると、恭しく膝をついたままだったバーナードが、顔を上げた。
「マスターがそうお決めになるのなら、このバーナード、どこへなりともお供いたします。マスターにこの身を捧げると誓った以上、片時も離れるつもりはございません」
蜂蜜色の瞳に、揺るぎない忠誠心が宿っている。
その気持ちはすごく嬉しい。嬉しいんだけど……。
「でも、君みたいな見慣れないものが屋敷をうろついていたら、大騒ぎになると思うんだ。見つかったら、君を取り上げられて、壊されてしまうかもしれない」
ボクが真剣な顔で懸念を伝えると、バーナードは「なるほど」と一つ頷いた。
そして、次の瞬間。
フッ、と。
ボクの胸ほどもあったバーナードの体が、陽炎のように揺らめき、完全に景色に溶け込んで消えた。
「えっ!?」
「これで、問題はございませんかな、マスター」
渋い声だけが、何もない空間から響いてくる。
ボクは驚いて、さっきまでバーナードがいた場所に手を伸ばした。硬質で、でもどこか温かみのある金属の感触。確かに、いる。見えないだけだ。
「すごい……! バーナードも、透明になれるんだ! ……そっか、この機能はみんな持ってる標準装備なんだ」
超古代文明、恐るべし。
ボクは一人感心しながら、透明な相棒たちとともに、夜の闇に包まれ始めた屋敷へと戻った。
◆
月明かりに照らされた公爵家の屋敷は、まるで巨大な城塞のように荘厳だった。
ボクの隣を歩く、見えないバーナードから、感嘆のため息が聞こえてくる。
「おお……なんと壮麗な……。これが、マスターのお住まい。マスターの城なのですね」
その言葉に、ボクは思わず苦笑いを浮かべた。
マスターの城、か。
これはボクの城じゃない。ボクを産んだ父親のもので、ボク自身は、この壮麗な屋敷の片隅で、汚点として生きることを許されているだけの存在だ。
使用人からさえ虐げられ、家族からは存在しないものとして扱われる。この屋敷の出入りが許されていること自体が不思議なくらいだ。
……なんて、胸のうちに渦巻く暗い感情は、今は隠しておこう。せっかく仲間になってくれた彼らを、心配させたくない。
ボクは気配を殺し、誰にも見つかることなく、物置同然の自室へとたどり着いた。
軋むドアを開けて中に入り、すぐに鍵をかける。
「ふぅ……。さて、今日はもう疲れたし、寝ようか」
ベッドに腰掛け、そう呟いた時だった。
部屋の隅で透明化を解いたバーナードが、蜂蜜色の瞳で部屋の中をぐるりと見渡し、不思議そうに首を傾げた。
「マスター。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「うん? なんだい?」
「この部屋は……その……少々、手狭に感じられますが……。それに、調度品というものが、この寝台以外に見当たらない。マスターの私室にしては、あまりにも……」
言葉を選んでいるようだが、言いたいことはわかる。
『なんでこんなボロい物置みたいな部屋に住んでるんだ?』ということだろう。
ああ、やっぱり聞かれちゃうか。
隠せるものなら隠したかった。彼らに、ボクの惨めな境遇を知られて、同情されたり、心配されたりするのは、なんだか居心地が悪い。
でも、これからずっと一緒にいるんだ。いつまでも隠し通せることじゃない。
ボクは、観念してため息を一つ吐いた。
「……説明、するよ。ボクの、この家での立場について」
ボクは、淡々と語り始めた。
自分が公爵の庶子であること。魔力ゼロの出来損ないだと蔑まれていること。家族からも使用人からも虐げられ、まともな食事も与えられず、存在を疎まれていること。
話しているうちに、胸の奥がチクチクと痛んだけど、ボクは感情を殺して、事実だけを伝えた。
ボクの話を、バーナードは黙って聞いていた。足元では、フラグメントが心配そうに「きゅうぅん……」と鳴いている。
話し終えると、重い沈黙が部屋に落ちた。
バーナードは、神妙な顔つきで深く頷いた。そして。
「……なるほど。事情は、理解いたしました」
その声は、嵐の前の静けさのように、低く、押し殺されていた。
次の瞬間。
「――許せんッ!!」
地を揺るがすような、怒りの咆哮。
バーナードの蜂蜜色の瞳が、燃え盛る炎のような、激しい怒りの光を宿してカッと見開かれた。
「我がマスターを! このバーナードが命を捧げると誓った唯一無二の主を、そのような劣悪な境遇に置き続けていたとは! その父上とやら、断じて許すわけにはいかんッ!」
ゴゴゴ、と音を立ててバーナードが立ち上がる。その体から発せられる怒りのオーラに、部屋の空気がビリビリと震えるようだ。
「マスター! 今すぐ、私に案内を! その愚かなる父君とやらに、主への礼儀というものを、その骨の髄まで叩き込んでくれようぞ!」
「ちょ、ちょっと待って、バーナード!」
今にもドアをぶち破って飛び出していきそうなバーナードを、ボクは慌ててその太い足に抱きついて止めた。
「だめだよ! そんなことしたって、何も変わらない! それに、ボクはこれ以上、波風を立てたくないんだ!」
「しかし、マスター!」
「お願いだ、バーナード。今は、何もしないでほしい」
ボクが真剣な瞳で訴えると、バーナードの怒りの炎が、わずかに揺らいだ。
彼はしばらく葛藤するように唸っていたが、やがて、大きく息を吐き、燃え盛っていた瞳の光を収めた。
「……なるほど。マスターが、それを望まれるのであれば……」
苦々しい、といった表情で、それでも彼は納得してくれたようだ。その体が、ゆっくりと力を抜いていく。
ボクは心の底からホッとして、彼に言った。
「ありがとう、バーナード」
「……なぜ、マスターが礼を? 私は、マスターの意に沿えぬことをしようとしたのですよ」
不思議そうに問いかけるバーナードに、ボクは少しだけ照れながら、正直な気持ちを伝えた。
「ボクのために、本気で怒ってくれたから。それが、すごく嬉しかったんだ」
その言葉に、バーナードは一瞬、蜂蜜色の瞳を大きく見開いた。
そして、ふっと、その厳つい顔つきが、わずかに和らいだように見えた。
「……そうか。……さようですな。マスターにお仕えできて、このバーナード、心から幸せにございます」
深く、深く、彼はもう一度、ボクに頭を下げた。
……なんだか、大げさだなあ。
ボクはそう思いながらも、胸の中に温かいものが広がっていくのを感じていた。