魔法学校のアレム   作:yumui

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リシア

アレムは貴族の館の屋根裏で暮らしていた。

 

義母である男爵未亡人フリジアは、華やかな仮面舞踏会では微笑を絶やさぬ貴婦人だったが、家庭の中では冷たい氷柱のような女性だった。フリジアの実娘リリーシャは母を真似ていたが、それ以上に残酷な言葉を投げる術に長けていた。

 

「ほんと、気味が悪いわ。あんた、女みたいな顔してるし。何でそんなに金髪なの? 本当にこの家の血筋なの?」

 

アレムは黙っていた。目を合わせると、さらに面白がられるだけだったからだ。

 

彼は鏡を見るたび、自分の顔がどこか現実離れしていることに気づいていた。あまりに整いすぎていて、まるで絵画の天使のようだと、昔ひとりの召使いが言っていたこともあった。

 

それが彼は養子だったが父親は罪人だという噂は館の誰もに広まっていた、館の誰もが距離を置いていた。

 

そんな日々が、十四年続いた。

 

ある夜のことだった。

 

屋根裏の窓から、月明かりが静かに差し込んでいた。アレムは古い書物のページをめくりながら、寝落ちしかけたその時、声がした。

 

「アレム」

 

その声は、やけに澄んでいて、どこか懐かしい響きを持っていた。アレムが顔を上げると、そこに少女が立っていた。

 

年の頃は自分と同じくらいだろうか。しかし、彼女の纏う雰囲気はまるで違った。長くウェーブがかった輝く金髪に、黒の混ざった魔女服。そして、右目には漆黒の眼帯。左目だけが異様に光って見えた。

 

「……誰?」

 

「私の名はリシアだ。でも、それは今はどうでもいい」

 

彼女はふわりとアレムの前に降り立ち、指を伸ばして彼の額に触れた。

 

「お前は魔王の息子なんだ」

 

アレムは思わず身を引いた。「なに、それ……冗談?」

 

「冗談なら、わざわざお前の前に姿は現さん。」

 

「……じゃあ、君はなんで僕にしか見えないんだ?最近僕の前に姿を見かけたけど家族は君が見える様子はなかった」

 

その言葉に、リシアは片方の口角を上げた。

 

「そんなことはどうでもいい、あなたが本当の力を思い出すまでは、誰もお前の正体には気づかん」

 

アレムは言葉を失った。

 

「でも、魔王って……世界を滅ぼすとか、そういう……」

 

「違う」とリシアは首を振った。「あなたの父は、本当は世界を護ろうとしていた。でも、ある時、闇に呑まれて狂ってしまった」

 

「……」

 

「あなたは、彼を正気に戻すために生まれた子。そのために、母である人間の女性に託された」

 

「……母?」

 

リシアは静かにうなずいた。

 

「あなたの本当のお母さんは、もうこの世にはいない。でも彼女は、命をかけてあなたを人間の世界へと託したの。いつか、あなたが力に目覚め、魔王と向き合える日が来ると信じて」

 

アレムの胸の中に、ずっと感じていた異物感が広がる。それは、自分がこの家の一員ではないこと、誰にも心から受け入れられなかった理由――それが血の中にあるとしたら?

 

「お前は選ばれた存在。でも、それは運命なんてきれいな言葉で片づけられるものじゃない」

 

リシアは少し哀しげに言った。

 

「このままここでいじめられて暮らすのも自由。けど、もしほんの少しでも、自分の居場所がほしいと思うなら、もう少し待て」

 

「なぜ?」

 

「そうすれば、真実の自分を知る旅が始まるだろう」

 

アレムは窓の外を見た。屋敷の庭には、闇と沈黙が満ちていた。

 

「……でも僕には、力なんてない。剣も魔法も知らない」

 

「力は、心が決める。お前の中には、まだ誰も見たことのない炎がある」

 

その時、アレムの胸に、かすかに光がともった気がした。

 

忘れていたぬくもりのようなものが、静かに灯る。

 

「……わかった」

 

アレムは小さく答えた。

 

その瞬間、リシアは嬉しそうに微笑んだ。

 

「ようこそ、運命の扉へ――アレム」

 

#

 

翌朝、屋敷に不思議な来客があった。

 

ひと目で只者ではないとわかる男――背筋はしゃんとしているが髪も髭も真っ白な老人で、深い藍色のマントに銀の縁取りがほどこされていた。手には黒檀の杖を携え、目元には知恵と悪戯心が同居するような光が宿っている。

 

「どうも失礼、私はエルダス・ヴァンブルム。魔法学院《ノルス=ルグラド》の校長であります」

 

リビングルームに案内された老人は、古びた帽子を取って恭しく頭を下げた。

 

フリジア男爵未亡人は最初、憮然とした態度で彼を迎えた。

 

「……魔法学校ですって? よりにもよってあの子を? 冗談はやめていただけるかしら」

 

「いえいえ、いたって真面目な話でして。彼の資質は極めて高い。我々の占星学部と秘術観測室の双方が彼を「予言の子」と認定しております」

 

「何それ? ……そんな子、うちにはおりません」

 

「なるほど、ではこの子はあなたの子ではない……と?」

 

エルダスの問いに、フリジアの目がわずかに揺れる。彼女は唇をきゅっと結び、椅子の肘掛けを叩いた。

 

「……なぜ、今さら?」

 

「時が満ちたからです」

 

静かにそう言ったエルダスは、懐から革袋を取り出した。中には金貨がぎっしり詰まっており、テーブルに置かれると重みでごとりと音が響いた。

 

「入学金、および寄付金としてこれだけお渡しします。今後、彼をこちらの管理下に置かせていただければ」

 

フリジアの表情が、たちまち別人のように和らぐ。

 

「まあ……入学させるだけで、これほどとは。うふふ、あの子もようやく厄介払いできるわね。ええ、もちろん賛成ですとも」

 

屋敷の隅で聞いていたアレムは、呆然と立ち尽くしていた。

 

自分のことなのに、まるで物品のやり取りのようなやり取りに、冷たい現実が胸を打つ。

 

だが、リシアの言葉が心の奥で囁いていた。

 

「これは、旅の始まりだ」

 

出発の朝は、曇っていた。

 

屋敷の門前に立つ黒い馬車は、北方諸国の紋章をあしらった重厚な造りで、まるで王族の使いが来たかのような威厳があった。

 

「じゃあ、さようならアレム。学院ではちゃんと勉強するんだよ。落第したら、送り返すからね」

 

リリーシャの皮肉な言葉と、フリジアの満足げな視線を背に、アレムは無言で馬車に乗り込んだ。

 

エルダスがにやりと笑う。

 

「心配せんでよろしい。君には、まだまだ本物の世界が待っている」

 

馬車が動き出す。重たい扉が閉じられた瞬間、アレムは一つ、大きな呼吸をした。

 

窓から見える街並みが、ゆっくりと遠ざかっていく。

 

こうして――アレムは、古代と未来、光と闇が交錯する北方の魔法学院《ノルス=ルグラド》へと向かう。

 

彼の運命は、いま、世界の中心へと舵を切ったのだった。

 

 

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