魔法学校のアレム   作:yumui

12 / 18
シルキィ

氷と静寂に包まれた洞窟の最深部――

そこに鎮座していたのは、銀白の金属で作られた美しい小箱だった。まるで凍てついた音を宿すかのように、箱は微かな共鳴を放っていた。

 

その前に、一人の男が立っていた。

 

ディラン=マルヴァス。

かつてアレムたちと共に第一試練に挑んだ、英雄の息子。だが、シルキィとの戦いに完敗し、一度は脱落した男だ。

 

彼は拳を固く握りしめ、目の前に立つ女を睨みつけていた。

 

「よくも……仲間を踏みにじってくれたな。あんたのやってることは、ただの略奪だ」

 

対するその女、金鋼鎧のシルキィは、無表情のまま言葉を返した。

 

「略奪ではない。“回収”だ。これは私たち魔王軍の“使命”だ」

 

「その力が……魔王の遺産か」

 

ディランの視線の先、氷哭の箱が静かに輝いていた。

 

だがそのとき。

 

「待ってくれ!」

 

雪の吹きすさぶ洞窟の入口から、アレム、アウラ、リフィアが駆け込んできた。

 

「ディラン!」

 

「アレム……無事だったのか」

 

「こっちのセリフだ。……あんた、シルキィと一人でやり合ったのか?」

 

「勝てなかったさ。でも――分かった。こいつ、殺す気なんてなかった」

 

シルキィは、わずかに視線を落とした。

 

「そのとおりだ、私はおまえたちを殺せない。魔王の意志に反する」

 

アレムは、彼女を真っすぐに見据える。

 

「じゃあ……何のために、これを?」

 

彼は氷哭の箱に視線を向ける。

 

「これの正体は……“精神の均衡を保つための装置”。

強すぎる魔力や感情の暴走を抑える“精神制御の魔導器”だった。

つまり――」

 

リフィアが続けた。

 

「――遺産は、人の心を守るためのものだったのね」

 

アウラが険しい声で問いかける。

 

「なら、なぜあんたたちは、それを回収しようと…ま、まさか…」

 

シルキィはしばらく黙り、やがて口を開いた。

 

「魔王様の正気を取り戻すためだ」

 

「……!」

 

リフィアが口を挟む

 

「無理よ…それは魔王ほど強力な存在には影響を与えられないわ」

 

「なんだと…?」

 

「解析したのよ、証拠を見せましょうか?」

 

シルキィは少し考えたが結果は同じだった

 

「…それは回収させてもらう、実際に使わせて貰うまでは信じられない」

 

 

シルキィが斧を引き抜き、地面に叩きつけた瞬間、雪原が爆ぜた。

 

「構えろッ!」

 

アウラが矢を構え、ディランは剣を構えた。

 

そのときだった。

 

「今よ――起動!」

 

リフィアが叫ぶと、雪原に描かれた大きな魔法陣が青白く輝き始めた。

 

「これは……っ!?」

 

シルキィの足元から、封印術式が噴き上がり、鎧全体を包む。

 

「鎧に使われている金鋼は、魔力の共鳴を利用して動いてる。

だから、その魔力を乱せば――!」

 

ガキィィィンッ!!

 

爆音と共に、金鋼の鎧が砕けた。

 

舞い散る破片の中、現れたのは――

 

細身で小柄な体格。

肩までの灰色がかった金髪を束ねた、凛とした顔立ちの若い女性だった。

 

「あれが……シルキィ……?」

 

アウラが目を見張る。

 

シルキィは、かすかに息を吐いた。

 

「……まさか、彼の子たちにここまで迫られるとは。だが――まだ終わらん」

 

次の瞬間、彼女は両手から鋼糸のような魔力の刃を伸ばし、アレムたちに襲いかかった。

 

アウラの矢がそれを弾き、ディランの剣が受け止める。

 

「彼女、本気だ……でも――」

 

リフィアが声を上げた。

 

「殺意がないまま、戦ってる……! これは試してる戦いよ!」

 

アレムは血の魔術を展開し、シルキィの背後に回る。

 

「――だったら、僕たちも応える!」

 

三対一。

しかし、シルキィの動きは異常なまでに鋭かった。まるで、何千もの戦場を駆け抜けてきたような動き。

 

斬っても、撃っても、貫いても――必ず回避し、無力化する。

 

(……これが父さんの仲間だったというのか)

 

アレムの脳裏に、遠い記憶が蘇る。

まだ言葉も覚束なかった頃、戦場から戻った父の隣に、無言で立つ鎧の小柄な影――。

 

「……やっぱり、あの時の人か……!」

 

アレムが叫ぶと、シルキィの手が一瞬止まった。

 

「……覚えていたか。

あの日、私は“彼”の横で、お前を抱いたことがある。

あれが最後の、穏やかな日だった……」

 

その隙を突くように、アウラの矢が地面に突き刺さり、氷を爆ぜさせる。

 

吹き飛ぶ粉雪の中で、互いの魔力が激突した――。

 

そして。

 

 

アレムの剣とシルキィの斧が、正面からぶつかり合った。

 

互いに後退する。

 

シルキィは静かに息をついた。

 

「これで、よい。……充分だ。今の貴様らなら――彼に手が届くかもしれん」

 

「……じゃあ、なぜ去らない? なんでまた現れる? 試すような真似を続ける?」

 

アレムの問いに、シルキィはかすかに笑った。

 

「私は、“彼の剣”だった。

だが、魔王としての彼が消え、私は“刃”のまま残った。

使うべき相手を失い、ただ漂っていた。

だが今……その剣を再び握れる相手が現れた。

……それがお前なら、それでもいい」

 

金の破片をまとい、シルキィはゆっくりと背を向けた。

 

「我らが再び会う時――その選択を、私は見届ける」

 

風が吹いた。

 

氷と雪の向こうへ、シルキィの小さな背は消えていった。

 

アレムたちは、その場に立ち尽くしていた。

 

「……あれが、父の仲間……」

 

「強かったな……でも、それ以上に――悲しそうだった」

 

アウラがぽつりと言うと、リフィアが頷いた。

 

「彼女はずっと、戦う理由を探していたのかもね。魔王がいなくなった後の、空白の時間で」

 

アレムは、自分の胸に手を当てた。

 

 

今まですべてが、ただの試練ではなく、未来への責任であるように思えた。

 

「僕は……戦う。でも、それだけじゃない。

剣になるんじゃなく、生きる意味を選べる自分でいたい」

 

誰かの剣でも、遺産でもない、自分だけの意志を胸に。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。