学院が再開してまもなく、ついに――大会第三の課題が発表された。
それは、最もシンプルで、最も過酷なものだった。
「トーナメント形式の武闘戦」
各チームの代表が一人ずつ戦い、最後に勝ち残った者が優勝へ進む。
パートナーは戦闘に参加できず、応援のみが許される。
そして第一戦の対戦カードが読み上げられたとき、学院中がどよめいた。
「第一戦――アレム・ファル=ディア 対 リフィア・エルトラーナ!」
リフィアは試合前、控室で静かにアレムに向き合った。
「手は抜かないよ。私、この大会で優勝して、母に胸を張って帰りたいんだ」
「わかってる。僕も、引けない理由がある」
二人は笑い合い、そして試合場へ向かった。
観客の喧騒を背に、魔法障壁に囲まれた円形フィールド。
中央に立つ二人の姿は、ただ静かだった。
「第三課題、第一試合――開始!!」
その声と共に、リフィアが魔導書を開いた。
「風よ、盾となれ――《風環結界》!」
防御魔法を展開しつつ、アレムへ氷の刃を放つ。
「氷刃乱舞!」
無数の氷が突き刺さるように迫るが――
アレムの手に現れたのは、黒い槍だった。
「黒槍」
彼が新たに得た魔王の武具――影から生まれた漆黒の槍。
その柄は脈動するように生きており、闇を裂く一閃で氷を砕いた。
リフィアはすぐに距離を取り、雷の魔法を紡ごうとするが――
「遅いよ、リフィア」
瞬間移動のような踏み込み。
アレムはリフィアの正面に立ち、槍の柄で腹部を打ち抜いた。
「くっ……!」
吹き飛ばされ、リフィアは倒れ伏す。
だが観客席から拍手が湧いたのは、試合の内容だけでなく、互いを全力で信じて戦った二人への賛辞だった。
続く準決勝――
アレムの相手は、かつて旧魔王軍とも対等に渡り合った、炎の英雄の息子、ディラン=グレイグだった。
「ここでお前を倒して、父を超える。アレム、全力で来い!」
ディランの身体から、赤黒い炎が立ち昇る。
全身を覆う炎の鎧は、近づく者を焼き払うほどの熱を放っていた。
アレムが黒槍を構えると、フィールドが歪んだ。
空気が膨張し、熱が視界を揺らす。
「行くぞ!!」
ディランが突撃する。
拳に宿った煉炎が、空気ごとアレムを焼こうとする――
だがアレムは、槍を地に突き立てた。
「影よ、穿て――!」
足元から這い出した黒い影が、ディランの足元を絡め取り、瞬間的に動きを封じた。
「ぬうっ!?」
その一瞬を突き、アレムの槍が疾駆する。
炎と黒がぶつかり合い、衝撃がフィールドを揺らす。
しかしディランは、即座に反撃に転じた。
「まだまだ!!」
その拳がアレムの肩に直撃し、黒槍が弾かれる。
「くっ……!」
「これが俺の――全力だ!!」
炎の爆発がアレムを包み込む――
だが、その中心で、黒い槍が再び形を取り戻す。
「……ごめん、負けられないんだ」
アレムの背後にリシアの幻影が現れ、槍に力を流し込む。
「魔王の影よ、槍となりて……突き穿て!!」
影を束ねた魔槍が、ディランの炎の中心を貫いた。
爆音。
その後に残ったのは、焦げたフィールドと、ひざまずいたディランの姿だった。
「……まいった……」
アレムは、彼に手を差し出した。
「ありがとう。強かったよ、ディラン」
ディランは苦笑しながら手を握り返す。
「次は、勝つからな」
こうしてアレムは決勝進出を果たした。
学院の闘技場。
大会決勝戦の日は快晴で、天空には祝福を告げるかのような青が広がっていた。
だが――アレムの胸に去来するのは、重く冷たい予感だった。
「いよいよ決勝だな」
ガイルの言葉に、アレムは頷く。
「うん。けど……なんか、ずっと引っかかってる。
あのエルフの子、リュミエール。何かを隠してる」
リフィアが真顔で言う。
「確かに……リュミエール=セリカ。学籍記録にも履歴が少ない。学院に現れたのは大会前。素性を詳しく知る教師もいない」
その推測は、的中していた。
決勝戦開始の合図と共に、アレムは黒槍を手に闘技場へと立った。
対するは、銀の髪と白い鎧を纏った剣士――リュミエール。
彼女は美しく静かな笑みを浮かべていた。
「ようこそ、決勝戦へ。アレム・ファル=ディア。
あなたと戦えることを、心から誇りに思うわ」
「……こちらこそ。けど、聞かせてくれる?」
「……何を?」
「――君は、本当にただの生徒なのか?」
その言葉に、リュミエールの笑みが歪んだ。
「……ふふ。さすが、魔王の息子ね。
疑り深くて、鋭い。実に厄介だわ」
次の瞬間、彼女の全身から銀の魔力が噴き出す。
背後に広がるのは、魔族特有の瘴気――。
「私は旧魔王軍副長。
この学院に潜入し、ドラゴンを解放したのも、旧魔王軍を導いたのも、私よ」
観客席に激震が走る。
「な……なんだと……!?」
「でも、あなたの中に眠る力を引き出すためには、直接戦って確かめたかったの」
リュミエールの双剣が、銀の風をまとって唸りを上げた。
「行くわよ、“王の器”!」
「はああッ!」
リュミエールの双剣が風を裂き、超高速でアレムに迫る。
「く……!」
黒槍で受け止めるも、重い。
風の斬撃が四方から襲いかかり、槍の間合いすら与えてくれない。
「どうしたの、アレム? その程度じゃ、“魔王”になれないわよ」
アレムは飛び退き、黒槍を逆手に持ち替える。
「うるさい。……俺は、“魔王になるため”に戦ってるんじゃない!」
「――そう。なら、“誰かを守るため”かしら?」
リュミエールが指を鳴らす。
すると、観客席の上空に浮かぶ魔方陣が起動し、爆裂魔法が展開され始める。
「次の命令が来ていたの。あなたを倒し、学院を焼き払うこと」
「……!」
アレムは叫ぶ。
「それでも……! 僕は、この学院と、仲間を守る!」
槍を強く握り、深く呼吸する。
「黒槍――応えてくれ!」
槍が黒く脈動し、魔王の血が再び共鳴する。
リシアの声がどこかで響く。
(――“その力は、誰かを傷つけるためじゃない”
“戦うなら、君の意思で”)
「なら――僕の意思で、この力を使う!!」
風と影がぶつかり合う。
アレムは右手に黒槍を、左手に魔力の盾を展開し、リュミエールの連撃を受け止め続ける。
だが双剣の一本が槍を弾き飛ばし、もう一本が肩を貫く。
「がっ……!」
吹き飛ばされ、地に伏す。
「終わりね」
リュミエールが剣を振り下ろす――
その瞬間、アレムの瞳が赤く燃え上がる。
「終わらせない……!!」
地面から伸びる黒い杭がリュミエールを突き上げ、空中へ。
アレムはその隙を逃さず、空へ飛び上がり――
「これが……僕の全力だ!!」
黒槍を渾身の力で投擲する。
「ッ!!」
リュミエールの身体を貫いた黒槍が、爆ぜるように闇を広げ、彼女を撃ち落とした。
ズドォォォン!!
フィールドが砕け、静寂が広がる。
審判が声を震わせながら叫んだ。
「――勝者、アレム・ファル=ディア!!」
リュミエールは倒れたまま、微かに笑った。
「フフ……やっぱり、“王の器”……
あなたが本当に、魔王になるべき存在かもね……」
「君は……なぜ、こんなことを」
「……私は、生まれた時から“魔王のための剣”だった。
でも……あなたと戦って、少しだけ……自由になれた気がする」
リュミエールは、静かに目を閉じた。
こうして、大会は幕を閉じた。
アレムは白金貨100枚と、魔王の結界を打ち破る剣を授与された。
だが彼の心には、敗れた相手が残した“歪んだ忠誠”の影が、深く刻まれていた。
「……これが、戦うってことなんだな」
アレムは、なぜか胸の奥が騒ぐのを感じながら、拳を握りしめた。
大会が終わった夜。
学院の空は静かで、戦いの喧騒が嘘のように星々が煌めいていた。
アレムは、自分の部屋の机の上に置かれた袋を見つめていた。
中身は白金貨100枚――普通の人間なら一生遊んで暮らせる金額だ。
「……これで、何でも買えるな」
けれど、アレムの手は、金貨に触れなかった。
ふと思い浮かんだのは、彼と共に戦い、苦しみ、笑ってくれた弓使いの少女・アウラのことだった。
彼女は、誰よりも控えめで、優しくて、しかし貧しさから逃れられない境遇に生きていた。
(……アウラがいなかったら、きっと勝てなかった)
その夜、アレムは決めた。
翌朝。学院の中庭。
「……アウラ、ちょっと来てくれないか?」
呼び止められたアウラは、いつも通り少し不安そうに微笑んだ。
「なに? 私、なにか悪いことでも……?」
「いや、違うんだ。ただ、これを――受け取ってほしい」
アレムは、布に包んだ袋を差し出す。
「これ……?」
袋の口を開けた瞬間、アウラの瞳が大きく見開かれた。
「ま、まさか……白金貨!? アレム、これ全部……?」
「うん。全部。僕の分じゃないよ。君がいてくれたから、勝てたから」
アウラは頭を横に振った。
「だ、だめだよ! こんなの私、受け取れない! 私、何もしてないし……アレムが勝ったんだから、アレムのものだよ!」
「……僕一人じゃ勝てなかったよ。
それに、アウラは今、大変なんだろ? 家のこととか、生活とか……」
アウラは俯き、唇を噛んだ。
「……っ。うん。確かに、お金は、すごく欲しい。でも……私は……ただ、感謝されるだけで、十分で……」
「そういう君だから、渡したいんだよ」
アレムの声は真剣だった。
「金貨の価値は、その重さじゃない。
誰のために使うかで、変わるんだ。僕がこの金を持ってたら、多分、ただの“金貨”だけど――君が持ってたら、“希望”になる」
アウラは涙を堪えながら、ぎゅっと袋を抱きしめた。
「……ありがとう、アレム。私、絶対……無駄にしない。
家の屋根も直すし、妹の薬も買ってあげる。……それに、いつか、恩返しするから!」
「期待してるよ」
アレムは微笑み、アウラの頭をぽんと撫でた。
「ただし――今度一緒に戦う時は、遠慮しないで、もっと思いっきり僕を頼ってくれ。相棒だろ?」
アウラは涙を拭きながら、はにかんだ笑顔で頷いた。
「……うん。ありがとう、相棒」