春の風が学院の庭園を吹き抜ける。
二年生となったアレムは、魔法制御の課題に集中していた――はずだった。
「おーい! アレムーー!!」
ガイルの陽気な声が校庭から響いた。
「……今、集中してるんだけど」
アレムは顔をしかめながら振り向く。
「そんなこと言ってる場合じゃないぜ! これ見てみろよ!」
ガイルはにやけながら、一枚の紙を差し出す。そこには大きくこう書かれていた。
《北方魔術学園連盟・第77回統一武術魔術大会》
優勝賞品:白金貨100枚と魔剣クラルヴェル
※伝説の魔王の結界をも断つ“唯一の魔剣”とされる
「な……!」
アレムの目が輝いた。
「この魔剣って……本当に、魔王の無敵の結界を破れる武器なのか?」
「伝説じゃそう言われてる。しかも、学園対抗の大会とはいえ、本物の魔具が優勝賞として出るのは百年に一度くらいらしいぜ?」
「で、なんでそんなものを僕に……」
「あー、それなんだけどな――」
ガイルは頭をかきながら言った。
「お前の名前で、もうエントリーしといた!」
「……は?」
アレムのこめかみに青筋が浮かぶ。
「勝手に何してんだよ!!」
「だってお前、絶対こういうの向いてるし、いい訓練になるし、何より――」
ガイルはにっと笑って、
「優勝したら俺たち、伝説になるぞ?」
アレムはしばらく睨んでいたが、白金貨100枚と魔剣の誘惑には勝てなかった。
「……仕方ない。やるからには、本気で勝ちにいく」
「よっしゃ! そうこなくっちゃな!」
だが、そう簡単にはいかなかった。
「は? チーム制?」
「そ。代表3名と、それぞれのパートナーが必要なんだって。つまり最低2人チーム」
「……じゃあ、誰にしよう」
「お前のパートナーだな。サポートってのは、治癒とか補助魔法、戦術分析とか担当する奴ら」
アレムは思案顔になる。
「君はどんなんだ」
「レポート落としそうだからパスで」
「イリスは……引き受けてくれるかな」
「あいつ、こういうイベントは興味なさそうだったけどな」
アレムは額を押さえた。
(パートナーか……。この大会、思った以上に大事になりそうだ)
その日の放課後、アレムは学院の掲示板前に立っていた。
そこには、大会参加を表明した他校の猛者たちの名前がずらりと並んでいた。
──父の隣で戦った英雄の息子である少年。
─美姫と呼ばれるエルフの才女。
「……あの魔剣を手に入れれば、父さんの結界を斬れるかもしれない」
そう呟いたアレムの目に、決意の光が宿っていた。
大会の出場者リストが貼り出された週、学園はざわついていた。
「出場した奴が前の年に重傷って……マジで死にかけるんだろ」
「賞金はすごいけど、命かける価値あるかって話よ」
「いや、魔王の結界を斬れる剣って……それホンモノだったら国家転覆もできんじゃね?」
そんな噂が飛び交う中、アレムとガイルは苦戦していた。
「はぁ……全然パートナー見つかんねぇ」
「“命の危険があります”なんて書類にサインしたがる人間なんて、そう多くないよな……」
イリスは協力を申し出たが、他の参加枠は埋まらず、日にちだけが過ぎていった。
そんなある日。
アレムが一人、演習場の隅で血の魔術の調整をしていると、不意に声がした。
「……あんた、大会出るんだろ?」
振り向くと、薄汚れた制服の袖を引いた少女が立っていた。
年は同じくらい。
だが目つきは鋭く、獣のような鋭さと警戒心が宿っていた。
「……あんたがアレムってやつ?」
「……そうだけど、君は?」
「アウラ。アウラ・ブリス」
彼女は無造作に弓を背に下げていた。
小柄で痩せぎすな体、片目は前髪に隠れて見えない。
だがその背にあるのは、古びてはいても丁寧に手入れされた長弓だった。
「パートナー、まだ見つかってないんだろ? 私が入る」
アレムは驚いた。
「……どうして? この大会、命に関わるかもしれないのに」
アウラは少しだけ視線をそらして言った。
「家が貧しくて……妹の薬代にも困ってる。白金貨がもらえるなら、なんだってする」
「それだけの理由?」
「……」
アウラは黙ったまま、アレムを見つめた。
その目は――“必要とされたい”という切実な光をたたえていた。
「昔から目つきが悪いって言われてた。誰も近づかない。
でも、誰かの力になれるなら……それが、怖い戦いでもいいと思った」
アレムは、その言葉に胸を打たれた。
「君は弓の使い手?」
「狩りで生きてきた。人より遠くを見て、人より早く射る」
アウラはそう言って、傍の木の枝に止まっていたカラスを見上げた。
そして矢を一本取り、構える。
次の瞬間――
バシュッ!!
音もなく放たれた矢が、枝をかすめ、落ちかけたカラスの羽一枚を正確に撃ち抜いた。
アレムは目を見張った。
「すごい……! その距離で狙撃できるのか……!」
「パートナーとしては合格?」
アウラは少しだけ、口の端を上げた。
それは、笑ったのかもしれない。でもその顔は、ぎこちなくて――どこか愛おしかった。
「もちろん。ぜひ、お願いしたい」
アウラはこくりと頷いた。
「じゃあ……一緒に戦おう、アレム」
それが、彼女が初めて他人に向けて交わした“約束”だった。
ガイルがその報告を聞いて吹き出した。
「お前、地味そうな子だと思ったら、めちゃくちゃ強そうじゃねぇか!」
「そういう子ほど、本番で覚醒するんだよ」
イリスも、アウラの経歴を聞いて「適任ね」とだけ言った。
こうして、アレムたちのチームに目つきの悪い、でも優しい弓の少女が加わった。
その背中には、貧しさではなく、誰かを守りたいという意志があった。
そしてそれは、この戦いにおいて何よりも強い力になることを、彼女自身はまだ知らなかった――。