ズレるリスポーン   作:庫磨鳥

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十一話

 

 ──その日の夜は嫌な気配が漂っていた、ユキネ=トゥルベント辺境伯現当主様は語った。

 

 その予感は的中、夜の街を見回りに出たところ荒くれ共が“二人”、獲物を探して徘徊していた。

 彼らはユキネ様を見るやいなや襲いかかってきた。

 

 あわや命の危機、しかしユキネ様は果敢にも、迫りくる荒くれ共相手に極東刀を振るい、見事それらを成敗!

 それだけに収まらず、『砦』の秩序を乱す不届き者に怒り心頭となり、襲撃者の首を落とすと、騒動を聞きつけてやってきた兵士に、首をひとつ渡した。

 

 戸惑う兵士に、ユキネ様は底冷えするような声で指示を出した。

 

 ──不味い畜生なんぞ獣にでも食わしてしまえばいい。

 

 兵士はユキネ様の言葉に従い、西壁の上から『砦』の外へと投げ捨てた。

 闇に落ちていく襲撃者の首を見つめながら兵士は、愛くるしい若き当主様もまた、トゥルベント家の血を引く者であるのだと実感し、興奮と恐怖で肩を震わせた。

 

 これこそ、一週間前の夜に起きた、ユキネ=トゥルベント辺境伯襲撃事件。

 通称、『成敗事件』の全容である。

 

 ──なんだこれ?

 

 ユキネ様は約束どおり、あの夜、〈僕〉が死んだ事を隠蔽してくれた

 しかし代わりに広めたであろう、カバーストーリーのフィクション性が、あまりにも高すぎる……。

 

 何故か剣豪扱いされているユキネ様。

 あの弱々しい彼女とは結びつかず、イメージが安定しない。

 どう考えたって嘘くさいと思ってしまう。

 

 流石に不安過ぎて、この話がどう思われているのか調べた所、意外と信じている兵士が多かった。

 どうやら、ユキネ様が剣筋に才があるのは有名らしく、戦えはするという評価を持っていた兵士は少なくないらしい。

 確かに彼女が極東刀を振るう姿は、美しいとさえ思った。

 あれを見れば、実力はあると勘違いされてもおかしくない。

 

 もっとも本人が言うには剣こそ振るえるが、戦う才能はないらしいけど。

 その言葉が謙遜ではないと感じるのは、〈僕〉が戦えなかった人だったからか。

 

「──リスタ、もうリスタ! 歩きながら考え事しないの!」

「あ、ごめん、レティ」

「もう、さっき人と打つかりそうになったの気づいていないでしょ?」

 

 あの夜から1週間。

 魔族は来ること無く平和な日々が続いており、僕とレティは買い出しに出ていた。

 レティとの生活は順調で、カーツ村の時のように暮らせている。

 

 1度風呂を覗き合い、3度使用中のトレイに入り合うトラブルはあったものの、まだ広い家に慣れないために起きた事故であり、次第に無くなっていくだろう。

 ノックを発明した人を、僕は生涯称えたいと思う。

 

「うんしょ、調子にのって買いすぎちゃったわね」

「持つ?」

「これくらい平気よ」

 

 プティットの小さな身体で、食材の入った籠を抱えるレティ。

 弟の面倒を見るのは姉の勤めだと、『教会』で仕事をしつつ家事も熟してくれている。

 とはいえ料理に関しては、お互いに練習中だ。

 それぞれ得意不得意が出て、同じ料理なのに全く違ったりして、結構面白い。

 

 ──今でも変化に気づかれて、リスタじゃないと、言われる事に恐怖している。

 でも、レティのお陰で難しい事を考えずに生活できている、楽しい日々を送れている。

 

「それにもう両手が塞がってるでしょ、無理しないの」

「別に無理してないよ」

「そう? ふーん、知らない内に逞しくなっちゃって……」

「……そうだね、『砦』に来てからずっと訓練しているからね」

 

 濁った言葉で返事をする。

 以前の〈僕〉なら、これほどの荷物を持っていれば、直ぐに息切れを起こし、汗だくになっていた。

 でも、今の僕は汗ひとつ掻くことなく、休憩なしで何十分も歩いている。

 

「本当に頑張ってるのね」

「そりゃそうだよ。“必ず帰って来る”って約束、絶対に守らないと行けないしね」

「……うん」

 

 レティと交わした約束。

 本当は“必ず生きて帰って来る”というものだ。

 でも、もう僕は半分破ってしまい、レティに気づかれない事をいいことに、内容を変えて口にする。

 ……こんな事にも慣れてしまった。

 

「そういえばリスタって最近、ちゃんと本を読めてる?」

「……どうして、そう思うの?」

 

 不意打ち気味に、もっとも聞かれたくなかったことを、ついに尋ねられてしまった。

 

「だってエルフさんから借りた本、まだ読み切ってないじゃない。何時もならあんな分厚い本でも、一日で読み切っちゃうのに……ちょっと心配になるわ」

 

 探っている感じは無く、僕の体調を気に掛けてくれての問いである事が分かる。

 

 ──この一週間、僕は本を読んでいなかった。

 正確には読めなくなっていた。

 四番目の僕は、最初の〈僕〉と比べて、大きな変化が幾つもあった。

 

 特に本を読んで知識を得るのは、最も〈僕〉を象徴する行為だった。

 それが、今ではもう10ページも読めない。それ以上読もうとしても頭に入らなくなる。

 1時間ほど休憩すれば、また読めるようになるが、同じぐらいで無理になる。

 しかも、必死に読んで、これだ。

 最初の10文字を目に映すだけで、酷い倦怠感に襲われて非常に疲れる。

 頭が痛くなるというのはないが、文字を頭に入れる穴が閉ざされたかのように何も入らなくなる。

 だから本を開いても、ほとんどの時間は読んでいる振りをしていたのだが、やっぱりレティには気づかれてしまっていたようだ。

 

「最近は、ほら……こっちに好奇心が寄ってるんだ、必要な事だしね」

 

 ここまでかと、あらかじめ指摘された時に決めていた言い訳を口にする。

 

 腰に携帯している剣に触る。

 変化したのは身体能力だけじゃない、総合的に戦闘センスが遥かに向上している。

 鞘から剣を抜くとき失敗しなくなった。

 振るう剣は常に達人のように鋭くなった。

 1度取った構えは忘れる事なく、特に意識しなくても行えるようになった。

 

 武器を振るうとき、まるで〈僕〉の身体じゃないみたいに動く。

 ……いや、僕の身体なのだろう。()()()()()の身体だ。

 

「そう、それもびっくりした。だってリスタ、朝起きたらずっと素振りしてるんだもん」

「どうやら夢中になれば本のページを開くのも、剣を振るうのも僕の中では同じものになるみたいだ……それに、今は強くならないと」

「そう……よね。魔族との戦いに生き残るには、強くならなくちゃね」

 

 口では仕方ないと言うが、レティは納得していないのだろう。

 俯く姉の頭に手を置いて撫でる。

 

「こんな時代だから仕方ないさ、そんなに考え込まないでくれ」

「うん、分かってるわ……でも」

「僕はレティが笑っているほうが好きだよ」

「……え? はぁ!?」

 

 レティは顔を真っ赤にして、僕を見上げて睨んでくる。

 

「もうからかわないの! 怒るわよ!」

「元気なら怒った顔でもいいけどね」

「リスタ! もうっ!」

「ごめん……でも嘘じゃないから」

「うぐっ! その、なんていうか……それは卑怯よ!」

 

 そっぽを向いてしまった姉に、ごめんと謝る。

 本気で怒っている訳じゃないから、仕方ないわねと機嫌を直してくれた。

 

 ……どうにも、あの夜から口が軽い。

 〈僕〉だったら、こんなやりとりしなかった筈だ。

 もしかしたら、これも『祝福』による変化なのか?

 それとも単なる心境の変化?

 

「お詫びに今日のおやつ奢るよ」

「いいわよ、ただでさえ生活費の大半を出してもらってるんだから」

「家事を任せきりにしているからね。兵士のほうが給金高いし、男の甲斐性の見せ所だよ」

「そんなまるで夫みたいなこと……夫みたいなこと???」

「なんで固まったの?」

 

 本当なら変だと思われないよう、抑制しないと行けないのに、レティと話をするのが楽しくて、気持ちが安らいで、このままでいいかと甘えてしまっていた。

 

 +++

 

 家へと帰宅して、買ったものを片付けたあと、昼食にする。

 

 台所のテーブルに置かれたのは、大きめの『エンパナダ』。

 具材をパン生地に包んで焼く『砦』の定番料理。

 戦争前、貿易が盛んだった時代に伝わった料理だとされており、サンドウィッチに比べて保存が聞きやすく、具を包んであるから持ち運びしやすいと、陸上から他国へ貿易品を運ぶキャラバン隊を中心に定着したとされる。

 

『砦』に来た時に僕たちが初めて食べた料理でもあり、二人して最初の一口で大好きになった。

 

「我々を創造したる神々よ、糧を得る機会をくださり感謝いたします」

「感謝致します」

 

 祈りを済ませて、食べ始める。

 両手で掴める大きさのエンパナダを手づかみで頬張る。

 家に持ち帰るまでに程よくなった温度、挽き肉の味と、にんにくの香りがしっかりと効いていて上手い。

 店によってサイズや、入っている具材、味が違い、これは今まで食べた中でも上位に入る好きな味だ。

 ナイフとフォークで斬りながら食べているレティも、気に入ったようだ。

 

「あ、そういえば昨日、『教会』でエルフさんに会って話をしたの」

 

 僕たちの食事は、会話が多い。

 家族の会話は村の食卓にとって、貴重な調味料だった。

 

「エルフさんと?」

「ええ、ここ最近、よく書庫に訪れて本を読んでいたわ!」

 

 この一週間、自警団の人たちとは何度か出会っていた。

 ドワーフさんに武器屋で、様々な武器のレクチャーを受け。

 プティットさんを介して、『砦』の人たちと交流を深め。

 ランキールさんに連れて行かれて模擬戦をする。

 そんな中で、戦死者の葬儀以降、エルフさんにだけは会えて居なかった。

 皆が言うには数日間ふらっと居なくなるのは珍しくないらしいのだが、まさか『教会』の書庫に居たのか。

 

「……何の本を読んでいたか分かる?」

「少し話をしたんだけど、単なる予習って言ってた。エルフさん本当に沢山のことを知っていて凄いわよね! いい店知らないかって聞いたら、直ぐに教えてくれたわ!」

「ああ、今日知らない店ばかり行くなって思ったら、エルフさんに教えてもらったのか……」

「それとリスタ、貸した本のこと、面白かったかどうかって気にしていたわよ」

「……うん。途中だけど今度あったら伝えるよ」

 

 エルフさんから借りた本、“自分の『祝福』を見つける事ができる素敵な百の方法”の感想は読み切ってから言いたかったけど、今の僕だといつ読み切れるかわからない。

 今度あったら、途中でも感想を言おう。

 氷風呂に六時間浸かるとか、雷に打たれるとか、100メートルの崖から落ちるとか、所々から垣間見える殺意みたいなのは何なんですかって。

 

 ──ドアベルが鳴った。

 

「誰か来たみたいね」

「僕が出るよ」

 

 先に食べ終わっていた僕が、玄関へと向かう。

 

「はい、どちらさまですかって貴方は……」

 

 扉の前に立っていたのは、見覚えのあるバルベール王国の礼装服を着た、茶髪を三つ編みにしたプティットだった。

 

「急な訪問、申し訳有りません! リスタ様ですね!」

「ユキネ様の近衛の方ですよね?」

「はい、先日はユキネ様共々、助けていただきありがとうございました! 近衛一同感謝してます! それに襲われるユキネ様を守り、悪漢を倒す勇姿! とても素晴らしくって……最高でした!」

「えっと、ありがとうございます?」

 

 近衛のプティットさんは、両手を合わせて天を見上げる。

 その表情は、あるで相手に想いを馳せる恋愛小説の描写を思い出させるものだった。

 

「……はっ! いけない忘れる所でした、こちらをユキネ様から預かっています」

 

 差し出されたのは、トゥルベント家の家紋入りの便箋。

 

「これは?」

「屋敷で開催される歓迎会の招待状です! よろしければパートナーを連れて参加してください!」

「……歓迎会ですか? いったい誰の?」

 

 どうして招待されたのかは置いといて、一番気になった部分を尋ねる。

 

「──勇者パーティです! トゥルベント家は『運河』を渡る、バルベール王国初の勇者パーティをお迎えします!」

 

 

 +++

 

 

「──気づきませんでしたね」

 

 巨大な『運河』の先、微かに見える人種たちが住まう東大陸を見て、ソイツは言った。

 

「どうやら、まだ沢山残っているようで素晴らしい、誰かに見つかる前に──殺しに行かなければ」

 

 

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