ズレるリスポーン   作:庫磨鳥

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三話

 ドワーフさんの豪快な酒飲みに感嘆し、エルフさんの話に耳を傾けて、プティットさんの優しさに触れて、時々ランキールさんの笑い声が耳に入ってくる。

 そんな風に自警団とレティとの食事会は楽しい雰囲気で進行していた。

 

「ん〜、リスタぁ」

 

 そして楽しすぎたのか、まだ夕方前なのにレティが珊瑚水を飲みすぎてしまった。

 その顔は赤みを帯びており、瞳はとろんとしていて今にも眠ってしまいそうだ。

 

「レティ、平気?」

「ん〜ん〜!」

 

 平気だと言いたいのか、脇腹を頭でグリグリしてくる。

 

「すいません、飲ませ過ぎちゃいましたね」

「ぜーんぜん! 楽しいのでおっけーでーす!!」

「レティ、落ち着いて」

 

 穏やかに笑ってくれるプティットさん。レティよりも遥かに飲んでいるのに酔う様子はない。

 というか、レティは食べる事を優先していため、そこまで飲んでは居ない。

 どうやらウチの姉は、あまり酒が得意ではないようだ。

 

「リスタ~、枕貸して~」

「枕? ……ああ」

 

 レティは急に僕の膝を枕にして、椅子の上で寝転んだ。

 僕を見上げて無邪気に笑ったと思えば、目を瞑った。

 

「じゃあおやすみー!」

「いや、レティ、寝るなら帰ってからに……」

「くー……くー……」

「もう寝てる」

 

 レティを見れば長椅子をベッド代わりに、自分の膝を枕代わりにして寝息を立てていた。

 ……こんど珊瑚水を飲むときは、ちゃんと量を確認しよう。

 

「なんかすいません」

「いえいえ、若い内は、これぐらい元気がある方がいいですよ」

「そうだな。それに“ドワーフ”が酔った時に比べれば平和なものだ」

「よく言うぜ“エルフ”、お前だって面倒くさい辛み上戸なくせに」

 

 騒々しくなる自警団。

 気持ちよさそうに、僕の膝で眠るレティ。

 こっそりと貸してもらった本の表紙をなぞる。

 

 ──これをなんと呼べばいいのか、冷めてしまったという言葉で片付けていいのか。

 

 本というのは〈僕〉にとって自己を象徴するものだ。

 村の皆は優しく、レティの両親は人間である〈僕〉を、本当の家族のように育ててくれた。

 だけど成長して、身長が伸びて、人種の違いが明確になってくると孤独を感じるようになった。

 

 孤独は好奇心を狂わせて、自己存在感をあやふやにする。

 僕は誰? 何のために居るのか?

 そんな湧き出る疑問を解消する“知識”、それを与えてくれたのが“本”だった。

 

 文字を覚えた事で読み物と言うものに興味が湧き、探検しにいった廃図書館。

 そこで積まれていた本の山を見つけてから、〈僕〉は本に嵌り、本を見れば好奇心が抑えきれずに読みたくて仕方がなくなる。

 

 それが〈僕〉だった。

 

 でも、今の僕はエルフさんから借りた本を、その場で開こうとは思わなかった。

 開くのが面倒まではいかないが、優先する程でもない。そんな他人からすれば普通だと言われてしまいそうな考えの変化。

 それは僕にとって、リスタにとって、強くショックを受けるような変化だった。

 

 小石が無くなった程度の、小さな変化だが、姿も、記憶も、人格も、全く一緒のリスタと〈僕〉の浮き彫りになった決定的な違いで──。

 

 ──ああ、本当に気持ち悪い。

 

「リスタ」

「──! なん、ですか? エルフさん」

 

 名前を呼ばれて、現実に引き戻される。

 少し間があったが、リスタという名前に反応できる事に、ホッとする。

 

「どうした? レティ嬢が寝てから浮かない顔をしている。やはり初めての実戦は堪えたか?」

「……あ、いえ……そうですね。見ているだけでしたが怖かったです」

 

 エルフは五感が鋭く、変化に敏感だと聞く。

 僕が憂鬱になっていた事に気づかれてしまったが、それが初めての戦闘を思い出した事によるものだと、勘違いしてくれたようだ。

 

「まあなんだ。男同士だからこそ出来る話ってのはあるわけだ。酒の席だし吐き出しちまったほうが二日酔いせずにすんぞ」

「“ドワーフ”の言う通りだ。親しい家族だからこそ言えない事もある。もし何か吐き出したいのであれば、遠慮なく私たちに言ってほしい」

 

 本当に優しい大人たちだ。

 この人たちなら、話してもいいかなという気持ちになる。

 こんな時代だ。『祝福』を戦いが楽になるように活用するほうが正しい考えだと思う。

 自分の悩みなんて、明日死ぬかも知れない人たちにとっては、非常にどうでもよく都合がいいものだというのは分かっている。

 重い罪になりかねないって事も。

 なら、ひとりで悩んで取り返しの付かない事になるぐらいなら、自警団のみんなに事情を話して、自分が妥協できる立場になる事が道理だ。

 

 ──だって仕方のない事なのだから。

 

「……ありがとうございます。でも今回はその……むしろ悩みたいんです」

 

 でも、口にする勇気が出なかった。

 

「若い君の意見は尊重したいけど、それでいいの?」

「はい。直ぐには答えを出したくない、そんな感じなので……」

「そうか、だがどうしても1人で解決できない、そう思ったら遠慮なく頼ってくれ」

「はい」

 

 信頼したいと思っている、恩返しもしたい。

 でも、僕にとって皆は、ここの『砦』に居る人たちは全員、出会ってから一ヶ月も経っていない他人だった。

 ……もし、せめてあと二年ぐらい友好を深められていたのならば、直ぐにでも相談していたのだろうか?

 

「──リスタ……んー……」

「……レティ」

 

 罪悪感を誤魔化すように眠っていたレティの髪を撫でる。

 レティは、僕が死んで別人になって蘇ったかもしれないと言ったら、やはり泣くんだろうな。

 

「ふむ、どうやら私たちはお邪魔なようだ、これ以上は若いふたりに任せましょうか?」

「え? ちょ……」

「ナハハ! 馬に蹴られる前に解散するか! おーい、お勘定!」

「いやあの、レティは家族で……」

 

 なにやら勘違いされてしまったようで、生暖かい目を向けられて、よく分からない内にお開きになってしまった。

 ……助かった、なんて思うのは行けないことなんだろうな。

 

「──おーす自警団、やっぱりここに居たんっすね」

 

 帰り支度をしていると、僕と同じ『砦』から支給された装備姿の先輩兵士に声を掛けられる。

 どうやら自警団のみんなを探していたようだ。

 

「おう、どうした?」

「人づてに聞いたんすけど、トゥルベント辺境伯様が西の区画に巡回しに行った見たいっす」

「またか……」

「『砦』の当主様が巡回?」

 

 もしかしたら勘違いだと思い、聞き返してしまう。

 街を巡回するのは兵士の役目であり、騎士ならまだ分かるが、ご当主さま自らが巡回というのは、どういうことだろうか。

 

「悪い言い方をしてしまえば彼女の趣味みたいなものだ。責任感が強くてな、気になった報告を聞けば、自ら赴きたがる」

「それは……大丈夫なんですか?」

「そうさな、近衛の奴らも一緒に同行していると思うが──全然ダメだ」

 

 ──キエエエエエエエエエエエエエエェェェェェエエエ!!!!

 

 遠くの方から、なにか獣のような叫び声が聞こえた。

 方角的には西。まさか……。

 

「あの、いまのは……」

「リスタは初めて聞くか、アレは辺境伯殿が窮地に陥った時に発する極東の秘技。猿叫(えんきょう)だ」

「秘技……まあ、確かに普通ではない叫び声でしたね」

 

 西区画の何処からかは分からないが、別区画の店の中までハッキリと聞こえるほどだし。

 

「うし、じゃあ助けに行くぜ。“プティット”頼むわ」

「分かりました──〈転移扉(ワープゲート)〉」

 

 プティットさんが『祝福』の名前を告げると、店の壁際に質素な両開きのドアが現れた。

 ひとりでに扉は開かれて、見えた奥の景色は店の壁ではなく、明らかに外の町並みである。

 

 プティットさんの『祝福』である〈転移扉(ワープゲート)〉は、別の場所へと繋がる扉を生成する能力。

 出現可能距離は半分以下に狭まるが、移動先をハッキリ浮かべる事ができれば見ずとも繋げられるようで、長年生活していた『砦』の中なら何処へだって行けるらしい。

 最も神に愛されている人種と評される、プティットらしい、とても強力な『祝福』だ。

 

「お前はどうする“プティット”?」

「あまり身体の調子が良くないので申し訳ありませんが、待たせてもらいます」

「分かった。さてリスタ、私たちは当主を助けに行くが、どうする?」

「……エルフさん、迷惑を承知でお願いします。僕も連れて行ってください」

 

 少し悩んだあと、頭を下げてお願いする。

 

「むしろ願ったりだが、いいのか?」

「はい、当主様に何があったのか気になりますし、何かあるのなら放ってはおけません」

 

 荒事になるかもしれない。自警団の面々として見られるかもしれない。他にも意味が含まれているであろう確認に、頷いて応える。

 

「好きにすればいいサ、でもお前の出番はないと思うゾ」

 

 そう言いながらランキールさんは、背中を軽く叩いてくる。

 皮肉的ではあるが、遠回しに戦う必要はないと言ってくれているのだろう。

 

「プティットさん、レティの事をお願いしてもいいですか?」

「もちろんですよ。怪我しないでくださいね」

「うしっ、じゃあ行くか!」

 

 ドワーフさんの号令と共に、エルフさんとランキールさん、そして僕は〈転移扉(ワープゲート)〉を通過して、西地区へと一瞬で移動した。

 

「それで、ご当主様はどこに……?」

「あ、自警団! ご当主様ならあっちよ」

「おう、サンキュー!」

「ご当主様を助けに来たんですか? それならあちらの方で見かけましたよ、はやく行ってあげてください」

「分かった、感謝する」

 

 自警団が来た事を知った市民たちが、目的を察して辺境伯様のいる場所を教えてくれる。

 これなら道に迷うこと無く最短で辿り着けそうだ。

 

 ──キエエエエエエエエエエエエエエェェェェェエエエ!!!!

 

 何にしても先程から断続的に猿叫が聞こえてくるので、迷うことはないだろうが。

 それにしても、あの()()が、これだけの叫び声を上げられるなんて、想像できなかった。

 

 

 +++

 

 トゥルベント辺境伯家現当主と初めて顔を合わせたのは、その日の訓練が終わった時だった。

 ひたすら走らされて、疲れすぎて意識朦朧となっている中、綺麗な金色の目が合った。

 その時、〈僕〉の頭の中に、とあるひと言が頭を過った。

 

 ──この人の所為で。

 

 それから出会う事はなかったのだが、まさか二度目がこんな形になるとは、予想外にも程がある。

 

「来るな、寄るな、その手を離せ、下郎ども!!」

 

 記憶と同じ綺麗な金色の瞳、うなじが隠れるほどで整えられた銀髪。

 白と青色の極東の着物と袴、そして羽織といった、この『砦』では唯一と言っていい極東文化の格好をした齢十八の女性。

 久しぶりに見た彼女、ユキネ=トゥルベント辺境伯家当主は、西地区の広場にて極東刀を構えて、自身を囲っている男たちを睨みつけていた。

 

「おっと抵抗していいのか!? この子がひどい目にあうぜぇ?」

「ふえぇ~~っ! お嬢様ぁ~!」

「貴様っ!」

 

 さらに男たちは、バルベール王国の正式礼装服を着た少女を四人捕らえており、その中のひとり、ナイフを突き立てられたプティットの少女が今にも泣きそうだ。

 

「人質に取られている彼女たちは?」

「辺境伯の近衛たちだ」

「……近衛、ですか?」

「少々事情があってな。難しい立場であるため、ユキネ辺境伯の側近として置かれている子たちだ。戦う力はない」

 

 つまり、人質として完璧ってことですね……。

 相手がどんな『祝福』を持っているか分からないのも相まって、みんな遠目に様子見にしかできないって所か。

 おかげで、やってきた自分たちも増えた野次馬としか認識されていないようだけど、迂闊に近づくこともできない。

 

 ならどうするか。人質開放が最優先だろう。

 荒くれ共たちはトゥルベント辺境伯様に注目しており、こちらに気が付いていない。

 奇襲はできそうだが、四人同時に助けなければならないのが難しい。

 

「おっしゃ、リスタ。一番左のアイツを見てくれ」

「分かりました」

 

 僕が考えているあいだ、自警団はやることを決めたようだ。

 ドワーフさんが指示通りに、一番左に位置する男を見張る。

 

「頼むぞ“エルフ”」

「ああ、タイミングは分かってるな──〈風塊爆弾(ウィンドウ)〉」

 

『祝福』の名を呼ぶと、エルフさんの手の平に透明の球体が生成される。

 エルフさんは、その球体を荒くれ共たちに向かって優しく投げた。

 

「ん、なんだこれ──ぶあっ!?」

 

 半透明の球体はコロコロと荒くれ共の方へと転がっていき。

 何人かが気づいた瞬間、爆発。突風が吹き荒れた。

 全方向へと吹き荒れる強烈な風に男たちが防御反応を行うと、ランキールさんが動き出した。

 

「ぎゃ!」

「ぐえっ!!」

 

 五種の人種の中で最も身長が高く、そして最も戦闘能力が高い人種ランキール。

 二人の男をあっという間に殴打して意識を刈り取り、二人の近衛が助けられる。

 

「おらぁ!」

「ぐぼぉっ!?」

 

 続いてドワーフさんのボディブローが炸裂。三人目を救出

 最後のひとりも、ランキールさんが既に動いており、助けるのも時間の問題だろう。

 

 ──そんな中で、僕は動き出していた。

 

「てめぇ、クソが、死ね!」

 

 僕が見張っていた男が襲撃を受けたのだと状況を察して、剣を抜いてトゥルベント辺境伯様に襲いかかった。

 風によって硬直していたのは男たちだけじゃない。

 彼女は目を閉じており、状況に気づいていない。

 

「──ッ!」

「なっ!?」

 

 合間に入って、鞘から剣を抜き放ち、相手の振りに合わせて弾く。

 体制を崩した男の首筋に、刃を置く。

 

 ──────おかしい。

 

「……降参しろ」

「わ、わかった……」

 

 流石に死にたくないのか、男は大人しく剣を離して、その場で横になる。

 

 ──やっぱり、おかしい。こんな動き〈僕〉にできるはずがない。

 せいぜい、トゥルベント辺境伯の代わりに斬られることぐらいだった筈だ。

 そもそも、どうして距離から間に合ったのか。

 最初から何もかもおかしい。

 

「おー、リスタ! お前やるなぁ!」

「あの動き、なかなか出来のものだったゾ」

「すまない、一手遅れた。本当に助かった……しかし、実に鮮やかだった、ここまでの実力があったとはな」

「……いいえ、〈僕〉は弱いですよ」

 

 弱かった筈だ。

 前のリスタは、ちょっと体力が付いただけのひ弱な少年だった。

 ああなら、間違いない。これは本への興味が失われたと同じものだ。

 

 ──リスタは死んで蘇ると変化する。それはきっと僕の望まぬ形で。

 

 騒動を起こした男たちが連れて行かれるなか、しばらく棒立ちとなっていた。




次回からは一日ごとに投稿していきます。
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