ズレるリスポーン   作:庫磨鳥

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九話

 

 女性が夜道をひとりで歩くのは危険。

 村の廃図書館に残されていた、ミステリー小説によく出る文言。

 いや、夜は獣の時間だし、女性じゃなくても危なくないかと、見る度に首を傾げた。

 

 とにかく大きな街では、女性がひとりで歩くと、危険な目に合う可能性が高いらしい。

 それなのに、『砦』の領主であるユキネ=トゥルベント辺境伯様は、ひとりで夜道を出歩いていた。

 

「それでユキネ様、どうしてここに居るんですか? それも1人で」

「その、戦いが終わったから……兵士たちを労いに……」

 

 まごまごと理由を口にするが、どう考えたって納得できるものではない。

 

「兵士たちを労りに来たのであれば、ちゃんと護衛を連れて、表から店から来たほうがよろしいかと」

「いやあの、実は正式なのは明日行う予定なんだ……だから今日、ここに来ること自体、あんまり良くない……」

「じゃあなんで来たんですか?」

 

 全く持って理解ができなくて、つい本音が出てしまう。

 

「い、居ても立っても居られなくなったんだ! 兵士が命懸けで戦って……命を落としているのに、何も変わらない室内で報告を聞くのは……色々と考えてしまって、辛くなる」

 

 ユキネ様の声は徐々に小さくなっていき、最終的に項垂れてしまった。

 きっと、単なる村人の僕では心の底からは理解しきれない、人の上に立つ者の悩み。

 でも、色んな事を考えて辛くなるのは、痛いほど理解できてしまう。

 

「だからといって危ないですよ。せめて昨日みたいに近衛の人たちと来てください」

「……流石に夜に出歩くのは止められる」

「そりゃそうですよ」

 

 視線を逸らさないでください。

 完全に悪いことをして、言い訳をする子供の仕草である。

 当主としてもだけど、なんだか年上としても扱いづらい人だな……。

 

「……分かりました。僕がフォローしますので、一緒にお店の中に入りましょう」

「え、あ……すまない、やはり今日はこのまま帰るよ」

「良いんですか? それが一番だとは思いますが……」

 

 正直、帰ってくれるなら、それに越したことはないのだろうけど、明らかに様子がおかしい彼女を、このまま帰らせるのは不安だ。

 

「エルフさんには怒られると思いますが、ユキネ様が来てくれたって知ったら、兵士たちは喜ぶと思います」

「──本当にそうなのかな?」

 

 今までとは違う声色。

 それが本心からの弱音だと、直ぐに気が付いた。

 

「婚約者にも見放されて、当主になっても覚悟が持てなくて、責務もちゃんと果たせていなくて、勤めは周り任せきりで、何もかも出来ていない私が兵士たちに声を掛けても……労われるのだろうか?」

「……みんな慕ってくれていると思います。僕がここに来てから貴女の悪口を、ひとつも聞いたことがありません。昨日貴女が危ない目にあった時、みんなが心配していました」

「みんな優しいのは分かっている……だからこそ、何も出来ない自分に心がきゅっとするんだ……」

 

 みんな優しいからこそ、辛いか……。

 なんだか、話を聞く度に他人事じゃなくなってくる。

 どうして僕に、こんな事を言うのか分からないけど、それは一旦置いておこう。

 このまま帰らせない方がいいけど、かといって無理に兵士たちに合わせるのも違う気がする。

 

 ……妥協案でしかないけど、出来る事なんてこれぐらいか。

 

「分かりました、今日は帰りましょう」

「リスタ殿?」

「屋敷まで送っていきます。その間、ユキネ様の事を教えてください」

「あ……わ、分かった!」

 

 何時ものように本の知識を参考に、内側に溜め込んでいる気持ちを、吐き出させると良いかと思っての提案。

 それに相手の事を何も知らないままだと、何を言っていいのかも分からない。

 ユキネ様の悩みを解決できるかは、また違う話だろうけど、できる事はして上げたいと思った。

 

 僕とユキネ様は横並びになって、人気のない静かな夜道を歩く。

 小説みたいに何か起きやしないかと心配で、表通りに移動しようとも考えたが、ユキネ様が気づかれてしまったら確実に騒動となって話を聞くどころじゃなくなると、このまま屋敷に向かう事にした。

 

「──トゥルベント家は子に恵まれなかった。母は私を出産したさいに亡くなり、それから父は再婚する事は無かった」

 

 しばらく進むと、ユキネ様が話し始めた。

 先代当主が、なにを考えて再婚しなかったかは気になるが、本題から逸れそうなので深堀りはしない。

 

「私は一人娘として愛されて育ったのだと思う。父親に、従者たちに、この『砦』に住まう人たちに……だから私にとって『砦』に住む皆が家族みたいなもので、この人たちを守れるなら、辺境伯の娘としての勤めを果たそうと思えた。むしろ自分が生まれてきた理由なのだと、そう考えるようになった」

 

 彼女の言う勤めとは、トゥルベント辺境伯の一人娘として、王都からやってくる婿養子と結婚し、嫁として当主となる彼を愛し支えること。

 それがユキネ様にとって、愛してくれた人たちへの恩返しになる筈だった。

 

 だが、婿養子となる筈だった男は家ごと帝国に亡命、『砦』に来ることは無かった。

 ユキネ様にとって、生まれてきた理由を全否定されたようなものだったのかもしれない。

 

「──だからって、“家族”に死ねと命じる事になるなんて思わなかったな……」

 

 さらには先代当主が亡くなくなった事で、当主に就任しなければならなくなり、家族同然の兵士たちに戦場に行って戦えと命令しなければらならなくなった。

 僕にとって、レティや両親、そして村の皆に戦ってくれと言うに等しい。

 

 想像するだけで、あまりにも苦しい出来事の数々。

 いったいどれだけ彼女の心を突き刺し、穴を開けて、摩耗させているのか。

 

「それに私は当主として出来損ないだ。優秀な家臣たちが居てくれるおかげで、なんとか『砦』の生活水準を落とす事なくできている。魔族と戦えるのだってそうだ……私は何もしてない、何も出来ていない……」

「ユキネ様」

「最近よく思うんだ。私が生まれてこなければ母は死ぬことなく、父が跡継ぎに悩む必要なんて無かったのかもしれない、なのに辺境伯の娘として婿には選んでもらえず、戦の事をいくら勉強しても理解できず、今の時代に見合った才が何も無い私に皆を労えるだけの価値なんて……」

「ユキネ様!」

「あ……す、すまない」

 

 これ以上は口にしてはだめだと制止させる。

 本人も気がつけば話してしまっていたのか、非常に気まずそうだった。

 

「こんな事を言うつもりじゃなかったんだ」

「構いません。ですが他の人には絶対に言わないでくださいね。士気に影響が出てしまうかもしれません」

「もちろんだ……こんなの誰にも言えないよ」

 

 それ以降、ユキネ様は何も喋らなくなってしまう。

 1人の時に等しい、嫌な沈黙だ。

 話を聞くのは不味かったのかもしれない。

 

 でも、幾つか分かった事がある。

 ユキネ様の貴族らしくなさは自分に価値がない。むしろ周りにとって邪魔な存在かもしれないと思っているからだ。

 

 そんなことはない。

 もし価値が無いのなら、昨日ユキネ様が危ない目にあっている時、先輩兵士が報告しに来たり、自警団が動いたり、街の人が何処に居るのか教えてくれる筈がない。

 でも、この事を直接伝えても意味はない気がする。

 なにせ、彼女は『砦』の人たちが優しい事を知っている。

 優しいから価値が無いのに付き従ってくれていると思っている節がある。

 

 ──それにしても“価値”か、その言葉には覚えがある。

 

「……〈僕〉は生まれた時には、父母両方が亡くなっていて、プティット家族の養子として育ちました」

「リスタ殿は両親を……」

「はい、ですが物心付く前ですし、血の繋がらないけど母も父も居てくれました……ですが人間として身体が成長し、人種の違いが明確になっていくにつれて、僕がここに居ても迷惑ではないだろうか? 家族として扱われてもいいのだろうかと悩みました。決して広くはないプティットに合わせた家が、僕の新しいベッドで狭くなり、食事の量が増えていって……居ないほうがいいじゃないかって苦しくなりました」

 

 麦が不作になるまでは、食べるものはあったとはいえ余裕があったわけじゃない。

 プティットだけなら2日持つ食料が、僕が居るだけで1日で消費される。

 それ以外にも、人間の消費量はプティットと比べて多くて、気にせずには居られなかった。

 

「……気がつけば、家族だけじゃなくて村の人たちにも勝手に疑いを持つようになりました」

 

 同年代の子たちが親の手伝いをしはじめるのに、僕は自由に過ごしていた。

 大人たちは何も言わなかった。

 それは村にとって不必要だと思われているからとか、邪魔に思われているからとか、いま思えば邪推をしてしまっていた。

 

「……そんな〈僕〉に、家族は生きているだけで価値があると教えられました。村の人たちから、こんな風に価値があるんだと教えられました」

 

 あれは、怪我を隠して両親に怒られた次の日。

 足の怪我を心配してくれた村の大人たちに驚き、このさいだからと、どうして〈僕〉自由にさせてくれるのかを聞いた。

 

 ──リスタは村の子供たちの中でも賢いから、色んな本を読んでいれば将来、文官にでもなって村の事をなんとかしてくれるかもしれない、だから自由にさせている。

 

 帰ってきた答えは、大人のしっかりとした打算。

 でも、それが村に居てもいいという安心感が生まれた切っ掛けになったのを覚えている。

 

 両親から無償の愛。

 村人から有償の愛。

 思えば沢山愛されて育ってきたんだ。

 だから僕は村を出たんだ。誰にも死んでほしくなかったから。

 

「……ユキネ様、僕は勝手ながらユキネ様とは何処か似ていると思っています」

「私とリスタ殿が?」

「はい、だから僕は身近な人に、そう想われていたように、きっとユキネ様だって想われていると、自信を持って言えます」

 

 正直、この話がユキネ様の悩みを解決するものかは分からない。

 それでも、周りに愛されているのだと、自覚を持てる切っ掛けになればいいな。

 

 ──リスタ!

 

 もし、それでも駄目なら名前を呼ぼう。

 レティが〈僕〉にしてくれたように。

 

「……そうか……そうだったらいいな」

 

 ユキネ様は立ち止まり、空を見上げた。

 星空が綺麗だ。

 ユキネ様と会わなければ、気が付かなかったな。

 

「……ありがとう、リスタ殿。ちょっとだけ気分が軽くなった気がする」

「それなら良かったです」

 

 実はお互い様で、僕も少しだけ心が軽くなりました。

 内心でしか感謝を伝えられない事をお許しください。

 

「今度、家臣たちに聞いて見ようと思う」

「コツはしつこく聞くことです。相手にとっては中々、答えづらい内容ですから」

「ふふっ、家臣たちの困った顔が目に浮かぶよ」

 

 覇気が無いのは相変わらずだけど、自然と微笑む姿に危険な感じはしない。

 本当に良かった。

 

「……あ、そ、そういえばだリスタ! 頼まれていた後方勤務の移動に関してだが…………その」

「ああいえ、無理を言ったのは僕の方ですから」

 

 移動申請は通らなかった事を察し、気にしてない事を伝える。

 でないと非常に申し訳無さそうにするユキネ様が、あまりにも不憫だった。

 まあ仕方ない。駄目元なのは分かっていたのもあって、あまり残念に思わなかった。

 

「本当に不甲斐ない!」

「ちょっ!?」

 

 物凄い勢いで頭を下げられる。

 袴姿も相まって、このまま極東の最上級謝罪とされる“土下座”をしかねないほどだ。

 

「相談に乗ってもらいながら、この体たらくだ……本当に済まない」

「ゆ、ユキネ様……」

 

 ──本当にしないよね? 当主が兵士相手に、膝と手と額を地面に付けた謝罪なんて……。

 見られたら、『砦』の当主に不敬罪が適用されそうで怖すぎる。

 もしかして貴族の土下座は、市民相手の最強必殺技になりえるのではないのか?

 

「そ、その件なんですが、実はさっき、このまま兵士をやって行こうかなと思っていた所だったんです」

「いいのか?」

「はい、今日、魔族と戦って思う所がありまして、もう少しだけ頑張ってみようかと」

 

 土下座される前にと慌てて口にはしたが、本心からの言葉だ。

 実際に魔族と戦って、死人が出て、〈僕〉が死んで……。

 死にたくない。でも死なせたくない。

 この気持ちのまま戦場を離れてしまえば、誰かが死ぬ度に僕は苛まれる。

 

 ──納得できる答えを見つけるまでは、兵士でいなければならない。

 それが、今の僕が出せる“妥協”だった。

 

「あ、う……そ、そういえばリスタ殿が作戦を考えたと聞いたぞ! 戦いにおいても未曾有の大活躍だったとか!」

「それは大げさです。僕はただ──」

 

 今日の事がどんな風に伝わっているのか、もしかしてエルフさんが裏で手でも回したのだろうか。

 ──背中に衝撃が走ると同時に、口が塞がれる。

 ユキネ様は話すと同時に歩きだしており、僕から目を離していた。

 

「西門番長の報告書に、君を褒める内容が書いてあった。まあ自己主張が足りないとか、自信がないみたいな事も書かれていたけど、こんな風に誰か褒めるのは珍しいんだ」

 

 首に冷たいものが通る。

 

「──ごほ」

「リスタ殿?」

 

 息が出来ない。

 背中が痛い。

 自分を掴んでいた誰かに投げ捨てられる。

 立てない、喉を斬られた。

 血が溢れ出ている。

 背中が痛くてたまらない。

 

「ゴボ……コヒュ……」

「え、あ、あ……り、リスタ!? どうして!? あ……い、いやっ!?」

 

 駄目だ、ユキネ、逃げて。

 

「むぐっ!?」

 

 ユキネが、僕を後ろから刺して、喉を斬ったであろう奴に押し倒される。

 

「──まさか、こんな人気のない夜道を歩いているなんてなぁ、ワンチャン狙って屋敷の近くをうろついて正解だったぜ」

 

 見覚えがある。

 昨日の、ユキネを襲っていた、男の1人。

 捕まって鉱山に送られてきたはず。

 脱走したんだ。そして、街に潜伏していた。

 

「ほんと神々様には感謝しないとなぁ。こんなに早く復讐の機会を与えてくださいありがとうございます!!」

「や、やめ──!」

「おっと、叫ぶなよ。こいつと同じように喉を斬っさいてやろうか? 別に俺は殺してからでも良いんだぜ?」

「ヒッ!」

 

 誰か……。

 誰か居ないのか……!

 

「そう、大人しくしろよ。いいな? 絶対叫ぶなよ? 叫んだとたん斬るからな? 本気だぜ? ほら脱げよ」

「…………」

「お前もこいつみたいに苦しんで死にたいか!? ああ!?」

「ううっ!」

 

 駄目だ。

 視界が。

 意識が。

 なにもできない。

 

「じれってぁな! もういい!」

「あ、いやっ!?」

「静かにしろっていってるだろ!? そう、それでいいんだよ……あ、なんで布なんか巻いてんだ? ったくじゃまくせねぇな」

「──っ!」

「ははっ、なんだよ結構あるじゃねぇか!」

 

 死ぬ。

 

 いやだ。

 

 どうして。

 

 魔族じゃない。

 

 人間に。

 

 死にたくない。

 

 

 

 ────僕はまだ、レティに会っていないのに。

 

 

 

 

 

 

 ──ユキネ様は胸を曝け出して仰向けに倒れていた。

 その上に男が乗っている。

 〈僕〉が死んでいると完全に油断して背中を見せている。

 

「──あ?」

 

 鞘から剣を抜いて、気づかれる前に首を切った。

 ゴロゴロ転がる男の首。血がユキネ様に付いてしまう。

 あまりも鮮やかで手際、自分が斬ったとは思えない。

 

 首無し死体が倒れてユキネ様に被さる前に、力を込めて横へと蹴り飛ばす。

 躊躇いなんて無かった。そもそも初めて人を殺したのに、何も感じない。

 本格的に変わってしまっているようだ。

 

「──どうして──生きて……」

 

 涙を流す淀んだ瞳で、僕を見るユキネ様。

 まだショックから立ち直っていないようだ。

 誤魔化せるか? 無理だ。〈僕〉の死体を見た。

 

「……いいえ、確かに死にました。そして蘇りました」

「ど、どういう……」

「僕はリスタ、でも違うリスタなんです」

 

 ──そう、四番目のリスタだ。

 

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