恋と陰謀   作:布団は吹っ飛ぶのか

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孫氏曰く、「不戰而屈人之兵、善之善者也。」、即ち戦わないに越したことはないという事である。他の内容も戦争を重大に捉えさせ、準備をしっかりして間違いをしないように薦めている。

これはまず間違いない道理だろう。孫氏の語る事は非常に理論だってはいる物の、考えればわかる事であり、普遍的に通用する事項である。しかし、である。我々は人間であるのだ。更に言えば八百万の神々でさえ過つのである。-何故、我々が過たない保証があるだろうか?-そもそも我々は間違いを犯す物では無かったか?

何故このような事を語ったか、―そう、それは他でもない我があの日恋をしたからである。

 

あの日は太陽が都を照らし、まさに式典を行うには絶好の日であった。我も一応参列し、後ろの方で式の進行を見守っていた。ーその時、彼が現れた。ー完璧で洗練された動作と非常に美しい容姿と声で式を進めていったのである。

式典は建前上、大王の為の物であったがその魅力故に事実上彼の為の式典となってしまった事はその参列者全員が理解するところであった。そして、彼が式典を閉めようとするとき、彼と目が合ったのである。

若干の土を含む黒という印象を受けたが、最も重要なのはその点では無かった。我の目を、魂を、存在を貫くような視線を須臾程の時間ではあるが受けたのである。

欲ーそれを感じ取られた気がして他ならなかった。では、我の欲とは一体如何なる物なのであろうか?それも須臾程の時間で答えを出すことが出来た。

 

我は彼と戦ってみたいのである。

 

それは、孫氏を学んで理論と体系に親しみつつも結局感情を源泉として行動する人間本来の形であった。

 

その日から我の人生は大きく変わっていった。彼と全力で戦うために必要な物はおおよそ3種類あった。

一つ、彼の、敵の情報。孫氏曰く、「明君賢將所以動而勝人、成功出於衆者、先知也。」即ち、賢明な君主・将軍の輝かしい成功は情報によって支えられているという事である。故に彼の、豊聡耳皇子の情報を入手し人格を理解する事、宮中の勢力関係をよりよく理解する事、地形・天候の情報を入手することなどなどを行う必要がある。

一つ、我の技能である。学ぶことを通じて戦や政の判断を出来るようになり、最低限彼と戦うことが出来るほどの技能を身につけねばならぬ。

一つ、人である。ここでいう人は、兵士、士官、高級士官全てを指す。結局戦うのは人である事からも多くの人間を揃え、育て、活用する必要があるのだ。

 

しかし、である。まず必要な物は権力である。技能は書物を読むことである程度ついた実感はあるが、結局それは机上の空論に過ぎぬ。実践を積むことで真の知恵となるのだ。故に実戦を経験できる舞台が必要であり、それは現在の「姫」という立場では不可能な物である。また、今の人口や人材では戦いには不十分である。守屋は血気盛んであるが、それは運用する指揮官が不足している故の謂わば代替品であろう。

これを育成するにも膨大な資源が必要であり、今の我の立場では不可能なのは道理である。

結局のところ権力が必要なのは自明であった。

 

権威と権力という言葉がある。大まかに言ってしまえば権威は信頼、権力は強制である。これを両方獲得することはリスクが伴う物の理想的である。まずは権威から手に入れる事にした。

 

権威を得るためにはどうすれば良いか?即ち信頼を得るためにはどうすれば良いか?これはかなりの難題である。ただ単に民衆から信用されるだけでなく、同胞たる貴種からも信用を得る必要があるのである。つまり、我はこの両者に偏って立つことは許されず、片方のみに利益を齎すことを事実上禁じられているのである。例えば、祖を始めとする税を減らした場合、民衆からの支持を得ることは容易であろうが、貴種からは反発を受ける。これは逆も然りである。例えば減税をする場合、代替の財源を確保し減税を納得させるなどの工夫が必要となるのである。

そこでこの両者の間に立つのだが、まず我の立場は「姫」であり、同胞たる貴種からの支持は必要十分に存在する。であれば後は民からの支持を得るのみだ。そこで手っ取り早い方法は減税である。民に実行者・発案者が我である事を吹聴すれば支持を得ることが出来、その後の突破口となろう。そこで代替財源として考えたのは…

 

「布都様、果たして鉛などに溶け込ませる事で成功するのでしょうか…?」

「唐から得た最新技術だ。失敗しても我が責任を取る。」

「どういう経緯で入手したのでしょうか?」

「…」

「また陰謀ですか?どうせ弱みを握って教えてもらったのでしょうね。其れだから未だに貰い手が居ないのですよ。」

「…」

金採掘である。

 

「まずは、砂金が取れる川沿いを歩いて特徴的な白い割れ目の様なものが無いか探してみる。」

「次にそのあたり一帯を軽く掘ってみて鉱脈が無いか探してみる。」

「最後に見つかった鉱脈を掘ってみる。」

「こうして手に入れた白い功績を灰の上に置き、鉛と共に加熱し、鉛などを灰に染み込ませる。」

「そうすれば金銀を得ることが出来る。…らしい!」

 

「姫様とあろう人が鬼神に頼るとは…」

従者が哀れんでくるがどうでも良いのである。

「まあ、手に入れた砂金を売り払って人手は確保したし多少の失敗は許容範囲内だ。やってしまえ。」

 

「ところで姫様、鉛はどのように入手するのですか?」

「我がチビチビ採取した砂金で十分量入手してある。案ずるな。」

「安定供給できるように軌道に乗る前に何とかしてくださいね。」

「…」

うるさい。

 

「それはそうとして人は十分に集められているか?」

「15人ほど集めました。」

「3人選んで監視役として働かない物を密告させておけ。」

「人を信用しなさすぎですって。」

「いや、蘇我の密偵が入り混じっている可能性は否定できない。而愛爵祿百金、不知敵之情者、不仁之至也、即ち賢明な者は敵の内情を探る事で抜きん出た成功を収めるということからもわかる通り、孫氏も密偵の重要性を説いている。」

「考えすぎだと思いますけどね。」

 

■■■

 

工事は至って順調である。八百万の神が我々に味方しているのかと思うほどには。勿論、初日に得た砂金を横領していた者がいたことは間者から掴んでいたため、その砂金は没収して間者に与えた上で解雇しておいた。今頃"事故"に遭って亡くなっているころ合いであろう。

 

「姫様!出てきました!」

「おう、でかしたぞ!」

この白い物に金銀が入っている。この鉱脈を得るためにおおよそ12回の祈願を要した。一日に一回祈願したので12日である。本当に有効なのかは神のみぞ知る。

其れは兎も角、この鉱脈を発見した事で相当量の金を採掘する事が出来た。

鉛の供給は唐の文献を調査したり、他の鉱山に間者を送り込んだところ、黒みを帯び、光り輝いている鉱物を加熱する事で得ることが出来ると分かった為、先に採掘を進め一定量確保しておくことにした。

 

「唯の掘立小屋ではあるが…」

これから莫大な金を生み出し、いずれはあの黄金の髪を持つ彼にさえも届く、そんな気がして他ならなかった。

 

「姫様、鳴子が反応し、調べたところ人が居たようで…」

「やはり蘇我が目を付けている事は間違いなさそうだな。」

昼が終わり今は夕方、生きとし生けるものが畏れる夜が来る、そう確信していた。

掘立小屋に対して若干頼りない印象を受けたのは間違いなかった。

 

「姫様、御父上より御手紙が。」

ついにこの時が来た。そう確信していた。

「読み上げよ。」

「『早急に帰還せよ。』とのことです。」

確信は木製から金属製に変わった。

 

■■■

 

「布都よ。」

父上、物部尾輿はそう語りかける。

「お主はあくまで"姫"なのだ。」

彼の目は複雑な感情が入り混じり、怪しく光っていた。其れは親としての物か、それとも物部の長としての物か。

「勿論、お主も既に成人しているし、今の情勢で結婚相手を探すことに難儀しているが故に暇を与えている。」

しかし、だ

彼は父というよりかは物部を統べるものとして問いかけた。

「鉱山開発を行っているとのことだがどのような意図で、どのような目的で行っているのだ?」

布都は神妙な顔を貼り付けて答えた。

「民に対して減税を行いたいのです。民は先の旱魃で苦しんでおり、其れは仏という朝敵の仕業であるとは言え、結局其れに対処するのは我等です。そこで、減税を行うことで民を癒したいのです。」

尾輿は顎髭を撫でながらゆっくりと行間を埋め始めた。

「つまり、お主は減税を実現するには代替となる財源が必要であり、そのために鉱山を開発し減税する事で、民を癒したいという事なのだな。」

尾輿は物部を統べるものとして納得した様な表情で頷いた。

「嘘だな。」

彼は父として納得していなかった。

「私はお主の父だ。お主がそれほど高尚な願いを持つ人間で無いことはよく理解している。最近まで読書と夢想に耽っていた人間だ、それが最近急に高尚な願いを持つ事などあろうはずがない。」

布都は答えに窮せざるを得なかった。

 

「何がお前をそれ程に動機づけているのだ?」

答えなければ、答えが私を満足させなければ、如何なる手段を以てしても親として止める。そんな目をしていた。

布都は答えに窮したが、結局真実を明かすことが最善だと考えた。

 

「以前に宮に参りたる時、豊聡耳皇子を遠方より一目見ました。その後、彼と目が一度だけ合ったのですが、それ以降彼と戦ってみたいと思うようになりました。以前から戦う定めに合ったのだとは思いますが、その体験故に強くそう思うようになり、戦いに参加する為にも鉱山を用意する事が妥当だと思ったので…。」

布都にしては支離滅裂ではあったが親に対してこれ以上に事実を認識させる言葉は無かった。

 

「布都もそういう年頃か…。」

尾輿は自慢の娘が若干、というよりかなり歪んだ初恋をしたことに若干の困惑と不安、そして心配を抱きつつも喜んでいた。

「どういう事でしょうか…?」

布都は逆に困惑させられるのであった。

 

 

「まあ、其れならいいとしよう。」

布都はあっさり受け入れられたことに困惑の色を強めつつも了承した。

「まあ、頑張れよ。勝てば手に入るさ。」

親が謎の台詞を帰り際に放ったことにより布都は余計に困惑したのであった。

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