恋と陰謀   作:布団は吹っ飛ぶのか

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皿を川の中にぞんざいに突っ込み、砂をその中に入れる。

更には木の板が付けられており、凸凹を形成している。

 

「冷たいのぉ。」

布都は不満を漏らしながらも特にその作業を辞めることなく続けている。真夏ではない以上川の水が冷たいことはごく自然の道理であった。

「一度習慣となると中々変えられない物だのう。」

砂は手際よく減っていき、皿の底には珍しいことに3粒の砂金が残っていた。布都はそれを拾い上げると腰につけていた袋に入れてその場を立ち去った。春の長閑さが衰退し、生命の跋扈する時期がそろそろ到達しそうな季節の事であった。

 

「火水木金土は結局全て同じで同様に人間も同じなのやもしれぬ。」

…時は遡る。

 

◆◆◆

 

「鉱山、遂に本格稼働であるな!」

布都は豪快に笑って見せた。傍には未だ洗練されぬ酒が控えめに置かれてある。

「良くもまあこんな博打が成功しましたね。」

呆れ顔をしながら従者が布都にだけ聞こえるくらいの音量で囁く。勿論、心の中ではムスッとするものの、ハレの日にそれも主人公がムスッとしていては締まらないし今後の計画に影響が出てきてしまう。何とか控えつつ、皆の前に立ち、演説をすることにした。

「雄弁は銀、沈黙は金という諺を知ってます?」

従者は生意気にそう言ったが、必要な物は必要なのである。"布都が金山を開発し、減税をした。"という成果を喧伝する第一歩としてこの成功は広く知らしめる必要があるからだ。

 

「お集りの方々!遠方より来る事、深く感謝する。先日よりこの鉱山は本格的に稼働し、既に10両もの金が生産されている!これからもその量は増え続けるであろう!」

観衆がどよめく間に息を吸って続ける。

 

「この金は物部の財政を大きく助け、物部の民を深く癒し、栄えさせることになるだろう!今日はそれを祝して酒を振る舞うこととする、皆の衆は楽しめ!」

勿論、酒代はこれまで生産された金全てを使って購入されている。布都の財布は割とスッカラカンである。

 

皆がどんちゃん騒ぎを繰り広げている中、金に目ざとい連中、即ち物部家の分家達は布都に群がっていた。

 

「我等も布都様をお手伝いできないでしょうか?」

「いや、我等は有望と噂される土地を知っております。技術者を派遣していただければ御代は弾みますぞ。」

「いやいや我こそが…」

苦笑いせざるを得ないがここで否定的に返してしまうのも問題である。そこで次回への布石を打つことにした。

「では、皆さまに協力していただきたい事があるのです。」

布都は若干神妙な顔をしつつ上目遣いで話し始めた。

 

「先の旱魃で民は苦しんでおり、人材を集め、開発するのには苦労させられました。何しろ採掘した金を持ち逃げされたこともあったので。」

 

「そこで、皆様に金山開発は協力しますし、この金山の利益を供与するので減税をお願いしたいのです。そうすれば生活に余裕が出て、このような事態が起こる事は無いでしょう。」

この噺は利益と不利益を比べると若干利益が上回るという程度の話である。充分良い反応が得られない事も考慮に入れる必要があった。

そこで布都は

「素晴らしい!民に寄り添いつつも我らの利益となっている!ぜひ協力させてくれないか!」

「我等も!」

「…我等も。」

サクラである。これにより分家から減税の許諾と同意はほぼ得ることが出来た。布都の目は怪しく光り輝いて見えた。

 

■■■

 

「皆の衆!今日は楽しんだか?金山は良い物か?その答えは明らかであろう!」

鉱山労働者を紛れ込ませたことにより"未来は良くなる""布都様のおかげで未来は安泰だ"などの意見を言わせ、終わりよければ全てヨシという雰囲気を作りあげた。

「では、今日はこれでお開きとする!解散!」

宴会という名の劇場は閉幕した。

 

■■■

 

宴会が終わってから布都らは三つの仕事に取り掛かる事となった。

一つは宴会の跡片付け、とんでもなく汚く、飛ぶ鳥の残した後の汚さに辟易しながらも片づけを進める。これからも利用する予定のある施設だから尚更大変である。

一つは本家に対して減税を提唱する事である。早速書状を書き上げており、同意を得次第、布都が主導して正式に決定する予定である。

一つはー

 

「姫様、これほどまでに警備を厳重にする必要があるのですか?見張り台、5重に張り巡らされた鳴子、それに一部には堀切まで張り巡らすなんて。」

防御施設の構築である。

 

「必要だ。」

布都はバッサリ言い切る。

「恐らく蘇我は偵察に、酷い場合には妨害しに来る。恐らく間者のように熟達した者ばかりで構成されているだろう。それらを見つけるにはこれくらい必要だ。」

「堀切を入れてるのは未来への布石ですか?」

 

布都は沈黙した。

「貴方はこの山が戦の地となる事を想定しているのでしょう。だからこんなに過剰な施設を作ったのでしょう?」

 

「まあ、そうだ。私が豊聡耳皇子なら、蘇我ならば、有形無形の力でここを抑えようとするだろうからな。」

 

「布都様!」

 

「どうせ襲撃者であろう?」

 

「はい、3ノ見張り台から30人ほどが入山しようとしていると!」

布都は溜息をついた。

「今戦える人間は?」

「姫様、すぐ動かせるのは10人、他の業務をしている者を動員すれば60人ほどかと。」

「ならば、我がその10人を率いて30人を討ち果たして見せよう。」

「姫様、其れは受け入れられません。部下に仕事を押し付けるのが長の仕事という物、私にお任せください。」

 

「ならぬ。」

布都が捻りだしたような低い声で告げた。

 

「30人を倒せずになぜ、この国を統べるものを倒せようか?」

「我が指揮する。皆の者よ、続け!」

 

■■■

 

侵入者達は一層目の鳴子は見たことが無かったからなのか引っ掛かって検知されてしまった物の、二層目、三層目は音源を切り離す事で無事に通り抜けることが出来ており、見張り台が無ければ動物だと誤認され、難なく通り抜けることが出来ていたであろう。

 

彼らは広く分散しており、中心に20人ほどが纏まり、前に5人、後ろに5人の三部隊に分かれて密集せず程よく分かれて接近してきている。

 

布都らは、その隊列を尾根の上から伏せつつ真横に見下ろしていた。

敵は斜面を登っている最中であり、未だにこちらに気づいていない。

盛り上がった小さな尾根が視界を遮り、見つかっていないのだ。

(どうしたものかのぅ。)

問題となっているのは、どうやって分断殲滅するかということである。増援は従者に任せておいてあるがもうしばらく時間がかかり、余り当てには出来ないかもしれない。

しかし、少し様子を見てみると3部隊の内、後方部隊と中心部隊の距離が離れているのである。おおよそ距離にして40m程だろうか、前は斥候なのだろう、時々合図しあっている。

 

(まずは後ろ、次に前、最後に増援と協力して中心を攻めるとしよう。)

 

そこで、前もって決めて置いた合図を以て、音を立てないように尾根を下る。

 

呼吸が浅くなる。胸の奥で心の臓が跳ねるのを感じる。

我が親指を上げた瞬間、10人が放った矢が正確に5人に命中し、音も立てずにその場で崩れ落ちる。

それはまるで等身大の人形のよう。

ーしかし、布都は違和感に気づく。

(中心部隊が移動していない、この辺りには4重目の鳴子があったはずだ、斥候が突破するのを待ち、部隊間の距離を維持する為に留まっているという事か。)

 

これを受けて我らは気づいた。これは中心部隊を分断する絶好の機会であると。

 

(中心部隊は連絡が来ないことを不思議に思って何人か派遣する、その隙を狙って分断すれば良いのだ!)

 

よく見ると中心部隊が後方部隊より連絡が来ないことを不思議に思ってか、5人ほどを後方へ派遣している。

 

 

「おい!死んでるぞ!」

「聞こえてるか!後ろの奴ら死んでやがる!」

 

そんな声が山中に木霊した。

 

そこまで情報を共有してくれたところで弓を構えるように命令した。

彼らに最後の選別をお見舞いしてやる。

 

「ぐ、」

「があ、」

 

断末魔を尻目に我は弓を構える。狙うは指揮官、仲間を見て腕を上げて合図を下そうとしているその人である。

 

弦を放った瞬間、振動が空間を支配した。

風を切る音が山中に響き渡る。

次の瞬間、矢は脳天を穿ち、指揮官は人形のように崩れた。周囲に動揺が広がる。

「かかれぇ!!!!」

我等が号令をかけて10人で一斉に射撃を行う。先に臨戦態勢を取っていたのもあり、先行して攻撃する事が出来た。

血の気が頭に、耳に上る様子を感じながら興奮冷めやらぬ中放たれた一撃である。

 

アッという間に仲間が倒れていくところを見て残りの半分、おおよそ7人ほどは弓を構えるが、残りは潰走していく。しかし、残された者達が目にしたのは血まみれとなり倒れている自分たちの姿であった。

こうなった理由は三つ。

一つは、相手が仲間の断末魔を聞いてから臨戦態勢に入り、其れがこの戦場においては致命的に遅かったこと。

一つは、この部隊が前々から訓練されてきた謂わば精鋭であったこと。

一つは、布都が常人とは思えない速度で矢を放ち、技量に秀でた者が先に殺されてしまった事である。

 

何にせよ、これで大方片付いた、そう誰しもが思ったとき、遠方より矢が5本到来し、その精鋭を5人、文字通り死地へと持っていく事となった。

その瞬間、我等らは茂みに身を隠し、相手からの攻撃から身を潜める事となった。

 

「何だあれは…。」

我等は隠密行動をする事さえ忘れて呟くしかなかったのである。

其れは、左手の筋肉が異常に発達した男5人であった。斥候が、敵の主力が参戦したのである。

 

戦いは刹那であった。

我等が矢を放つのに少し遅れて敵も矢を放ってきた。

「全員伏せろ!」

そう言って姿勢を低くすると同時に頭上を矢が通過した感覚がした。横目をやると、2人は命中して戦闘不能に陥っているようである。そして前を見ると一人を除いて被弾し戦闘不能であるようだ。もう一人は?

 

そう考えた須臾、茶色い何かが迫ってきているのを見て、反射的に剣を取り出して構えた。

 

キンッ

 

金属同士がぶつかり合う軽やかというよりは鈍い音がする。よく目をやると筋骨隆々とした大男が剣を以て我と対峙しているようだ。

 

「…。」

 

「…。」

詞を放った瞬間、殺されそうな気がして互いに一言も言う事が出来なかった。

しかし明らかに布都の方が筋力では劣り、押されつつある。

一撃が、凄まじく重いのである。

腕はあきらめなければいけないかもしれない。-そう思わされる程である。

キンッ

 

キンッ

 

永遠にも思える時間が過ぎ三合目を打ち合わせた瞬間我の腕に稲妻が、振動が走った。

次の瞬間、剣は鳥の様に空を舞った。我の剣は払われてしまった。

 

死ーそれを覚悟した。

 

 

 

刹那、男が急に動きを止めた。目は血走りながらも急激に光を失っている。

 

(死んでいる、のか?)

本当か?夢ではないか?過呼吸になってしまい、体は動かない。

 

「姫様!大丈夫ですか!」

 

従者が大声で声を掛けてきた事でようやく現状を理解する事が出来た。

あと少しで死んでいたのである。

「姫様、私が居なければ死んでましたよ。」

そう、若干涙ぐみながらも声を掛けてくる従者よりも夕焼けーそれが自分の死を想起させるようでーに見とれているのであった。

 

 

我もいつかああして死ぬのであろうか。

為政者が死を畏れる理由が少し理解できた気がした。

血の付いた服を洗わねばならぬと思いつつも帰路に、そして岐路につくこととなった。

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