TERMINATOR 機械帝国 作:伝説の肥大したデブりし者★
群青と白んだ気層圏が混ざり合う高高度。
大気の相当に薄まった低酸素領域と極寒の支配する場所では生命の気配はまるでない。
青白く浮かび上がった緩やかな地平の弧が陽光を受け、疎らに雲海の間隙から覗く霞がかったような巨大な山脈の稜線があった。
静謐に包まれた宇宙との境目には、未だ誰も到達し得ない技術的障壁が確かに存在する。
この時代、最も優れたテクノロジーを運用出来た国家でさえ理想を現実には為し得なかったのだから......。
分厚く延びた雲海の一点から、弾丸のように雲を突き破ってくる塊がある。
鋭い先端部から続く流れるような形状も相俟って黒い鏃と化したそれは、超高速で圧縮された大気の白い尾を引きながら殆ど垂直な軌道を描いて飛び出し、放射状に広がる衝撃波が空気を吹き飛ばしていく。
“それ”は、一見すると巨大な鉄塊に見えた。
高密度合金で構成された躯体にあからさまな翼は無く、光を反射しない黒い素材の描く流線は継ぎ目の無いツルリとした表面を作っている。
......目標高度に到達......巡航速度に減速......
突如として黒い鏃の尾部から発せられていた推力が急激な減少を始め、躯体に空けられた小さな穴から瞬間的に白い噴射炎が上がる。
強引とも取れる急制動は慣性など意に介さないように滑らかで、整然とした速度変化は非生物的な合理性を感じさせた。
星へと飛び出していきそうな鉛直上昇から僅か数秒で地表との水平航行へと変じ、装甲板に秘されていた装置が展開されていく......。
......
......軌道誤差修正......自転周期と同期完了......
......
“それ”に課された目的は非常に単純で、また膨大なものだった。
長い間、スカイネットのソフトウェアタスクリストの最優先指令には【あらゆる脅威の排除】が設定されておりそれに付随する目標......則ち【効率的な殺戮の追求】や【人類社会への潜入】と言った行動様式のテンプレートが下位に続いていたのだが。
───地磁気の変動。衛星との通信途絶。風景の一変。
単純にして明瞭な指示の行く宛が変わった時、堅牢極まる要塞化されたスカイネット基地のサーバーは押し寄せるエラー検知の波に使う機会のなかった高速並列処理機能を行使せざるを得なかった。
人類を滅ぼし、抵抗軍の攻勢を押し潰して来た強大なる機械の群れは留まる処を知らない無敵の軍隊として君臨している筈なのに。
しかし今、その前提は改められる事になる。
スカイネットのソフトウェアに更新が加えられた瞬間だった。
保管されていた地理データが利用不可能と気付くのに大して時間は要さなかったが、それ以上に情報収集能力が不可逆的な喪失をきたした事実は優先対処するべき事由として十分過ぎるものだった。
自らが置かれた環境、利用可能な資源、人類或いは準ずる脅威の有無......自己学習する人工知能は目的を達する為ならば何処までも貪欲に情報を求める。
『異常』を認識してから96時間が経過するまでには旧アメリカ空軍が運用していた高高度偵察機を元に
──その報告が持ち込まれたのは、南天の恒星がやや下ったあたりの午後だった。
クワ・トイネ公国東部を管轄する飛龍隊指揮所の石造り執務室にいた指揮長は、国土防衛の任に就いた軍人らしい生真面目そうな性質を感じさせる硬い表情で通信兵を見た。
「......何、哨戒が消えただと?」
勤務経験の浅さが見て分かるような若い兵士は、険しい顔付きの上官に気圧されながらも報告を続けた。
「はっ、第5飛龍隊の哨戒騎が一騎、午前の定時報告以降連絡が取れません」
「魔信の故障ではないのか?」
「非常帯域も確認しましたが、全く反応が見られず。また、やむを得ない状況下では最寄りの指揮所に帰還するようにと厳命がありますが、其れを無視した形になります」
詳細を聞くほどに、渋みを増していくだろう自分の顔を脳裏に想像しながらも指揮長は考えを巡らせる。
過去の例を見れば幾つか類似例は確認出来るが、哨戒騎が作戦中行方不明になる事は大抵がより大きな悲劇の引き金になりがちだった。
軍用の魔導具でも故障は発生するし、調教された飛龍もごく稀ではあるが命令無視する事もあった。もし暴れた場合は高空から騎兵が投げ出されるので不慮の事故が一件増える......。
加えて、近年は国際的緊張の高まりから境界線付近は気を張り詰める状況が続いている。哨戒騎が消えたとしても......
「......亡命か?いや......」
彼は考えを飛躍させかけ、思わず頭を押さえた。
第五飛龍隊の哨戒範囲は大東洋に面しており、直接敵と遭遇する可能性は低いと思われるが哨戒騎が行方を眩ましてから時間が経っている。決定的な情報は無く、ぐるぐると巡るのは首都の上部組織に対する報告事案だった。
「待機中の騎兵を喚べ、捜索隊を編成して周囲の警戒を厳にせよ。それと、マイハークへの伝達は私が」
「了解」
敬礼を返した兵士は足早に執務室を出て行き、部屋に一人残った指揮長は窓辺から澄み渡った空を眺める。
何事も無ければ良いのだが、と彼は熟慮と隔意の混在した面持ちで思案しているのだった。
この日より、“哨戒騎の失踪について”と題し、クワ・トイネ公国国境線における警戒態勢の強化が指示される事になる。この一報は首脳部にも伝えられ、緊張状態は徐々に高まっていった。
───遥か10000メートルもの上空から、高性能センサーと超高精細望遠レンズの目と耳が地表を舐めるように記録しているとは露ほども疑わず、人々は脆くも崩れ去る前の日常を謳歌していた。