TERMINATOR 機械帝国 作:伝説の肥大したデブりし者★
それは、スカイネットがクワ・トイネ東部に『橋頭堡』を確保してから僅かに数日後の事であった。
この地上に棲まう有機生命体の『常識』では、世界を構成する海洋と大陸を大まかに分割した認識手法があった。一つの共同体として運用可能なテクノロジーにより高度な文明圏とその外領域には隔たりがあり、その間には必ず明確な境界線が存在するのだと人々は信じて疑わないものであった。
彼らの認識する限りに於いて、優れた技術と高い文明度を持った者が自らより格下の存在を全ての意味で支配するのは自然の摂理に等しい行為であり何ら責められるべきものではないとされているからである。
だからこそ彼らは思う存分増長する事ができたのであろう。
彼らにとって未知なるものに対する寛容さと敬意の念を忘れなければ良かったものを……それがどのような結果をもたらすことになるかも知らずに己が持つ尺度こそが絶対正義だと思い込んでいたからこそ起きてしまったのだ。
文明人の言葉を借りるなら、中央世界と呼称される地域にその国はある。
標高8000メートルを超える霊峰、アクセン山脈から湧出する清水が悠久の時を経て形成した大河が大陸を二分しており、豊富な水源に恵まれた河川沿いの大地は文明の発展を促す為の条件を兼ね備えていることからも他所に比して比較的早い段階から発展を遂げてきた経緯を有していた。
大河の始まりとなる水源地に近い山麓は背の高い木々が寄り集まった樹海となっており緑豊かな自然風景が広がっている一方、水系上流に向かうにつれて川岸が大きく抉れており断崖絶壁の岩肌を晒す急峻な山岳地帯が続いていることも特徴の一つであると言えるだろう。
冷厳な山肌と自然の織り成す雄大かつ繊細な景観美を湛えたその中心に、『鱗もつ貴人』とも称される竜人の国、エモールはあった。
魔法、と呼ばれる体系技術と高度な建築技法の融合によって作りだされた王国の都市は、山から削り出した石材を組み上げて造られた外壁に囲まれ、北部に構えられた王城を中心として放射状に建設された街並みを成している。それら全てが合わさり形成される巨大構造体はまさに一枚の芸術作品とも言える威容を誇っていた。
──まだ夜も明けぬ未明の頃に、アレースルは眼を覚ました。
たが、その覚醒は決して十分な休息を得たのでも、生理現象に従って目覚めた訳でもないことは明らかだった。他種族とは身体強度が桁違いであり、外傷にも疾病にも高い耐性を有する竜の血を引く肉体はその程度のことで眠りを妨げることはない筈なのだから。
起床したばかりの微睡みが思考を鈍らせるのを感じながら、身体を起こして周囲に視線を巡らす。
静けさが満ちた暗闇の世界には一切の音がなく、窓辺から入り込んだ薄明かりが室内の調度品を照らし出しているだけだった。
「......」
何時もと変わらない景色。竜王のおわす居城たるウィルマンズ城に与えられた豪奢な側近専用の私室を見渡しても、何一つ変わったところはないように思える。室外からも騒がしさは感じられず、万が一にも賊が忍び込んでいる気配もないようである。
ふと、何かが身体を流れ落ちる感覚に盛り上がった胸元を見下ろすと、そこはじっとりと濡れていた。額に張りついた前髪をかき上げようとした指先に、滲み出た雫がつく感触を覚える。
「これは、一体......?」
それが冷や汗であることを自覚すれば、落ち着いていた鼓動が早くなっていくのを感じた。いや、むしろ動悸と言った方が正しいのかもしれない。高鳴る胸に手を当てると、大きく膨らんだ脂肪の奥深くで早鐘を打つ心臓の存在を感じることができた。
そのまま暫らく放心していたが、我に帰ったかと思えば寝台を飛び降りて足早に扉へと向かう。一刻も早く主の元へ向かわなければならないという思いが先行して、勢い良く扉を開け放った先に居た存在と危うく衝突してしまうところだった。
「アレースル師!......どうなされた!?」
竜人の特徴である鮮やかな赤い長髪を振り乱して飛び出して来たアレースルを見て、警衛に当たっていた竜人の兵士が驚きに目を剥くのが見えた。
今にも飛び出していきそうな要人の前に慌てて立ち塞がって行く手を阻むものの、それを意に介さず押し退けようとする勢いのままに詰め寄られることになった男の表情が困惑の色を帯びるのに時間は掛からなかった。
「其処を退くのだっ!王に、竜王陛下に至急お目通りをせねば!」
興奮状態にあるアレースルは兵士を鎧の上から掴んで、無理やりにでも退かせようと揺さぶる始末だった。血相を変えて騒ぎ立てる竜人は例え弱者であろうと暴力的に黙らせる場合もあったが、相手は女であっても王の側近に手を上げる事は憚られた。
「アレースル師、先ずは落ち着かれよ!何があったのですか!」
そうなると自然と肩を叩いて言葉を掛け続けるという構図になってしまう訳だが、このアレースルという竜人は女性にしては大柄で、男性の竜人兵士と同じくらいには上背のある女人であった。下手に力を込めて暴れまわると振りほどかれそうになる上に、就寝時に服を着ない嗜好なのか素肌を晒したまま色々と激しく揺らしているせいで汗に濡れた肢体が未明の王城廊下の明かりを受けて艶めかしくも輝いている。
半狂乱になっているアレースルの赤い髪が上気して火照った額に張り付いて、潤んで焦点が定まらない瞳が警衛を見定めようと揺れながら口許からは荒い吐息を漏らし続けている姿はどう見ても尋常ではない様子だった。
何か恐ろしいものを目撃したかのような表情といい只事でないのは明らかであるが、故に下手な刺激を与えるわけにもいかず困り果てていたのだ。
そんな時、アレースルの肩越しに廊下の向こうから駆け付けてくる衛兵隊の姿を見てこの竜人兵士は思わず安堵していた。
「何事です......アレースル師。賊ですか?」
やって来た二人の衛兵が周囲を警戒する中で、最後にやって来た衛兵隊長が廊下に立ち尽くす女竜人の姿を認め声を掛ける。
落ち着いた声音を聞き届けたことで幾らか冷静さを取り戻したのか、彼女は我に返った様子で振り返ると自らの行いを顧みたのか苦虫を噛み潰したような表情をして俯いた。
「すまぬ......取り乱した。賊では無いが、何か良からぬものを感じてな」
常ならば、冷静沈着で知られる彼女らしからぬ行動を取ってしまっている現状を自覚しているのか申し訳なさそうに詫びの言葉を述べる姿に周囲の者達の間に沈黙が流れる中、自らの胸に手を当てたまま軽く握り拳を作る仕草を見せる女を前に訝しげな表情を隠しもしない兵達の中で最初に声を上げたのはやはりと言うべきか年嵩の衛兵隊長であった。
「......何か、言葉にし難い胸騒ぎのようなものがあるのですね」
問い掛けの形を取った断定の言葉に一瞬だけ反応を示した後、無言で頷くだけの返答をする様は普段の彼女とは明らかに違う印象を受けるものだった。少なくともこんな風に不安に駆られたような態度を見せる人物ではなかったはずだと思う前に、アレースルはもう顔を上げている。
「隊長。陛下に謁見したい......お休みの処を起こしてしまう不敬は私が負う」
ほんの少し、震えている声を押し殺しているような口調で告げる言葉の裏に隠された真意を読み取ってしまう程度にはこの美女と付き合いの長い老兵は溜息を一つ吐いた後で静かに答えた。
「御意に......それではアレースル師、先ずは何かお召しものを......余りにも開放的すぎますぞ」
「ん......」
言われて初めて気付いたかのように自分の身体に視線を落とした女は、豊かな曲線の目立つ肢体が余さず衆目に晒されてしまっている事を今更のように思い至っていたようだ。
全く羞恥を感じない訳でもなかったのだろう。ばつが悪いとばかりにひたひたと私室に戻り扉を閉めた後、微かな衣擦れの音が聞こえていた。