TERMINATOR 機械帝国   作:伝説の肥大したデブりし者★

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予感・下

 

ごくり、と自分の唾液を嚥下する音すら騒音に感じられる静寂の中、アレースルは佇んでいた。

 

何もせずとも口内が砂漠のように干上がるのではないかと思えるほどに喉が渇いているのが分かったが、それは心因性のもので本当に脱水症状が見られる訳では無い。

高度に肉体と精神の結びつきが実現されている知能生物の証左か、例え竜人であってもストレスとは無縁では居られないらしい。

 

広大なウィルマンズ城の北面に位置する玉座の間は建国以来常に最高の状態に保たれ続けてきたものだが、今日はいつにも増して荘厳な雰囲気に満ち溢れているようだった。

大理石に似た白い石材は霊峰の深部から切り出されたと伝わるものが1000年単位で保全されており劣化することが無いためいつまでも美しく輝き続けていくのだという。

 

天井高くに設けられた採光窓から払暁の光が差し込み始めた頃合になって、漸く現れた人影がゆっくりとした足取りで一際高い位置の玉座に向かって歩みを進める。

 

アレースルを含めても二人しか居ない広大な空間にはその足音だけが響いていたが、やがて最奥部に据え付けられた豪奢極まる椅子に腰掛けた人影の方から声が掛けられた。

 

「面を上げよ......アレースル」

 

緩慢に、それでいて毅然と伏せていた顔を上げていく。

静かな威厳に満ちた響きを伴う声の主の姿を認めた瞬間、反射的に平伏しそうになるのを堪えたのは辛うじて残った理性の働きによるものだったのだろう。

 

(これが我らが主にして竜の真髄を極めたお方......)

 

ただそこに在るだけで周囲を圧する存在感を放つ偉大な力の持ち主を前にして畏縮しない者がいるだろうか?

 

否、断じて有り得ないことであるのは間違いない。

 

現にこうして自分が感じている畏怖にも似た感情そのものが何よりも雄弁に語っているではなか......と思い直したところで思考を切り替えることにした。

 

玉座に座った存在は、エモール王国の民が唯一従属対象として敬愛し、また畏怖されるドラゴンロードそのものだった。

 

現エモール国家元首・ワグドラーンは、竜人族を統べる王族として相応しい格好......祖の代から受け継がれた宝石や貴金属の加工品を大量使用した豪華絢爛な装飾に身を包み、黒々とした角の生えた頭部で輝く王冠を戴くという伝統的な姿にて鎮座していた。

 

「何か気がかりな事があるそうではないか......申してみよ」

 

「畏れながら申し上げます......誠に答えにくいのですが、如何ともし難い不安に駆られているのです。王よ」

 

国家安全に関わる問題提起としては抽象的に過ぎる物言いに、今度は竜王が困惑気味に眉を顰める番だったがそれでも構わず続けた。己の直感を信じて語るしかないと判断しているのだから躊躇っている暇など無かった。

 

「私は王国の筆頭占術師として数々の助言や空間の占いを取り扱って参りましたが、今この胸中にあるのはその類いに属する“好くない”ものなので御座います。恐らく何らかの危険を知らせるものだと思われまして......」

 

眼前の女が綴る言葉を、竜王は静かに聞いていた。

 

内容は要領を得ないものばかりだったが、彼女には確固とした確信めいたものがあるらしく真剣な表情で語り続けていた為に口を挟む余地が無かっただけかもしれないが。

竜人の中では若輩扱いされる年頃の女占術師だが、その体躯にも見て取れるように恵まれた魔法の才能を持っていた彼女がここまで言うのであればただの杞憂で済む話ではないだろうと判断した上で耳を傾けていたのである。

 

王国の名を冠するだけあって複数の氏族で構成される国民総体の支配者としての責務を負う以上、統治者側の立場に立った者であればこそ時には虚実入り交じる情報を取捨選択しなければならない場面も多くあるだろうが、今回の場合においては一考の余地有りと思われた。

 

「......願わくば、異例ではありますが今一度空間の占いを──」

 

「止めよ」

 

半ば懇願するような口調になったアレースルの言葉はしかし途中で遮られることになった。何を言われたのか分からないといった表情で硬直してしまった彼女に向け、竜王はゆっくりと玉座から身を乗り出すと眉間を押さえるような仕種を見せながら言った。

 

「そなたの言わんとする事は分かった......が、我が国に連綿と受け継がれし“空間の占い”によって得られるものはひどく扱いに慎重を要する......言わば一種の預言書の如きものであるからな。そなたに説明の必要は無いだろうが、行うのは年に一度と決まっているのは正当な理由があるのだ」

 

「......とはいえ、力ある術師自らが感じたものを政治的事由で無責任に放り捨て去るというのも違うであろう。これに関しては特例を認めるとしよう」

 

朗々たる声で宣言されて唖然となった様子の彼女を余所目に話は進んでいくようで、思案を終えた後に指示を下す姿は既に君主に相応しい貫禄を感じさせるものがあった。

 

その様子を見ながら内心でほっと安堵の息を漏らすと同時に礼を述べようとしたがその前に先手を打って釘を刺されてしまう事になる。

 

「......ただし、あくまでも例外的な措置であって常用化するつもりなどは無い......それから、くれぐれも濫用だけはしてくれるなよ。竜人族最高の占術師を思うが故に万一の場合に備えて念のため言っておくだけだ......良いな?」

 

 

 

ウィルマンズ城最北の間。エモールで最も高く、北部に築城された王城の中に造られた荘厳なる広間は、たった一つの目的のために用意されている。 すなわち、欠かす事の出来ない国事行為として定められた『空間の占い』の儀を行うための場なのだ。

 

人々が名付けられた御名で崇め、信仰する神格という形而上概念が実際に存在するこの次元では時折神々の祝福や思し召しという事象が観測可能な形で地上に降りかかることがある。

 

竜人族が多大なる代償を払って『空間の占い』を実行するのも、神が地表を見ているように人々が天上を僅かにでも垣間見る機会を得るための重要な手段だった。

 

意図的に照明を排されたせいで闇の深くなった部屋は、隣に立つ人物の顔さえ判然としなくなる程の暗さで満たされていたが、同時に外界からの光源を完全に遮断することで儀式中の内密性を確保する意図もあった。

硝子質にも似た半透明の素材で以て半球状に覆われた儀場の中央に立つのは、長い生地が特徴的な民族衣裳に身を包んだ女竜人......アレースル筆頭占術師その人であったが、普段とは異なりその表情には陰鬱さが滲んでいて覇気がないように見えた。

 

人間種族よりも夜目が利く者が多い竜人にとってこの程度の暗闇ではどうということも無い、が......。

 

最北の間に招聘された30名余りの視線が間違いなく己に向けられているのが分かってしまうと、冷水が背に垂らされたような寒気。突き刺すような視線に含まれるのは、沢山の疑念と...少しばかりの諦観。

 

覚悟の上でこの場に立った筈なのに、やはり何度経験しても慣れることなど出来はしない。特に今回は特別な事情もあるのだから尚更のこと......。

 

「皆の者、此度の急な召喚命令にも関わらずよく応じてくれた。事前通告の通り、竜王陛下の命を帯びて此より『空間の占い』を執り行う」

 

静まりかえったまま身動き一つ取らない竜人たちの反応を伺いながらも淡々と言葉を続けるその姿に迷いはなく、堂々とした振る舞いのまま内心はともかく表面的には平静を保っているようだった。

 

「皆の言わんとする事も承知している。前回行った占術より未だ三月(みつき)と経たぬ内の実施要請に対し疑問を抱くのは当然だが、それも単なる気まぐれではなく相応の理由があってのことだということは理解して欲しい」

 

 

 

空間の神に捧げる供物として、莫大な魔力がアレースルの掌中へと集まっていく。

 

優れた魔法的素養を持つ竜人100万の中から選りすぐった上澄み30名の生命を賭して抽出した魔力奔流は、今まさに何か途轍もなく大きな力が顕現せんとしている予兆を感じさせるに足る凄まじさだ。並の人間族がまともに浴びれば消し飛んでしまいかねない威力が込められていることは疑いようもなかった。

 

やがて集積された力が色相を淡い赤へ変じた刹那、ぱちぱちと弾ける音が空気を震わせ始め......細い光条が幾つも宙を舞った後に天井へと吸い込まれた。

光は硝子の天球に星々の海を描き出し、さながら銀河を思わせる幻想的な情景を生み出したのである。

 

「術は成った......空間の神々の名の下に、我に未来を見せ給え」

 

 

 

 

瞬間、世界が反転する。平衡感覚が狂い、上下左右の区別がつかないままに視界が真っ白に染まる。

 

 

空間の神が権能を振るい、矮小なる竜人に未来を授けんとしているのだ――。

 

 

 

 

 

気付けば、アレースルは草原の上に立っていた。

 

「此処は......?」

 

青々とした草花が風にそよいで揺れる光景を眺めながら、思わず呟いてしまった言葉は誰の耳に届くこともなく虚空に溶け消えた。

 

ふと、眩しさを感じて空を見上げてみると、見たこともないくらいに青く澄んだ空が見える。

 

太陽の位置が高いことから昼間だと推測できるが、こんなにも明るい日差しを浴びた記憶はなかったように思う。

 

緩やかに傾斜を増していく緑の絨毯の上を歩いて、ふかふかの感触を楽しむようにして足を運ぶうちに、いつの間にか開けた場所に出たことに気づく。

 

 

高く聳える巨塔の群れが、眼前に現れた。彼女の知るどの建築物よりも遥かに高く、整然とした威容を誇るそれらはまるで空に突き刺さる槍のようでもあり、遠近感を失わせる奇妙な錯覚を引き起こす代物でもあった。

 

視線を落とせば、畦道や石畳とは異なる、灰色の滑らかな地面が続く道を進む何かがある。

 

目を凝らしてみると、光沢を放つ箱のような物体が黒い車輪を使って移動しているようだ。

 

 

──アハハハハ......

 

 

何処かから、子供の笑い声が聞こえてくる。

音を辿って振り向くと、何人もの幼い人間族たちが笑いながら走り回っている姿が視界に入る。何故今まで気付かなかったのか、奇妙な金属製の構造物の周りで楽しげに遊戯に興じているようだ。彼らが纏っている衣服もまた見慣れないものばかりなのだが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに夢中になっていた。

 

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

 

気がつくと、目の前に小さな男児がいた。彼は好奇心旺盛な瞳でこちらを見上げているが、その雰囲気はどこか不気味でもある。

 

 

「......何だ?」

 

 

少年は無邪気に笑って言った。

 

 

「もうすぐ、来るよ(・・・)

 

「何が来るのだ」

 

 

アレースルが問い返した時、まるでその言葉を待ち望んでいたかのように少年の笑みが深まっていく。

 

 

輝いていた瞳から感情が消え去り、どす黒く染まりゆく様に恐れを抱いた時には、もう言葉を発していた。

 

 

「嵐だよ。とーっても大きな」

 

 

 

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