TERMINATOR 機械帝国 作:伝説の肥大したデブりし者★
『異常』としか表現されなかった混乱期から、凡そ2ヶ月が経過していた。
クワ・トイネ公国東部のある地域を襲った災禍は誰に知られることも無く、コンクリートと鋼鉄の分厚い舗装の下へと埋め立てられている。
鬱蒼としていた森林は今や完全に伐採され尽くし、禿げ上がった山野の硬い地盤を強引に切り崩して均一な更地に変えていく無人重機の作業音が止む事無く鳴り響いていた。
ブルドーザー、大型ダンプ、油圧ショベル......旧北米大陸から運ばれた資材と土木機械の全力投入で行われる建設工事は殺人的という表現ですら足りない苛烈な勢いでもって進められており、何としても迅速な前線基地完成を目論むスカイネットが大量のリソースを惜しむことなく注ぎ込んでいるのは明白である。
スカイネット・セントラル西岸と島を隔てる1500キロもの未知の海洋は、新世界進出を進める上で困難な障壁となって立ち塞がってきた。
既に橋梁延伸が始まっているとはいえ、施設強靭化の追加補修を行いつつ疎らな島嶼を経由して行う長期施工は天文学的な資源と時間を必要とする難事業であることは間違いがなく、実質的に陸路封鎖と同義と言っても差支えのない有様だ。
海運には多少の進展が見られ、喫水線の深い大型船舶が自由に出入り出来るよう、湾岸部では大掛かりな海底掘削作業と並行して港湾設備の整備が急ピッチで行われている最中なのである。
最初は小さな変化でも、地図を書き変えなければならない開発は加速度的に増えていく。
草木を毟り取られた荒野には通信・防空諜報を行う長距離レーダーサイトが設置されていき、非可視レーザー探知機と幾重にも張り巡らされた有刺鉄線防護柵が敷設されていた。
兵站の未整備ゆえに、脅威との戦闘に陥った場合中央からの支援に時間を要することを予測したスカイネットは優先的に迎撃兵器を集中させることを選んだようだ。
前線基地外縁をぐるりと囲うように築かれた高さ20メートルの傾斜した防塁上には、多連装フェイズドプラズマ重砲と対人キャニスター
防衛陣地の内側で300基の地対空誘導弾が航空飽和攻撃への最終防御機構として機能し始めていたが、今のところ迎撃に成功した事例は無かった。
全方位に配置された拠点からなる防衛線はいずれも急造編成ながら万全の状態にあり、上空を旋回する無人機すらも今日まで索敵範囲に憂慮すべき脅威を検出してはいなかった。
何故かといえば、軌道上の衛星から送られる観測データから暫定敵勢力と見られる
特定時間に、特定経路を辿って帰還する。更に夜間帯は全くの無警戒に近い状態になるようで、特に日没から夜明けに掛けてスカイネットの活動は活発化していった。
──しかし、宇宙からでもはっきりと認識出来る程に緑が減り、代わりに黒と灰が目立つようになると状況は変わる。
物資の量、搬出頻度が増え始め......遠方からでも動く金属物体を視認可能になれば、こそこそとしていた秘密基地造りは公然とした侵略要塞建造に変貌を遂げる。
異界から喚ばれた存在が外界へと興味を抱いた時点で、既に事態は回避不能なものとなっていたのだろう。
限界まで張り詰めた糸が突然切れてしまうように、ぎりぎりまで触れ合う事を避けてきた両者の接触は一瞬の内に始まった。
果たしてどちらが先に仕掛けたのか、とは一方にとって考慮に値せぬ些末な要素だった。
全てが終わった後で、
──中央暦1638年 7月4日 AM08:10
クワ・トイネ公国第4飛竜隊に属するその竜騎士は、何時もと同じように警邏任務に就いていた。
飛竜隊毎に割り当てられた区域内を定期的に飛ぶことが仕事内容の大半を占める日々を送る彼からすれば見慣れた眺めでしかないはずだが、この所遠方を警戒する兵士の間で共有されている伝達事項を思い出す度に不安が込み上げてくるのを抑えられなかった。
第5飛竜隊に所属する騎士の一人が、通常警戒任務中に消息を断った事件のことである。当然の事ながら、隣国領に接する最前線近くの国境警備も担う彼らの間では緊張感と共に話題に上ることが多かった。
過酷な訓練を経た飛竜乗りは国家を問わず精鋭として扱われ、熟練兵ともなれば並みの軍隊を寄せ付けないほどの実力を持っていると言われることもあるくらいだ。決して新兵ではない腕利きが簡単に墜とされるとは思えないというのが一般的な見解ではあったが、件の人物が騎乗していたはずの飛竜も装備品もついぞ発見出来なかったという話もあり原因究明は困難を極めるだろうと言われていた。
あれから暫く経った今でも結局真相は不明のままでしかなく、調査を担当した部隊の指揮官曰く、何者かに襲われ撃墜されたものと見られているようだが詳細は一切分かっていない......らしい。
「よし、此処からは二騎一組で散開する。各騎警戒を怠るなよ。不審な動きがあれば即応できるようにしておけ......解散っ!」
現場指揮者の号令一下、それまで横並びに編隊を組んでいた6頭の飛竜が一斉に針路を変え別々の方向に向かっていく。僚騎を常に視認出来るくらいの間隔を空け、巡回速度よりも兵士の安全を優先した作戦行動が通常体制に取って変わる上に、準厳戒警報発布のお蔭で警戒範囲を倍近く広げねばならないこともあって飛竜隊の負担は増加する一方である。
僚騎との手信号を交わしつつ東進していた二騎は、郊外の森林地帯に進入してから濃度を増していく霧を前に魔導通信器を取った。
《視界が悪いな......巡回から外れるが、もう少し西に行こう》
《了解。眼が無くなると飛竜が不安がるからな》
夏季の早朝だというのに薄暗い天候のせいか気分は晴れないままだし、嫌な予感というものがどうにも拭えない。同僚との会話に応じながらも彼の意識は前方に集中し続けており、知らずのうちに手綱を握る手に力を込めることで気を引き締めようとしていたのかも知れない。
大きく身体を傾けて濃霧を掠める相棒にしがみつきながら迂回し、白く染まった空の切れ目を目指して飛翔する。
そうして、彼は見つけてしまった。緑の広がる表層を無惨に引き剥がされた、巨大な鉄の森を這う無数の黒い影達を。
......防空警戒網に侵入者検知......データベース照合......
......脅威が接近......電子支援開始......対空防衛システム起動......
「何だ......あれは......!?」
恐怖のあまり悲鳴を上げそうになった喉奥を引き絞り何とか意味ある声を出すことに成功した自分を褒めてやりたい気分だった。突如として視界に飛び込んできたその光景はあまりの情報量の洪水に押し流された思考が紡ぐべき台詞を奪う程の威力を持っており、鞍上から危うく滑落しそうになる。
雲を抜けた先にあるのは、人の手が入らない自然の領域だと思っていた。その筈だった。
当たり前に抱いていた期待は、何の予兆も無く冷たい意思によって踏み躙られることになった。
黒と灰の混合色となった地表に並び建つのは、異邦人類の叡智が生み出した業の象徴にして滅びの使者。
天を衝かんと聳える中央制御塔の根元に生え揃う高層ビルディング群が、針鼠の如く伸ばした兵器の砲口をまだ見ぬ標的へ向けて威嚇するかのごとく蠢いていた。
日中だというのに暗く沈んで見えるのは、金属質の壁面のせいだけではない。
時折噴き上がる精錬所の余剰放熱で大気を歪め、至るところでサーチライトに照らされた建造物が仄暗い炎の様な揺らめく橙色に照らされており、此処が人の棲めるような場所でないことを明確に物語っているのだ。
「......おい」
続いて雲から抜けてきた僚騎も、尋常でない光景を目にしたせいなのだろう。動揺を隠すことが出来ずに声を震わせてはいるが、こんな状況下で平然としているのは日頃の鍛練が活かされたと信じたかった。
「......夢じゃ、無いよな」
「ああ......だけどさぁ...クソッ」
形容に窮する衝撃に打ちひしがれる間もなく、公国に新たな危機が訪れるだろうと予感させられたせいか焦燥が募ってくるのを受け流して通信器に手を伸ばそうとして───
───青紫の光条が空を裂き、眩いばかりの閃光が僚騎を呑み込んだ。
「!!」
“死”のイメージが頭に浮かんだ瞬間に身体は動いていた。無意識に動かした腕が飛竜の首を強く打ち据えていて、驚いた様な声を上げる相棒を尻目に全力飛翔を命じていたのは殆ど本能と言ってよかったかも知れない。
「畜生っ!何が起こって......」
叫びかけて、もう一度光が輝いたのを見た途端黙る羽目になる。
ほんの一瞬前まで自分が居た場所に飛来した光弾が唸りを上げて通り過ぎ、空の彼方へと消えていく様を背筋が凍る思いで見送り絶句するしかない状況で叫ぶ余裕などあるはずがなかった。
自動式砲塔のプラズマ砲が火を噴き、甚大な損傷を与えるプラズマ・ボルトの雨霰が鮮やかな軌跡を残しつつ浴びせ掛け始めた頃には何もかも遅かった。
摂氏数千度まで熱する事で発生する電離状態の物質を標的に投射するプラズマ兵器は、従来の運動エネルギーを利用する実体弾とは比較にならない破壊力を発揮する......取り分け炭素化合物からなる有機物に対しては直ちに致命的となり得る危険な兵装として抵抗軍からは恐れられていた。
緊急時機動の訓練そのままに、竜騎士は飛竜を操ってジグザグな不規則移動を繰り返して射ち上がる死の豪雨を回避するべく必死で足掻くしかなかった。
理解不能な出来事の連続に加えて、絶望的なまでの劣勢を強いられるという苦境に追い込まれた彼らに出来ることと言えばただひたすらに逃げる事だけである。
(せめて、この異常事態を司令部に伝えなければ......!)
最後の最後まで諦めるつもりは無く決意を固めたものの、彼が最期に見たものは自身の運命を弄ぶ悪魔の翼だったのか、或いは地獄の門を開く魔王の使いだったのかもしれない。
僅か数秒後に直撃を浴びて四散していく残骸を眺める者がいたとしたら、きっと心底同情してくれたに違いない。
それだけ悲惨な死に様だったという事だ。