花よ水よ   作:テケテケ

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誓いと信念

 

 

 

 

 

俺が生まれ育った家の庭。駆け回り鍛錬を積んだ思い出の場所……

 

そこに小太刀を片手に立ち尽くす男が二人……俺と、俺の父だ。

 

四乃森蒼紫(しのもりあおし)、それが父の名だ。

 

御庭番衆という江戸幕府お抱えの組織の最後の長を勤め上げ、明治時代へと移行した後も数々の猛者と凌ぎを削った実力者で、俺の剣術の師匠でもある。

 

武を学び、礼節を学び、多くを学ばせてくれた父……しかし、今目の前に映る姿は凄惨なものだった。

 

袈裟懸けに斬られた傷と片腕を失った父の姿は、誰が見ても致命傷であり、命の火が消えるのも時間の問題だった。

 

『強く……なったな……』

 

父が言葉を放つと同時に、父の持っていた小太刀がパキンと高い音を立てて砕ける。

 

蒼翔(あおと)……本音を言うのなら、俺はお前に剣術を教えるつもりは無かった……剣は凶器、剣術は殺人術……それは廃刀令が敷かれた今でも変わらない……俺の剣術であれば尚更……』

 

『お前は(みさお)に似て優しい心を持っている……そんなお前に、血に濡れた俺の剣を教えたくは無かった……』

 

『だが、それを話した際にお前は俺に自分が習いたいのは「今」の俺の剣術と言ってくれた……「今」の俺が人を救う為に振るう剣を学びたいと言ってくれた……』

 

『嬉しかった……』

 

父は手に持った小太刀を落とし、ゆっくりと俺に近づくと、穏やかな笑顔を浮かべながら、その手を俺の頭に置きクシャリと俺の頭を撫でた。

 

『蒼翔……どうかこれから先も、その信念を曲げないで欲しい……』

 

そう言って、父は俺の頭から手を離すと、背を向けてゆっくりと歩き出す……向かう先には、腹に穴が空き、既に息を引き取った母の姿があった。

 

母の元へ辿り着いた父は、片膝を付き母を優しく抱き上げた。

 

『操……俺達の息子は、優しく強い子に育ってくれた……俺と結ばれてくれて……本当に……感謝する……』

 

『蒼翔……これは俺が父として、そして師として残す最期の言葉だ……』

 

『お前は強くなった……これからもお前は多くの人を救うだろう……しかし、どんなことがあろうと生きようと足掻け……生きようとする意思は何よりも強い……俺の友の言葉だ……』

 

『俺と操は……これからも……お前の傍で……見守って……いる……』

 

『蒼翔……俺達の……宝……俺達の……息子に……産まれてくれて……感謝……す……る……』

 

父はそう言ってゆっくりと目を閉じる……その目が再び開くことは……もう一生来ない……

 

『父上……母上……』

 

俺は手に持った小太刀を離し、父と母の元へ近づくと、息を引き取った両親を強く抱き締めた。

 

『父上っ……!!母上っ……!!』

 

これまで耐えていた感情が、涙と共に溢れ出す……ぽろぽろと流れる大粒の涙を拭うことも喉が枯れることも忘れ、わんわんと泣きながら両親を強く強く抱き締める。

 

『うわああああああああっ!!!!』

 

どれだけ泣こうとも、どれだけ喚こうとも、俺を慰めてくれる母も、叱ってくれる父もいない……

 

この日、俺は両親を亡くした……

 

その日はちょうど、俺の十三歳の誕生日だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああっ!!」

 

叫び声を上げながら、勢いよく上体を起こす。息が乱れ、寝衣は汗でぐっしょりと濡れている。

 

「はあっ……はあっ……そうか……夢か……」

 

久しぶりに両親の夢を見たな……そう思いながら俺は額の汗を拭った。

 

あれからニ年の月日が流れた。

 

あの日のことは、未だ鮮明に覚えている。

 

あの出来事から数刻が過ぎた頃だろうか、俺の家に軍服に羽織りを羽織った男が息を切らしながら上がり込んで来た。男は両親の亡骸を抱き締め呆然とする俺に、自身の羽織りをそっと掛けると、直ぐに戻ると言葉を残し現場の状況を確認しに向かった。

 

男が俺の元に戻って来ると、俺はこれまでの出来事についての全てを男に語った。

 

何故、俺がこのことを部外者……それも初対面の人間に語ったのかは分からない。誰かに話して楽になりたかったのかもしれないし、この男になら話しても良いかもしれないと思ったのかもしれない。

 

俺の話を聞いた後、男の目から涙が流れて来たかと思うと、俺を強く抱き締めた。

 

あの時、男が俺に何と話していたのかはっきりとは覚えていないが、震える声で、絞り出す様に、俺へ声を掛ける男の姿は何処か印象的だった。

 

それからの数日間は、短い様な長い様な、そんな曖昧な感覚を覚えながら過ぎて行った。

 

両親の葬儀の際、これまで両親と交流のあった人達が訪れ、その多くの人が両親の死に涙を流した。

 

葬儀を終え、参列者から離れ、一人ぼんやりと家に居ると、先日の男が家に訪れた。

 

男は俺を見つけると、直ぐに腰を直角に折り曲げながら謝罪を始めた。

 

突然のことに驚いていたこともあり、男から話される内容は正直あまり覚えていない。

 

だが、男が話す内容の中で、はっきりと覚えていることがある。

 

それは俺の両親を襲ったのが、鬼と呼ばれる化け物だということ。鬼が元々人間であること。そして、鬼は人を喰らうこと。

 

そして今此処に居る男が、その鬼を狩る為の組織に所属しているということ。

 

『俺も……その組織に入れば、鬼を狩る手段を得ることが出来ますか?』

 

気が付けば言葉が漏れていた。

 

男は俺の言葉を聞くと、眉間に皺を寄せ俺に聞く。

 

『それは復讐の為か?』

 

復讐……その言葉を聞いた時、俺の心に靄が掛かる。

 

違う。

 

『俺は父に「救う剣」を学びました。理不尽に奪われる人の為に振う剣を学びました。それが俺の信念で、これから先も曲げるつもりはありません。』

 

思い出されるのは両親と過ごした記憶。

 

厳しくも優しく、学を学び、武を学ばせてくれた。

 

『俺は俺の信念を貫きたい。鬼が理不尽に奪うと言うのなら、その鬼の首領が理不尽に罪なき人々から幸せを奪うと言うのなら、俺はその為に剣を握りたい。』

 

両親と俺の誓い……俺の原点……救う為の剣……俺はその為に剣を振いたい。

 

『それが、俺が鬼殺隊に入りたいという動機です。』

 

俺の言葉を聞いた男は、目を見開いた後、ふっと短く息を吐き、頰を緩めた。

 

『そうか……分かった。』

 

男はそう言うと、俺に近付くとゆっくりと俺に片手を差し出した。

 

『ならば、俺の家に来ないか?』

 

唐突だった。余りに唐突過ぎて理解が追いつかなかった。

 

『どうした……?』

 

目の前の男は不思議そうに眉を寄せるが、不思議なのは此方の方だ。

 

『いえ、名前も知らない相手から俺の家に来ないかと言われましても……』

 

俺の言葉を聞いた男は、そう言えばと気まずそうに頰をかく。

 

『確かに、名前も知らない男から急に家に来ないかと言われたら、その様な反応になるな……寧ろこの程度で済んで良かったと言うべきか……よもやよもやだ。』

 

『少年、すまなかった。此処で名乗らせて貰おう……俺の名前は』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼翔、大声が聞こえたが大丈夫か。」

 

「夜遅くに申し訳ありません。少しばかり二年前のことを思い出してました。」

 

俺の声を聞き心配してくれたのか、男が俺の部屋へと顔を出す。

 

「そうか……あまり無理をするな。辛ければ俺や俺以外でも話を聞くからな。」

 

男はそう言うと、思えばと言葉を発し、天井を見つめる様に顔を上げてしみじみと語り出した。

 

「あの日は大変だった……」

 

「そうですね……その節は知り合いが迷惑を掛けました。」

 

「いやいい。確かに友の子供が命掛けの職に就くと言うのだ……急に言われれば俺だって怒る。」

 

「それも……そうですね。」

 

思い出されるのは俺が鬼殺隊について知り合いに語った際の出来事。

 

それを聞いた知り合いは、それはもう怒髪天をつくといった様相で男に掴み掛かった。そしてそのまま男は俺の知り合いに思いっ切り殴り飛ばされたのだ。

 

「あれは凄く痛かった……」

 

「あの人の拳を貰って、痛いで済んでるのも凄いですけどね……」

 

俺も一度軽くではあるが貰ったことがあるので分かる。あれを本気で貰ったら普通無事では済まない……

 

その後、俺と男の必死の説得により、その人達からの許可を得て、俺は男の家族と共に家に住まわせて貰っている。

 

「んんっ……一先ずこの話は置いておこう。蒼翔、お前に伝えておきたいことがある。」

 

「何でしょう。」

 

「お前は一年、充分に呼吸を学び習得するした。正直な話、此処に来る前から問題無かっただろうが、今のお前ならば確実に突破出来るだろう。」

 

「っ……もしや、いよいよですか。」

 

「ああ、一ヶ月後……お前を最終選別に参加させる。」

 

最終選別……その言葉に背筋に電流が走る。

 

ありがたい……この二年、俺は出来る限りの努力を重ねて来た。父上から教わって来た鍛錬の反復、呼吸の習得……その全てを出し惜しみせずに発揮出来る。

 

「そうですか……ありがとうございます。これまで教えて頂いたことを活かし、また此処へ帰って来ます。」

 

「ああ、家族総出でお前の帰りを待っている。」

 

男は優しく微笑みながら俺の頭を撫でた。

 

嗚呼、変わらないな……この人は。

 

二年前のあの日のことを思い出す……この人が俺を鬼殺隊に誘ってくれた日のことを。

 

『少年、すまなかった。此処で名乗らせて貰おう……俺の名前は』

 

「それでは愼寿郎さん……残り一ヶ月、どうかよろしくお願いします。」

 

男の名は煉獄愼寿郎……鬼殺隊で「柱」に次ぐ「甲」の階級を与えられた隊士であり、次期「柱」候補とも呼ばれている……俺にとって二人目の師範である。

 

 

 

 

 

 

 

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