花よ水よ   作:テケテケ

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日に日に文章量が増えてる気がする……



帰還

 

 

 

すごい……私の目の前で普通の刀より一回り以上短く、鬼を斬るにはあまりにも頼りない刀……小太刀を振るう命の恩人、蒼翔の姿を見て私は思わず息を呑んだ。

 

何て綺麗で、なんて力強い太刀筋なんだろう。

 

頼りない刀なんてとんでもない……さっき蒼翔が言っていた扱い慣れているという言葉は本当だったんだ。

 

それほどまでに、小太刀を使い私に襲い掛かる腕を受け流し斬り落とす蒼翔の姿は堂にいっていた。

 

「どうした真菰、刀を持っているだけでは鬼の首は狩れんぞ。」

 

蒼翔が私に声を掛ける。背を向けているから、どんな顔をしているのかは私からは見えないし、言葉だけ聞けばぶっきらぼうに映るかもしれない。

 

だけど声色で、蒼翔が私に何て言いたいのかが何となく分かる。

 

俺がお前の障害になるものを全て斬り落とす。だから真菰、あの首はお前が斬れ……蒼翔はそう言っている。

 

本当に不思議だ。まだ顔を合わせて二回目、殆ど初対面と言っても過言じゃ無いのに、彼の言葉に心の底から安心している自分がいる。

 

思えば、初めて蒼翔に会った時もそうだった。最終選別に参加している人達の中で、誰よりも落ち着いていて、誰よりも堂々としている彼の姿に目を惹かれた。

 

そして今、彼は私を護るだけじゃ無く、自身とは関係の無い私のお願いを叶える為に刀を振るっている。

 

「うん、そうだね蒼翔……ありがとう。」

 

それじゃ駄目だ。守って貰ってばかりじゃ何も変わらない。私はさっき蒼翔から渡された刀を握り締め、鞘からゆっくりと引き抜いた。

 

きっと蒼翔なら、あの鬼でも何の苦労も無く倒せるだろう。だけど彼はそれをしなかった……出来る上で、私の我儘を聞き入れてくれた。

 

その優しさを無駄にしたく無い……私は抜いた刀を両手でしっかりと握り締める。

 

いつも使ってる物よりずっと重たい刀……これが蒼翔の刀なんだ。何でだろう?不思議と脚の疲労も気にならなくなって、身体に力が湧いてくる。

 

「もう大丈夫な様だな……行くぞ真菰。殿は任せて貰おう……背中は任せた。」

 

「うん。多分任せて貰う必要な無いと思うけど……いざとなったら任せて。」

 

あれだけ敵の攻撃を捌いておいて、背中を任せる必要なんて無い筈なのに、蒼翔は私を頼ってくれた。それが可笑しくて、それが嬉しくて、さっきまで疲労困憊だった身体からもっと力が漲る。

 

すると、さっきまで敵の攻撃を捌くことに徹していた蒼翔の太刀筋が明らかに変わった。

 

受け流していた攻撃を弾き飛ばし、斬り落とす際の力の入れ方が強くなる……そして、その場に留まるだけだった脚が徐々に前に進み出す。

 

そっか……待っててくれたんだ。

 

きっと彼は、私が立ち上がり刀を握るのを待っていてくれたんだ。

 

本当に、ぶっきらぼうなのに優しいんだね。

 

初めて会った時から今まで表情の変化が少ない人だと思ってた。鉄仮面なんて言葉があるけど、きっとそれは彼に相応しい言葉だと思うくらい、感情が薄い人だと思ってた。

 

でも違った。

 

鉄仮面であることは間違い無い。だって本当に表情が変化しなかったから。でも感情が薄いのなら、私を助けてくれなかっただろうし、今こうやって私の我儘を叶えようと危険な殿を引き受けたりしない。

 

確かな実力と、優しい心を持った人……きっとそれが四乃森蒼翔という人間なんだ。

 

「だったら、私が蒼翔の足を引っ張る訳にはいかないよね。」

 

前へ進み出した蒼翔の背中を追う様に私も前に進み始める。

 

待っててね鱗滝さん……私、生きて帰るよ。鱗滝さんを悲しませた、あの鬼の首を斬って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界を埋める様に伸ばした無数の腕が受け流し斬り落とされる。

 

その太刀筋は迷い無く、その足取りは流麗で力強く、まるで男は眼前に飛び回る羽虫を振り払うが如く、丸太の様に太い腕を捌きながら異形の鬼……手鬼の元へと近付いて行く。

 

苛立ちは焦りへと変わり、手鬼は冷や汗をかいた。

 

手鬼にとって最終選別の参加者は皆、都合の良い餌でしか無かった。実力も低く、参加者の殆どが子供の為、肉も柔らかく味も良い。そして何よりあの憎き鱗滝に復讐が出来る。まさに最終選別は、手鬼にとって絶好の狩場であった……今この瞬間までは。

 

「何だ!!何なんだお前はあっ!!」

 

悲鳴にも似た叫び声を上げながら、手鬼は攻撃の手数を増やす。正面から側面から、果てには地面に潜らせた腕を使い変則的に目の前の男、四乃森蒼翔を仕留めようとあらゆる手を使い攻撃を行なう。

 

蒼翔はその全てを、先程頼りないと嘲笑した小さな刀で全て捌き切る。

 

やがて焦りは恐怖へと変化していた。

 

「くっ来るなああああっ!!」

 

手鬼の攻撃が乱雑なものに変わる。まるでそれは駄々を捏ねる子供のようだった。

 

しかし、そんな抵抗も虚しく、手鬼と蒼翔の距離は殆ど無くなっていた。

 

「ひっ、ひいぃぃっ!!?」

 

危険を察知した手鬼は、一本を残し、あとの腕を自身の首に巻きつけ防御に回すと、残った腕を蒼翔に向かって振り抜いた。

 

蒼翔はこの攻撃に対して右の拳を握り締めると、それを腰の横へと持って行った。

 

その構えから来る選択肢は、一つしか無い。

 

「驕ったか馬鹿めっ!!俺の拳を人間の拳がどうにか出来る筈が無いっ!!」

 

手鬼は嗤う。先程まで優位に立っていた人間が急にそれを捨て去り、無謀にも鬼である自身の拳を人間の拳で迎え撃とうとしているのだ。

 

後ろにいる真菰も、蒼翔が何をしようとしているか理解したのだろう。顔を青ざめながら蒼翔に対し叫び声を上げる。

 

しかし、その中でも余裕の表情を崩さない蒼翔に対し苛立った手鬼は叫ぶ。

 

「馬鹿な人間がっ!!くたばれえええっ!!!」

 

拳を振り下ろす。目の前の人間の拳よりも何倍も巨大な拳を……しかし次の瞬間、手鬼に訪れたのは蒼翔を叩き潰す感触……では無く、自身の一部が欠損したと知らせる痛みだった。

 

「ぎゃあああああああっ!!!!」

 

手鬼は叫ぶ。先程の苛立ちによる叫びでは無い……身体から痛みを逃がそうとする無意識の防衛本能から来る叫び。

 

何が起こった!?何で俺の腕が無い!?何であの男は無事なんだ!?一瞬で頭の中にいつくもの疑問が浮かぶ。

 

そんな手鬼の様子を静かに観察し、蒼翔はゆっくりと前に突き出した右の拳をゆっくりと降ろす。

 

「生物に使うのは、これが初めてだったが、どうやら成功した様だな。まあ、お前の攻撃が腕一本での大振りだったから、成功する絶対の自信があった。」

 

「異形の鬼、身を持って味わったか……これが、打撃を極めた者が扱う破壊の極地。」

 

「二重の極み」

 

「……まあ、俺が使えるのは現状右手のみだがな。極めたというには、まだまだ未熟だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で異形の鬼が欠損した腕を掲げ叫び声を上げる。気持ちは分からなくも無い……何せ、鬼と人では肉体の強度が違う。ましてや数十人の人間を喰らった異形の鬼の本気の拳を正面から殴りつけるなんてこと、普通の人間がやれば結果は火を見るよりも明らかだ。あの鬼もそう思っていただろう。

 

そんな余裕を持って振り抜いた拳が吹き飛ばされたのだ。痛みが来る筈無いと考えていた瞬間に来た痛みに耐えられる筈が無い。

 

何故、人の身でありながらこの様なことが出来たのか、それはこの打撃の性質による物だ。

 

そもそも物体には加わった衝撃に対して反対側に押し返そうとする抵抗が存在する。そしてその抵抗が存在する限り、自身が伝えようとする衝撃は完全には伝わり切れない。

 

ならばどうするのか?答えは単純だ。一度目の衝撃が物体の抵抗とぶつかった瞬間、二度目の衝撃を加えれば良い。そうすることで、二度目に加わった衝撃は、物体の抵抗を受けること無く完全に伝わり切る。

 

俺がこの鬼に行ったことはそれだ。

 

一撃目は拳を立てぶつけ、鬼の拳とぶつかった瞬間、拳を折って二撃目をぶつけた。それも全集中の呼吸を用いてだ。

 

結果は言うまでもなく、鬼の拳は二度目に来た衝撃に耐え切れずに吹き飛んだ。

 

これが破壊の極意「二重の極み」

 

「何を呆けている真菰。早く行くぞ。」

 

後ろの真菰に声を掛けるが返事が無い。気になって振り返ると、俺を睨む真菰の姿があった。

 

「色々と言いたいことがあるけど……取り敢えず蒼翔は後でお説教ね。」

 

「?……一体何故。」

 

「うん、そこも含めてお説教だね。ほら、早く行くよ。」

 

「む……ああ、分かった。」

 

納得はいかないが、今はそれを考えるのはよそう。俺は再び鬼の方へと向き直る。

 

「ひいいっ!?ば、化け物おおおっ!!」

 

完全に恐怖に染まった鬼の顔が目に入る。

 

全く持って失礼なことだ。見た目だけで言えばお前の方が化け物だろうに。

 

俺はダラリと下げた刀を持ち上げながらゆっくりと鬼の元へ近付いて行く。すっかり怯えてしまった鬼も、俺が近付くのに合わせて手足をバタバタと動かしながら後退りを始める。

 

「これでは、どちらが悪者か分からんな。」

 

この状態のこいつを仕留めるのは造作でも無い……しかし、それをやるのは俺では無い。

 

俺は刀を降ろし、鬼に背中を向けて真菰へと振り返る。

 

「……真菰、あとはお前の役目だ。」

 

「うん……ありがとね蒼翔。」

 

真菰は一つ頷くと、俺の元へ歩を進める……その時、背後の鬼から殺気が膨れ上がった。

 

「くそっ……くそくそくそっ!!糞ったれがああああっ!!!!」

 

瞬間、鬼は自身の首に集めていた残った腕を全て俺に対しての攻撃へ回した……最後まで外道で安心したよ。

 

「このまま真菰に任せるのは気が重かったんだ。」

 

俺はすぐさま振り返ると、その勢いを利用して身体を勢いよく回転させた。

 

それは小太刀一振りの状態で使用する剣術において、唯一名前が付けられた技……俺が父より授けられた剣技。

 

「回 転 剣 舞」

 

身体を回転させて生まれる勢いを、そのまま小太刀に乗せて鬼の腕にぶつける。俺に迫っていた鬼の腕は、なす術もなく全て吹き飛ばされた。

 

「ぎゃああああっ!!!!」

 

全ての腕を失った鬼は、叫び声を上げながらその場に崩れ落ちる……とうとう決着の時が訪れた。

 

「……真菰。」

 

「……うん。」

 

真菰は刀をダラリと下げた状態で、俺の横を通り過ぎ、鬼の元へと歩き出す。まるで処刑を待つ罪人の首を斬る処刑人の様にゆっくりと。

 

徐々に真菰と鬼の距離が縮まる。

 

「ひ、ひいいいいっ!!!!」

 

「何でそんなに怯えてるの?」

 

真菰の身体がゆらりと揺れる。その背からは強い怒りが滲み出している。

 

「お前がこれまで殺して来た人達も、きっと今のお前と同じ気持ちだったんだ。」

 

「そして、兄弟子を信じて送り出していた鱗滝さんだってきっと……」

 

「よくも……よくも鱗滝さんを……私の大好きな師匠を悲しませたな……私はお前を絶対に許さない。」

 

「絶対に……許してやるもんかっ……!!」

 

真菰が刀を勢いよく振り上げる。その刀はカタカタと音を鳴らしながら震え、その様子から力が入り過ぎていることが見て取れる。

 

「あああああああああっ!!!!」

 

いけない……お前を其処に堕としはしない。

 

俺は真菰の傍へと近付き、その肩に優しく手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前が真っ赤に染まって無意識に息が荒くなる。身体に余計な力が入っているのか、振り上げた刀がカタカタと音を立てて震える。

 

きっと今の私は酷い顔をしてるだろう……それは目の前で怯えている鬼を見ていると簡単に予想が出来た。

 

何でお前がそんな顔をしてるの?これまで沢山の人間を喰らってきたくせに。

 

何でそんなに震えているの?そんな人達をお前は喰らって来たんでしょ?

 

沢山の人を殺して、私の兄弟子たちを殺して、大好きな鱗滝さんに一生消えない悲しみを与えて……許せない。許せる訳が無い!!

 

憎い……憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いっ!!

 

目の前の鬼がどうしようも無い程憎い!!

 

殺してやる殺してやる殺してやる!!

 

そんなどうしようもない殺意が私の身体を支配する。

 

その衝動に身を任せ、振り上げた刀を振り抜こうとした瞬間……私の肩に優しく手が置かれた。

 

「…………蒼翔?」

 

躊躇いながら肩に置かれた手を辿って蒼翔の方へと顔を向ける……何で蒼翔に顔を向けるのを躊躇ったのか一瞬理解出来なかったけど、きっと今の顔を蒼翔に見られたく無かったからだと思う。

 

でも、私の目に映った蒼翔の顔は、無表情ながらも、まるで子供を諭すかの様な優しい目をしていた。

 

「真菰、憎しみに身を任せるな。」

 

蒼翔の言葉が、私の頭の中で反響する。

 

「何も憎むなとは言わん。確かにこの鬼は何十人も喰った外道で、お前の兄弟子を何人も殺害した仇なのかもしれない。」

 

「だが、憎しみに囚われ、情を捨てた者の行き着く先は修羅の道だ。」

 

そう私に語り掛ける蒼翔の顔は真剣そのもので、まるでそうなった人を知っているかの様な説得力があった。

 

そこまで話すと、蒼翔は私の肩から手を離して優しく笑った。

 

「いずれ俺達はそうなるかもしれない……だが真菰、俺もお前もまだ子供。その判断をするのは少し早計では無いか?」

 

蒼翔の言葉がストンと胸に落ちる……気が付くと私の手の震えはピタリと止まっていて、さっきまで荒くなっていた呼吸も落ち着いていた。

 

それに気付いた私は、安心から笑顔が溢れた。

 

「本当に……君には感謝してもし足りないね。」

 

「ありがとう蒼翔……本当にありがとう。」

 

このままこの鬼の首を斬ったら、蒼翔の言っていたみたいにきっと私は修羅に堕ちていただろう。

 

鱗滝さんも、そんなこときっと望んでない。

 

確かにこの鬼は許せない。兄弟子達の仇であることに変わりは無い。

 

でも、鬼になる前からそうだったのかは分からないんだ。

 

私は再度手に持つ刀に力を込める……さっきと違い、私の手に震えは無かった。

 

私は振り上げた刀を両手で持ち、鬼の首に向かって振り下ろした……それは色々な呼吸がある中で、水の呼吸にしか無い技。

 

斬られた相手に苦痛を与えず、相手が自ら首を差し出した時に使う慈悲の斬撃。

 

「水の呼吸 伍ノ型」

 

「干天の慈雨」

 

私が振り抜いた刀は、何の抵抗も無く鬼の首を斬り裂いた。

 

鬼の首が胴から離れ地面に落ちる。そしてそこから少しの間を置いて、首を失った胴と地面に落ちた首が散り散りと崩れ始める。

 

それを確認すると同時に、身体から力が抜けた。膝から崩れ落ちそうになった私の腕を駆け寄った蒼翔が掴んで支える。

 

「大丈夫か?」

 

「うん……ありがとう蒼翔。本当に……君には感謝してばっかり……だね……」

 

蒼翔に支えられて安心したのか、落ちてくる瞼に抵抗が出来ない。

 

鱗滝さん……私、鱗滝さんの仇……取れたよ……

 

そんなことを考えながら、私は薄れていく意識に身体を委ねることにした。

 

蒼翔が傍にいるなら……きっと安心……だね……

 

その考えを最後に、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真菰……?……意識を失っただけか。」

 

安堵から一つ長めに息を吐き胸を撫で下ろす。

 

常中を使わずにあれだけ走り回っていたのだ。おそらく限界を越えたのだろう……兎に角、何も無かった様で良かった。

 

「こんな状態になっても刀を離さないとは……全く、頑張ったな。」

 

俺は空いた手で自身の上着を脱ぐと、気を失った真菰を横抱きに抱え、先程脱いだ上着を地面に敷くと、その上に真菰を寝かせた。

 

もうすぐ夜は明け、最終選別も終わる。それにおそらくだが山に居る鬼は全て狩り尽くした。あとは日が登るのを待つだけだ。

 

俺は鬼へと視線を移し、身体から離れた鬼の首と目を合わせる。鬼の目から憎しみや恐怖の感情が徐々に薄れて行き、その目から大粒の涙がボロボロと流れ始めた。

 

一人は寂しい……一人は嫌だ……悲しい……置いて行かないで……そんな感情を含んだ涙の様に見えた。

 

首を失い徐々に崩れて行く胴体が、俺に向かって力無く動く……まるで迷子になった子供が家族を探すかの様に。

 

俺は鬼の元へ向かうと、崩れて行く身体に優しくを添えた。

 

確かにこの鬼は多くの人を殺した。それは変えようの無い事実だ……しかしこの鬼もまた、鬼舞辻無惨の被害者であることも事実。

 

「にい……ちゃ……ん……」

 

「……俺はお前の兄では無いし、お前の家族でも無い……しかし一人で最期を迎えるのは寂しいだろう。せめて俺だけでも、こうしてお前の最期を看取ろう……どうか、静かに眠ってくれ。」

 

「あり……が……と……」

 

その言葉を最期に、鬼の身体がぶわりと音を立てて崩れ去り、俺の手には先程まで鬼だった塵が残る……しかしそれも、風に乗って夜の闇へ吸い込まれて行った。

 

「……どうか、来世では平和な人生を送ってくれ。」

 

俺は鬼の最期を見届けると、手に持った小太刀を鞘に収めた。

 

暫くすると、空の向こうが明るみ始め、七日間に及ぶ最終選別の終わりを告げる暖かな陽の光が、木々の隙間から差し込み始める。

 

「さて……そろそろ向かうか。」

 

そう呟きながら立ち上がり、未だに眠り続ける真菰を起こそうと肩を揺らす。しかし余程深い眠りについているのか、一向に起きる気配が無い。

 

「はあ……世話が焼ける。」

 

俺は一つ溜息を吐くと、下に敷いた上着ごと真菰を抱え上げ歩き始める。

 

随分と小さく軽い身体だ。この身体で鬼を斬れる様になる為に、この娘はどれだけの研鑽を積んだのだろうか……きっと俺が想像する以上に努力したに違いない。

 

「全く……本当に尊敬するよ。」

 

俺の独り言が、木々のせせらぎに溶けて消える。

 

徐々に昇って行く陽の光に照らされながら、俺の最終選別は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらりゆらり、規則正しい振動が私の身体を揺らす。

 

「んっ……んん……」

 

心地良い振動、このまま二度寝をしてしまいたいという考えが頭をよぎるが、瞼を閉じた状態でも眩しいと感じる陽の光に負けて、私はゆっくりと瞼を持ち上げる。

 

「む、ようやく起きたか。」

 

「…………ふえ?」

 

目の前に蒼翔の顔があった……めのまえにあおとのかおがあった?

 

「えっ!?ちょっ、蒼翔っ?!」

 

突然のことで、私は脚をバタつかせながら大声を上げる。その時に気がついたことだけど、私が今されてること……これってまさか……!?

 

「おっ、おおお姫様抱っこ!?」

 

「いくら声を掛けても起きなかったのでな。不快に感じるかもとは思ったが、この様に運ぶしか無かった……許せ。」

 

「い、嫌って訳じゃ無いけど……」

 

蒼翔の言葉を聞いて私は脚のバタつきを止める。そうだ、私あの後気を失って……蒼翔はそんな私を気遣ってくれたんだ……

 

「はあ……ううん、何でも無い。蒼翔、運んでくれてありがとね。」

 

私は気を落ち着かせる為に、息を一つ吐いて蒼翔に感謝を伝える。

 

「気にするな。それに、あの場所に一人置いて行く程、俺は薄情では無い。」

 

そう答える蒼翔の表情に変化は無い。けれど、その声はとても優しく安心出来る物で、この人は困った人を放ってはおけないのだろうということがよく分かった。

 

「ねえ蒼翔、集合場所に向かうまで、少し私とお話ししない?」

 

きっと集合場所に着くまで、そこまで距離は無いだろう。でも、その間だけでも良い。この人のことをもっと知りたいと思ってしまう。

 

蒼翔は私からの提案を快く承諾すると、私達は色々なことを話した。

 

好きな食べ物から始まって、お互いの師匠の自慢話だったり、何で鬼殺隊に入ろうと思ったのか……とにかく色々なことを。

 

そこでふと、私は先程のことを思い出す。

 

「そういえば、あの鬼と戦っていた時はびっくりしたよ。急に刀を下げて殴りつけるんだもん……あれ、どういうつもり?」

 

私は出来るだけ笑顔で蒼翔に語り掛ける。急に思い出したせいで湧き出した感情を悟られない様に、努めて笑顔で。

 

私の問いかけに、一瞬動きが固まった蒼翔だったけど、その後少し気まずそうに説明を始めた。

 

「ああ……あれか。あれは以前、出稽古に行った際に覚えた……いや、覚えさせられた技でな、目の前に隙だらけな的があったから思わず使ってしまった……それだけだ。」

 

蒼翔の言葉に思わず大きな溜息が漏れる。

 

「思わずって……あの瞬間、私すっごく心配したんだよ?」

 

「すまない……だが結果的には敵の戦力を削ぐことが出来ただろう?

 

「うん、そう言うことじゃ無いよ?」

 

蒼翔からの言葉に、私の笑みが更に引き攣るのを感じた。

 

全く……この人は本当に困った人だ。

 

「蒼翔、まだ集合場所に着くまで時間はあるし、それまでの時間、しっかりと説教させて貰うからね?」

 

私の言葉を聞いた蒼翔は、理不尽だと言いた気に眉を顰めた……だけど、そんな状態でも私を支える両腕は、出来るだけ私に負担をかけない様にしっかりと力を込められている。

 

「…………お手柔らかに頼む。」

 

そう答える蒼翔を面白いと思いながら、私は蒼翔にお説教を始めた。

 

こうして、私達の最終選別は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い目に遭った……」

 

最終選別を終え、真菰とも別れた俺は、一人朝日に照らされた路地を歩いていた。

 

思い出されるのは最終選別を終え、集合場所へと向かうまでの道中のこと。

 

あれから俺は真菰からの説教を延々と聞く羽目に遭った。

 

笑顔は最大限の威嚇と聞いたことはあったが、まさかあそこまで恐ろしいものだとは思わなかったし、あそこまで怒っているとも思わなかった。

 

「だが、叱られたのは久しく無かったな。」

 

ぽつりと溢れた言葉に、思わず俺の頬が緩む。

 

思えば、実の両親を喪ってからというもの、あの様に叱られたことは無かった。出来るだけ迷惑を掛けないように行動していたこともあるが、まさか会って間も無い人間に、ああして叱られることになるとは思っても見なかった。

 

だからだろう。懐かしいと思ってしまった。

 

「父上……母上……俺、鬼殺隊に入隊しましたよ。」

 

俺は空を見上げながら呟く。

 

俺が鬼殺隊に入ったことを、両親は褒めてくれるだろうか。それとも、命の危険がある職業に就いたことを心配するだろうか……今となってはもう聞けはしないが、それでも俺は語り掛けてしまう。

 

「俺は絶対に、貴方達に誓った信念を貫いてみせます……誰かを救う為に剣を振るってみせます。」

 

両親との誓い……俺が剣を振るう理由……俺の原点を再度誓う。

 

俺は視線を下げ、再び前を向くと、帰る場所に向かって歩き出す。

 

暫く歩いていると、見慣れた門の前に見慣れた色の髪を持った少年の姿が目に入る。少年は門の前で掃除をしており、時折顔を上げては周囲をキョロキロと見回すと再び掃除に戻るといった行動を繰り返している。

 

そんな行動を数度繰り返していると、俺と少年の目が合った。少年はその顔に満面の笑みを浮かべ、その手に持った箒を放り投げると、全速力で俺の元へと走り出した。

 

「蒼翔殿ーーーっ!!!!」

 

俺は少年……煉獄杏寿郎の突進を受け止める。

 

「変わらず元気そうだな杏寿郎。」

 

「はいっ!!言われた通り、父上と蒼翔殿に代わり家を守っておりましたっ!!」

 

「そうか、偉いぞ杏寿郎。」

 

俺はそう言って杏寿郎の頭を撫でると、杏寿郎は気持ち良さそうに目を細めながら頰を緩める……こう見ていると、犬の様な子だな。

 

「杏寿郎!一体何処に行って……蒼翔?」

 

暫くの間、杏寿郎の頭を撫でていると、家の門から槇寿郎さんが飛び出て来た。

 

「ただいま帰りました槇寿郎さん。」

 

俺が槇寿郎さんに笑い掛けると同時に、槇寿郎さんは俺へ駆け寄り、俺の身体を強く抱き締めた。

 

「よくぞっ……よくぞ帰って来たっ!!」

 

俺を強く抱き締める腕が震えている……心配してくれていたのか。そのことに気づいて思わず笑みが溢れてしまう。

 

「はい……これも槇寿郎さんの教えがあったからです。ありがとうございます。」

 

俺を迎えてくれたもう一つの家族へ、俺は出来る限りの笑顔で感謝を伝えた。

 

 

 

 

 

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