グレニンジャ!   作:utsusemi

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-弐- ただのしがない流れ者

「な、なんなんだおめぇ?」

 

 気だるそうな目を擦り、屋内の瓦礫から立ち上がるポケモンにドゴームは素っ頓狂な声を上げる。

 思わず羽交い締めにしたクチートをも離してしまいそうになったくらいだが、その彼女すら抵抗を忘れてしまっていたようだ。

 

「あっ。ねぇ、あなた大丈夫なの? 早く逃げ……もご!?」

 

 ふと我に返ったクチートは目覚めたポケモンの安否を心配して逃げるよう促したが、すぐリングマの手によって口を封じられる。何かされるのではと思ったものの、彼はクチートに構うことを二の次で、黙って考えていた。

 

(この野郎、俺が"アームハンマー"をぶっ込んでやったのにピンピンしてやがる……どういうことだ?)

 

 リングマは不思議で仕方がなかった。手応えを感じるほどの怒りで繰り出した(わざ)が、まるで効いてなかったかように目の前のポケモンがケロッとしているからだ。

 それは同時に自身のプライドが許さないことでもあった。雨に濡れる顔がより一層険しくなる。

 

「生きてやがったか。てめェ、さっきはよくも小賢しいマネして俺に恥をかかせてくれたなぁ、おい」

 

 気付けば怒りの矛先はすっかりクチートから変わってしまっていた。

 勿論、当のポケモンは今までずっと眠っていたため何が起きていたのかおろか、自身の身に何があったのかすら分からないといった表情を浮かべていた。

 突き飛ばされた際に落としたであろう妻折笠を拾いながら、激しい憤りとともに指を差すリングマの視線を避けるようにして。

 

 はて?、と誰もいない背後を振り返る。

 

「いやてめェだよ! て、め、ェ!」

「え、拙者?」

 

 リングマに指摘されて初めて感づく。

 

「調子狂うぜ、まだ寝ぼけてんのか知らねぇが」

「起きたばかりでござるよ」

「……どうやらその腐った頭にケジメってやつを、叩き込む必要があるみてェだなぁ!?」

「いやぁ、遠慮しておくでござる」

(あっ、待ってダメだこれ)

 

 全く噛み合わない両者の会話には、もはや先程の緊迫した空気が感じられない。クチートは羽交い締めにされていなければ、頭を抱えてしまうところだった。

 

「そうか、じゃあぶっ潰してやらぁ」

 

 一方、生意気な表情から発せられる返事にあっという間にリングマのはらわたは煮え繰り返っていた。抑えていたクチートの口から手を離すと、理性を失ったように妻折笠を被り直したポケモンのもとへ向かっていく。

 そこでヤルキモノはハッと何かに気付く。

 

「あの笠と合羽、おかしな喋り方をする変わり者……。やっぱり間違いねぇ!」

 

 彼の顔色が途端に変わり、慌てて指を差して警告する。

 

「兄貴、あいつですぜぇ! あいつが昨夜、俺らの拠点に乗り込んできやがったヨロズヤ"月光蛾(げっこうが)"だ!」

「えっ」

「森に逃げたヤツらはみんなあいつに捕まえられちまったんだ! まずいですぜ!?」

 

 一体何を言っているのかクチートは全く理解できない。様子を見るとヤルキモノは尋常じゃないほど汗を垂らして怯えていた。それはドゴームも同じで、彼の警告を聞いてからガハハと笑う顔は引きつっていた。

 しかし、だからどうしたと、リングマはかき消すほどの声量で声を荒げる。止まろうとはしなかった。

 

「いちいち、っるっせぇんだよ! "アームハンマー"ぁ!」

 

 振り上げた拳が熱を帯びる。まるで鈍器のような重い業が雨を裂き、一直線に目の前のポケモンへと放たれた。

 さすがに今度は無事では済まない。クチートは目を逸らしそうになるが、標的にされたポケモンは至って冷静で、退くどころか微動だにしなかった。

 

「なるほど……。そういうことでござるか」

 

 殴られる、と思いきや。羽交い締めのクチートを横目で見た瞬間、呟きとともに目つきが変わる。

 拳が当たる直前で姿を消した。

 

「なっ」

 

 視界から対象がいなくなり、業が決まらず拳が空を切る。勢いのまま体勢を崩した。

 その隙を逃さないとばかりに姿を消したはずのポケモンがいつの間にかリングマの背後を取っていた。

 肘を曲げると、驚いて振り返ろうとするリングマの背中に強い一撃を食らわせる。

 

「がぁっ! く、クソったれがぁ!」

 

 足元をぐらつかせたものの、歯を食いしばって踏ん張るとリングマは拳を構え直し、後ろを振り返った。

 だがそこには遠くで愕然とするヤルキモノ達とクチートの姿しか見えない。まさかと思い下を向くと、見失ったはずのポケモンが屈みながら拳をつくっていた。

 

「ぐふぉ!?」

 

 懐にまた重い一撃が加わり、リングマはあっという間に倒れ込む。怒りに満ちた表情はなく、すっかり気絶していた。

 とどめを刺したポケモンは戦闘でずれた妻折笠の位置を戻すと、無言でリングマを抱え、引きずりながら瓦礫だらけの内装を抜ける。そしてヤルキモノ達に近づく。

 

「や、やべぇ…!」

「が、ガハハ…」

 

 ヤルキモノとドゴームはすでに意気消沈していた。二匹の前に来たポケモンはほいっとリングマを運び置いて両手をはたいた。

 

「さて、そこの者を離してもらおうか。そしたら見逃してやろう」

 

 飄々とした雰囲気から一気に別の者になったかのようだった。慌ててドゴームは羽交い締めにしていたクチートを解放する。

 

「拙者とて依頼以外、ましてや町中で不用意に騒ぐのは御免でござる。ただ、これ以上町の者に危害を加えるようであればその時は……容赦しないでござるよ」

『ひぃいっ』

 

 圧倒的な威圧に急いでヤルキモノとドゴームは伸びたリングマを担ぐと、そそくさと立ち去っていった。

 

 ほどなくして雨が止み始め、雲からは微かな日差しが差し込んできた。

 そうして避難していたポケモン達も騒ぎが落ち着いたことに気付いたのか、恐る恐る建物から顔を出してくる。再び通りに平穏が帰ってきたのだった。

 

「あっ、あの……」

「うん?」

「助けてくれて、あ、ありがとう」

 

 安堵のため息を吐きながら守袋を握り締め、クチートはリングマ達から助けてくれたポケモンに礼を言う。一瞬だけ見せた威圧的な表情は見間違えだったのかというように、また気だるげに戻っていた。

 

「なぁに、礼には及ばず、ただ成り行きでこうなっただけでござるよ。それよりも、ほいっ」

 

 瑠璃色のポケモンがクチートに何かを投げる。受け取った彼女が確認するとそれは小さな手拭いであった。

 

「身体を拭くでござるよ。泥だらけだと町中を歩くときに格好がつかないでござる」

「あ、お気遣い、どうも」

 

 お言葉に甘えてクチートはもう一度頭を下げて、彼の手拭いで身体を拭く。

 

(……とは言うものの)

 

 拭きながら気になり、隣のポケモンを見やる。眠ってる最中に突き飛ばされたりして、汚れまみれになったポケモンを。

 

「あなたの方は大丈夫なの? あたしより汚れているみたいだけど」

「あれ? あれ、ホントだ」

「もしかして、今気付いた?」

「大丈夫、また後で拭くでござる。拙者はほら……よく転んだりするから」

「転ぶって……あっ! そうだった!?」

 

 苦笑いで今考えたであろうバレバレな嘘をついた途端、"転ぶ"という言葉にクチートはハッと思い出した。ふつふつと何がか湧き上がってくるのを感じる。

 

「元はと言えば、この汚れがついたのも、あいつらに捕まっちゃったのも、暴れ出したのも……全部あなたが寝そべってたせいじゃないのよーっ!」

「ど、どうしたでござる!? ちょっと落ち着くでござるよ……あだだ!」

 

 髪のように垂れ下がる大アゴでガブッと隣のポケモンの足に噛み付いた。クチート、リングマを転ばせた事の全ての元凶と言ってもいい足である。

 涙ながらに悶えるポケモンは必死にクチートを宥め、その後落ち着いた彼女から騒ぎの一部始終を聞いた。

 

「なるほど、拙者が疲れて寝ている間にそんなことが」

「そんなことがーじゃなくて、全身びしょ濡れだったじゃない。まさか路上で寝そべる強者(つわもの)がいるなんて」

 

 助けてくれたし、追われることもなくなったから許しますけど、とクチートは付け足して言う。その言葉とは裏腹に頬を膨らませたままであったが。

 

「でも、あたしの方も悪かったわね。なんか変に巻き込んじゃって」

「この町ではこういう騒ぎは意外と珍しくないでござるよ。気に病む必要はないでござる」

「ところで、お腹の方はなんともないの?」

 

 指摘されて気付いたのか瑠璃色のポケモンは少し赤く腫れた自分の腹を見て、軽くさすった。

 

「うーむ。結構ヒリヒリするが、これくらいは」

「それって大丈夫…? 建物を壊す勢いで突き飛ばされたのよ?」

「こう見えて身体が柔らかい故、心配ご無用」

 

 むしろ無事でいられるのが不思議なくらいであった。首を傾げるクチートにそのポケモンは自信満々に力こぶを作ってみせる。それが体の柔軟さを証明するものであったかは、さておき。

 やはり、クチートにはどうしても気になることがあった。

 

「ねえ、あなたって一体、何者なの?」

 

 変な話し方、異様な振るまい、先程見せた戦闘といい、リングマ達のように悪い輩ではないが、ただ者ではないということも一目瞭然。

 これを訊いたらどんな反応が返ってくるのか、クチートは固唾を呑んで待っていたが、目の前のポケモンは顔色ひとつも変えずにあっさりと答えた。

 

「拙者はそうだな。ただのしがない流れ者でござるよ」

「…………」

 

 しばしの沈黙。

 

「え、もしかしてだけど、それって今考えた?」

「あ。い、いやぁ、そのようなことはないで、ござる、よ?」

「ちょっと図星じゃない!」

「違うでござるよ。拙者は流れ者、名はゲッコウガでござる」

「ゲッコウガ…?」

 

 慌てて取り繕う瑠璃色のポケモン、及びゲッコウガと名乗るポケモンにクチートはまた疑問を抱く。リングマへ警告していたヤルキモノから同じような言葉を聞いた覚えがあるからだ。

 全くの他者に聞き過ぎは良くないと思えど、ついつい好奇心の方が上回ってしまう彼女は、また口を開いて尋ねてみようとした。

 

「コラァアアーッ!」

 

 しかし、それは突然の大きな怒号によって遮られた。ビクッと飛び上がった二匹は声の主がいるであろう、リングマが倒壊させた板壁のその先の内装に恐る恐る目を向ける。

 そこには、腕のように大きな耳を持ち、茶色く染まった鼻口部と大柄な体格が特徴の"あなほりポケモン"、ホルードが凄まじい剣幕でこちらを見ていた。

 壁の壊れた家に、その家内で鬼の形相で佇むホルード、これらが一体何を意味するのか、ゲッコウガとクチートは概ね見当がついた。

 

他所(よそ)ん家の、壁を勝手に、壊してるんじゃ、ないわよォオッ!」

『ギャー!?』

 

 事の顛末は説明してみたものの、二匹が家主ホルードの説教から解放される頃には昼時になっていたそうな。

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