オシリスのユメ 作:新人先生
内容とか空気感伝わってます?
それと、これまでもアビドス組(+先生・ヒフミ)に加えて、便利屋まで同じ場所にいるシーンを書くことがありましたが、それだけキャラクターが多い状況下では何気に誰がどのセリフを言っているのか一発で判別出来るようにするだけでも大変だったりします。ゲームと違って立ち絵無いからね……。
今後分かりにくいところがあれば気兼ねなく指摘してくださると嬉しいです。
激しい銃撃の音が空間を揺らしていた。焦げ臭さと白煙が宙に巻き上がると共に砂埃が舞い上がった。土塊や小石が跳ねて地面を打つ。
穴だらけの道路沿いには銃を構えた複数の中隊が並んでいた。
腕に付けてある赤い腕章には「風紀」の白文字が書かれている。ゲヘナ学園の治安維持組織、風紀委員会の面々だ。その背後の車両からは更に多くの人員が続々と運び込まれている。さらにその後方には武装した車両やトラックが何台も停車しており、その上部には様々な種類の火器が搭載されている。
その一方で、その集団を前に立ちはだかる少女たちがいた。
――対抗することすら愚かに思える圧倒的多数。
そんな集団を相手にしてなお戦線は拮抗したまま持続しており、果敢に銃を構え応戦している。彼女たちは先生の指示に合わせ、それぞれの位置を刻一刻と変えながら絶妙なタイミングで攻撃を行うことで巧みな連携を披露していた。
『シロコ! そこは危ないから一旦下がって! ムツキはシロコの前方に爆弾投擲をお願い!』
「ん! 了解。任せて」
「オッケー♪ いっくよ~!」
銃を構えたシロコが一瞬でバックテップした瞬間、入れ替わるようにその前方で爆発が巻き起こる。砂埃と衝撃により怯む相手に対し、すかさず別方向からノノミとハルカの銃撃が浴びせられ、風紀委員の隊列は大きく乱れていく。先生の指示により統率された連携によって、複数人が一斉に動いたかと思えば、次の瞬間には各々が独立して動き出している。そして時にはまた一丸となって行動する。流れるように繰り広げられる戦闘はその場にいる誰もが舌を巻く見事なものであった。
『……なるほど、大体把握できました。シャーレの力、必要となるであろう兵力――予想をはるかに上回っています。素晴らしいですね』
ゲヘナ側を指揮する風紀員会のナンバー2、天雨アコは銃撃戦を眺めながら冷静に分析していた。
風紀委員の火力が劣っているわけではない。人数は明らかに有利だし、装備においてもこちらの方が遥かに上である。にもかかわらず、現場では拮抗した戦況が続く一方だった。各所での一進一退の戦闘は、徐々にこちらの陣形を削り取っていく。相手は戦術的にこちらの動きを読みながら効果的にダメージを与え続けてきているのだ。
さて、そもそもなぜこのように便利屋と対策委員会たちが協力して風紀委員会と戦っているのか? その経緯を説明するには少々文字数を割く必要があるのだが、概要としては以下のようになる。
①柴関ラーメンが謎の爆発に巻き込まれ、騒ぎを聞きつけた対策委員会が駆けつけたところ、現場にいたのはなぜか便利屋68の面々だった。
②真相はきわめて単純で、便利屋の暴走担当であるハルカが勘違いから誤爆しただけだった。しかし、アウトローを気取りたい社長のアルが「わざとだ」と豪語してしまい、話がこじれてしまうことに。
③この宣言が火種となり、対策委員会と便利屋の戦闘が始まる。そのさなか、突然50ミリ迫撃砲の砲撃が飛び込み、風紀委員会が一方的に戦場へ乱入してくる。
④風紀委員会の説明では、自校の校則違反者である便利屋を捕縛するための出動とのことだった。しかしアビドス側から見れば、無断で自治区内の治安に干渉する行為であり、自治権を踏みにじるものにほかならなかった。
⑤さらに、校則違反者のためだけにここまでの戦力を投入するのは不自然だとカヨコが指摘する。その結果、風紀委員会の本当の狙いはシャーレの先生なのではないかという疑念が生まれる。
⑥実際アコがその推測を部分的に認めたことで状況は決定的になる。捕まりたくない便利屋と、先生をゲヘナに引き渡したくないアビドス。その利害が一致し、両者が共闘するという異例の展開に至る。
――と、このようなくだりがあり、現在のこの膠着状態に至るのであった。
『敵を分散させつつ個別に攻撃することでこちらの注意を逸らし、油断が生まれた隙に火力を一か所に集中させる……そのように立ち回られています』
観測ドローンによってリアルタイムで更新される戦況データのグラフを見ながらアコはそう評価する。相手の動きは非常に洗練されており、まるで最初からこちらの動きが見えているかのようだった。行動変化の速度もたった一人の指揮で成立するレベルを超えている。おそらく先生は完全にアドリブで戦況を組み立てているのではない。あらかじめ多数のプランを考えておいて即座に選択・発動できるようになっているのだろう。先生の存在感こそが全ての起点となっている。
『それでも、決して無敵という訳でもありません。弱点も見えましたし……おおよその戦況は読めました。この辺りをもう少し押していけば……折れるのは、時間の問題ですね』
とはいえ慌てることはない。確かにこの戦力差を膠着状態にまで持ってこられるというのは流石と言うほかないが、人員も弾薬も装備も圧倒的にこちらの方が上。攻撃を継続していけば、いずれは疲弊して勝敗はこちら側に傾くだろう。
やはり多少無理をしてでも戦力を引っ張ってきて正解だった。先生は今後間違いなくキヴォトスにおけるパワーバランスに影響を及ぼす人物だ。勝手に動き回られると、周囲にどんな影響を及ぼすのかわかったものではない。せめて例の条約まではこちらの手元で保護し、場合によっては有効利用することも検討すべきだろう。
ついでに
『第八中隊。後方待機をやめて、突入してください』
少々自分の権限を越えて動員した分、ヒナ委員長に叱られるかもしれないが……さっさとカタをつけてしまえば問題はない。
通信機越しに命令が飛び、直ちに第八中隊が後方より突入した。陣形を楔型に保ちながらじりじりと前進していく。
『さあ、攻撃を――』
これで終わりだ――と思ったそのときだった。
突入命令を下したばかりの第八中隊の後方で銃声と悲鳴が上がり始めたのだ。
「ぐあっ!」
「なんだこいつ……! どこから来た!? おい誰か止めろ!」
「ダメだ、滅茶苦茶早いっ……! 止まらない!」
『!? ――なに?』
突然の異常にアコが訝しんだ直後、突如として部隊の一部が蜂の巣を突いたような騒ぎに陥った。無線からは次々と混乱した様子の通信が入り乱れる。混乱の源を特定するために戦況にアクセスしようとモニター画面を確認すると、そこに映し出されていたのは――
「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
叫び声とともに暴れまわる一人の少女――ホシノだった。
ホシノはショットガンを構えながら一直線に敵の中へと突っ込んでいく。ボロボロに破れた病院着がはためき、その隙間から伸びる華奢な体が銃弾の雨の中を疾走していた。彼女が通過した地点からは次々と風紀委員たちが吹き飛ばされていく。右からも左からも凶弾が襲いかかるが、すべて紙一重で回避されているようだった。
「あれは――ホシノ先輩!? どうして!?」
「うぇっ!? 先輩なんで裸みたいになってるんですか!?」
セリカが困惑しながら叫び、ノノミも動揺している。他の面々も同じだ。病院から脱走したはずのホシノが突如として登場したのだから、無理もない話である。しかもほとんど半裸状態で。
「……ホシノ先輩、なにか変」
「うわ~裸ショットガンとか大胆~♪」
「違う、そういう意味じゃなくて……。いや、裸なのも変だけどそうじゃなくて、なんか……目つきが……」
ムツキは面白がっているが、シロコは訝し気に目を凝らしている。
敵陣の中で暴れまわるホシノの姿はまさに鬼気迫るという表現がふさわしかった。これまでのホシノとは別人とも思える獰猛な眼差し。普段のおっとりとした雰囲気や眠そうな瞳とはかけ離れた狂気すら孕んでいる表情だった。
「行政官! 指示を――ぶげあっ!?」
『チッ……! このタイミングで新手ですか……!』
早くも八中隊の中枢が分断されかけており、このままでは部隊が崩壊しかねない。
アコは舌打ちをして状況の推移に注視する。ホシノの接近で浮き足立った第八中隊への支持は難しくなっており、部隊を引き戻してもう一度戦列を編成しなおすほうがよさそうだった。
『第六、七中隊は直ちに横射を開始し、第五中隊は挟撃態勢を! 第十中隊は――』
急いでアコが新たな指示を飛ばそうとしたそのとき――
(ザザッ)
回線に突然ノイズが入った。どこかから通信が接続されたらしい。
『アコ』
『……え?』
聞き覚えのある声。ホログラムが立ち現れる。
『ひ、ひ、ヒナ委員長!? い、い、委員長がどうしてこんな時間に……?』
通信の主はゲヘナ風紀委員会のトップ、空崎ヒナその人。要はアコの上司だった。本来なら出張で今は不在の予定だったが――どうしてここに? アコの鼓動が一気に早まった。
『アコ、今どこ?』
『わ、私ですか? 私は……そ、その……えっと……げ、ゲヘナ近郊の市内のあたりです! パトロールの最中でして……』
「ちょっと!!! 思いっきり出鱈目じゃないの! 嘘つき!」
「やっぱりアコの独断行動だったみたいだね」
「わ、私たちにいつも上から説教をしておいて……ゆ、許せない……! 性根が腐ってます……あんな奴ら、死んでもらった方がいいんじゃないですか? アル様のおっしゃっていた通りです……!」
「そうは言ってないわよ!?」
「あはは! 発言の捏造だ~」
アコの苦しすぎる嘘を聞きつけた便利屋たちは口々に野次を入れる。特にハルカに至っては、敬愛するアルを常日頃邪魔をしているアコに対する恨み節が炸裂していて恐ろしい。
『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に……出張中だったのでは?』
『さっき帰ってきた』
『そ、そうでしたか……! い、今はちょっと立て込んでいて手が離せない状態でして……後ほどまたご連絡いたします!』
『立て込んでる……? パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』
『え? そ、その……それは……』
どうにか誤魔化そうとするアコの必死の努力も虚しく、ヒナは鋭い勘を働かせる。
いや、しかし言い逃れのチャンスはまだ何かあるはず。そうだ、最近ではカイザーコーポレーションに絡んだ案件が多く、治安業務の仕事が増加傾向だった。それを利用して――
「他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?」
『……え?』
ヒナのホログラムの横に、いつの間にか一人の生徒が立っていた。
白のロングヘアに、黒手袋。黒と紫が組み合わさった、禍々しい見た目の角とヘイロー。見間違えるはずもない、この人物は――
『い、い、い、委員長!? い、一体いつから!?』
そこに立っていたのは紛れもなく彼女たち風紀委員会のトップ、空崎ヒナその人だった。
「ん、アヤネ。どうやらあいつらの上司みたい。“委員長”って言ってたけど、情報わかる?」
『ま、待ってください! ゲヘナの風紀委員長ですか!? キヴォトスでも強者中の強者ですよ!?』
アヤネの絶叫がスピーカーを通して耳朶を打った。
彼女の言う通り、ゲヘナの風紀委員長といえば、その名を聞いただけで各地の不良たちが震え上がるような超有名人物である。キヴォトス最大規模を誇る巨大マンモス校“ゲヘナ学園”。そこの秩序を一手に司る組織を束ねるのが、そこに佇んでいる少女なのだ。
「……この状況、後できちんと説明してもらうけど。今は一旦事態を収拾することを優先する。通信を切って謹慎していなさい、アコ」
「……はい、委員長」
反省文100枚では済まないだろうな……と思いながら、アコは大人しく通信機の電源を落とした。
*
「さて」
通信を切ると、ヒナは未だに戦闘が続いている第八中隊の方を見遣った。かなりの混乱状況に陥っているらしく、すでに統率が失われかけている。今は一刻も早く収拾を図らねばならない。
あそこで大立ち回りをしているらしい生徒を迅速に制圧、その後風紀委員会全員に武装解除を指示し戦闘を停止。それから先生と話し合いと言ったところか――そう思案しつつ、ヒナが駆け出そうと身構えた矢先のことだった。
「……――!?」
ヒナが目にしたのは、凄まじい速度でこちらに迫り来る一人の少女だった。
「あれは――小鳥遊ホシノ!?」
「うぉぉおぉぉ!!」
「まって! こちらに敵対意思は――」
ホシノは小柄な体躯に似つかぬパワーで風紀委員たちをなぎ倒している。彼女の視線の先には自分。真っすぐにこちらを目指しているらしい。その姿を認識した瞬間、本能的な恐怖が背筋を駆け巡った。咄嗟に身体を沈め、最小限の動きで軌道を外した。
「くっ……!」
風切り音。銃弾が頬をかすめる。続けざまに放たれる第二撃。ヒナは咄嗟に前転するようにしてその射線上から逃れる。ホシノの掌中にあるショットガンが、火花を上げながら硝煙を漂わせていた。第三発目。これは回避不能と判断し、ヒナは迷わず翼で自分を覆い、盾替わりに銃弾を受け止めた。
バァン!
「ッ……!」
衝撃と痛みが奔ったが、致命傷には程遠い。ヒナはすぐさまホシノの方を見返し、戦闘態勢に入る。が、次の瞬間には目の前からホシノが消え、今度は死角の位置に回り込まれてしまった。その動きは常人の目では捉えられないほどの高速ぶりだ。ホシノの振るう踵が、旋回運動を伴って脇腹に炸裂した。
「……ごふっ……!?」
人体の弱い部位を抉られた。内臓が破裂するんじゃないかと思うほどの威力の蹴りだった。体内を侵食する灼熱感に耐えきれず、思わず膝をつきそうになる。だが――
「捕まえた……っ!!」
「――!?」
脇腹にめり込んだ脚をそのまま両腕で掴み上げると、全体重を乗せて地面に押し倒す。瞬時にその動きに対応できなかったホシノの体がアスファルトに叩きつけられ、衝撃で肺が潰されたようなうめき声が漏れた。
「悪いけど、ここでおとなしくしてもらう」
そのまま組み付いた格好となったヒナは、ホシノの腕を後ろ手に固定する。通常ならばこれで十分確保完了と言えるレベルだ。しかし――
「痛ッ……! くッ……! やめ……ろ…ッ!」
「ちょっ、嘘……っ!?」
ホシノの拘束は一瞬で解かれた。
膂力が異常だ。身体が小さくて非力そうに見える彼女の身体からは想像もつかないほどのパワーが込められており、その動きは凄まじい。
ホシノが羽交い絞めにするヒナの腕を振り払うと、逆にこちらの顔面に向けて銃を横薙ぎにフルスイングした。銃床による鉄槌が鼻先をかすめるが、すんでのところで躱すことに成功し、そのまま距離を取ろうと試みる。
「させるか……っ!」
ホシノは追撃を諦めずに踏み込む。しかしその動きを読んでいたヒナは
これ幸いにとヒナはホシノから距離を置き、一旦仕切り直すため、バックステップを繰り返す。やがて視界が晴れた頃には、10メートルほどの距離を置いた状態でお互いに向き合う形となっていた。
(……強い!!!)
ヒナの頬を冷や汗が流れた。使用している武器の性質の違いもあるのだろうが、少なくとも近接戦においては完全にホシノに上をいかれていた。
(近寄らせるべきじゃない)
ヒナは銃身を相手に向け、構えた。ホシノもまた銃を構えて動きを探っている。お互いに飛び道具を持っている以上、そのまま迂闊には動けない膠着状態が続き、トリガーに掛ける指は強張り、緊張が高まっていく。
しかし――その静寂を切り裂くようにしてホシノの背後から大声が上がった。
「二人とも、そこまで!! ストップ!!」
バタバタとスーツ姿の男が物陰から飛び出す。
『ちょっ……! 先生、危ないです! 早く避難してください!』
「大丈夫! 万一の時はアロナが守ってくれるって信じてるから!」
『う~~、もう! 先生なのにずるい言い方です! やって見せますが!』
アロナの悲鳴が上がる中、その男――先生は二人の間に割り込むようにして身体を滑らせた。
「せ、んせ……?」
「おはよう、ホシノ。目が覚めて本当に嬉しいよ。でもここはまず落ち着こう」
ヒナに向かって臨戦態勢を取っていたホシノはピタリと動きを止めた。
相対していたヒナも銃を持つ腕をだらりと垂らす。今の状況が飲み込めず、どうしていいかわからないと言った感じだった。
「先輩……!」
「うへえっ!?」
「ホシノ先輩!!」
声と同時に背後から飛来する人影。長い髪を翻しながら空中で身体を捻るとホシノに正面から抱きつく。
「……? ノノミちゃん? ん! んんぅっ!!」
「よかった……! よかったです……!! ずっと寝ていて心配したんですよ……!」
「うぐぐ、ちょっと、苦しいかも……!!」
窒息しそうなほどの強烈なハグだ。
ノノミの豊かな胸に顔を埋めているせいで、呼吸ができない。酸欠寸前なのか、ホシノの目がグルンと裏返りそうなほど血走っている。本人は無意識かもしれないが、相当強く絞め上げているようだ。「助けて……!」と言わんばかりに先生の方を見るが、
「……ノノミ、そのままギュッとしといてくれ。ホシノの体全部包み込む感じで」
「りょうかいしましたー☆」
「ひぐっ!?」
なんで!? という哀願の眼差しをこちらに向けつつノノミの胸部装甲に沈み込んでいくホシノ。その様子を傍目に、先生はいそいそと上着を脱ぐとホシノの方に近づいて行った。
「せ、せんせ……なん、で……ぎゅぎゅ……」
「いや、その……ね? 見えちゃうから。一旦これで隠して」
そう言いつつ先生はホシノから顔をそらしながら上着を差し出した。
「……あ」
ホシノはちらりと自分の着衣を見て、ようやく自らの衣服の惨状に気が付く。ボンッ、と顔が赤くなり、耳まで羞恥に染まった。そして俯きながら先生のシャツを受け取る。
「……せんせい」
「うん?」
「ありがとね……」
照れ臭さと気まずさが入り混じったような声色と共に礼を述べるホシノ。先生はそれを受けて上半身裸の背中越しに小さくサムズアップを返した。
*
「……で、便利屋たちがアビドスで爆破事件をやらかしてしまって、それがきっかけでこのゴタゴタが起きた……という理解でいいのかしら」
「そうそう」
「肝心の便利屋たちがいないみたいだけど」
「なんかいつの間にか逃げちゃったみたい」
「……たぶん、私が来たからね。いつも逃げ足だけは早いんだから。うちの生徒がごめんなさい」
「大将も無事だったみたいだしヒナが謝ることじゃないよ。それに便利屋は困った子たちかもだけど、悪人じゃないから」
事態の収拾後、ひとまずヒナは自分の管轄下の部隊に武装解除を命じ、先生との間でお互いの事情を情報共有していた。
「便利屋の件がそうだとしても、その後の風紀委員会による事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと――このことについては私に責任がある。だから私、空崎ヒナより、ゲヘナ風紀員会の委員長として、アビドス対策委員会に対して公式に謝罪する。そして今後、ゲヘナの風紀員会がここに無断で侵入することはないと約束する。どうか許してほしい」
「うん。正式に受け取った。ゲヘナと揉めたいわけでもないし、お互いここは水に流すことにしてもらえるとこちらとしても助かるよ」
「……ありがとう。感謝するわ」
「逆にヒナは大丈夫? ホシノがやりすぎちゃったみたいで……」
「まあ、ちょっと吃驚したけれど。私も油断してたから。……彼女、一年生の頃から全然変わってないのね」
ヒナはチラリと遠くに佇むホシノを見遣った。
先生からもらったシャツを羽織った彼女は、いまだにもじもじ、ソワソワとこちらの様子を窺っている。
「いや、普段はもっと『うへ~』って感じでのっぺりしてるんだけど……って、あれ? 昔のホシノを知ってるの?」
「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒をある程度把握してたから。てっきり、あの事件の後、アビドスを去ったと思ってたけど」
「“あの事件”?」
はて、なんのことだろう?
先生は首を傾げた。
「……本人が話していないなら、そのことについて私から話すべきじゃない。ただ――もう一つ。こっちはあなたに知らせておいた方がいいかもしれない」
「うん?」
「……カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」
「……よく知ってる」
「……そう」
知っている。知らないはずがない。
アビドスが借金を負う相手であり、カタカタヘルメット団による襲撃の裏で糸を引いていた張本人。闇銀行での一件を起こすきっかけにもなった。自分たちにとっては因縁の相手と言ってもいい。
「これは万魔殿もティーパーティーも知らない情報だけど」
ヒナはそう前置きすると、声量を落とし、真剣な表情になった。
「アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」
「……!」
「本当なら、廃校予定のアビドスに教える義理はないのだけど……一応、ね」
「……わかった。教えてくれてありがとう」
学園も違う上に廃校予定ということで、本来なら風紀委員会としてもアビドスにはノータッチだったのだろう。今回、アコがあのように暴走していなければ、この情報は誰にも漏れないまま終わっていたかもしれない。皮肉な話だったが、おかげで思わぬところから有力な情報が出てきた。
「そろそろ私たちは撤退するわ。長居していても迷惑だろうし、後処理もしないといけないから」
そう言うとヒナは先生に対して小さな仕草で会釈をし、踵を返して彼方に待機している風紀員会のもとに歩み寄って行った。
その後ろ姿を見送りながら、先生は小さく呟く。
「カイザー……」
カイザーコーポレーション。ここに来てまたその名前が挙がってきた。
アビドスに来てから様々な問題に行き当たりはしたものの、必ずどこかで最後に関わっていたのは、やはりカイザーコーポレーションだ。借金だけでも厄介なのに、まだ他に何か問題があるのだろうか?
(――いや、ここで考えて答えが出るはずもない)
いったん後片付けを済ませてから諸々の調査を行った方が良さそうだ。
そう思い直し、思考を中断して先生は振り返った。
「私たちもそろそろ帰ろうか」
先生の呼びかけに従い、一行は帰路につくのだった。
*
対策委員会がアビドスで銃撃戦を繰り広げていたのと同じころ、別の場所にて――
ドン、ドン、ドン!!
とある施設の中、こちらでもまた銃声と轟音が響き渡っていた。
違いを挙げるとするなら、こちらの銃声の主はオシリス一人だけということだ。リズミカルに壁面と床を打ち据える銃声。
その合間を縫うようにして足音が石畳の廊下を叩く音がコツ、コツと規則正しく刻まれていく。
「はい、そこまで! 時間です」
カヤの声が廊下に木霊した。途端に銃声が途切れ、甲高い反響音が余韻となって室内を支配する。オシリスは銃を持った腕を下ろすと、近くにいるカヤの方を向いた。
「……どうだった?」
「……“どうだった”? ええ、そうですか。じゃあ結論から言いましょうか」
オシリスはどこか不安げな色を滲ませながら問いかけた。カヤはそれを聞いてピクリと額の血管が脈打つのを感じながら、努めて丁寧に言った。
「へっっっっっっっったくそですねえ……」
「やはりそうか」
「なに冷静に納得してんですか、自分が今どれだけダメな状態なのかわかってるんですか? その右手に握ってる棒は何のためにあるんですか、ねぇ!?」
二人の目の前には、弾痕が残っていない的が半分以上残されていた。
*
ここは防衛室直轄の訓練施設。
実弾を使用しての射撃訓練ができる、地下にある特別スペースだ。地上に比べて隔離環境も整っている為、安全かつ安心して様々な条件下で演習できる。カヤは人払いを済ませたうえで地上と一切の連絡手段を絶ち、オシリスの戦闘能力の把握のためにいくつかのトレーニングに付き添っていた。
今回のテストでは、時間内にできる限り多くの標的に命中させて撃ち抜くことに挑戦してもらっていたのだが――結果は散々なものであった。
「あなたの基礎体力や反射神経などの身体能力は、キヴォトスでは標準レベルの生徒よりも大幅に上回っています。ですから、最初は簡単な狙い方を教えればうまくやれるものと思っていたんですが……まさかここまで当てることができないとは」
カヤは頭を抱えながら嘆息する。
彼女の身体能力と精密動作性能を考えれば、実戦でも十二分に通用するであろうと考えていた。なので、基本的な射撃フォームを教えて訓練を開始させたのだが――
「どうも新しい物には慣れなくてな」
「慣れる以前の問題でしょう。これじゃあ銃を持ったって大して意味ないですよ」
「そうか……」
カヤが呆れながら言った言葉に対して、オシリスは沈鬱な面持ちで頷いた。
その様子がまたカヤの琴線に触れた。
心臓をぶっこぬかれそうになってまで得た戦力が、
キヴォトス中の情報を掌握し、己の地位と名誉、さらには実績をも積み上げてきた。自分を追い出しにかかる連中に侮られないように牙を研ぎ、汚い手を使ってでも自分の地位を盤石なものにしてきたのだ。そうしたすべての犠牲の末に得たものが、よりにもよってこれ????
――私、こんなやつのために自分の家まで差し出したんですか!?
「……しかし、実際あなたは銀行であれだけ大暴れをしてみせたわけですし、戦えないわけではないですよね? あの時は一体どうやったんですか?」
冗談じゃない。
ここまで使えないとなると、カイザーと手を切る約束の履行は当面の間見送りにできるだろうが、それにしても流石にもう少し戦力になってもらわなければ困る。
このままではタダ飯に加え、テレビと部屋の使用権を差し出しただけではないか!
カヤは内心毒づきながらも表面上は平静を装い、オシリスの戦力としての可能性を探るべく尋ねた。
「ああ、あの時も銃は上手く扱えなくてな……。いろいろあるもので戦ったり、ぶっつけ本番で切り札を試したりした」
……“切り札”? 聞いたことの無いワードにカヤは眉を寄せた。
何か隠し球でも持っているのか。もしそうなら、戦力として運用するには有用になりそうだ。
「……銀行でどう戦っていたのか、もう少し詳しく話を聞かせてもらえますか?」
「そうだな。まずは……」
*
「……で、水筒を詰めたバッグを振りまわして戦って、あの大爆発は“神秘”とやらを一気に放出することで実現したもの……と。はあ」
「ああ」
「じゃあその切り札というのが、さっき言っていた“神秘”を使って出る攻撃ということですか?」
「そうなるな」
「なるほど……」
カヤは唸った。
自分の想像以上に混沌とした戦法と状況だった。
しかし、それ故に興味深い点があった。
「ちょっとその攻撃とやらを試してもらってもいいですか?」
「いや、それは難しい」
「……どうしてですか? 私としてもあなたの能力は把握しておきたいのですが」
「あれは自爆のようなものであって、おいそれと使えるものではない」
「自爆……? つまり、あなた自身に大きなリスクがあると?」
オシリスは頷いた。
「私はまだ、神秘を扱うための“完全な制御技術”を持っていない。そんな未熟な状態で神秘を意図的に暴走させれば、爆発そのものより先に、自分の身体が耐えきれず壊れる。状況が状況で実際に試しこそしたが、自分の神秘ゆえ相性が良かったことや、たまたま負荷がこちらに戻りきらずに済んだという幸運に救われただけだった。あれは反動の大小次第で即時戦闘不能になってもおかしくはない代物だ」
気軽に使用できるものではないらしい。だが、カヤから見ればこれは興味深かった。つまり、もし仮にそういった力を制御できるようになれば――
「……しかし、当面の間はそれ以外の戦法を探す必要がありますね」
“神秘”に関する探究や制御技術の訓練も進めるべきだろうが、とはいえそれらが完了するまではつなぎの手段が必要だ。
考えろ。
使えそうなものはないのか?
頭をフル回転させながら思考する。眼前の人物の特性を活用する方法が何かあるはずだ。
人の上に立つものとして、人間を活かすのが自分の責務なのだから。であればこそ、この素材が持つポテンシャルは最大限引き出し、己の役に立たせなければならない!
そして――そのヒントは、過去の戦い方や目の前のオシリス自身の中にあるはず。
カヤは改めてオシリスに視線を向けた。
彼女の手には銃が握られている。
「――もしかして……!」
「なんだ?」
カヤは片手でオシリスの銃を掴み、もう片方の手でオシリスの手を握った。オシリスの着用するグローブの表面の質感が手のひらに伝わってくる。ひんやりとしていて滑らかだ。
「この銃はずっと使っているものですか?」
「そうだ」
「銀行で戦ったときも使っていたんですよね? このグローブも当時と一緒ですか?」
「ああ、これはキヴォトスに降り立った時からこの器が身に着けていたもので……体の記憶なのか、つけているとしっくりくる。それがなにかに影響するのか?」
「……なるほど」
水筒ぶん回しという野性的な戦い方。
神秘を充填しそれを暴走させて撃つという手法。
そして当時の状況から推察される事実。
だとするなら――
カヤの脳裏で今までの情報が再構築されていき、やがてそれは一つのアイディアとして結実した。
「……今までの話を踏まえると、ひとつ、あなたに新しい戦い方をできるかもしれません」
「ほう……?」
「はい。そしてそのためには、あなたが持っているその銃に少し改造を施す必要があります」
「改造?」
「ええ。具体的には二点。まずは――」
そうしてカヤはオシリスにまず一つ目の提案を披露した。
「まずは、あなたの銃にロープを括り付けます」
「……????」
カヤの示す提案に、オシリスは女子高生らしく首を傾げた。
彼シャツ、そしてパートナーによる強化イベントは鉄板だな! ヨシ!