オシリスのユメ   作:新人先生

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今回16000字あります。区切り方わからなくて……。

最近、ずっと投稿が遅くて申し訳ありません。元々遅筆なのと、資格取らないといけないのとか色々相まって……。今回の話については、使いそうなシーンやら何やら前もって書き溜めておいたのですが、それでこの更新間隔です。マジ?

【修正報告】
自分のスマホだと、フォント変更を意図した部分が通常のフォントで表示されてしまうという事象が発生しました。空白行を追加したところ、自分のスマホ上の表示は直りましたが、もしまだすべてのフォントが同じままだということがあれば、教えていただけると大変助かります。


第18話 【後編】ゲヘナとトリニティ

「ではヒフミさん、質問です。()()()()()()()()()()()()()、ヒフミさんはどう思いますか?」

 

 

 

 

 

 

 

……ん?

 

 

 

今、なんと?

 

 

 

“切り落とす”?

 

 

 

いやいや、聞き間違いに決まっている。そんなこと彼女が言うはずがない。

おそらくきっと、いや絶対に、違うことを言っていたのだ。

 

「ヒフミさん、質問ですよ?」

「す、すみません! もう一度お願いできますか?」

「これを切り落としたとしたら、ヒフミさんはどう思いますか?」

「………………」

 

 

 

……………。

 

……………いや、え????

 

聞き間違いなんかじゃなかった。

やはり、今自分はナギサから、手を切り落とすと言われたのだ。

 

ヒフミは恐怖で震え上がりそうになるのを必死にこらえながら、努めて冷静に尋ねた。

 

「な、なんで……切るんですか……?」

「理由はどうでもいいのです。今、それは問題ではありません。重要なのは、ヒフミさんがどう感じるかですよ」

「ヒェッ……。あ、あの……や、やめていただけるととてもありがたいかなぁ、なんて……」

「ヒフミさん? 繰り返しになって恐縮ですが、私が聞いているのは『切り落としたらどう感じるか』ですよ? やるかやらないかの話をしているのではありません。そこをはき違えないようにお願いします」

 

(あれ……? もしかして……私……詰んでる???)

 

何が、何がきっかけでこうなってしまったのだろう?

さっきまで普通に、いや普通ではないけど、とにかく交渉はうまく進んでいたはずなのに……!!

 

脳内にはすでに切断後の図が浮かんでいる。真っ赤に染まった床。床に転がった己の腕先。滴り落ちる血。そこに蹲る自分の姿も、想像力豊かなヒフミの脳内ならば容易に再現可能だった。

その反応を見てか、ナギサの目が一層細くなる。まずい、何か早く、答えねば……! 何にせよ、どう感じるかを聞いてきているのだから、答えとしては……

 

「で、では……その。痛い……かな……と……」

「痛みを伴う、ですね。私も同意見です。では切り落としたら悲しいですか?」

 

ヒフミは壊れたオモチャのような動きで何度も頷いた。

 

「悲しいとすれば、それはなぜですか?」

「えっと……えっと……?」

「手が大切だからです。自分の身体だからです。自分の生命だからです。……違いますか?」

「い、いや、えっと、あの……! そ、そうです!! そうなんです!!」

「ですよね。とどのつまり、私が言いたいのはそういうことなのですよ」

 

どういうことだ。全くわからない。

 

「……もう少し、かみ砕いてお話ししましょうか」ナギサは静かに咳払いをした。

 

「私たちは、聖餐式を通じてキリスト*1――すなわち、神と人とを結び直す御方の身体に与り、愛、すなわち聖霊(サンクトゥス)の働きによって、互いに結び合わされています。ひとりひとりは別々の人間でありながら、同時に、ひとつの身体に属する者でもある。……少なくとも、私たちはそのように教えられてきました」

「は、はぁ……」

 

ナギサはそこで、ヒフミの手の甲に添えていた指をわずかに動かした。

 

「教会は、キリストの神秘的な身体である――そのように語られることがあります。手や足のような肢体を、古代語ではmembrumと呼び、この言葉は、“member(メンバー)”という言葉の語源にも連なっているのですよ。ご存じでしたか?」

「い、いえ……初めて聞きました……」

「ふふ、では覚えておいてください。私たちはそれぞれが孤立した個人である以前に、ひとつの身体を構成する肢体でもあるのです。ですから、手を切り落としたら痛みを感じるのと同じように、教会の誰かが苦しんでいると教会全体が痛みを感じる。どこか一部の苦しみは、その一部だけに閉じたものではありません」

 

ナギサの声音には奇妙な圧があった。善意というにはあまりに義務めいていて、義務というにはあまりに熱を帯びている。

 

「ヒフミさんの痛みは、私の痛みです。あなたが苦しむなら、それは私自身の身体が傷ついているのと同じこと。だから助ける。単にかわいそうだから助けるのではありません。私が善良であると示したいからでも、トリニティの利益になるからでもない」

 

白磁のカップが、午後の光を受けて淡く光っている。

その向こうで、ナギサは変わらず柔らかく微笑んでいた。

 

「身体の中に争いが起きることがないようにしたいと思うなら、不具者や病人や衰弱者である人々と一致して歩み、愛の中に生きるように心掛けなければなりません。これは、私の問題なのです。皆さんの責任も、苦痛も、すべて私に還ってくればよい。それが、私の十字架なのですから」

 

――つまり、自分もこの問題の当事者であると認識している……ということだろうか?

ヒフミはちらりとナギサの方をうかがった。相変わらず荘厳で、宗教的で、聞いているだけで背筋が伸びそうな言葉ばかりが並んでいる。だが、先ほどまでの話よりは、少しだけ意味が掴めた気がした。

つまりはナギサも、自分自身が教会として機能しなければならないと考えているのだろう。世界に存在する苦しみと、その責任を自ら引き受ける覚悟――さすが、現代の“預言者”の一人として称えられる人間は違う。

 

普通に考えれば、アビドスのことについて彼女に責任が及ぶ道理などなく、仮に背負おうとしたところで論理上はその“責任”など成り立たないことくらいヒフミにもわかる。だが、彼女の言葉には理屈を超えた重みがあった。どこまでも厳粛な、祈りにも似た信念が。

 

ヒフミは内心で感服する。同時に、少しだけ安心した。

“腕を切り落とす”などと言ってきたときには驚いたが、どうやら単なるたとえ話だったらしい。

何はともあれ、彼女が協力を惜しまない理由に血なまぐさい事情が関わっているわけではないとわかっただけでも十分すぎるほどだ。一瞬、本気で怖くなったのは秘密にしておこう。

 

 

 

(――あれ?)

 

 

 

やや緊張がゆるみ、気持ちが和らいだせいだろうか。そのときヒフミの脳裏に、ある違和感が引っかかった。

 

……何か、おかしくないだろうか?

 

今の話の流れを、よくよく思い返してみる。

ナギサの考えというのは、“不具者や病人や衰弱者である人々”に向けられたものだった。

 

ということはつまり、ナギサはアビドスを――?

 

 

 

 

 

 

今からおよそ一年前のこと。

千年来、現世に現れていなかった預言者が、複数人同時に出現した。

最初にサンクトゥス、次にフィリウス、少し遅れてパテル。主要三派閥の次期リーダーとして目されていた人物それぞれが、立て続けに天使からの啓示を受け、それ以降、神の言葉を聞くことが出来るようになった。

 

当初はこれらを偽物だと一笑に付した生徒たちも勿論いた。歴史を遡れば、偽預言者など幾らでも登場している。

天の声を聞いたと称する者。夢の中で選ばれたと語る者。ありもしない奇跡を掲げ、人々の不安を煽った者。そうした名は、トリニティの古い記録にも決して少なくない。

 

だからこそ、最初に百合園セイアが“啓示を受けた”と囁かれたとき、それをすぐに信じた者は多くなかった。

 

彼女が未来を視ることは、すでに知られていた。

だが、預言者とは単に先を見通す者のことではない。神の言葉を預かり、それを告げる者のことである。ならば、セイアが何かを言い当てたところで、それだけで預言者と呼ぶには足りなかった。

 

しかし、その日を境に、セイアの周囲にはいくつかの“(しるし)”が現れた。

 

たとえば、一羽のシマエナガの話がある。

 

ある日、一羽のシマエナガが大聖堂の窓辺に迷い込んできた。その小さな身体は弱り切っていて、羽は乱れ、呼吸も浅かった。誰の目にも、助からないであろうことは明らかだった。

セイアはそれを掌に乗せ、しばらく何も言わずに祈った。祈りが終わるころ、小鳥は目を開けた。

そしてシマエナガは羽を震わせると、彼女の指先から離れ、陽の差す方へと飛んでいった。

 

トリニティの生徒たちは、誰よりも知っている。傷ついたもの、病めるものが癒やされるという話が、如何に“特別”であることか。聖書に記された奇蹟の話を、誰もが幼い頃から学んでいるのだ。故に、人々はその小鳥の話を口々に語り始めた。

 

――あの鳥は、死ぬはずだった。

――それを救ったのは、きっと百合園セイア様だ。

 

それ以降、セイアの言葉は以前よりも重く受け止められるようになった。

彼女が視る未来もまた、いっそう鮮明になっていったという。

 

次に、桐藤ナギサ。

フィリウスの次期代表と目されていた彼女の名が挙がったとき、生徒たちの間に広まったのは、いかにも彼女らしい、しかし奇妙な話だった。

 

茶会の席で、人数分には到底足りないはずのロールケーキが、最後の一人にまで行き渡った。

それどころか、すべてを配り終えた後にも、皿の上にはまだ切り分けられるだけの余りが残っていた。

 

そんな馬鹿な話があるか、と笑った者もいた。

しかし、その場にいた者たちは笑わなかった。あまりにも、“パン”についての古い記述に似すぎていたからである。

 

そして、少し遅れて聖園ミカ。

パテルにもまた、選ばれた者が立ったと語られるようになった。

 

彼女について伝わったのは、扉の話だった。

固く閉ざされ、誰にも開けられないはずだった扉が、彼女の前で開いたのだという。詳細は語る者によって少しずつ違っていたが、パテルにも徴が与えられたのだと受け取るには、それで十分だった。

 

三派閥それぞれに、預言者が立つ。

 

それは祝福であると同時に、恐れでもあった。

トリニティの生徒たちはよく知っていたからだ。神の民が、これまで何度も預言者を拒み、嘲り、石を投げ、そして後になって悔いてきたことを。

 

今度もまた同じことをするのか?

与えられた言葉を、聞かなかったことにするのか?

 

その問いは、静かに学園中へ広がっていった。

 

信じなかった者たちが、少しずつ口を噤む。

嘲っていた者たちが、祈りの席に戻る。

疑っていた者たちが、己の不信を恥じる。

 

そうして、トリニティの空気は少しずつ変わっていった――

 

 

 

 

 

 

「――ヒフミさん?」

 

不意に名前を呼ばれ、ヒフミは肩を跳ねさせた。

 

「――はっ!?」

「なにやら難しい顔をしていますが、どうされたのですか?」

「あ、いやっ、なんでもありません!」

「そうですか? でしたらいいのですが……」

 

いけない。少しでも彼女の前で疑いの気配を示すことは致命的だ。

今大事なのはアビドスのためにナギサに協力してもらうこと。協力に乗り出した動機や、その背景にある彼女の思想、哲学がどういったものであれ、今ここでそれについて疑義を差し挟むのは得策ではない。

波風を立たせてしまっては逆効果にしかならないのだ。自分の杞憂だったことにする。

 

「そ、それよりですね! ナギサ様が協力してくださる理由がわかったので、安心しました! 私みたいな末端の生徒の痛みも、ナギサ様は自分の痛みとして感じてくれる……その言葉は、とても嬉しかったです! ……それでは、私はそろそろ失礼しますね!」

 

そう言いながら、ヒフミは椅子から立ち上がった。

 

長居はよくない。

ナギサと話していると、心臓がいくつあっても足りなくなってしまう。援助の確約を得た今、さっさと退散するのが吉だ。

 

「お待ちください、ヒフミさん」

「はいっ!?」

 

しかし、退路は閉ざされた。

ナギサはカップをソーサーに戻し、柔らかな微笑みを浮かべたまま言った。

 

「アビドスを助けること自体は、私としてもやぶさかではありません。ですが、その前に一つだけ、確認しておきたいことがあります」

「か、確認……ですか?」

「ええ」

 

ナギサは静かに頷く。

 

「信徒であるならば、偽りを抱いたまま恩寵に与るべきではありません。罪をなかったことにして、ただ恵みだけを受け取ることはできない。ですから、必要なのです――ヒフミさんの、“告白”が」

「……???」

 

……告白?

今、ナギサは確かに告白と言った。

それはつまり、自らの罪を認め、神の前に悔い改めるという、あの告白のことだろうか?

 

なぜ今、自分に告白が求められているだろうか。

自分は告白が必要になるようなことなどしていないはずだ。自分はこれ以上ないくらい平々凡々とした、一般家庭出身の、善良な市民である。

 

「教会の扉は、常にすべての人に開かれています。本来ならば、こうして私から促す前にヒフミさん自ら踏み出し、打ち明けるべきものでしたが……それもまた難しいものですよね。ヒフミさんがなかなか教会の扉を叩こうとされないので、こうしてお邪魔虫が飛ばない環境でお伺いしているのですよ?」

 

いや、そんなことを言われても、本当に身に覚えがない……と正直に口に出すだけの勇気は、今のヒフミには無かった。それはナギサの言うことに正面から盾突くということだ。しかし何も言わないというのも、それはそれでまずい。何も言わないでいれば、疑惑は拭えない。それどころか、沈黙は疚しさの証だと思われても致し方ないだろう。

 

「さあ、ヒフミさん。手遅れになる前に」

 

ナギサは重ねてこちらを促してくる。

もしや、知らず知らずの内に何かやらかしてしまったのだろうか。

自分のことだ、あり得ない話ではない。ヒフミは必死に自分の記憶を辿った。

 

何か良くないことをしてしまった覚えはないか。

とはいっても、最近トリニティで暮らす中で何か以前と変わった出来事が起こったわけでもないし、不祥事を起こすようなことはしていないつもりだった。

 

となると、直近の話ではなくもう少し前の話か?

いや、しかし、もっと前のことだとしても、変わったことといえば、アビドス高校の生徒たちと交流を持ったことくらいしか――

 

「……あ、」

 

そのとき、ヒフミの喉からかなり情けない声が漏れた。

 

アビドス。

たった今頭に浮かんだ四文字の並びが、雷に打たれたような衝撃をもってヒフミの脳内を駆け巡る。

 

「――思い出されましたか?」

 

ナギサの顔には、もはや聖母のごとき微笑が浮かんでいた。

微笑、とはいえ、今のヒフミにとっては決して親愛や寛容を表すものとして受け取ることができない表情だった。ヒフミはこの瞬間、逃げ場のない袋小路に追い詰められたことを悟った。

 

つまり、ヒフミには心当たりが――

 

 

 

 

 

これって……絶対、銀行強盗の件じゃないですか!!!?

 

 

 

 

 

ありすぎるほど、あった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あばばばばば……」

 

まるで壊れた蓄音機が再生されるたびに妙なノイズを含ませてくるように、口の端から「あばば……」が溢れ続けて止まらない。止まらないどころか、勢いを増している。

 

終わった。

絶対にあの件だ。

過去に銀行強盗へ加担してしまった件だ。

成り行きだったとはいえ、覆面を被り、銃を持ち、あまつさえ銀行を襲撃した(ついでにリーダーまでやらされた)あの大事件。どう考えても、アウトである。

 

こ……殺される!! このままじゃ絶対に殺される!! どうにかしないと……!)

 

言うまでもなく、銀行強盗は犯罪である。捕まれば、一般的にはヴァルキューレか矯正局送りになる。

 

しかし、今のヒフミの脳内には「逮捕」などの言葉はまるで浮かんでいなかった。「殺される」という、およそ現代の法治国家においては不適切な言葉が真っ先に思い浮かんでいたのである。

どう考えてもあり得ない話だ。いくらナギサだろうと、法を越えて裁きを与えることなどできない。そんなことなど、頭では理解している。

 

しかし、彼女は()()()()()()()

それはここ最近のトリニティの情勢を知っていれば、火を見るより明らかだ。

 

それが一体どういった形になるかはわからない。物理的にかもしれないし、社会的にかもしれないし、精神的にかもしれないし、象徴的で抽象的な、自分には想像もできないような形のものなのかもしれない。あるいはその全部かもしれない。

 

ただ、ナギサはあくまでも法を破らず、あるいは破ったとしてもそれを周囲に悟らせることなく、自分に“死”をもたらすことができる――そんな生物としての本能に根ざしたような警鐘が、ヒフミの五感を埋め尽くしていた。

 

ひょっとすると、最悪の場合、ナギサがやらなくても私たちの“主”が、直々に手を下すかもしれない。

全地の審判者たる方が、今や地上で活動を再会なさっているのだから!!!

 

頭蓋骨の中で、自分の呼吸音がやけに大きく反響している。加えて、自分が今どんな姿勢でいるのかもよくわからなくなってきた。

 

しかし、ヒトの精神というものは、あまりにも追い詰められると、一周して冷静になってしまうらしい。ヒフミもその例に漏れず、恐慌状態に陥っていたはずの彼女は、やがて憑き物が落ちたかのようになんの感慨もなくすとんと腰を落とすと、そのままゆっくりと正座の姿勢になった。

 

そう、なんとも奇妙なことだが、ヒフミはこの場で膝をついたのである。

 

ヒフミは天を仰ぎ、今一度目を瞑った。瞼の裏に焼きつくのは、ペロロ様の姿。もう会うことも叶わない、愛する偶像の幻影。

そういえば、これは偶像崇拝にあたるのだろうか。今のところお目こぼしされているが、昨今の情勢を鑑みるに、いよいよそのうち全面的に禁止されてしまうかもしれない。今でも、トリニティではかなり遠慮がちなペロログッズしか売っていない。だからブラックマーケットにまで出向いてペロロ様グッズを探すなんてこともしたし、その結果そアビドスの面々と出会ってしまい、今この状況に至っているわけで――

 

 

 

(……現実逃避していたはずなのに、シームレスに現実に戻ってきてしまいましたね???)

 

ヒフミは思わず自嘲気味に笑った。「あはは……」という、彼女特有の笑い方だった。

 

もはや、逃げ道はない。

ならばせめて、見苦しく足掻くのではなく、信徒として、ひとりのトリニティ生として、己の罪と向き合うべきなのではないか。そんな殊勝な考えにヒフミは至った。

もちろん、銀行強盗に加担した人間が今さら殊勝も何もないのだが、彼女は自分を客観視できるタイプではなかった。それは彼女の自認が“普通の高校生”であるということが如実に示している。

 

「……ヒフミさん?」

 

ナギサが不思議そうに声をかける。

 

「どうして床に正座を?」

「ケジメです」

「けじめ」

「はい。ケジメです」

 

もちろんけじめは大切である。しかし少なくとも紅茶とロールケーキが並ぶ優雅なテラスで突然始める作法ではないのだが、彼女は自分を客観視できるタイプでは(ry

 

 

「……なるほど、己の過ちと真摯に向き合おうとしているのですね。ではヒフミさん。一応確認ですが、その行為は私が何について言っていたのかを理解し、その上でそれを認めた……ということでよろしいですね?」

「は、はい……!」

「その姿勢は立派です。しかし、このことをヒフミさんに伝えなくてはなりません」

 

ナギサはわずかに困惑したように目を瞬かせたが、コホン、と一つ咳ばらいをした後で、膝をついたヒフミと目線を合わせるように、ゆっくりとしゃがんだ。

 

「ヒフミさん。あなたがあの場でしてしまったことは、褒められたものではありません。あなたのやったことは、多くの方々が見ていました」

 

ヒフミの頭の中に、銀行のロビーが浮かんだ。

床に伏せる銀行員と警備員。鳴り響く警報。銃を構えた自分たち。

 

(『多くの方々が見ていた』……その通りすぎます……)

 

自分のことながら、ヒフミは完全に同意するしかなかった。

 

「あれは、その、成り行きといいますか……私も最初からああするつもりだったわけではなくて……」

「ええ。衝動に駆られてしまったのでしょう」

「しょ、衝動……!? いえあの、ナギサ様。してしまったことは事実ですけど、流石にああいうことをしたいという欲求があったというわけではなくて」

「大切なものを傷つけられたと感じたとき、人は自分でも思いがけない行動を取ってしまうことがあります。だからこそ、己の怒りを正しく律する必要があるのです」

 

“大切なものを傷つけられた”……?

はて、アビドス高校の面々のことだろうか? 確かに、幸か不幸か友達と言える関係になってしまった気がするし、実際彼女たちを助けたくてこの場にいることは間違いがない。

しかし、大切なものを傷つけられたどころか、あの場においてはむしろ彼女たちの方が加害者側だったような……? いや、結果としてアビドスが搾取されていたことが判明したのだから、被害者……?

 

「私が気になったのは、あなたの行動そのものだけではありません。あのような形で怒りを表明してしまえば、周囲の方々にも不安を与えます。あなた自身の品位にもかかわりますし、トリニティ全体の印象にも影響しかねません」

「ううっ……!」

「当時のヒフミさんの姿は、しっかりと映像で拝見しました」

「……!?!?!?!?!? ええっ、えぇ!? 私の姿が映像に残ってたんですか!?!?!?」

「はい。それははっきりと」

 

(終わった……)

 

あれだ。防犯カメラか何かに撮られていたのだ。確かにこのご時世に防犯カメラすべてを潜り抜けられるなんて、そんな都合のいい話あるわけない。覆面こそしていたが、たい焼きの袋に穴を空けただけの粗末な代物。なにがしかの最新技術で解析をかけた結果、自分だと分かったとかそういうことだろう。

ヒフミは絶望した。

 

「ですがそこまで大げさに考えなくても構いません。幸い、現時点で大きな問題には発展していませんから」

「え、そんなことあり得ます? 映像まであるのにですか?」

 

映像証拠まで残っていて、銀行強盗が大きな問題に発展していないなんて、そんなことがありえるのだろうか?

どう考えてもヴァルキューレが飛び込んでくる案件ではないか? 権力で証拠映像を握りつぶしたとかそういうことか? 確かにナギサならできなくもなさそうではあるが……。

 

「相手方もモラルに欠けていましたからね。世間には同情する方々も多いようです」

「ああ、そういう……うん? あれ、今……?」

 

一瞬納得しかけたヒフミであったが、今のナギサの返答にまたもや重大な違和感を覚えた。

 

「『世間には同情する方々も多い』って……んん? あの、もしかして、なんですけど……。私のやったこと、いろんな人に知られちゃってるんですか?」

「はい。ニュース番組で報道されていましたよ。ご存じなかったのですか?」

「えぇえっ!? ニュース番組でですか!?!?!?」

「速報で出ていましたよ」

「しかも速報!?!? ……あいたっ!」

 

ヒフミは思わず立ち上がった。が、正座していた足が痺れていたため、脚がもつれて転んでしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫です……」

 

ナギサに支えられ、ヒフミは何とか起き上がった。

どうやら自分の悪行はバレバレであったらしい。捜査の結果バレたとかですらなく、速報で特定されるとは……。

ヒフミは頭を抱えたくなった。

 

「ああ、鼻血が……。本当に大丈夫ですか?」

「いえ、こんなもの、ティッシュを詰めておけば治ります! お気遣いなく! あいたた……」

「血が乾いたときに張り付いてしまいますから、ティッシュを鼻に詰めるのはやめておいた方がいいですよ?」

「あれ、そうなんですか? ……じゃなくてですね! 私の鼻血なんかよりもお聞きしたいことがあります!」

「はい。何でしょうか?」

「あの、そのニュースって、どんな風に報道されてたんですか……?」

 

自分の悪行が速報で出ていただの、報道されているのに大きな問題にはならないだの、先ほどから理解の追い付かない衝撃の事実ばかりが飛び出してきている。

ヒフミはまずその報道の内容を確かめることにした。というより、確かめずにはいられなかった。

 

「そうですね、概要はこのようなものだったかと」

 

ナギサは記憶の糸を手繰りよせるようにして、ニュースの概要をヒフミに伝えた。

 

 

 

 

 

「『今日午後1時半ごろ、モモフレンズの公式Xアカウントにて、ファンによるイラスト募集が始まりました。これに対し、ミレニアムサイエンススクール所属の芸術研究班は、独自開発した画像生成AIによって作成したイラストを自動ツールを用いて多数投稿し、わずか3分で数千件の応募を突破したことが明らかになりました。トリニティとワイルドハントの一部生徒がミレニアムサイエンススクール前で抗議活動を行い、衝突寸前にまで発展する事態になりました』……こんな感じでしたかね」

 

「…………」

 

 

 

ヒフミは瞬きをした。

 

「ミレニアムサイエンススクール前での抗議活動です。モモフレンズのイラスト募集に関する件で、トリニティとワイルドハントの一部生徒が集まっていたでしょう。あの映像に、ヒフミさんが映っていました」

 

「……あ、」

 

小さな声が漏れた。

 

「……ああ~~~~……」

 

全身から力が抜けた。

そのまま床に溶けてしまいそうだった。

 

ヒフミは、やっと合点がいった。

そうだ。確かに、アビドスの一件の後トリニティに戻ってきてから、ミレニアムに対してデモをしたことがあった。

公式からイラスト募集の告知があって、ファンの仲間たちによるペロロ様のイラストを楽しみにしていた矢先、ミレニアムサイエンススクールの不届き者がAIイラストを大量投稿して荒らしまわったのだ。当然、ヒフミにとってこれは許すことのできないことだった。

 

ヒフミは激怒した。かの邪知暴虐の生徒どもを除かねばならぬと決意した。

ヒフミには人工知能がわからぬ。ヒフミはトリニティの一般生徒である。朝は可愛いペロロ様のアクリルスタンドを眺め、夕暮れにはお気に入りの動画を見て過ごしてきた。だが、愛するコンテンツを荒らされることについては、人一倍敏感であった。

 

先々週未明ヒフミは授業をさぼってトリニティを出発し、野を超え山を越え、百里離れたミレニアムに向かった。そして到着するやいなや、たった一人でデモを開始した。

 

『どうして人様のコンテンツを奪うようなことをするんですか……!! いくら貴女方の頭が賢くても、人の心まであるとは限らないんですね……!』

 

ヒフミは人通りの多い建物の入口の前で仁王立ちになった。そしてその小さな体いっぱいに膨らんだ怒りをすべて吐き出すように、大声で叫んだ。

 

初めはひとりだった。一時間、そして二時間たってもひとりだった。ミレニアムの生徒たちは、狂人を見るかのような視線をヒフミに送った。

三時間経ったころ、ようやく一人の生徒がヒフミに近づいてきた。彼女はヒフミの訴えをじっと聞き、次第に頷き始めた。話を聞けば、彼女もまた噂を聞きつけ、デモにやってきたとのことだった。

 

『まさか自分より先にデモを始める人間が、このキヴォトスにいるとは思わなかった』

 

そう語った彼女の眼は、驚きを内包しつつも、同類を見つけたとき特有の悦びがありありと透けて見えた。

その後、ヒフミと彼女は意気投合し、デモ活動を共に行った。彼女はデモの心得があるらしく、自らの人脈やSNSを利用した拡散によって徐々に仲間を集め、僅か半日後にはミレニアムサイエンススクール前においてトリニティとワイルドハントを中心とした大規模なデモ活動を成功させたのであった。

 

どうやらあの一件が報道されていたらしい*2

ナギサは、その件について、ヒフミを咎めていたのだ。

 

「……ヒフミさんが授業をさぼったということは、この際さておき」ナギサは溜息を吐いた。

 

「いえ、これもまた重要なことなのですが、これはまだヒフミさん個人の問題です。より問題なのは、公共の場での振る舞いのことです。ヒフミさんのペナンシェ様への愛着は――」

「“ペロロ様”です!!!」

 

ヒフミは、いついかなる時でもこの類の間違いを聞き流さない人間だった。

 

「……ペロロ様への愛着は、私も理解しているつもりです。大切なものを守りたいと思う気持ちそのものは尊いものです。ですが、流石に今回の抗議活動中のヒフミさんのご様子は、報道の映像を見る限り、トリニティの生徒としての品格に少々欠けるものであったように見えます。『ペロロ様の瞳に魂なき筆を入れるな』、『AIはコンテンツをダメにする』……だったかと思いますが、その言葉を叫んでいるヒフミさんの様子は、その……少々、いえ、かなり……」

「で、でも! ペロロ様が侮辱されたんですよ!?」

「ただのキャラじゃないですか」

「ナギサ様、それは流石にナギサ様といえど看過できません」

 

「……失礼しました。今の発言は撤回致します。しかし、あのときヒフミさんはトリニティの制服を着ていました。それを着て公共の場にいるときは、常にトリニティの代表としての自覚を持って行動してください。ヒフミさんが悪い人ではないということは私たちは知っていても、あのような映像を他の自治区の人が見たら、トリニティの品格を疑われてしまいますし、それに……」

「それに?」

 

ナギサは言いにくそうにしていたが、言わねばなるまいと腹を括ったのか、一度咳ばらいをしてからこう続けた。

 

「……一緒に抗議活動をされていた、レッドウィンターの方がいらっしゃいましたよね?」

「はいっ! 私が一人でデモをしていたら、協力すると名乗り出てくれたんです!」

「映像を見た限り、デモの大部分はトリニティとワイルドハントの生徒で構成されていたと思うのですが、その方が集めてきたのですか?」

 

「そうです。なんでも、『本来ならレッドウィンターの同士たちを頼るところだが、うちの自治区は海賊版が流通するくらいには著作権にだらしない連中が多いから、革命に必要な“熱”が集まらない。怒れる民衆の多いところに呼びかけるべきだ』とかなんとかで、SNSで人を集めて来てくれたんです。それだけじゃなくて、デモの指揮も執ってくれて……! 自分の自治区以外の出身の生徒ですら取りまとめられるくらい、とてもカリスマのある方で、おかげでデモも大成功しました! 成果としてはですね、イラスト募集のやり直しと、連邦生徒会でAI使用作品へのウォーターマーク表示の義務化についての議論がスタートしたのと、生成AIの開発と使用を制限する連邦法の成立を求める、自治区の枠を超えた政治団体の設立と、あと……」

 

「わかりました。わかりましたから、その方とは今すぐ関係を断ってください」

「ええ? でももう連絡先交換しちゃいました」

「……でしたら、今すぐそのスマホを捨ててください。私が最新機種を買って差し上げますから。その方は危険です」

「ど、どうしてそこまで……? それに、この機種結構お気に入りでして……」

「ワイフォンのモモフレンズコラボモデルが来週限定販売される予定でしたよね? 専用ケースに限定の壁紙もついてきますが、こちらでも構いませんか?」

「はい!! ぜひ!! この場で捨てます! えいっ!!!」

 

ヒフミは躊躇なくスマホを地面に叩きつけた。勿論、ペロロ様のスマホカバーは0.2秒で外してから投げた。

 

「結構です。必ずお贈りいたしますから、この件は他言無用でお願いしますね」

「承知いたしました!」

 

ヒフミは目を輝かせてナギサに感謝した。憧れのキャラクターを身近に感じることができるアイテムは、何物にも代えがたい。今使っているこの機種には三年近く付き合ってきたが、もはや未練はなかった。

 

「……コホン。ええと、そうですね。私からの話は以上です。アビドスの件は何かしら考えておきましょう。ヒフミさんから何かなければ、退室していただいても大丈夫です」

「え、えっと……その、ありがとうございました!」

「いえ。こちらこそ、ヒフミさんがお話に応じてくださってよかった。これで心置きなくアビドスを助けることができます」

 

ヒフミは頭を下げ、ペコペコとお辞儀しながら、その場を後にした。

ぎいい、と重厚な音を立てて大扉が閉まる。

 

「…………」

 

ナギサは、ヒフミが去った後も沈黙しながら、しばし扉の方を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒフミがテラスを去ってから一分も経たないころ、ぱたぱたと慌ただしい足音が廊下の奥から響いてきた。

ドアの前で足音が止まり、ノックの音が三度鳴る。

 

「どなたですか?」

「『誰が神のようであろうか』!」

 

 

 

沈黙。

 

 

 

「……まあ、とりあえず入ってください」

「あれ……? もしかして伝わってない?」

「いや、私はわかりますが。私でなかったら通じなかったかもしれませんよ?*3

「ナギちゃん相手なんだし問題なくない?」

「あなたは間違いなく唯一の存在なのですから、名乗りに奇を衒う必要などないという話です」

 

信心深いのは大いに結構ですが、とナギサは付け加えた。

 

それからバタン、とやや勢いをつけた音を立ててドアが開く。そして先ほどの声の主――友人であり政敵であり、かつ自らと本質的に不可分な立場である人物――が入ってきた。こう言ってしまえば矛盾そのものだが、そもそも三位一体(トリニティ)というこの学園の理念からして、単純な論理学上では矛盾と評されるものなのだ。

 

神は矛盾を超越する。

ならば神の似姿たる自分達にそれができないとどうして言えようか?

 

巷では、「神は自分で持ち上げられないほど重い岩を創造できるか」などという問いを立て、それで全知全能の神の存在を論駁した気になっている人間もいるらしい。

「できる」と答えれば、神はその岩を持ち上げられないので全知全能ではない。「できない」と答えれば、神はその岩を想像できないので全知全能ではない……という理屈だ。

 

ナギサならばこの主張に対してこう答える。

全くもって愚かであり、言葉というものすら満足に扱えない蒙昧な俗流論者たちの語るところは、所詮この程度のものであると。

 

その問いは、一見すると的を射ているようでいて、最初から結論を問いの中に忍ばせている。「神にも持ち上げられない岩」という言葉は、すでに「神にはできないことがある」という前提を含んでいるからだ。

 

全知全能とは何か。

 

それは、あらゆることを知り、あらゆることを成し得るということだ。

ならば、その力をあらかじめ人間の言語や論理の範囲内に閉じ込めてから、「この範囲では矛盾する」と言い立てることに、どれほどの意味があるのか。

 

彼らは全知全能について考えているようでいて、“全知全能”という概念が単純な論理学の枠内に収まるものだとなぜか思い込んでいる。それこそ矛盾ではないか。彼らは“全知全能”というものについて全く考えられていない。言葉の定義すら碌にできないのだから、考えるなど到底不可能な話だろう。

 

彼らは全知全能について考えているようでいて、実際には“人間に理解可能な範囲で最大の能力”を想像しているだけだ。そして、その想像の限界にぶつかったところで、神の限界を見つけたつもりになっている。

 

ああ、烏滸がましいにもほどがある!!!

 

人間の想像力に収まる程度のものを、どうして全知全能と呼べようか。

人間の言葉で完全に囲い込めるものを、どうして神と呼べようか。

 

だから神学とは、厳密な意味では神を解き明かす営みではない。

神を、標本のように切り分け、定義し、掌の上に乗せることなどできない。完全に到達することは、初めから不可能なのである。

 

それでもなお、「何もわかりません」と言って目を伏せるわけにはいかない。

届かないと知りながら、なお手を伸ばす。言葉では覆いきれないと知りながら、なお言葉を尽くす。

理解できないものを理解できないまま崇めるのではなく、せめて一歩でも近づこうと、足場を探し続ける。

 

それこそが、神学という営みなのだ。

 

「もう、ただの冗談なのにお堅いなあ……。でも、そ・れ・よ・り~~さっき出ていった子の話を聞かせてほしいな☆ 最近のお気に入り? ぽわぽわして、ゆる~い感じですごく可愛い! でも、パトロンもほどほどにしないと昔の人たちみたいに破産しちゃうかもよ?」

「彼女とはお金の関係ではありません! それに、ミカさんだってパトロン活動はしているでしょう」

「『パトロン』は私の派閥の名前が語源なわけだし、当然でしょ? まあ、ナギちゃんみたいに高尚なことがわかる訳じゃないから、いい感じに可愛いものを作ってくれる人を見繕ってるだけだけど」

 

彼女の教養でわからないわけないだろうに。

現に語源を知っているということは、ある程度、神の言語とさえ言われる古代語の知識があるということだ。

 

どうしてこの人は定期的に馬鹿な振りをするのだろう、というのが、ここ最近のナギサの疑問だった。

 

「雑談もほどほどにしましょう。さて……本題は何ですか? ミカさん」

「え~? ナギちゃんと雑談するのが本題なんだけどな?」

「どうでもいいような話ではないのでしょう。ティータイム中にわざわざ尋ねてくるということは」

「……う~ん。まあ、そうなんだけど、ちょっとナギちゃんつまんないかも☆」

 

ナギサが声を低くすると、ミカは顔に笑顔を貼り付けたまま、わずかに眉をひくつかせた。

 

「じゃあ、結論から言っちゃおうかな……。ゲヘナで活動してるスパイの件なんだけど。うん、やっぱり“結論から言う”って、なんかビジネスマンっぽくてカッコよくない?」

「“協力者”と言ってください、ミカさん」

「どっちだっていいでしょそんなの。直接的なんだか回りくどいんだか……まあ、続きを言っちゃうと、風紀委員会の部室に入り込めた子がいたって」

「……! 本当ですか?」

「嘘じゃないよ。で、まあ、そこでその子が持ってきてくれた情報を共有しとこうかなと思って。情報の精査とかはそっちに任せるね。――これがその資料」

 

ミカは懐からUSBを取り出してナギサに渡す。

 

「正直、そんなにいっぱい情報を取れたわけじゃないけどね」

「いえ。それでも、風紀委員会の情報にアクセスできたということ自体が成果です。部長が情報部出身ということもあって、セキュリティのレベルは相当に高かったわけですし」

「おお、素直に褒めてくれるんだ?」

「当然です。しかし……」

「しかし?」

「いえ、なぜいきなりこんな大成果を上げることが出来たのか?……ということが気になりまして。ここ一年ずっと難航していたはずですが。サイバー攻撃も上手く行ってませんでしたよね?」

 

ナギサの疑問は最もだった。

空崎ヒナが部長に就任してからというもの、風紀委員会の防諜体制はより洗練されていた。ネットワーク上の痕跡を残さないよう細心の注意を払いながらでは、とても簡単には侵入することは不可能なのだ。

 

「ああ、そういうこと? 今回はサイバー攻撃じゃなくて、普通に物理的に部室に入り込んだらしいよ」

「それはそれでハードルが高いのでは……? 部室なんて、本丸中の本丸でしょう」

「私が聞いた報告だと、ゲヘナで非常事態が起こったらしくて、それを利用して上手く部室に入り込んだんだって」

「非常事態?」

「生徒の脚を舐める変質者?が現れたとかなんとかで。それにかこつけて、堂々と風紀委員会の変装をして『非常事態です!』って感じで、報告しに来たふりをして向こうの部室に突入したみたい。普段なら絶対バレるけど、その時は生徒たちが混乱していたみたいで、うまくいったって。すっごく大胆!!」

 

随分と馬鹿げた話だ。

ナギサは少し呆れた表情を見せた。

 

「そんな話が現実にあります? もしかしてミカさん、私をからかいに来たのですか?」

「えっ、信じてくれないの? じゃあ、その資料を読んでもらえればわかってもらえると思うんだけど?」

「……そうですね。では私の方でも後ほど確認しましょう」

「オッケー。じゃあ、そういうことでお願いね。……あ、そうだ」

「まだ何か?」

「読んでみてもらえればわかるけど、その中に面白い情報が一個あったよ」

 

ミカは目を輝かせながらナギサのほうを見る。

ナギサは片眉を上げた。

 

「というと?」

「なんでも向こうの風紀委員長ってば、尿路結石になったことがあるみたい! 飲み過ぎたのがコーヒーか紅茶かって違いはあるけど、ナギちゃんとおそろいだね☆」

「ミカさん?」

*1
トリニティ総合学園がキリスト教をモチーフとしていることは明らかですが、原作ゲーム内では、その信仰の中核にあたる人物の個人名までは明示されていません。その点を踏まえ、本作ではゲーム内の歴史において当該人物に対応すると考えられる存在について、“キリスト(救世主)”という一般名詞によってのみ言及する方針を取ります。言い換えると、本作ではイムホテプやトマス・アクィナス等実在の人物の名前を出すことを基本的に禁止していませんが、ベツヘレム生まれナザレ育ちのあの有名人の個人名に関しては出すことを避けるということです。

*2
第9話でカヤが見ていたテレビニュースを参照のこと。

*3
「誰が神のようであろうか」はヘブライ語で「ミカエル」と発音され、その短縮形が「ミカ」とされる。




注釈にも書きましたが、ヒフミが映っていたニュース番組は第9話でカヤが見ていたやつです。スパイとヒナの尿路結石の描写は第17話です。

キリスト教まわりのことについては調べながら書いてはいるのですが、元がド素人なので誤情報があれば教えていただけると助かります。

次回からホシノ救出編がスタートします。それに伴ってオシリス&カヤの出番が回ってくるとともに、以前行った警告(暴力的描写)が本領を発揮し始める予定です。




【宣伝】
本作とは関係ありませんが、またブルアカで短編を書いていました。完結済みで、光のブルアカ宣言によってテラー化するという内容です。ご一読いただけると嬉しいです。
https://syosetu.org/novel/411962/
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