オシリスのユメ   作:新人先生

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お気に入り・評価・感想等ありがとうございます!
透明ランキング2位を取ったと思ったら、もう評価バーに色がついて透明部門から追い出されました。
あとルーキーランキングにも入っていたっぽい。匿名投稿だと歴関係なくルーキーの対象になるんですね?

*ひょっとしたら書き出しに見覚えがある人がいるかもしれませんが、それは私が本垢で使ったお気に入りの一節をこすり倒しているからです。他人の剽窃ではありませぬ。


第2話 はじまりの君へ

 想像してみてほしい。

 

 誰にも伝わらなかった言葉が、どこに行くのかを。

 声にならなかった言葉、送信されなかったメッセージ、出しそびれた手紙、言うべきだったけれど飲み込まれた「ありがとう」や「ごめん」。

 

 不思議ではないだろうか?

 

 言葉は本来、人と人をつなぐもの。受け手と送り手がいて、初めて生まれたもののはずだ。

 ならば、受け手を失った宛先の無い言葉たちは、一体誰が受け取っているのだろう?

 

 少なくとも、それらを代わりに受け取ってくれる“アーカイブ”の役割を果たすものが、絶対に存在しなければならない。

 

 人はときおり、“もう誰も覚えていないはずの言葉”に救われる。

 少し違う誰かが、少し違う形で、それを口にしてくれることがある。

 まるで、自分の届かなかった思いが、どこかに拾われて、別の誰かを通じて返ってきたかのように。

 

 だからこそ――彼女は、信じている。

 記録に残らなかった想いも、失われた選択も――きっと、どこかに届いていると。

 

『……私のミスでした』

『私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況』

 

 おかしな話だけれど、人はいつも過去に向かって責任を取っている。

 あのときの自分に代わって。あのとき、わからなかったまま選んでしまった自分に。

 

 そうやって、自らを弁護しながら、同時に裁く。

 そしてたいていの場合、判決は――容赦がない。

 いま、彼女は自らの命をもって判決文をかみしめなければならなかった。

 

『結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……』

 

 人は、選ばなければならない。わからなくても、間に合わなくても、それでも決断を迫られる。

 そして選び終えたあとになって、ようやく「他にも選べたかもしれない」と思い至る。

 自由であることは祝福ではなく、時として呪いだ。

 ――それでも人は、選んでしまったことの責任から逃れられない。

 

『……今更図々しいですが、お願いします。先生』

『きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません』

『何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……』

 

 記録がなくても、人は似た場面で、似たような選択をする。

 だから物語は、繰り返される。別の時代、別の人物が、同じような後悔を積み重ねていく。

 それらのほとんどが、青くて、未熟で、痛ましい。

 

『ですから……大事なのは経験ではなく、選択』

『あなたにしかできない選択の数々』

 

 選択は、物語を変える行為そのものだ。誰の記憶にも残らなくても、選ばれなかった世界は消え、選ばれた方だけが現実になる。

 たった一度の決断が、後に続くすべての可能性を書き換えてしまう。

 

『責任を負うものについて、話したことがありましたね』

『あの時の私には分かりませんでしたが……。今なら理解できます』

 

 責任とはきっと、そうやって“選ばなかった選択肢”を、なかったことにしないことだ。

 見送った道も、言えなかった言葉も、黙って捨ててはいけない。

 だから人は、物語の続きを語りつづける。

 

『大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択』

『それが意味する心延えも』

 

 それは誰の目にも触れない。だが、確かにそこにあった。

 だからこそ、願うのだ。誰かがふとアーカイブを開いて、その痕跡を見つけてくれることを。

 

『……ですから、先生』

『私が信じられる大人である、あなたなら』

『この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……』

『そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです』

 

 この言葉があなたに届かないとしても。

 それでも、語らずにはいられなかった。

 人は、残らなかった言葉を語り直すことでしか、前に進めないから。

 

『だから先生……どうか』

 

 あなたの次の一歩が、この漂流する物語を、違う場所へと繋げてくれるように。

 

 もしこの言葉が、あなたに届かなくても――

 どこかに存在する、あの青く未熟なアーカイブには、きっと残るはずだから。

 

 それで充分です。

 それだけで、この物語は、もう始められるのですから。

 

 

 

 

 

 

『――せい、先生! 起きて下さい!』

「……んあ?」

 

 懐かしい声。意識が浮上する。

 

 瞼の裏に、ぼんやりとした光を感じる。視界は白く霞んでいるが、確実に、現実の刺激だ。

 先生は頭を起こした。どうやら机に突っ伏して寝ていたらしい。枕代わりに頭の下に敷いていた腕が痺れている。

 

 机の上に置いておいた端末に手を伸ばし、画面に向かって声をかける。

 

「おはよう、アロナ」

「おはようございます、先生!」

 

 画面の中から飛び出したのは、元気いっぱいの挨拶だった。

 

 先生は目を軽く擦りながら体を起こす。

 端末の中で楽しそうに回転する少女――アロナは、生徒ではない。超高度仮想演算システム『シッテムの箱』のメインOSであり、先生がこの世界で唯一自由にアクセス可能なシステムだ。

 

「最近忙しかったからかな? すっかり居眠りしちゃってたみたい」

『そうですね。昨日はかなり遅くまで資料を作っていましたし……でも大丈夫ですよ。大事なアポイントメントの前にはちゃんと起こしてあげますから!』

 

 アロナは得意げに胸を張りながら言った。

 

「ありがとう、アロナ。今日も頼りにしてるよ」

『はい! 任せてください!』

 

 画面の中でくるりと一回転。先生はその可愛らしい挙動に自然と微笑みをこぼす。寝起きの倦怠感もどこかへ消え去ってしまった。この瞬間こそが、先生にとって一日の活力となる瞬間のひとつだった。

 

 さて――

 

 そう口にしかけて、先生は端末から顔を上げる。

 

 机の上には積み重なった未読の書類やファイルが乱雑に積まれていた。書類はある程度フォルダに仕分けされているが、きちんと整理整頓されているとは言い難い。

 それというのも、先生は連邦捜査部シャーレ――生徒たちからの支援要請を受理し、各学園自治の枠を越えて活動する特別組織――の顧問として、多種多様な業務に追われていたからだった。

 

 着任して間もないが、思い返せば怒涛の日々だった。キヴォトスにやってきたその日にサンクトゥムタワーの制御権獲得を巡る混乱に巻き込まれたり。その混乱を解決する過程で、D.U.郊外にあるここシャーレの部室を奪還する必要に迫られたり。

 

 そしてその忙しさの中でなんとか立ち上げたシャーレであったため、設立間もない現在、部室の整理整頓が行き届いていないのも仕方ない。昨日も夜遅くまで片付け作業をしていたが、結局全部を終わらせるには至らなかった。ある程度整頓を進め執務室をそれなりに使えるようになったのも、たった数日前のことだったのである。

 

「――そうだアロナ。今日の予定は何かあったっけ?」

『えっとですね、今日は特に大きな予定は――あ、思い出しました!』

「何かあった?」

『はい! 先生宛に手紙が届いていました。確かそこの棚の一番上にあります』

「手紙? 今どき珍しいね」

 

 アロナが指し示した方向に目をやると、確かに執務机の脇に置かれた小さな棚の最上段に封蝋付きの封筒が見える。最近はメールやタブレットでの通信が主流になっているなか、手書きの封筒というスタイルは新鮮な驚きだった。先生は席を立ち、棚に手を伸ばしてそれを取り出した。

 

「差出人は――“アビドス高等学校”?」

 

 封蝋を破って中身を開くと、折り畳まれた一枚の便箋が出てくる。

 

 内容を確認すると、“私たちの学校で暴力組織との紛争が発生しており、外部協力者としてシャーレの力を貸していただきたい”といった旨が丁寧な文体で記されていた。末尾には「奥空アヤネ」なる生徒の署名が入っている。

 

 先生は読み終えた便箋を机に置き、改めて封筒を見つめる。アビドス高等学校――その名前に聞き覚えはなかったが、不穏当な単語が並んだ文章から察するに相当な事態であるのは間違いなかった。

 

『アビドスですか……聞いたことがあります』

 

 先生の視線に合わせるかのように画面に表示される地図アプリ。タップ操作なしにキヴォトスの全体図が拡大されていく。

 

『D.U.を含む市街地とは大きく離れた郊外の地区です。かつては賑わった大都市だったようですが、今はほとんどが砂漠化していると聞きます。かなりの僻地ですね。学校も廃校寸前だとか……』

「その上暴力組織との紛争か……」

 

 手紙の内容が事実ならば、事態は一刻を争う。そしてアビドスは僻地にある関係上、救援を届けるのにも時間がかかってしまうはず。ならば――

 

「アロナ、すぐに出発しよう」

 

 先生は即座に決断すると、端末を手に持ち、出張用のバッグを肩にかける。そして手紙を再度確認してからバッグへ放り込み玄関へと向かった。

 

『ええっ!? もう行くんですか!?』

「だって弾薬が尽きかけてるっていうし、早く行ってあげないと手遅れになっちゃうかもしれない」

 

 急ぎ靴を履く。廊下には昨晩片付けるはずだった荷物がいくつか放置されたままだったが、今は構っていられない。

 

『はわわわ……砂漠地帯ですし、せめてもう少しくらいは準備していった方がいいんじゃないですか? 砂嵐もすごいです! 砂漠ですし!』

「必要なものがあったら途中で買えばいいよ。それにアロナがいるから」

 

 先生の言葉にアロナは赤面し、慌てて画面外に引っ込んだ後、再び顔だけを覗かせて言った。

 

『それはまあ確かにそうですが……うぅ~わかりました! 先生はやると決めたらやるタイプですもんね!』

 

 先生はアロナの了承を得てから廊下に出る。壁に掛けられた鏡に映る自分はまだ少し寝ぼけた表情だった。しかし覚悟を決めた視線はしっかりと前を見据えている。

 

「じゃあ行こうか。アビドスへ!」

『はい! 先生の旅のお手伝いなら任せてください! ルートとか乗り換えの情報とか、色々準備しておきますので!』

 

 二人はそれぞれ声をかけ合ってから廊下を駆け出し階段を降りていく。シャーレの建物から出た瞬間刺すような日差しが降り注ぐ。空気に喉がヒリつく感触を感じつつも先生は一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「――迷っちゃった」

 

 先生の誤算は、アビドスの広さと廃れ具合を甘く見ていたことだった。

 

 公共交通機関を乗り継ぎ、アビドス入りするところまでは順調だった。しかし、問題はそこからだった。アビドスは広大な自治区を誇るのにもかかわらず、駅前にあるはずのバスターミナルがすでに休止状態。レンタルバイク屋は砂嵐で店を閉じている。タクシー乗り場は砂漠に埋もれて見えなくなっていた。

 結局のところ、自治区内の公共交通網が完全に機能停止していたのである。

 

 どうにかこうにか徒歩で中心部を目指しているうち、いつの間にやら住宅街らしきエリアに入ってしまい、今に至る。

 先程までアロナがナビゲーションをしてくれていたのでなんとかなっていたのだが、途中で電波が届かなくなってしまった。通信インフラすら満足に整備されていないとは思ってもいなかった。

 

 そして問題はもう一つある。

 

「お腹が減った……」

 

 そう。お腹が減ったのである。

 

 食料は途中のコンビニで調達してきたものの、地図アプリが使えないため最適なルートを割り出せず、無駄に広いアビドスの土地を彷徨い続ける羽目となった。

 

 そうして気がつけば持参していたはずの携行食は尽きてしまい、加えてこの気候である。喉はカラカラに乾き、腹の虫は鳴きっぱなし。とっくにつぶれてしまったのか、歩けども歩けども食べ物が置いてある類の店は見つからない。そうして体力がどんどん奪われていき――ついに倒れてしまった、というのが先生の現状だった。

 

「……せめて駅周辺で何か買っておくんだったな……」

 

 先生はそう後悔しながら力なく道の真ん中に横たわる。もう一歩も動けない。アビドス高校には助けを求めている生徒がいるはずなのに、このまま餓死してしまったりしたら面目が立たない。

 

「――おーい、そこの男」

 

 その時、遠くの方から声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げると、視界にぼんやりと人の姿が映る。逆光で表情まではよくわからないが、長い髪の少女――という表現が一番しっくりくるシルエットだった。

 

「それは何かの儀式なのか? それともただの変質者なのか?」

「いや……違くて……お腹が減って……」

「腹が減った?」

 

 謎の少女はこちらに近づきながら言う。

 

「この辺りに食糧を置いてあるような店はないぞ。そんなことも知らないのか?」

 

 そう言いながら少女が鞄をひっくり返すと、中からは大量の水筒やらペットボトルがゴロゴロと転がり落ちてきた。少女はその中から水筒を一つ取り出して蓋に液体を注ぎ、そのまま先生の横にしゃがみ込みながら差し出した。

 

「ほら。飲むといい。少しはマシになるだろう」

 

 先生はありがたく受け取り一気に飲み干す。よく冷えたスポーツドリンクのような味わい。渇いた体に染み渡っていく感覚が心地よい。思わず涙腺が緩むのを感じた。空になった容器を返すと、少女は特に気にすることもなく再び鞄へと戻した。

 

「助かったよ。本当にありがとう」

 

 先生はそう言って少女を見上げる。先ほどは逆光でよく見えなかったが、少女の長い髪は緑色をしていた。顔には何故か天秤のマークがついた仮面のようなものをつけていて表情はわからない。だが声色から判断する限り、かなり若いことは間違いなさそうだった。

 

「気にしなくていい。路上生活者であろうと喉が渇くのはみな同じ。このアビドスにおいて水を恵むのは慈悲というもの」

「いや、私はホームレスじゃなくて――」

 

 とりあえず、不名誉な誤解を解くための弁明をしようと先生は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「――で。つまるところ、準備不足が災いして遭難したというわけか。お前」

「面目ない……」

 

 先生は肩を落として項垂れる。一方の少女はといえば、まるで昔を懐かしむかのように目を細めていた。

 

「いや、責めているわけでない。わたしも同じような状況に陥ったことがあってな。気持ちはよくわかる」

「そうなんだ?」

 

 少女はこくりと首肯する。その口ぶりから察するに、過去に相当な経験をしてきたことが窺えた。

それにしても不思議な少女だなと先生は思う。見た目の印象だけでなく話し方や雰囲気もどこか大人っぽいものがある。

 

 そんなことを考えている間にも少女の口からは言葉が続いていく。

 

「あの時は干からびて死ぬかと思った。自分の尿を飲んで生き延びようとまで考えたぞ」

「ええ……なにそれ……」

「だから今はこうして水分を持ち歩くようにしている。備えあれば憂いなしというものだ」

 

 少女はそう言って鞄をポンと叩く。どうやら水分補給にはかなりのこだわりがあるようだ。

 

「それにしたってそんなに必要ないんじゃないかな?」

 

 とはいえ多すぎると一言指摘したくなるくらいには、少女の鞄にはペットボトルやら水筒やらが溢れんばかりに詰められている。

 その指摘に彼女は大袈裟に肩を竦めた。

 

「多少過剰かもしれないことは認めるが、少ないよりは良い。砂漠で迷ったときに助かるのはいつも備えてある食料と水分だけだ」

「まあそれはそうなんだけど」

「それにわたしはこれくらい持ってないと落ち着かないんだ」

「そういうもの?」

「そういうものだ」

 

 少女がそう言い切るので先生もそれ以上追及することができなかった。とにかくこの少女は妙なこだわりを持っているらしい。先生は心の中でメモしておくことにした。

 

「――して、結局のところ、お前はどこへ向かっていたんだ? まさか目的地もないまま歩いていたわけではないだろう?」

 

 先生は我に返り、目的を思い出す。この少女に聞いても分かるかどうか分からないが、どうやらここの土地勘はあるようだし、ダメ元で尋ねてみる価値はある。

 

「そうだ。このアビドス高等学校という場所に行きたいんだけど、場所が分からなくて困っていたところなんだ」

 

 そう言って先生はポケットから例の封筒を取り出す。封蝋は既に開けてしまってあるが、封筒の表にはアビドス高等学校の住所がしっかりと書かれている。これを読めば分かるだろう。

 

「これをどう読めばいいのかは知らないが、学び舎らしき建物ならいくつか思い当たるものがある」

「本当?」

 

 少女の返答に先生は安堵の息を漏らす。良かった。これでどうにかたどり着けそうだ。

 

「良ければ近くまで案内をお願いできないかな? なるべく早く向かいたいんだ」

「ん。構わん。ならば今すぐ出発しよう」

 

 先生の懇願に少女は即答で応え、立ち上がった。その表情には一切の逡巡がない。どうやら人助けをするのが当然と考えているらしい。そうして少女はスタスタと歩き始め――後ろからついてくる気配がないことにはたと気づき振り返った。そこにはまだ道に座り込んでいる先生の姿があった。

 

「どうした? すぐにでも向かいたいのではなかったのか?」

「いやぁ……それが……」

 

 先生はバツが悪そうな顔をして頬をかいた。

 

「実は、もう歩けないんだよね……」

 

 そう言いながら先生は恥ずかしそうに笑った。そんな先生に対して少女は怪訝そうに目を細めつつ首を傾げる。

 

「歩けないだと? どうしたんだお前。足でも折ったのか?」

「違うよ!? お腹が減りすぎてるのと疲れてるのとで動けないだけ!」

 

 慌てて否定する先生を見て少女は一瞬ぽかんとしてから呆れたように溜息をついた。

 

「糖分入り飲料ではエネルギーが足りないか。仕方のないやつだな」

「ほんっとうに申し訳ないのだけど、学校まで背負ってくれたりしないかな?」

 

 少女はあれこれと考えるそぶりを見せ――短く答えた。

 

「――断る」

 

 少女の口から放たれたのは、明確な拒絶だった。あまりにもハッキリとした拒否に、先生は言葉を失う。

 

「え、えっと……」

「背負うこと自体は造作もないし、助けてやりたいとわたしも思うがな」

 

 少女はゆっくりと首を振りながら先生の傍にしゃがみ込み、目線を合わせた。

 

「諸事情あって、わたしはあまり人目につくわけにはいかない。それゆえ、このさびれた住宅街でさえ他人の目を気にして、かつ仮面をつけて歩いている。ましてや成人男性を背負って表通りを闊歩するなど以ての外」

「そんな理由があったんだ」

 

 先生は素直に驚いた。仮面をつけている時点でなんとなく察していたが、やはり何らかの理由があってつけていたらしい。詳しい事情は分からないが彼女にも彼女なりの事情があるのだろう。先生は納得し、とりあえずお礼を言うことにした。

 

「分かった。助けてくれて本当にありがとう。それだけでも十分すぎるくらいだよ」

「いや、とはいえここで見捨てるというのも心苦しい。だから妥協案を提案しよう」

 

 少女はそう言うと、突然先生の前で両膝を曲げてしゃがみこんだ。そして両腕を広げて背中をこちらに向けてみせた。

 

「乗れ」

「……ええっと、さっき断ってなかった?」

 

 先生は困惑を隠せずに少女に尋ねる。そんな先生の戸惑いを知ってか知らずか少女は平然とした態度で答えた。

 

「目的地まで背負う、というのは表通りを通らなければならないから不可能だがな。ここより少しだけ人通りの多いところまで連れていっていやるくらいならできる。そこで別の人間を見つけて案内してもらうといい」

「あー、なるほど」

「そういうことだ。乗らないのならわたしは行くぞ」

 

 先生は迷いを捨てて少女の背中に体を預けることにした。すると少女は意外なほど簡単に先生を持ち上げた。見た目よりもずっと力強い。

 

「わあ!」

 

 その瞬間バランスを崩しそうになり思わず抱きついてしまう。彼女の体は見た目以上に華奢で柔らかかった。一方の少女はといえば特に動じることなく立ち上がった。

 

「しっかりつかまっていろ。空腹でろくな力が出ないかもしれんが」

「うん――よろしく」

 

 

 そうして二人は人目につかない住宅街の隙間を縫うように移動していった。

 

 

 

 

 

 

「ここらで良いだろう」

 

 そう言って少女は立ち止まる。そこは先ほどまで二人がいた場所に比べれば、多少人通りがあるのだろうと感じさせる道だった。今はひっそりと静まり返っているが、郵便受けに差さったままのチラシや、門扉の隙間からのぞく自転車の前輪が、ここが人の暮らしの中にある場所であることをさりげなく物語っていた。と言っても閑散としていることに変わりはないのだが。

 

「ここまでありがとう」

 

 先生は背中から降りると改めて礼を言う。少女は小さくうなずいて返した。

 

「困っている人間を助けないというのは、わたしの理想とする正義や秩序に反する行為だ。礼には及ばない」

「そんなことを言われると私も負けてられないな。よし。お礼といってはなんだけど、これから何か困ることがあったらぜひ教えてよ。その時は私が助けるから」

「ほう、それはなかなか心強い言葉だな。お前のような人間ばかりなら、秩序は崩れていなかったのかもしれぬというのに」

 

 少女は感慨深そうに言う。その様子からは何か別のものを見ているかのような雰囲気が感じ取れる。しかし彼女が何を考えているのかまでは先生には推し量れなかった。

 

「――ん。そろそろ行かねばならんな」

 

 少女が小さく呟いた。どうやらあまり長居をするつもりはないらしい。

 

「もう行くの?」

「ああ。あまり長居をして人目につきたくはないのでな。早めに撤退させてもらう」

「そっか――それじゃあまた。また会えるといいね」

「そうだな――では、達者でな。そなたに崇高の正義と、秩序と、祝福があらんことを」

 

 少女はそう言って踵を返すと住宅街の隙間に消えていく。先生はその背中が見えなくなるまで見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ここから誰か別の人に拾ってもらえるか……」

 

 先生は周囲を見渡しながらつぶやいた。

 少女が「人目につきやすい」と言ってわざわざ連れてきてくれたこの通りだが、肝心の通行人の姿は今のところ見えない。

 

「とりあえず誰かが来るまで、待ち続けるしかないかな……」

 

 そう言いながら先生は腰を下ろし、天を仰ぐ。

 幸いにも空には雲ひとつなく、太陽の光が遮られる気配もない。これなら、いずれ誰かが通りかかるだろう――そんな予想通り、しばらくすると、遠くに人影が見えた。

 

 どうやらロードバイクに乗っているらしい。こちらへ向かって、徐々に距離を詰めてくる。

 

「すみませーん!」

 

 先生は手を振ってアピールした。

 気づいたらしい相手は、こちらに視線を向けながらまっすぐに近づいてくる。そしてやがて、少女は先生のすぐ近くでスピードを緩め、そのまま横付けするように自転車を止めた。

 

 その少女の顔立ちは、幼さをわずかに残しながらも、どこか凛とした印象を与える。銀色の髪に、頭頂部には狼のような耳が揺れていた。

 彼女はロードバイクにまたがったまま、汗を拭い、そして先生を見て、少し怪訝そうな顔をした。

 

「えっと……何してるの?」




最近の寝る前の妄想は、プレ○トの夏○先生シャーレの先生概念です。梅○は女体化して生徒にしてます。女形だし似合う。
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