オシリスのユメ   作:新人先生

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完全な時系列順かつメインストーリーに沿う形式で話を構成すると、原作のテキスト量的に私の執筆速度では話が遅々として進まないと思われるので、適宜バッサリとカット・ダイジェスト化していく方針にしようと思います。
飛ばしたところは後々番外編として書くなどしようかと。早くメインストーリーに関わる部分に接続したいので。


第3話 再会、あるいは初対面

ここ(キヴォトス)に降り立ってからというもの、驚嘆すべきことばかりだ。むろん悪い意味で。

 

この地の者たちは、己が日常の傍らに銃撃戦があることを当然のこととして受け入れている。わたしの時代、武器とは弓であり槍であり、せいぜいが投石器だった。火薬という名の炎を封じた粉末と、複雑な機構を組み合わせた兵器。それが戦闘の主力となっているようだ。

 

他にも空を飛ぶ鉄の船やら喋る板などがあった。空は母上(ヌト)の領域だろうに。分不相応な振る舞いは慎めと言い聞かせたい。

 

そういった身の程を知らない振る舞いをはじめ、この時代の変化を“進歩”と言いきるには疑問が残る。技術は確かに向上しているようだが、互いを容易に傷つけられる兵器が普及し、かつこれほどまでに気軽に用いられているのは、全くもって看過できない問題だ。そして、それが日常だと語る住人たち。なんと痛ましいことか。

 

無秩序――それがこの地に降りて以降、わたしが目にしてきたものの総称であろう。

 

かつてどこかの地には、人類に愛想を尽かし、見限ってしまった神もいたと聞く。彼は地上を徹底して洪水に沈め、一度すべてを清めようとしたのだとか。わたしとしては、洪水とは本来、恵みをもたらすための手段であるべきだと思っている。仮にエジプトにまでその大水を及ぼしていたならば、ヘリオポリス(イウヌ)の神々総出で戦を起こすほかなかったであろう。幸いにも最低限の自省はあったようで、災厄はこちらまで広がることはなかった。

 

一応、彼の地においても完全に滅びを望んだわけではなかったらしく、“箱舟”を作らせ、いくらかの例外には生き延びることを許したという。

 

とはいえ、あまりにも非情な采配ではなかろうか。わたしは、そこまで冷酷にはなれない。むしろ秩序(マアト)とは、本来人間の手に余るものだ。その地を統べる神の威光、あるいは選ばれし王の指導なくして、秩序の維持など彼らにとって到底不可能であり、堕落するのはむしろ当然。できもしない責務を背負わされて困り果てている人間たちを、ただ上からせせら笑うことなど、わたしにはとても忍びない。

 

その領域は、わたしたち神々が責任を持って守るべきものであり、人間の側に自浄作用を期待するのは、あまりに酷というものだ。

 

アビドス砂漠で出会ったカイザーPMC理事と名乗る男はまさに堕落の象徴そのものだった。ここまで穢れることができるのか、とすら思えた。彼はわたしの地を蹂躙し、民を搾取し、器たる少女を――。

 

だから審判を下した。奴の魂は淀んでいた。わたしの目には見える。あの黒く濁った魂を持つ者に、来世など許されるはずもない。たとえ、彼自身が“心臓など持っていない”などと戯言を吐こうと、アメミットの牙は容赦なく“それ”を喰らった。

 

相手が非生物の機械人形でこそあれ、人格を持つ存在である以上、“心臓”に相当する“存在の核”がある。わたしはそれを抜き出した。

 

まあ、機械人形の心臓を取り出すなど、わたしにとっても初めての試みであった。加えて、いまだ本来の力を完全には取り戻せていないこともあり、どうにも奴の心臓は()()()()()()()()()()()()()()()。滅多にあることではないが、現状の力では、今後同じような機械相手の審判が失敗に終わる可能性もないとは言い切れぬ。念のため、心に留めておくべきだろう。

 

ともあれ理事の審判は完了し、わたしはその場を後にした。下位の兵どもに囲まれながらも、どうにかこうにかその場から脱することができた。

 

以降、わたしは仮面をまとい、人目を避けての潜伏生活を続けている。それというのも、砂漠でのあの一件以降追われる身になったからだ。何者かの追跡・襲撃を断続的に受け続けている。

 

犯人を捕まえて裁きを受けさせようと試みているのだが、相当な手練れらしく、いつもあと一歩のところで取り逃してしまっている。そのため犯人の正確な情報を得るには至っていないが、状況的に十中八九カイザーグループの仕業と考えてよいだろう。

 

こうしてキヴォトスに潜伏して生活することになったわたしだが、逃げ隠れに終始するつもりはない。

 

わたしは秩序を取り戻さなければならない。そのためにはわたしが完全な力を取り戻し、ホルスを見つけ出す必要がある。そのためにはこの地の実情を知り、情報を集めなければならない。

 

わたしは各地を巡った。その結果――ただでさえ秩序と正義の崩れたキヴォトスだが――その中でも際立って治安の崩れた地域があることが分かった。

 

主にゲヘナと呼ばれる自治区と、ブラックマーケットなる吹き溜まりの街。

 

特に後者はひどく、行政そのものが存在していない。法律も規則も実質的に存在せず、秩序の欠片もない。あらゆる悪徳が蔓延し、犯罪が野放しになっている。

 

もちろんわたしのアビドスの惨状も見過ごせない。わたしたちが創り出し、育て、繁栄させた聖地が滅びの危機に瀕している。砂漠の侵攻、資源の枯渇による貧困と借金の増大。“カタカタヘルメット団”なる愚連隊の跋扈。

 

わたしの時代と比べ、様々な要素が複雑に絡み合い、互いに影響しあいながら悪循環に陥っている。

 

混沌の坩堝と化したゲヘナ、腐敗の温床ブラックマーケット、そして、わたしにとって特別な意味を持つ地であるアビドス――わたしはこれら3つの地域を順に転々とすることにした。まずはこれらの最も堕落した地域から是正しなければならないと考えたからだ。そこで悪徳を見かければ裁きを下し、弱き者の祈りが聞こえれば手を差し伸べる。治安の崩壊が進む場所ほど、わたしのような“異物”の行動も目立ちにくいという利もあった。

 

ゲヘナに潜伏している間は特に波乱万丈で、秩序の破壊者たち――この時代の言葉で“テロリスト”や“アウトロー”というらしい――と刃を交わすことなりもした。彼らは理事と違い、おそらくは下位の神に準ずるほどの“神秘”を保有しており、機械兵たちとは比べ物にならないほど手強い相手だった。

 

いまだ奴らと決着はついていない。戦いを中断したり引き分けだったりで終わっている。完全な力を取り戻せてさえいれば、あのような悪女どもに勝てないなどという道理もないのだが。わたしは自らの力不足を噛みしめるばかりだった。

 

こうしてわたしはこの地を転々としつつ、秩序の回復を試み続けている。つい最近まではアビドスに潜伏していたが、追跡が厳しくなってきたので、いまはブラックマーケットに活動拠点を移している。

 

ブラックマーケットに移動する途中、大人の男がアビドスの住宅街で行き倒れているのを見つけたが、あの男は今頃無事に目的地へたどり着けただろうか? 受肉直後の一件以降、二度と干からびないようにと、ほんの少し多めに水分を持ち歩くようにしているのだが、あのときはその備蓄の一部を彼に分け与えた。やりとりした限り、澱みのない魂と善性を感じさせる男だった。

 

彼に幸あらんことを――そのようなことを思い浮かべながら、わたしは肩から下げたバッグからオレンジ色の水筒を一本取り出し、中身を一口呷った。

 

「残りは……15本になってしまったか。心許ないな……うむ……」

 

砂漠で死にかけたときの記憶が不意に脳裏によみがえってくる。わたしは頭をぶんぶんと振り払ってイメージを追い出し、水筒のキャップを閉め直してバッグに仕舞った。

どこかで新しく水を汲んでこなければ――そう思っていた矢先、わたしはその場面に遭遇した。

 

 

 

 

 

 

タタタタタタ、と銃声が路地に響き渡る。同時に何かが砕ける音と火花が散った。

ブラックマーケットの狭く入り組んだ道を、一団が駆けていく。

 

「待て!!」

「う、うわああ! まず、まずいですー!! つ、ついてこないでくださいー!!」

 

先頭を走るのはベージュ色の髪をした少女。長い髪を靡かせながら黒タイツに包まれた足を必死に動かし、舗装の荒れた路地を蹴り上げる。

 

背負った巨大な鳥型のリュック――もはや動くマスコットにしか見えないその荷物は、追走の中でバタバタと羽を広げて存在感を振りまいていた。その姿はどこか牧歌的ですらあるが、今この瞬間に限っては切迫感のほうが勝っている。

 

「そうはいくか!」

「くっ! ちょこまかと……!」

 

後方からは数名のチンピラたちが彼女を追いかける。いずれもブラックマーケットという環境に見合った粗暴な風貌だ。この区画では珍しくもない、暴力と犯罪を生業とする連中。彼女らが何に激昂しているかは知らないが、少なくとも穏やかではない理由で少女を追い回していることは明白だった。

 

「わわわっ、そこどいてくださいー!!」

「おお!?」

 

角を曲がり抜けようとしたその時だった。

突然前方から現れた一人の人影に気付き、少女は慌てて声を上げる。しかし制止も空しく衝突してしまい、互いにもつれ合うようにして地面に倒れ込んだ。

 

「――無事か? ただごとではない様子だが」

 

仮面の少女は服についた砂を払いつつ立ち上がり、ぶつかってきた相手へと手を差し伸べる。ベージュ色の髪の少女は一瞬ぽかんと目を丸くした後、急いで立ち上がりぺこりと頭を下げた。

 

「いたた……。ご、ごめんなさい。ケガはありませんか……?」

「気にするな。無事であればそれでいい。それより――」

 

仮面の少女は視線を後方に向ける。

追跡者たちはなおも距離を詰めてきている。路地の先に目をやれば、さらなる人数が増えている様子まで見て取れた。

 

「いや、“無事”ではないようだな。追われているのか」

「そ……それが……」

「なんだお前。どけ! アタシたちはそこのトリニティの生徒に用がある」

「あ、あうう……わ、私の方は特に用は無いのですけど」

 

ベージュ髪の少女は困惑した様子で首を振る。それに対し仮面の少女は腕を組み、チンピラたちの方を睨んだ。

 

「トリニティ……? ああ、思い出した。たしかキヴォトス最大級の学園のうちの一つだったか?」

「そう、そしてキヴォトスで一番金を持っている学校でもある! だから拉致って身代金をたんまりいただこうってわけさ!」

「拉致って交渉! なかなかの財テクだろう? くくくくっ」

 

チンピラたちは口々に叫ぶ。彼女たちが口にした計画は、明らかに正当な行為とは言い難い。しかし彼女たちは堂々と、むしろ誇らしげに宣言してみせた。

 

「どうだ、お前も興味があるなら計画に乗るか? 身代金の分け前は……ん?」

 

仮面の少女はチンピラの中の一人につかつかと歩み寄り、おもむろに右手を握ったり開いたりする動作を繰り返したかと思うと――ズボっと相手の胸部にその右手を突き立てた。

 

「ウ゛ウ゛ッ!? ゴボァッ!?」

 

相手の体内に手を直接潜り込ませているはずなのだが、流血などの劇的な反応は見られない。ただしチンピラ本人は白目を剥いて呻き声を上げる。

 

「な、何をしている! おい!!」

「外野はしばし待て」

「ぐがぁっ、な゛……な゛ん゛だぁ……?」

 

仮面の少女は何かを手探りで確かめるような動きを続けていたが――突如路地に破裂音が鳴り響くや否や、彼女の左側頭部に衝撃が走った。身体は真横に大きく揺らぎ、少女の手は相手の体からすっぽ抜けてしまった。

 

「だ、大丈夫か! お前、体にアイツの手が……あれ?」

 

仲間のチンピラが悲鳴じみた声を上げつつ慌てて駆け寄り、被害者の胸元を確認する。しかし目立った外傷は全く見当たらず、制服のシャツが少々湿った以外は何事もない様子に見えた。

 

「ううっ……」

 

突っ込まれていた本人はといえば、喘ぐのみで、状況が飲み込めないでいるようだった。

 

「物理的に穴をあけるわけがなかろう。審判の前に殺すなど本末転倒極まりないし、それは正義ではない」

「うるせえ!!! 何しようとしたか知らねえが、よくもやってくれたな! お前ら、全員でかかれ!」

 

チンピラの一人がそう号令をかけると、残りのメンバーたちが一斉に銃を構えて引き金を引いた。バラララッと乾いた発砲音が路地に響き渡り、金属的な衝突音と硝煙の匂いが辺りに充満する。仮面の少女はベージュ髪の少女の腕を引っ張り、建物の影へと飛び込んだ。二人が隠れた直後、数発の銃弾がコンクリートの壁を削り取っていく。

 

「……やはり、抵抗されると“審判”を完遂するのは難しいな。不慣れだが、ここの流儀で戦うしかあるまい」

 

仮面の少女はそう言いながら自らの銃に弾薬を込めていく。その手つきはどこかぎこちなく、慣れていないことが見て取れる。

 

「す、すみません……。助けてくれてありがとうございます。大丈夫ですか?」

 

ベージュ髪の少女は困惑しながら仮面の少女を見上げる。その問いかけに対し彼女は短く答えた。

 

「お前、まだいたのか。さっさと逃げんか」

「で、でも……私だけ逃げるなんて……ここは二人で乗り切りましょう!」

「……勘違いしているのかもしれないから言っておくが、わたしは強くないぞ?」

「えっ」

「銃の扱いになれていなくてな。銃撃戦ではあまり役に立てる気がしない」

「ええっ」

 

ベージュ髪の少女は目をぱちくりさせる。瞬く間にチンピラの一人を昏倒させたその手腕からは想像もつかないほど意外な答えだったからだ。そんな彼女を尻目に仮面の少女は淡々と銃を構える。

 

「相手も多いし勝つことは難しい。とはいえ時間稼ぎくらいはしてやる。だからさっさと逃げんか。お前が逃げないとわたしも離脱ができない」

 

仮面の少女が壁越しに銃弾を掃射する。その狙いは的確ではなくとも牽制として効果を発揮するようだった。路地の奥では敵の悲鳴や怒号が飛び交っている。チンピラたちも負けじと反撃しはじめる。

 

ベージュ髪の少女は一瞬だけ逡巡の表情を見せた後、「わ、わかりました!」と言って再び走り出した。

 

路地の隙間を縫うように逃げていくのにつれて、銃撃の音は遠ざかり、やがて聞こえなくなった。彼女は後ろ髪を引かれるような思いで、走りながら何度も背後を振り返っていたが――前方不注意だったのだろう。彼女は再び出会い頭の衝突に見舞われた。

 

「ぐえっ!?」

「わあっ!?」

「うわっ!?」

 

三者が三様の悲鳴を上げながら再び絡まるように転倒する。今度は複数人の女子生徒を巻き込む事故だった。

 

「い、いたた……ご、ごめんなさい!」

「ん。わたしは大丈夫。そっちは?」

「ちょっとアンタ! どこ見て歩いてるワケ!?」

「わわわっ! すみませんー! 逃げてて夢中で周りをよく見てませんでした! 本当にすみません!」

 

ベージュ髪の少女は慌てて謝罪しながら立ち上がる。ぶつかられた側の一人が身に着けていた通信機器から、声が聞こえてくる。

 

『……!! その制服、もしかしてトリニティ総合学園の方ですか?』

「えっ? そうですけど……」

「うへー、この子トリニティのお嬢様? 私らと違ってお金持ちの学生さんだねー」

「わあ☆ こんなところでそんな方に会えるなんて奇遇ですね♪ お名前を聞いてもいいですか?」

 

ピンク髪ののっぺりとした口調の女子生徒が、にやけた顔でからかうように言う。その後ろで黄色いカーディガンを羽織った生徒はにっこりと笑顔を浮かべながら自己紹介を促した。

 

「わ、私ですか?」

「それ以外に誰がいるって言うのさー」

「ほらほら☆ 教えて下さい♪」

 

ベージュ髪の少女は困惑しながらも素直に名前を告げた。

 

「はい。えっと……トリニティ総合学園の二年生で、阿慈谷ヒフミといいます……?」

 

 

 

 

 

 

阿慈谷ヒフミは、アビドス高校のメンバーに出会ってしまったことを半ば後悔せずにはいられなかった。

 

確かに、元はと言えば悪いことをしたのは自分だ。もはや販売されていないペロロ様限定グッズを手に入れるためとはいえ、ブラックマーケットに足を運ぶなんて軽率すぎたのかもしれない。でも、だからと言って――

 

「全員その場に伏せてなさい! 持っている武器は捨てて!」

「言うこと聞かないと、痛い目に遭いますよ☆」

「あ、あはは……みなさん、ケガしちゃいけないので……伏せてくださいね……」

 

 

 

銀行強盗に加担させられるなんてことになるなんて! 

 

 

 

そう。阿慈谷ヒフミは現在進行系で強盗の真っ只中にいる。

言い訳にすらならないのかもしれないが、別に現金を盗もうと企んでいるわけではない。とある書類を手に入れるためだ。

 

自己紹介の後、小鳥遊ホシノは「せっかくトリニティのお嬢さまと出会ったんだし」ということで、情報交換を提案した。

 

ヒフミのほうでも、自分がなぜ追われているのか(身代金目的で拉致されそうになったということ)や、そもそもなぜブラックマーケットなんかに来たのかという理由を伝えると(ペロロ様の限定グッズのため)、小鳥遊ホシノは「私たちもちょうどそういうことのために来たんだよねー」とのことで話が合う。どうやら彼女たちも探しものを目的としていたらしく、“シャーレの先生”の引率のもとこの区画へ赴いたとのことだった。

 

そしてその探しものというのが「生産が中止された戦車の入手経路」だった。どうやら彼女たちの学校はここ連日不良生徒たちの襲撃を受け続けているらしく、先日の戦闘の折、相手が使っていた戦車の型番が現在は製造されていない旧式のものだったと判明したのだという。ブラックマーケットであればそういった戦車の売買ルートがあるかもしれない――そう踏んで、探索に訪れたとのことだった。

 

これも何かの縁と彼女たちとブラックマーケットを数時間の間探索し――疲れ果てて屋台で購入したたい焼きを齧っている時に事件は起こった。

 

偶然屋台の近くにあった闇銀行に、カイザーローンの職員が入っていったのである。

 

アビドス高校はカイザーグループに莫大な借金があり、カイザーローンの職員が現金輸送車に乗って毎月利子を取り立てにやってくる。そのため嫌というほどその職員の顔を覚えてしまっていたのだが、闇銀行に入っていった人物は間違いなくその職員本人だったのである。

 

自分達が支払っていた現金が闇銀行に流れているのならば、それはつまり、ブラックマーケットに犯罪資金を提供しているのと同じことだ。真実を確かめなければならない。そのためカイザーの職員が乗っていた現金輸送車の走行ルートを検索し、自分達の学校にやってきていた車と同一であるかどうかをつきとめようとしたのだが――相手はすべての情報をオフラインで管理していたらしく、何も手掛かりを得ることができなかった。

 

ならば直接銀行に押し入って資料を奪うしかない。そう決意したアビドス高校のメンバーになし崩し的に巻き込まれて現在に至る。

 

アビドス高校の面々はなぜか都合よく顔を隠すための覆面を持参しており、それを着用することで強盗の格好が整った。急遽巻き込まれたのでヒフミの分の覆面の用意はなかったが、たい焼きの袋に穴を空けて適当に改造することで覆面がわりとした。こうしてここに強盗グループ“覆面水着団”が爆誕したのである。そしてなぜかリーダーはヒフミということになった。

 

「ひ、ひいい!」

「そこ、伏せて! 下手に動くとあの世行きだよ!?」

「うちのリーダーは怒ると怖いんだよー? さあ、リーダーのファウストさん! 指示を願う!」

「あ、あうう……みなさん、お願いだからジッとしていてくださいね……」

「わあ☆ カッコいいです♪ リーダーのファウストさん♪」

 

覆面水着団は順調に銀行の職員や警備員を制圧していく。最初は乗り気でなかったヒフミも、ここまで来てしまうともう止まれなかった。もはや逃れようのない共犯者だ。

 

そんな混乱の中――

 

 

 

 

バアン!!!

 

 

 

――突然銀行の入口の扉が開け放たれた。覆面水着団たちは一斉にそちらの方向を向く。

 

「何!?」

「もう警察が来たの!?」

「いえ、違います!」

 

しかし開いた扉から現れた人物は、警官ではなかった。

 

彼女は仮面をつけていた。白磁のような質感のその表面に、黒の紋様が描かれている。天秤――左右対称のその記号が、静かに彼女の存在を裁定者のように見せていた。光を吸い込むようなその装飾が、かえって神々しさを帯びている。

 

髪は長く、緑がかった色彩が淡く広がっている。動きに合わせて、その一房が頬に張りついている。血が乱れた服にシミを作っていたが、既に乾きつつあった。

 

「騒ぎを聞きつけてやってきてみれば……賊の襲撃か。まったく」

 

仮面の下から声が漏れた。澄んだ女性の声音だ。

彼女は静かに店内に足を踏み入れた。その姿勢に緊張感はない。ただ自然体でそこにいる。

 

「あれは……?」

「なんかヤバそうじゃない?」

「えっと……誰でしょう?」

 

その姿を目にして、覆面水着団たちの間に緊張が走った。しかしただ一人だけ――小鳥遊ホシノだけは、緊張とは異なる感情を抱いていた。

 

「……? どうかしたの? 先輩」

「う、うそ……そんな……え、だ、だって……」

「先輩!? どうしたの!? しっかりして!!」

 

ホシノの心臓が激しく打ち始めた。呼吸が浅くなり、視界が僅かに霞んでいく。

 

脳裏に蘇る記憶と感情が混ざり合う。過去と現実が重なり、言葉にならない感情が胸を締め付ける。微かに震える指先――彼女はその感覚を否定しようと試みるが、どうにもならない。仮面こそ身に着けているが、見間違うはずがない。それはまさしく――

 

 

 

「せん、ぱい……?」

 

 

 

――彼女がかつて失ったはずの、先輩の姿そのものだったのだから。

 

 

 

 

 

 

「貴様らか。賊は」

 

仮面の少女が低く落ち着いた声で訊ねつつ、悠然と覆面の集団を睥睨する。その動作は余裕を帯びてはいたが、視線の鋭さと佇まいには一種の凄みがある。まるで支配者――神のように。

 

「せん、ぱい……?」

 

小鳥遊ホシノの全身に戦慄が走る。彼女が目の前の人物を識別するのに必要な時間は刹那だった。

 

目の前にいるのは紛れもなく自分の憧れだった人物。いや、“憧れ”という言葉では収まりきらない存在だった。尊敬を超えた崇拝にも似た感情を抱いていた相手。かつて救われた記憶と痛みが入り混じり、心臓の鼓動が高まっていく。

 

「夢じゃない……ほんとうに……?」

 

ほとんど声にならないほどに小さな声でホシノはつぶやく。他のメンバーは困惑しながら彼女を見る。だがそれに応じる暇はないほど彼女は動揺していた。

 

「なんだ、そこのお前。ボソボソと……ん?」

 

仮面の少女は眉をひそめて覆面の一団を睨む。そしてその視線が覆面をした小鳥遊ホシノに到達した。

 

「お前――ホルスか! 久しいな。被り物こそしているが、その瞳を見間違うわけがない。ようやく会うことができて嬉しいぞ」

「いえ――えっと、その……あの……私は……ホシ――」

 

名乗ろうとして、ギリギリのところでホシノは踏みとどまった。自分達は今まさに銀行強盗の最中だ。いまここで自分の名前を名乗るのはリスクが大きい。覆面で正体を隠している意味がなくなってしまいかねない。だがそれよりももっと深刻なことに気づいた。

 

(ホルス……!?)

 

“暁のホルス”――それは、あの怪しげな黒服の男が自分のことを呼ぶときに使う名前だ。彼は自分のことをなぜか痛く気に入っているらしく、事あるごとに接触を図ってくる。黒服が指定する企業にホシノが所属して貰う代わりに、彼がアビドスの抱えている借金を半分以上肩代わりするという取引も持ち掛けられたことがあるが、そんな不審な条件を受け入れるわけがない。そのため黒服との関係は現在に至るまで微妙なものとして継続している。

 

そんな人物が使っていた呼び名と同じ名前を、目の前の仮面の少女は口にした。それも、親しみを込めた懐かしむような響きで。どう考えても奇妙だった。

 

「……む? しかし、覆面を被っているということは、お前も賊の一味ということか?」

 

彼女の声音に、揺らぎが混ざった。最初に感じたのは違和感だった。自分が知っている“ホルス”――あの清廉で、正義と秩序を貫いた誇るべき我が息子が、賊などと手を組むとは思えない。けれど今、目の前にいるその者は、まぎれもなく賊と共にある。証拠はそこにある。泥棒のような覆面、手にした銃、そして何よりも周囲の者たちと共に行動しているという、明白な事実。

 

「ホルス……お前が、こんな場所に……しかも、こんな連中と……」

 

彼女はひとつ、深く息を吐いた。仮面の奥で目を閉じ、ほんの一瞬だけ、何かに祈るような仕草を見せたあと、再び顔を上げる。

 

「まさか……まさかとは思っていたが。ようやく再会できたというのに、お前が、こんな……」

 

ホシノは慌てて一歩前に出ようとした。しかし、言葉が出てこない。どうすればいいのかわからなかった。ただ、彼女の表情が――いや、仮面の奥に隠された感情が、明らかに悲しみに沈んでいるのを感じた。

 

「どうして……なぜ、堕ちた?」

 

彼女はぽつりと呟いた。その声音は、静かだった。けれどその静けさは、凪ではなく、嵐の直前のそれだった。

 

彼女は仮面に触れた。天秤の印がかすかに鈍く光る。

 

「……違うな。お前が堕ちたのではない。お前を引きずり下ろした者がいるのだ」

 

彼女の視線が、ホシノの背後にいる覆面水着団の仲間たちへと向かう。その眼差しには、もはや迷いはなかった。

 

「そこの連中か。――お前を惑わせ、正義の道から逸れさせたのは」

 

瞬間、空気が弾けるような気配が走った。彼女の周囲から淡く金色の光がにじみ出す。その神秘的な光は、その場のすべての色彩を一瞬だけ変質させた。

 

「ならば、まずは――貴様らから正さねばなるまい」

 

彼女はその声色に怒りを滲ませ――ただ静かに、裁定を下すように引き金に指をかけた。

 

「待って! 違う、ちが――!」

 

だがその声は、すでに間に合わなかった。彼女の引き金が、静かに――そして無慈悲に、引かれた。




この作品を読んでる人は、羂索がユメ先輩を乗っ取る概念も好きだったりするんですかね?
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