オシリスのユメ 作:新人先生
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――バアンッッッ!!
ホシノはとっさに射線上に身を投げ出し、背後の覆面水着団の仲間たちを自分の体で庇った。
「ぐっ――!!」
衝撃に押されてよろめく。だが、倒れはしない。ホシノは歯を食いしばり、姿勢を立て直した。
「先輩っ!?」
「来ないで! みんなは下がってて!!」
ホシノは手を広げ、覆面水着団の面々を制した。
その瞬間――彼女の頭の中には、ある確信が生まれていた。
――彼女は本気だ。本気で自分たちを敵と認識し、排除しようとしている。
「……みんな、目的はわかってるよね。書類を探すことに集中して。ここは私がやる」
背中越しに言い放つホシノの声には、僅かな震えと決意が混じっていた。
「でも先輩っ……」
「いいから!」
鋭く、しかしどこか切実な声音で仲間を制す。彼女はショットガンを手に、仮面の少女と向き合った。
仮面の奥の視線は読み取れない。ただひたすらに、静かで、冷たい。
――本当に……ユメ先輩なのか?
ホシノの脳裏に、昔の記憶がよみがえる。あの最後の口論。あの日を最後に、ユメの姿は消えた。
いくらそうではないと頭ではわかっていても――
いくらあの人が、そんなふうに恨みを抱いたまま死ぬような人じゃないと信じていても――
「……ずっと、考えていました」
ショットガンを両手で構えたまま、ホシノは小さく口を開く。
「もし、あの時ちゃんと謝っていれば。もし、あんな言い方をしなければって」
目の前の少女――やはり“先輩”としか思えない。
けれど、どこか、ほんのわずかに引っかかる。
声も、立ち姿も、あの頃のままのはずなのに――その奥にある何かが、別人のように思えてしまう。
その一方で、目の前の少女がユメ先輩と全くの無関係だとも思えなかった。
「……ずっと怖かったんです」
ホシノはほんの少しだけ銃口を下げる。
「もしかして……あの最後の口論が、あなたの命を奪ったんじゃないかって」
仮面の少女は、何も言わない。まるで呼吸さえしていないかのように、静止したままホシノを見据えている。
「ずっと後悔してた。謝る機会もなく、何もできなかった。なのに今になって、こんな形で会うなんて……」
ホシノは拳を握りしめる。指先が白くなるほどに。
「……もう一度だけ、話をさせてください。戦う前に。それで無理なら……そのときは、全力で止めます。絶対に、これ以上誰も傷つけさせない」
少女の仮面の奥が、わずかに動いた気がした。
それが表情だったのか、それとも単なる気のせいだったのかは分からない。
だが――
「言葉で伝えられることなど、何もない」
それはかつてのユメの声と酷似していた。だがそこから伝わってくる印象は全く異なる。あの母親のような包容力とは違い、むしろ伝わってくるのは――
「
「――!?」
あまりに突拍子もない一言に、ホシノは混乱する。
しかし一方で、揺るぎなく、確信を持ったその宣言は、自分が今まさに感じ取っている印象をズバリ言い当てているような気もした。
「……意味が、分かりません」
渇いた喉の奥から、絞り出すようにして声を絞り出す。まぎれもない彼女の本心だった。しかし、目を逸らすことはできなかった。
「お前の目に映る“わたし”が誰であるかは重要ではない。仮面の下に誰がいようと、わたしは“父”であり、お前は“息子”――あるいは“娘”だ。ここに至ってなお、私の元を離れ、己の道を選ぶというのなら……」
ゆっくりと銃口が向けられる。
「お前自身の意志で、わたしを撃ち、超えてみせろ。それが“神”、そして“英雄”の物語の文法であり、作法だ」
ホシノは、目を見開いたまま立ち尽くしていた。
言葉はもう、届かない。
いや――もとより最初から、届いてなどいなかったのかもしれない。
「……わかりました。話は後でゆっくりしましょう」
ホシノは、ショットガンを構え直した。
「手加減しません。ここで止めます」
仮面の奥が、再びかすかに動いた。
それが微笑みだったのかどうかは、誰にもわからない。
次の瞬間、ふたりは同時に引き金を引いた。
*
轟音。
ふたりの銃口が火を噴き、火薬の臭いが肌を突き刺す。
弾丸は空中で交差するかのようにすれ違い、互いの肩口をかすめる――が、それでもなお、ホシノは一歩も引かなかった。仮面の少女もまた、その場に踏みとどまる。
ただ、その足元の軌跡には違いがある。
ホシノの動きは滑らかで、床を掠めるような接地をしながら無駄なく回避に転じていた。一方、仮面の少女の踏み込みは硬い。歩幅が一定せず、間合いの調整もぎこちない。撃つ瞬間に肘が浮く癖まである。
――素人だ。少なくとも、訓練を受けた人間の動きじゃない。
ホシノはその事実を、最初の三手で見切っていた。
にもかかわらず――引っかかる。
動きは粗雑だ。姿勢も悪いし、間合いの管理も甘い。ホシノ自身、もし戦闘を教える立場だったなら、この少女には一から叩き直しが必要だと即断しただろう。
けれど、その拙さが、どこか異様だった。
荒削りなのに迷いがない。無知であるがゆえに、何かに頼るでもなく、まっすぐこちらに銃口を向けてくる。まるで、訓練も受けず、教本も読まず、独学で撃ち方だけを覚えたかのよう。
そしてなにより――かつての“ユメ先輩”とは、まるで結びつかない。
確かに、ユメ先輩は天才ではなかった。慌てれば動きは雑になるし、判断を間違えることもあった。けれど、あの人は、もっと「人間らしい」戦い方をしていた。
目の前のこの少女には、そういうが部分が一切ない。
――なぜ、こんなにも変わってるのか?
ホシノは、無意識のうちに歯を食いしばった。
「はっ!」
瞬間、柱の影から飛び出した。ホシノは自ら間合いを詰める。仮面の少女が反射的に引き金を引く――だが、それは読んでいた。
身をひねり、タイミングを半拍ずらしながら接近。破片が頬をかすめる。だが気にしない。
一気に懐へ――
「とった!!」
その瞬間。
「……ッ!!?」
横合いから、思わぬ一撃が飛んできた。
何かが唸りを上げて振るわれ――それが、ホシノの側頭部に命中する。
「っ……がっ!?」
重い。鉄のように重く、鈍く、質量がある。拳ではない。武器――だが、相手はそんなものを持っていなかったはず――
身体が宙を舞う。バランスを奪われたまま、全身が勢いのまま吹き飛ばされる。
「くっ……!」
思考が追いつくより先に、背中が壁に叩きつけられた。
――ドゴォッ!!
銀行の外壁が鈍くうなり、ヒビが走り、砕ける。
次の瞬間、視界が反転した。
ガラガラと崩れるコンクリート。吹き上がる砂塵。外気の匂い。
そして、自分の身体が――そのまま外へと投げ出された。
「っ……かはっ!」
背中から落ちた。咄嗟に受け身を取ったが、息が詰まる。衝撃で手のひらが裂け、血が滲む。
「ゴホッ……」
咳とともに喉に残る粉塵を吐き出し、身体を起こす。視界は土煙に包まれ、数メートル先すら霞んで見えない。ざらつく空気と、乾いた匂いの中に――微かに混じる、水の気配。
ホシノは、ふと足元を見る。
「……水?」
アスファルトの上に、水たまりが点々と広がっている。そこに転がる、ひしゃげた金属の筒。縁が曲がり、破裂した缶のように歪んだそれは、明らかに何かの容器――。
「……水筒?」
さらに視線を巡らせる。足元には、かつてバッグだったであろうものと、その中身と思しき複数の水筒が、床に散乱していた。
「――これか……!」
ホシノは、ようやく合点がいった。
金属製の水筒――それも中身入りの――を詰め込んだバッグ。それを振り回せば、下手なバットより遥かに重く、鈍く、破壊力のある凶器になる。
ぐらつく視界のなかで、ふと周囲を見渡す。
崩れた壁。転がった瓦礫。地面に散らばる水筒の残骸。そして、自分の足元を濡らす水たまり。まだ煙のような粉塵が漂っており、あたりの視界は遮られていた。
――自分は、銀行の外にいる。そして中と外の間には、いま、土煙で誰の目も届いていない。
ホシノの目が、ほんの一瞬だけ、何かを思いついたようにわずかに見開かれた。
彼女は黙ったまま立ち上がると、再び走り出した。
*
静寂が戻った。
銀行内部には、崩れた壁の向こうから入り込んだ陽光が、まばらに射し込んでいる。かつて顧客を迎え入れていた広間は、いまや瓦礫と破片と水跡に満ちていた。
オシリスは、わずかに肩で息をしていた。先ほどの打ち合いで服の膝と袖が破れ、肩口に至っては血の筋が垂れていた。
片手には銃。もう一方の手には、何もない。背負っていたバッグは、さきほどの一撃で破れ、床に落ちて中身をぶちまけていた。水筒の転がる音は、まだ鼓膜の奥に残響として残っている。
決まった――のか?
いや、と思う。確かに叩きつけた手応えはあった。間違いなく、彼女は吹き飛ばされた。壁を越え、あの外へと――。
だが、それでも。
それだけで終わる相手ではない。そう、戦いの最中、肌で知った。動きの無駄がなく、踏み込みに迷いがなく、接近の一瞬にすら駆け引きがあった。
少女は構え直す。
視界の先、銀行の正面側。砕けた壁の隙間から、薄く光が差している。再び現れるとすれば、あの正面――
――その瞬間、爆ぜる音が、耳を打った。
それはまったく別の方向からだった。誰もが、動線として意識しないはずの場所――
重厚な壁。その向こう。
轟音と共に、分厚い壁が外側から爆ぜるように崩れた。
「……ッ!」
土煙が視界を覆い、視認ができない。だが、その中に――いた。
逆光に浮かぶ影。砂塵の向こうから、迷いなく飛び込んでくる気配。
ホシノだった。
――建物の外周を回り、反対側の壁を突き破って突撃してきたのか!!!
オシリスは銃を構えるより早く、半歩後退する。
だが、その反応すらも――遅かった。
白い光の切っ先のように、影が跳び込んでくる。
銃を構える隙もなかった。オシリスの視界に、駆け抜ける閃光と衝撃が重なる。
直後、鈍い衝撃が腹部を貫いた。
「――ぐっ!」
一瞬、息が止まった。
ふらふらとよろめいて後ずさり、柱に背をつける。そのまま重力に引きずられるようにして、床へと崩れ落ちた。
ホシノは、一歩だけ息を整えると、ためらうことなく歩み寄った。銃口を下げ、崩れた瓦礫の中でぐったりと横たわる影を確認しようと身を屈める――その瞬間。
「……まったく、容赦がないな」
低く、くぐもった声。
ホシノの動きが止まった。
ゆっくりと、崩れた瓦礫の影から仮面の少女が立ち上がる。頭部からは鮮血が垂れ、半分砕けた仮面が床に落ちる音が響いた。覗いた素顔は、かつての先輩――ユメその人。
ホシノは唇を噛んだ。覚悟していたとはいえ、実際にその顔を目にして、感情が揺れないはずがなかった。
ユメの口元がゆっくりと動いた。
「……ずっと不思議には思っていた。今日、不良どもと戦ったときも、同じ武器を使っていても、誰に撃たれるかによって、受ける痛みが全く違う」
彼女は肩口の血染みを指さす。
「軽い衝撃で済むこともあれば、このように流血することもある。どうしてなのか、一切わからなかった……だが、今のでようやく理解できた」
彼女の瞳が、静かにホシノを射抜いた。
「“神秘”を……銃に込めて撃つことができるのだな? だから“神秘”の多寡や、その相性によって通るダメージが左右される」
ホシノは反応しない。ただ黙って銃を構え直す。
「わたしに連なるものであるお前の“神秘”を受けて――ようやく、感じ取ることができた」
彼女はゆっくりと手にした銃を持ち上げる。
「ならば……わたしも、それにならおう」
ホシノの喉がわずかに鳴った。ぞわり、と肌を撫でるような圧が、空気中に満ち始める。オシリスの銃に、何かが集まりつつあった。
これはただの銃撃ではない。
直感が警鐘を鳴らす。ホシノは瞬時に理解した――このままでは、ここにいる全員が、吹き飛ぶ。
「みんな――伏せて!!!!」
叫ぶと同時に、彼女は跳び出していた。
銃声。
爆風。
光と轟音が、世界を一瞬で塗り替えた。
*
あたりに吹き荒れる衝撃。支えきれなかった柱が倒れ、壁が割れ、屋根が悲鳴のような音を上げながら崩れかける。
少し離れたフロアの一角――そこに身を潜めていた覆面水着団のメンバーたちにも、その衝撃は容赦なく襲いかかった。
「きゃっ……!」
「くっ!」
ノノミとシロコは、ちょうど書類の束を手に取り戻ってきたところだった。だが爆風により視界が一瞬で土煙に包まる。耳に残る鈍い響きと、立っていられないほどの空気のうねり。
セリカとヒフミも咄嗟に身を伏せたが、壁の破片が降りかかり、床に倒れ込む。その身体に目立った傷こそなかったが、全員がしばらくその場から動けずにいた。
「……な、何が……!?」
「先輩、どこ……!?」
荒れ果てた空気の中、彼女たちの声がかすかに交錯する。しかし衝撃の中心にいたホシノの姿は見えない。土煙があまりにも濃く、爆心地の様子はまだ判然としなかった。
やがて、視界がわずかに晴れはじめ――その中から、一人の姿が現れた。
「……不完全な力を、不完全な制御技術で放出するのだから、ほぼ自爆のようにしかならんな」
ごほっ、と仮面の少女――オシリスは咳き込んだ。血の混じった唾が仮面の割れ目から垂れ、かすれた声が乾いた空気ににじむ。肩口からは新たな裂傷が広がっていた。吹き飛ばしたのは相手であるホシノだけではなく、自身の肉体も半ば巻き込んでいたらしい。
それでも、彼女はまっすぐに立っていた。
あまりにも無謀な放出。あまりにも不器用な模倣。だが、彼女はそれを恥じるでも悔いるでもなく、ただ淡々と、現状を観測していた。
「……だが、自分自身の“神秘”であるがゆえに、致命には至らなかった。やはり相性という概念が存在していることは間違いないようだな」
オシリスはふらりと歩を進める。床は割れ、天井は一部が落下していたが、それでもこの建物はまだ“全壊”には至っていなかった。
その理由は、見ればすぐに分かった。
――ホシノがいた。
瓦礫と土煙の中で、ぐったりとうつ伏せに倒れて動かない。だが、その体は周囲にいる者たちを庇うように、爆心地と彼らとの間に横たわっていた。
彼女はとっさに飛び込み、自身の体を盾にして一撃を受け止めていたのだ。
「……庇ったか」
オシリスの目がわずかに細められる。
オシリスはホシノに近づいた。土埃の中、瓦礫を踏み分けながら、その体の傍らにひざをつく。
「……こんなにも無茶をしてまで、守りたいものがあるのか」
問いは宙に浮いたまま、誰にも返されない。
彼女は、静かにその手を伸ばした。
「邪魔の入らないところで、話をしよう。息子よ。いまこそ、積もるものがあるだろう――」
その瞬間だった。乾いた破裂音。風を裂くような小さな衝撃。
オシリスの後頭部に衝撃が走った。
「――ッ!!」
視界が揺らぐ。脳に電撃が走ったような感覚。身体が傾きかけたが、なんとか踏みとどまる。
この世界に来てから何度も味わったあの感覚――狙撃だ。
振り返ると同時に銃口を向けた。
瓦礫の向こう、逆光の中に浮かび上がる細身の影。
赤く波打つ長髪が風に揺れ、頭上には禍々しい紋章――まるで標的の位置を明示するかのように、鮮烈な赤い光が円環を描いている。
彼女は薄く笑っていた。
ロングコートを肩から羽織り、白のシャツ、首元には赤いリボンタイ。その装いはどこか優雅で格式ばっていながら、膝上まで露出したタイトスカートとヒール付きの靴が、挑発的な自信を物語っていた。
その腕には、異様に長く重厚なスナイパーライフル。金属の装飾が施されたそれは、工芸品のように美しく、同時に獣の牙のように冷たい殺意を滲ませている。
そして――なによりも目を引くのは、頭から生えた角。
見間違おうはずがない、彼女は――
「――“便利屋”!!!」
「お久しぶりね――“裁判長”さん。ゲヘナで会った時以来かしら?」
狙撃の主は、便利屋68の社長――陸八魔アルだった。因縁の再会を前に彼女は皮肉めいた笑みを浮かべながら銃を構え直す。その後ろから何人かの影が続いて現れた。
「あ~、アルちゃん、絶対今『決まった!』って思ったでしょ! あはは!」
「ムツキ!? べっ、別にいいでしょう!? ちょっとくらい決めポーズをとったって……」
「か、カッコよかったですよ……アル様……」
「ほらハルカだってそう言ってるじゃない!」
「社長、ちょっと落ち着いて」
便利屋68の面々が次々に登場する。彼女たちの表情には余裕が浮かんでおり、状況を完全に把握したうえでの出現であることが伺えた。
「お前ら……! なぜここに……!」
「融資を受けに来たのよ。最近入り用なの」
「6時間も待たされた挙句、断られちゃったけどね?」
「だからムツキ! それは言わなくても――」
「……まぁそういうわけなんだよね。本当にただの偶然だよ」
再び議論が発散しかけたが、カヨコが話をまとめる。アルはコホン、と軽く咳払いすると仕切り直すように続ける。
「とにかく、たまたまとはいえ――彼女たち“真のアウトロー”が世紀の大犯罪を成し遂げようとしているところを、宿敵のあなたが阻止しようとしてる。そんな場面を黙って見てるわけにはいかないでしょう?」
アルの声には熱がこもり、“真のアウトロー”の活躍を間近で見た興奮と感動がありありと滲んでいた。彼女は目を輝かせながら続ける。
「――というわけで。ここからは私たちがあなたの相手をするわ。そこのお嬢さんたちに何かしたいのなら、私たちを突破することね!」
「……舐めたことを!!!」
オシリスは銃を構えた。彼女にとってここからの状況は完全に想定外。強盗達だけならともかく、ここで便利屋たちまで敵に回るとは。彼女は焦燥と共に銃を向ける。
――しかしその瞬間、彼女の体に何者かが飛びこんだ。
「――なっ!?」
そのまま絡み合うようにして倒れ込む。オシリスは何が起きたのかを理解するのに時間がかかった。突然押し倒された彼女は慌てて身を起こそうとするが、
「ぐっ!」
上に乗っかった何者かがそれを許さない。
「……たな」
「……!!」
「お前、今、アル様を撃とうとしたなああああ! 許さない許さない許さない許さない許さな」
彼女の身体の上で馬乗りになりながら怒声を浴びせたのはハルカであった。彼女は狂気とも呼べるほどの忠誠心を見せつける。
「くっ……! 狂人め……ッ!」
「ハルカ! その調子よ! この隙にムツキはそこのピンクの人を回収して! カヨコは他のメンバーの人に声をかけてきて!」
「了解!」
「りょうかーい♪」
アルの指示に従い、ムツキは倒れているホシノの方へと駆け寄る。そしてムツキはホシノの傍まで辿り着くと膝をつき、彼女の脈を確かめた。
「……まだ生きてるみたい。よかったー♪」
ムツキは安堵したように微笑むとホシノの体を持ち上げる。そしてそのまま彼女を肩に担ぎ上げると
「はいターゲット捕獲完了っと」
「……ッ!」
「くふふ、ちゃぁんと責任もって預かるから安心して?」
ハルカによって押さえつけられたままのオシリスに向けてニヤリと笑う。そして軽快な足取りでその場を去っていくのであった。一方その頃――カヨコはシロコたちの元へ駆け寄っていた。
「アビド――そこの人たち、大丈夫?」
「え……?」
声をかけられ、倒れていたシロコが身体を起こす。他にも数人が土煙の中から立ち上がりつつあった。そしてカヨコの姿を認めると目を丸くする。
「便利屋……! どうしてここにいるの!?」
「あーいいからいいから。私たちは味方……と言っていいのかわからないけど、今はとりあえず助けるから。ここは任せて一旦外に出て。今お仲間も連れてくるから」
「え、でも……」
「とうちゃーく♪」
ムツキが戻ってくる。その肩に担がれているのはホシノの姿だった。
「――先輩!」
「はーい、ちゃんと連れてきたよ。一緒に連れていってあげて。こっちに残ってたら面倒なことになるし」
「あなたたち、どういうつもり?」
「さっきも言った通り。助けただけ。私たちもいろいろと事情があってね」
シロコは訝しげな表情で彼女たちを眺めていたが、やがて納得したように小さく頷く。そしてホシノの体を抱き寄せた。
「――みんな、離脱しよう!」
「でも書類は!?」
「もう見つけてる! 行こう!」
「……分かった!」
シロコはホシノを支えながらその場を後にする。それに続くようにして他のメンバーたちも続々と立ち上がって行くのであった。それを見送ったカヨコは満足げにうなずく。
その場に残されたオシリスは、なおも地面に押さえつけられたまま動けずにいた。
だが次の瞬間――彼女は、まるで蛇のような俊敏さで身を捩らせると、ハルカの腕を片手で払いのけ、その身体を強引に突き放す。
「わっ――!?」
馬乗りになっていたハルカが、押し飛ばされて地面に転がる。反射的にムツキが駆け寄って手を差し伸べた。
「大丈夫? ほら、立って立って♪」
「は、はいっ……!」
そうして便利屋68の面々が再び一列に並ぶころには、オシリスはすでに立ち上がり、半分割れた仮面越しの視線で彼女たちを射抜いていた。
彼女の口元がゆっくりと動く。
「……許さん。許さんぞ陸八魔アル」
重く、冷徹な響きが空気を裂く。
「罪を犯した者を庇い、馴れ合い、笑い、誇らしげに自己を肯定する……お前たちもまた、“わたし”の裁きを受けるべき存在だ」
「あーあー、何かよく分からないこと言い始めたよこの人。大丈夫かな~?」
「な、なんですか……この人……。前から思ってましたけど、やっぱり頭がおかしいんじゃないですか?」
オシリスの言葉に対し、ムツキが軽く茶化すような口ぶりで煽り、ハルカは困惑した表情で呟く。カヨコとアルも同じように苦笑していた。
彼女たちの態度を見てオシリスは忌々し気に眉をひそめる。そして冷めた眼差しを向け続けた。
「お前たちが持っているのは――黴の生えた、死んだ道徳だけだ」
沈黙が落ちる。
オシリスは一歩、こちらに歩を進めた。
「お前たちなど“人間”に値しない! 操り人形だ! 死蝋だ! 木乃伊だ! 骸骨だ!!!!」
便利屋たちは小さく顔を見合わせる。
「……それで結構よ」
アルが静かに言う。
「アウトローには最高の誉め言葉だわ」
「くふふ、特にハルカちゃんなんて~、人間っていうよりダイナマイトって言った方が近いときもあるもんね?」
「え、えっと……すみません、それってどういう意味ですか……?」
「え!!? えっとね……まあ、その。扱いさえ間違わなければとても役に立つってことよ! ねえ、ムツキ!? そしてわたしはあなたを最高に上手く扱えるわ、なんたって社長だもの!!」
「え、えへへ……さすがアル様、ありがとうございます、最高にうれしいです……。一生ついていきます一生使ってくださいお願いしま」
「恍惚に浸ってる場合じゃないよ、ハルカ」
カヨコが冷静にツッコミを入れると、ようやくハルカも我に返る。アルは咳払いをすると改めてオシリスの方へ向き直った。
「さて――話は終わったかしら? ここからは私たち全員が相手になってあげる。ハルカ、準備はいい? もう一度――」
「はい! いつでも起爆できます……!」
ハルカの言葉に便利屋たちはギョッとして振り向く。ハルカの手には何かのスイッチが握られていた。
「……ちょっとまって。『起爆』……って何の話?」
「はい! アル様の提案を銀行員どもが断った時のために……すべての手持ちの爆薬を仕掛けました……! そしてこの起爆装置を起動させれば……このフロアの全てが消し飛びます……!」
「え゛!?!?」
驚愕する陸八魔アル。急速に肝が冷えていく。
「ちょっと待って。ハルカ! どういうこと!? 聞いてないわよそんな話! 本当にダイナマイトになってどうするの!!!」
「あははっ! お腹痛い!! アルちゃん、すごい顔してる!!」
「……まあ、なんとなくこういうことになる予感はしてた」
「ハルカ! いい子だからちょっとまって――」
だがアルの叫びもむなしく――
「――起爆します……!!!」
ハルカが勢いよくスイッチを押した。
そうして、半壊状態だった闇銀行は全壊した。
*
カイザーグループの運営するとある病院の一角、各団体の要人やVIP専用に用意された施設であり、最新鋭の設備と厳重なセキュリティが施されたその部屋で、二人の大人が秘密裏の会談を行っていた。
一人はベッド脇の簡素な椅子に腰かけた黒いスーツ姿の男。正確には、“男”と言ってよいのかは判然としない。頭部は黒い塊のようになっており、右目に相当する部分に空いた大きな穴からひび割れが走っている。
「……まずは、ご無事で何より。そして入院中にもかかわらず、こうしてお時間を割いていただきありがとうございます。お加減いかがでしょうか?」
「良くはないな、こうして臥せっているくらいには」
「私としても心を痛めております。ささやかながらお見舞いの品をお持ちしました。ご笑納いただければ」
「社交辞令はほどほどでいい、私が形式的なやり取りを嫌うことは知っているはずだ」
「これは失礼しました。お気を悪くされたなら謝罪します」
「……わざわざ
“元”カイザーPMC理事は険しい口調で来客の男に応えた。
己の道を選ぶというのなら、お前自身の意志で、わたしを撃ち、超えてみせろ
=父親として息子の過ちは死んでも止める!!!
ハルカすき。自分の中でミノリとツートップを争っている。
ところで戦闘描写って難しいですね、初めて書いたけどこんなに大変だとは……
あと本話に登場するセリフの元ネタ解説をちょっとだけ作ってみたので、興味がある人は覗いてみてね↓
https://notes.underxheaven.com/preview/30366dc3b87a145d55f9e8b800309463