オシリスのユメ   作:新人先生

7 / 17
解答③ですが想定外に筆が乗ってしまったので、前編と後編の二つに分け、後編は今日の午後9時30分ごろに投稿します。

そして前話のあとがきで宣伝したブルアカ短編ですが、日間短編ランキングでほんのいっときトップに到達しました(総合ランキングじゃないからか自慢できるほど閲覧数は伸びていませんが)
ありがとうございます!!!!! まだ読んでいない人も是非! 

ところでアンケート結果を見る限り、「オシリスのユメ」を読む動機が「神話要素」である、という人が想定以上に多かったです(ホシノ曇らせが一番ですが)。今後の方針の参考にするとともに、ついでに気づくのが難しい第1話の神話要素の裏話を綴ってみました。あとがきにリンクを置いておくので、よければ覗いていってください。結論だけ予告的に紹介すると、「神話ネタの挿入」とかだけじゃなく、第1話「全体」を神話と同じレシピで書いていたよ、という話です。相当にニッチな背景なので、自分で読み取れていた人は本当にすごいと思います。


第7話 【前編】正義とは【解答③】

その日、連邦生徒会防衛室長、不知火カヤは憂鬱な気分であった。

 

一つ一つは些細なものだが、案外積み重なると気が滅入る。例えば今日は早朝から目覚ましが故障していた。普段より起床が30分遅くなり、結果、朝食を食べる時間がなくなった。信号待ちをしていても、いつもより時間がかかったような気がする。オフィスについてからも、お気に入りのコーヒーを切らしていて、好みより苦いブラックを飲むことになった。

 

「……チッ」

 

オフィスで残業を続ける不知火カヤは、苛立ちを隠さず舌打ちをする。山積みの未承認書類。そして大量の決裁が必要な案件。

こんなもの、本来私に回すまでもなく、部下の業務範囲だけで解決できるようなものばかりだ。私は決裁するためだけに雇われているわけではない。もっと上位の判断を迫られるような重要な決定を下し、組織を導くことこそが私の責務のはず――

 

不知火カヤの胸の底では、焦燥と言おうか、嫌悪と言おうか――そういった苛立ちが、得体のしれない不吉な塊のようになって燻り続けていた。

 

それはなにも、たまたま今日が不運続きであるというだけでなく、あの日以来ずっと感じていたことであった。

 

アビドスでの、あの事件。カイザーPMCの理事が襲撃された、あの日。

 

『カヤ室長。奴をこのまま表に出すのは得策ではない。我々の計画が疑われれば、巻き戻しはきかない』

 

数ヶ月前、執務室で交わされた会話が、頭の片隅を過る。今ではほとんど煙草のように――吸ったことはないが――記憶の奥で燻ぶっているが、それでも時折、鮮烈に蘇るのだ。

 

防衛室は伝統的に私企業と密接につながっており、カイザーPMCもその一つ。言葉を選ばずに言ってしまえば、賄賂やら便宜やらを相互に供与することで成立してきた、暗黙の共犯関係であった。これは何も不知火カヤが防衛室のトップに就任したからという話ではない。代々の室長に脈々と受け継がれてきた伝統なのである。当然カヤも例外ではなく、むしろ積極的に利用していた。というよりは現在の地位を得るために、それらの力を利用しなかったといえば嘘になる。

 

資金、武器、情報――どれ一つとして、防衛室の活動から切り離すことはできない。そしてそれらを裏で担保しているのが、彼ら外部組織との“蜜月な関係”なのだから。

 

『真相が露呈すれば、アビドスへの土地取得も頓挫する。我々が膨大な時間をかけて水面下で進めていた計画が、世間に露呈することになる』

 

あの時の重役の声には、確かに苛立ちが滲んでいた。それも無理はない。梔子ユメ――生徒会長という肩書を持つその少女が、カイザーPMCの理事を標的にテロを起こしたとなれば、世間は黙っていない。

土地の買収も、住民の圧力も、すべては帳簿の裏側で完結させるはずだった。それなのに、堂々と乗り込んできて銃を突きつけるなど――。

 

『私の方でどうにか処理しましょう。“持ちつ持たれつ”――期待していますよ?』

 

彼らに救いの手を差し伸べたのは、彼女自身だった。

警察組織・ヴァルキューレを束ねる権限が試される場面。カイザーの求めに応じることで、カヤはさらにその影響力を強める――そういう心積もりだった。

 

真犯人が梔子ユメであるという情報は、いまや限られた内部の人間にのみ共有されている。カヤ自身、いくつかの報告書に手を加え、証拠の流通を抑えた。隠蔽のために、ヴァルキューレの一部部隊を水面下で動かしたこともある。

 

そうして、もう一つの手札として――FOX小隊。

 

『そちらの精鋭を、追跡に当てることは可能か?』

『ええ。ちょうどいい手駒が最近手に入りましてね。まさにこういった任務にうってつけです、ふふっ』

 

カヤは、自らの私兵とも言えるFOX小隊を捜索に派遣した。彼女たちは、あの奇妙な仮面の少女――ユメを何度か補足している。だが、いずれも決定打を欠いた。あと一歩のところで、するりと逃げられてしまう。逆に()()()()()で反撃を加えてきて、撤退を余儀なくされることもあった。

 

とはいえ、実のところカヤは大して焦ってはいなかった。仮にユメを捕捉できなかったとして、困るのは自分ではなくカイザーである。恩を売るために、“捜索に協力している”という姿勢を示せれば充分だった。

 

そしてFOX小隊の任務の失敗は、むしろカヤにとって好都合な面もあった。任務が失敗すれば、それを口実にFOX小隊に責任を問うことができる。SRT特殊学園の存続に腐心する彼女たちは、ただでさえカヤの命令を遂行するしかない立場。作戦失敗の責任を問う形で彼女たちをがんじがらめにし、さらなる弱みを作ることができれば――それはそれで“成果”と言えよう。

 

つまりは、どちらに転んでも損はなし。FOX小隊にはせいぜいカイザーの尻拭いに働いてもらう。そしてうまくいけば手札が増え、そうでなくとも貸しをひとつ作り、次の作戦のための布石となる。

 

「……まあ、本当に捕まえられたなら、それはそれで。手持ちのカードが増えるだけですから」

 

カヤは一人呟くと、ふぅと溜息をついて目の前のモニターに目を落とす。彼女の意識は完全に現実を離れていた。

 

今、カイザーの要請を受けて、表向きにはカイザーPMC理事および梔子ユメは死亡したというカバーストーリーが流布されている。それぞれの死に関連はなく、完全に別件の事件として扱う形だ。

 

実のところ、理事は生きている。だが、それをユメに知られてはならない。あれだけのテロを起こした相手に、生存情報が渡れば――理事の命は、再び危険に晒される可能性がある。だから、“死亡”として扱った。

 

ユメに対する彼の個人的な恨みは相当なものであり、()()()()()()()()()()()()()()、復讐を考え始めてもおかしくない。彼を表舞台から退場させることは、ユメのみならず彼自身が暴走する可能性を封じるという意味でもあった。

 

「ふぅ……」

 

溜息と共にペンを放り出す。椅子の背に体重を預けると、きぃと僅かに軋む音がする。書類整理は終わりそうにないが、このまま続けても効率が落ちるばかりだ。

 

窓の外を見遣ると、キヴォトス全体を覆う蒼穹は暮れを迎えつつあった。淡い橙色の光が建物群を斜めに貫いていて、雲の縁を金色に染めている。この景色を美しいと思う気持ちと、それを見てもなお疲労感に包まれる今の自分がどこか乖離しているようで、奇妙な居心地の悪さを感じた。

 

現実から逃避するようにして、カヤは過去の出来事を回想していた。

 

『……梔子ユメについてですが、“行方不明”では不十分です』

 

かつて公安局局長・尾刃カンナに対して、カヤが口にした言葉である。

 

『行方不明扱いでは、ヴァルキューレが行方を捜索しなければならなくなってしまいます。その中で真相が漏れかねません。死んだことにすれば、探す必要性はなくなります』

『……しかし――』

『カンナさん、私は“犬”は聞き分けのいいのが好きです』

 

一瞬、沈黙が落ちたあと――

 

『……承知しました』

 

あの時、尾刃カンナは僅かに目を伏せていた。彼女にも彼女なりの正義感がある。だが、装備が常に不足しているヴァルキューレの運営には、どこかで潤滑油が必要なのも事実。だからこそ、資源を融通してくれるカヤには逆らえない。自らの正義と現実の間で揺れる、そんな中間管理職の目。もしくは、そんな気があるわけでもないのに秘められた嗜虐心を奥底から掘り起こしてしまいそうな表情。

 

「――ふふっ、“責任”は人を変える、というやつでしょうか」

 

――と、カヤが記憶の淵を彷徨っていると、部屋の扉が乱暴に叩かれた。

 

「どうぞ」と促す間もなく、防衛次長が慌ただしく駆け込んできた。

 

「カヤ室長! 申し訳ありません、緊急の報告がありまして……」

「……本当に“今”報告しなければならないことなんですよね?」

 

カヤが視線を上げると、防衛次長は一瞬たじろぎつつも、頷いた。

 

「はい、FOX小隊から緊急の連絡が入りまして……こればかりはどうしても、と」

「――!」

「そういう訳でして……話題が話題ですので、ドアを施錠してもよろしいでしょうか?」

「――なるほど。本当に緊急のようですね。締めきって構いません」

 

そう答えると、防衛次長は急いで扉を閉じ、錠をかけた。

 

「で、そこまで切羽詰まった様子の理由を聞かせてもらえますか? 簡潔に、結論からお願いしますよ」

 

防衛次長は一度息を整え、しっかりとカヤの目を見据えて言った。

 

「梔子ユメが――ブラックマーケットで発見されました。そして現在、身柄を拘束済みです」

「――っ……!!!!」

 

 

 

 

 

 

「――このことを、カイザーに報告しましたか?」

「いえ。まだ報告しておりません。医療スタッフには厳重に箝口令を敷いております」

 

不知火カヤはつかつかと早足で病院の廊下を歩きながら防衛次長の報告を聞いていた。

彼女の表情は平静を保っていたものの、内心ではさまざまな考えが渦巻いていた。まさかこれまではFOX小隊でも捕捉しきれなかった彼女がこのタイミングで確保されるとは――。これはもはや僥倖と言ってもいいのかもしれない。

 

「賢明な判断でした。ひとまずこの件については内密にお願いします」

「もちろんです! カヤ室長のご指示を仰ごうと思い、ひとまずFOX小隊に見張らせていました。覚醒後に暴れだすことなど懸念した結果だったのですが、幸いにも大人しくしているようです。仮にそういったことを試みたとして、怪我の状況を鑑みるに到底無理だとの見立てです」

 

廊下の照明は白く無機質で、壁面のリノリウムがその光を鈍く映している。

カヤが歩みを速めると、革靴の踵が床を弾く乾いた音が反響した。

 

二人は目的地に到着する。病室の扉の前。既に防衛次長の手配により、人払いが完了されていた。

ここは防衛室直轄の医療施設の一室。防衛室は治安維持を目的とする組織であり、必然的に暴力沙汰に巻き込まれることが多い。そのため、公的な病院を使えない患者――要人や政情不安定な時期に保護した民間人などを匿う施設が存在していた。防衛室長たる不知火カヤは、これらの施設について詳細を知っている数少ない人物であった。

 

「ここが件の――」

「そうです。FOX小隊がブラックマーケットで発見後、護送し検査を行いました。闇銀行の強盗および爆破事件の現場で倒れていまして……犯人なのか、巻き込まれたのかはわかりませんでしたが――少なくとも犯人と接点がある可能性が高いと見込まれます」

「本人確認はできたとのことでしたね?」

「はい。生体データ照合で確認済みです。梔子ユメと断定できます。しかし――」

「しかし?」

 

カヤが眉をひそめると、防衛次長は躊躇いながら続けた。

 

「いえ……カヤ室長が直接ここに来られる必要はあったのかと思いまして。既に本人確認は取れていますし、FOX小隊の報告は量・質ともに信頼に足るものでしたので……直接会うこと自体が一つのリスクになるということもあり得ない話ではありません」

「……なるほど」

 

カヤは一度瞼を伏せ、再び開く。瞳の奥に宿る光は鋭利な刃物のようだった。

 

「防衛次長。私が出向いた理由を理解していないようですね?」

 

防衛次長は反射的に背筋を伸ばす。「申し訳ありません。説明いただけますか?」と応じた。

カヤは指先で軽くドアノブに触れながら小声で言った。

 

「この件に関しては、私が全てを把握しておく必要があります」

 

――無論、防衛次長の言うとおり。安全策を考えるのであれば、FOX小隊からの報告内容をもとに判断するのが適切だろう。その方が安全性は高い。しかし――今回に限ってはそれで済ますことができない理由がある。

 

「と言いますと?」

「カイザーがあれほど血眼になって探している以上、彼女はおそらくカイザーの急所です。言い換えれば、使い方次第でキヴォトス最大規模のコングロマリットを支配下に置くことさえ可能にし得る駒なのですよ、彼女は。これほどの重要案件を、自分自身で確認することなく、部下の報告だけで済ませてしまうほど私は愚かではありません。その駒が飛車なのか角なのか――はたまた、ただの小駒でしかないのか、カイザーに先んじて直接把握しておく必要があります。些細な把握漏れが致命傷になることもありますから」

「な、なるほど……」

「期待外れだったら、そのときはそのときです。今ならどうとでも処分できますから」

 

カヤはそう言うと、静かにドアをノックした。

返事はない。耳を澄ますが、室内から物音は聞こえない。そのまま数秒間待つがやはり何の反応もない。寝ているのだろうか、と思った矢先――

 

「入れ」

 

低い声が聞こえた。

カヤと防衛次長は互いに目を見交わす。

 

「――入りますよ」

 

カヤはそう言って扉に手をかけ、静かに引いた。

 

 

 

そして、部屋の中に広がっていた光景を見て、二人は一瞬立ち尽くした。

日もすっかり落ち、電灯の光が室内を照らしている。

病室には窓から差し込む月光が穏やかに降り注ぎ、白い壁とベッドを薄青に染めていた。床板には塵の粒さえ見えず、清潔感と寂寥感が同居している。

そんな中にあってなお異彩を放っていたのは、ベッドの上に鎮座する女性の姿であった。

 

「……き」

 

彼女の姿を見て、防衛次長はわなわなと震えながら絞り出すように声を上げた。

その気持ちはわからないでもない。何せ目の前にいる彼女はあまりにも予想を超えていたのだから。

 

 

 

「きゃああああああああ!!!」

 

 

 

そう叫んだ途端、彼女は全力疾走で病室を飛び出していった。

 

「あっ、ちょ、待ちなさい! 次長!」

「変態いいいいいぃっ! 変態がいるうううううぅぅっ!!」

 

階段の方からそのような声が聞こえてきた。かなり騒いでいるらしい。しかし――そんなことよりも今のカヤにとっては目の前の“変態”の方が重大な事象なのだ。

 

「なにか?」

「なにかじゃないでしょう!? なんて格好してるんです!?」

 

オシリスの服装は――非常に特異であった。纏っているのは、腰回りを覆う一枚の白い布。質感からして、おそらくはシーツを加工したものであろう。それが肌にぴったりと貼り付き、臀部から太腿のラインを露わにしている。そして、手には部屋のどこかから引き抜いてきたであろうパイプを杖のようについて構えている。

 

以上。

 

これだけ。

これ以外には、何も身に着けていない。つまり――

 

「ふむ。なかなか愉快な連れだな」

 

残されたのは呆然と立ち尽くすカヤと、ベッドの上で悠然と構えている上半身真っ裸のオシリスだけであった。

 

彼女の胸の先端は桃の果肉のように瑞々しく、控えめながらも主張を持った乳輪の中央からツンと尖りを見せている*1。腹にはうっすらと縦に割れた溝があり、臍へと繋がるその線が妙に生々しい。そして腰の括れから続く臀部へと至る曲線は見惚れるほど美しく描かれ――そしてそれを辛うじて覆い隠す布切れは、まるで女神の寵愛によって編み上げられた聖布にも見える有様だった。

 

彼女はその豊かな肢体を惜しみなくさらしながら、カヤに向かって楽しげに笑いかけた。その笑みがまた厄介極まりなかった。邪念というものを一切感じさせない純粋無垢な笑顔。あどけない童女のような幼ささえ漂わせているというのに――そこに在るのは明らかに成熟した女の肉体なのだ。

そのアンバランスさこそが狂わしい。

 

「とりあえず服着てくれませんかねえ!?」と叫ぶカヤの声もまた、悲鳴に近かった。

 

 

 

 

 

 

「……まったく」

 

あれからすぐに服を着せられたオシリスはベッドに座らされていた。

目の前には椅子に腰かけながら深いため息をつくカヤの姿がある。

 

「彼女はああ見えて純情なんですよ。驚いて逃げてしまったではありませんか……!」

「いやそれは知らんが……」

『知らん』、じゃなああああい!!!! だいたいなんですかあなた、そんな恰好で人前に出て恥ずかしくないんですか? これだから胸に脂肪を貯め込んだ淫売は

「……? 良く聞こえなかったが、最後に何か言ったか?」

「なんでもありません!」

「そうか?」

 

そう言ってぷりぷりと怒りを露わにするカヤに対し、オシリスは特に悪びれることもなくただ肩を竦めてみせただけだった。

 

「むしろ地位のある人間が来るというから、わざわざあの格好を用意したのだぞ?」

「はあ!?」

「衣を整えた方がいいと貴殿の部下から助言されたのだが、どうせなら正装の方がいいと思ってな。古来より地位の高い人間はみなこういう衣装を身に着けているぞ。貴殿らも昔はこういう恰好で王権を表したりしたのではないか?*2

 

「知りませんよそんなの!」

 

「本来、付け髭もあった方がいいのだがな。威厳を出すために必要なものだ*3

「いつの時代の話をしているのですかあなたは! 現代で威厳のためにそんなもの付けている人なんかいませ……」

 

その瞬間、カヤの脳裏にレッドウィンター連邦学園の生徒会長の顔がちらついた。

 

「……いないんですよっ!」

「そうなのか……これも伝統なのだが……」

 

シュンとした様子で、時代の流れとは寂しいものだな、とポツリと呟くオシリスを見てカヤは大きく咳払いをする。話題を変えなければ。カヤは掌をひらりと振り、怒りを飲み下すように声色を整えた。

 

「……まあ、服装についてはもう言いません。――改めて挨拶を。私は不知火カヤ。連邦生徒会の防衛室長です。あなたが梔子ユメ、で相違ありませんね?」

「呼ぶなら、その名で差し支えない」

「……『差し支えない』? 妙な言い方をしますね」

「正確な言い方をしても良いが、いろいろとややこしくてな。流してくれて構わん」

「はあ?」

 

オシリスはベッドに腰かけたままの体勢で言う。カヤは眉を顰めた。

 

「いいでしょう。本題に移ります。あなたの今後の処遇についてです」

「処遇? わたしをどうするつもりだ?」

「あれだけ派手にカイザーPMCの拠点を潰してしまった以上、本来であれば矯正局送りでも済まないところですが――事情が事情ですので。特別措置として、当面は我が連邦生徒会防衛室預かりとなります」

「ほほう」

「アビドスの生徒会長という立場のあなたがあれだけのことしてしまった以上、その影響はアビドスという自治区の存続そのものにも及ぶかもしれません。連邦生徒会としてはあなたを庇護下において監視することが望ましいと判断しました」

「庇護、だと?」

 

オシリスは片眉を上げた。

 

「ええ。あなたはカイザーの恨みを買った。彼らが再起を図るとき、最初に狙うのは間違いなくあなたです。あなたの立場も考えると、世間に事件の詳細と犯人が露見すれば、アビドスそのものもただでは済まないでしょう。……あなたにとっても、我々に庇護されることは悪い話ではないはずです」

 

カヤはベッドわきの机に両肘をつけつつ、薄く微笑みかけた。

 

「私がこうして直々に出向いたのも、そのためです。――あなたを守るために」

「――『守るために』、か」

「ええ、私もあなた同様、学生の身ですからね。あなたのことは気の毒に思っているのですよ。カイザーの動向については防衛室も以前から注視こそしていましたが、なにせ巨大企業ということもあって、連邦生徒会の介入も限界がある。あなたが手を下してくれたのは、正直こちらとしては―― 」

「ふむ?」

 

カヤはぱんっ、と両手をたたくと、わざとらしいほど快活な笑みを浮かべてみせた。

 

「こちらとしては――スカッとしました!」

 

明るい声色の裏で、彼女の胸中は冷えた思考で満ちている。カヤは机に肘をかけたまま、指先を軽く組んで目を細めた。

 

(表向きは「庇護」と言ってやればいい。事件の余波でアビドスが吹き飛ぶかもしれない――そう脅しながら、私が救いの手を差し伸べてやる。そうすれば、彼女は恩義を感じざるを得ない。世間に居場所をなくした哀れな英雄は、私の庇護下でなら生き延びられる、と)

 

「ですが――問題は後始末です。あなたがどれほど正しい理由で動いたにせよ、世間がそれを理解してくれるとは限らない。カイザーのしっぺ返しも、アビドスの立場も……放っておけばすべて瓦解します。あなたは、あまりにも大きなものを敵に回してしまいました。だから保護が必要なんです」

 

唇に柔らかな笑みを刻みながらも、その眼差しには支配者の色がちらついていた。

獲物の心を搦めとるように――同情と安堵を与えつつ、思考を委ねさせるための巧妙な演技。その奥で揺らぐのは計算高く冷たい打算。この娘の未来など興味はない。あるのは手駒としての価値と利用価値のみ。

 

(――彼女は、使える。彼女の動向はすべてこちらで掌握し、そしてその存在自体をも道具として使っていく)

 

この少女は強い。今は怪我の影響もありその戦闘力を発揮することができないとはいえ――というか、そもそも“戦える”状態なら、こうして直接会うなど危険だからするはずもないのだが――カイザーPMCの拠点を単独で壊滅せしめたというその力は疑いようもない事実だ。加えてこの少女を拾ったことで手に入る政治的リソースも多い。

 

「カイザーは今回の一件で面目を丸潰れにされましたからね。必死になってあなたの行方を探しています。……今は“梔子ユメは死んだ”ことにしているから安全ですが――」

「……」

 

オシリスは黙っていた。ただ腕を組んだまま目を細め、何かを探るようにカヤを見ていた。まるで品定めをするかのような――あるいは試すかのような沈黙。

 

「どうしました?」

「……いや」

 

オシリスはただカヤを見ていた。感情の読めない瞳でじっと。その視線を受けながらカヤは続けた。甘く誘惑するような声音で――

 

「でも安心してください。私がいます。私があなたを守ってあげますよ」

 

オシリスの表情は凪いだ海のように静かだった。彼女は膝の上でゆるく組んだ指を見つめながら、ぽつりと呟くように言う。

 

「――なるほど。つまりこういうことか。お前たちの手助けがあれば、わたしの身の安全は保障される。だが――」

 

その言葉を紡ぐ途中で、唐突にオシリスは動きを止めた。視線をわずかに下げたまま、まるで虚空から言葉を拾うようにしばし押し黙る。

そして突然、顔を上げた。

その瞳には先刻までの静けさが消え去り、代わりに裁定者のような鋭さが宿っていた。オシリスは無造作に、それでいて音もなく立ち上がる。

 

「――っ!?」

 

その動作に、カヤは椅子ごとわずかに体を引いた。反射的に懐に忍ばせている拳銃に手を伸ばし、指先が銃のグリップに触れる。だが、その一瞬よりも早く――

 

オシリスは、ふっと微笑んだ。柔和な仕草のまま、まるで握手でも求めるように右手を差し伸べる。その動きは緩慢で、威圧感はない。だが次の瞬間、手のひらはすり抜けるようにカヤの胸へと差し込まれていた。

 

「な――っ!?」

「お前の胸の鼓動からは――」

 

刹那の動きだった。オシリスの五指は音もなく開かれ、カヤの乳房の間を滑るように沈む。熱を帯びた感触がじわじわと皮膚の内側に染みこんできて、まるで体温ごと引き抜こうとするかのような――そんな粘性を帯びた接触に、カヤの背筋がぞくりと粟立った。

 

「――罪悪の匂いがするな」

 

カヤの全身が強張った。

胸郭の奥に、異物のような冷たい存在感がじわじわと広がっていく。だが視線を落としても、オシリスの手は血に濡れていない。肉体を穿つ痛みもない。ただ、心臓そのものを直接握られているという実感だけが、否応なく伝わってくる。

 

「っ、がっ……な……なにを……」

 

声が震える。普段なら決して他者に晒さぬ弱みが、喉の奥から零れ落ちる。

オシリスは冷ややかに、しかしどこか慈しむように囁いた。

 

「“否定の告白”をせよ――どんな人間にも、その権利は平等に与えられる」

 

病室の空気がぐらりと揺らぎ、蛍光灯の光すら鈍い水面のように歪んで見える。カヤの心拍が早鐘を打つたび、握られている感覚も強まっていく。

 

このとき、カヤは理解させられた。目の前にいる人間が、紛れもなく本物の“神”、もしくはそれに準ずる存在であるということを。常識や物理法則を容易く超える存在。人の魂を掴み、裁きを下す超越者。その事実を、本能が強制的に認めさせてくる。

 

そしてその審判は今、自分に向けて下されようとしているのだ。

 

「……わたしはお前の心を読んだわけではない」

「くっ……はぁ……っ」

「だが、その振舞いだけで充分過ぎるほどわかることもある」

「ぐ……っ……」

「もう一度言うぞ。“否定の告白”をしろ。わたしがどういう存在か、ここに至ってなおわからぬほどの愚か者でもあるまい」

「……!」

 

カヤの額にじっとりと脂汗が浮かぶ。息が浅くなる。眼球だけを動かして、視線が泳ぐ。カヤの本能は、目の前の存在が促す通り、“否定の告白”をすべきだと叫んでいる。

 

「……どうした。なぜ黙っている」

「……」

 

しかし。

 

「言え――『自分は罪を犯していない』、と!」

 

 

 

しかし――

 

 

 

――お断り、です……!

「――!?!?」

*1
ユメ先輩デカ乳輪派の異議は受け付けません。

*2
ファラオの服装は、特別製の腰布、冠(白冠や赤冠、それらを重ねた二重冠など)、付け髭など。

*3
付け髭はファラオだけが着用でき、しかもオシリス神の物語に由来する。冥界でオシリスは死者の目に現れて審判を下し、偉大な知恵を示す髭を生やしている。そのため完璧なファラオであるオシリスに近づき、絆を深めるために、後継者はオシリスの外見を模倣した髭を生やしているとされる。ちなみにここまで言及してこなかったが、オシリスは「ヘカの笏」の代わりとしてパイプを持っている。主に支配と権力を示すが、ファラオとオシリスを象徴的に結びつける意味合いもあり、オシリスにとって関係が深い。




現在進行形でエジプトについて勉強しているので、間違いがあったらそっと教えてくださると助かります……。何も知らないまま書き始めちゃった(馬鹿)
ちなみに筆の乗り方的にバレてると思いますが、筆者はカヤがめっちゃ好きです。

高評価・感想・ここすき等、各種リアクションを是非お願いします!
一度評価をつけてくれた方も、当初よりマシになったと認めてくださったら評価のつけ直しで教えてくださると嬉しいです!

https://notes.underxheaven.com/preview/3bd82160b43f5584e7bf1316d0919aec
↑第1話の裏話
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。