オシリスのユメ   作:新人先生

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最近取り組んでいた論文が一段落したのもあって久々の投稿です。
この更新速度でも忘れないでいてくれる方々には感謝しかありません。
投稿が不定期極まりないですが、第1部のプロットは既に完成しているので少なくともそこまでは絶対書ききると約束します。


第9話 それぞれの再始動

辺りはすっかり夜の帳が下りていた。

街の中心からは少し離れた住宅街ということもあり、路上を行き交う車の音も疎らだ。規則的に立ち並ぶ街灯は長い間メンテナンスをされていないのか、いくつかがチカチカと不安定に明滅を繰り返している。その瞬きと共鳴するかのごとく、頭上の漆黒に溶け込む星屑達は砂糖菓子のように煌めきを散らしていた。

 

時折風に靡く木々の枝葉が擦れる音すら耳に届くほどの静寂。虫の声や小鳥の囀りといった自然の営みはどこか遠く隔たったようであり、生命の気配というものが希薄で乾いた印象を受ける。

 

そんな閑散とした路地にオシリスの声がこだまする。

 

「待て! 逃げるな!!!」

 

路上を二つの影が駆ける。一方はオシリスであり、もう一方はここキヴォトスではさして珍しくもない獣人の男性だった。オシリスが彼を追いかける形であり、その距離は徐々に狭まってきている。彼は全力疾走を続けているのだが体力の消耗により徐々にスピードが落ちてきていた。彼は必死の形相で振り向き、訴えるように叫ぶ。

 

『お願いですからもう勘弁してください~っ!』

 

声が上擦り、涙目になっている彼の姿を見てもオシリスは追い続けることを止めない。

 

「まだ話は終わっていない!! 止まれ! 止まらないかこの――」

 

「……いい加減にしてください」

「ああっ!?」

 

オシリスの目の前が突如として暗転する。

 

「止まる必要があるのはあなたの方です」

「いたっ」

 

背後から何か棒のようなもので頭を軽く小突かれオシリスは声を上げた。追跡を中断せざるを得なくなったオシリスが悔しそうに後ろを振り返るとそこにいたのはテレビのリモコンを持ったカヤだった。

 

「おい! あと少しだったのに! どうして電源を切るんだ!」

「そんなにしつこく身分確認と事情聴取をした挙句、身体検査までしようとしたら怖くて逃げますよ普通」

「何だと? でも“ちゅーとりある”というやつで赤信号を渡るのは危険な規則違反だと教わったぞ?」

「確かにそうなんですが、往来の少ない道路での例ですよ? 重大な事件現場ならともかく、今回のケースでは過剰を通り越して違法捜査にもなりかねません。公権力が違法行為をやらかす方がよっぽど大問題です」

 

カヤは呆れたように溜息をつくとそのまま言葉を続ける。

 

「大体ゲームのやりすぎです。もう何時間やってると思ってるんですか」

「……3時間?」

7時間ですこの馬鹿!!! たまの休日、いい加減私にもテレビを使わせてください! ここは私の家なんですよ!!」

「でもまだ残りステージが5つはあるからな。ここで切り上げたら……」

「残りは明日に持ち越しなさい! 私はニュースを見るんです!!」

「じゃあ携帯機の方で逆○裁判というやつをやりたいのだが……」

「ゲームをやめろと言ってるんです!!!! 勉強しなさい勉強を」

「むぅ……」

 

カヤは机をバシバシとはたきながら言った。

 

「今どき文字すら読めないとか非常識なんですよ? 第一、文字が読めないのにさっき身分証明書の確認で何がわかったんですか?」

「わ、わたしは決して文盲ではないぞ? 神聖文字(ヒエログリフ)なら読み書きできる。こっちのは俗世の文字だからな、少し時間がかかるってだけで……神官文字(ヒエラティック)民衆文字(デモティック)だってしっかり扱えるし……」

「その神聖文字とやらが扱えたところで現代社会で通用しない以上無意味に等しいんですよ全く。はぁ……ちゃんと一般教養を身につけてくれないと困るんですが……」

 

オシリスが不服そうに頬を膨らませる傍らでカヤはリモコンを操作してニュース番組を選ぶ。

まったくもって、彼女にポリスシミュレータを与えたのは間違いだったかもしれない。どうにも浮世離れしたオシリスにキヴォトスの法律や社会のルールというものを身に着けさせようと、カヤはヴァルキューレ新入生の教育用として開発された擬似的な業務を体験することのできるゲームを取り寄せた。防衛室からの不思議な物品調達申請を見て、尾形カンナ含めた関係各所が首を傾げていたとのことだった。

 

その後のことはもはや語るまでもなく、オシリスは瞬く間にそのゲームにハマってしまった。そして現在に至る。

 

『――続いてのニュースです。今日午後1時半ごろ、モモフレンズの公式Xアカウントにて、ファンによるイラスト募集が始まりました。これに対し、ミレニアムサイエンススクール所属の芸術研究班は、独自開発した画像生成AIによって作成したイラストを自動ツールを用いて多数投稿し、わずか3分で数千件の応募を突破したことが明らかになりました。トリニティとワイルドハントの一部生徒がミレニアムサイエンススクール前で抗議活動を行い、衝突寸前にまで発展する事態に……』

「……はあぁ、くっっっだらない」

 

これが合理と理性の象徴の姿か……?

どうしてこんなにもキヴォトスという場所は落ち着かないのだろう。カヤはぬるくなったブルーマウンテンブレンドを啜りながら小さくため息をつく。

そんなカヤを横目にオシリスはいそいそとゲーム機を片付けていたのだが、やがて何かを思い出したかのように「ああ、そういえば」と声を漏らす。

 

「のめり込み過ぎていて、重要なことを今まで伝え忘れていた」

「……どうしました?」

「カヤ、カイザーとは手を切れ

「ぶっ……!!」

 

オシリスが突如ぶっこんで来たのでカヤは盛大に珈琲を噴き出してしまいそうになった。幸いリモコンにも服にも掛からなかったが、とっさに無理くり嚥下してしまったためむせてしまった。

 

「ちょっ……ちょっと……ゲホッ! ゴホッ!」

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないですよ……ゴホッ! ええと……どこで知りました?」

「どこで、とは?」

「私とカイザーのことですよ。もしやFOX小隊が余計なことを漏らしたんじゃないでしょうね……」

「ああ、そういうことか。別にあいつらが余計なことを喋ったりはしていない。むしろユキノは『カイザーの所属ではない』と言っていたしな」

「ならばなぜ……」

「別に確信があったとか証拠があったとかではない。だが、基地爆破の後FOX小隊に追われるようになって、しかもお前がその上司とくれば、直接カイザーの所属でないとしても何かしらの関係があることを疑うには十分だろう。お前の性格からして、利害さえ一致すればいくらでも手を結ぶタイプだろうしな。で、試しに探りを入れてみたら案の定だったと言う訳だ。まさかそんなに強く咳き込むほど驚くとは思わなかったが」

「――!」

 

こいつ――カマをかけてきたか!!

カヤは自分の迂闊さを呪った。オシリスのことをあまり頭が回らないほうだと評価していたが、一枚上手をいかれてしまっていたことに対して猛烈な悔しさが湧いてくる。

 

(……落ち着け。言ってしまったものは仕方ない)

 

カヤは舌打ちを堪えながら唇を噛みしめる。もはや誤魔化しは不可能。ならばとるべき行動は一つ。

彼女は諦めたように長く息を吐き、眉間に皺を寄せて呟いた。

 

「……まあ確かに、あなたの言う通りです。キヴォトス最高の設備・装備を持った軍事組織ですからね。カイザーは使い勝手が良いし、当然でしょう」

 

カヤはそう嘯きつつ平静を取り繕う。

 

「だが断れ。あれはいずれ多くの者を不幸にする」

 

オシリスは鋭く即答した。まるで射抜くような視線にカヤは僅かにたじろぐものの、すぐに立て直し、薄く微笑む。

 

「嫌です」

「何?」

「い・や・で・す」

 

カヤは念押しするように一字一句丁寧に言った。室内の空気がピリッと張り詰める。その肌を刺すような緊張感を楽しむようにカヤは目を細めた。もはや眉間の皴はすっかり消えている。

 

ごまかしがきかないのなら、せめて交渉で対等な条件を引き出さねばならない。ただで相手の言うことは聞いてやらない。

 

交渉は、余裕を忘れず、堂々と。これが鉄則だ。

 

「そもそもですよ」

 

まるで芝居がかった仕草で髪を軽く梳きながら、言葉を操るように紡いでいく。

 

「別に私たち仲良くやってるわけでなし。あくまでビジネスパートナーですからね。あなたが何かしてほしいことがあるというのなら、こちらの条件も呑んでもらってこそ対等というものでしょう」

「……条件?」

「そう。条件です」

 

カヤは畳みかけるように提案を示す。

 

「私がカイザーとのパイプを切る代わりに――あなたの強さを確認させてください」

「何?」

「そもそもあなたにこうやって私の家の一角を提供しているのは、あなたからそれに見合うだけの政治的リソース及び戦力を得られると期待したからです。もしカイザーと手を切ってほしいのなら、あなたがカイザー以上にそれらをもたらしてくれると証明してほしい。納得できたらカイザーとも関係を断ちます」

「……なるほどな」

 

オシリスは納得したように頷く。

 

「ならば戦えばいいのか。対象は?」

「そんな表でドンパチできるわけないでしょう。あなた今死んでることになってるんですから」

「ならばどうすると?」

 

カヤはつかつかと壁の方へ歩いて行き、かけてある仮面を手に取るとオシリスの方へ放り投げた。オシリスの仮面は闇銀行の一件で粉々になっていたが、家の外で顔をそのまま晒すわけにもいかないので新調しておいたのだった。

 

「おおっと」

 

突然手渡された仮面を慌てて受け取るオシリス。カヤは家の玄関のドアをくい、と指さす。

 

「出る準備をしてください。防衛室直轄の訓練施設がありますから、そこであなたの能力を見せてもらいます。ゲームばっかりやってると体もなまるし丁度いいんじゃないですか?」

「……」

 

オシリスは仮面を手に取り、少しの間表面に描かれた天秤のシンボルを見つめていた。なんでも彼女にとって思い入れのあるシンボルらしく、仮面を作り直すときもそのデザインについて口酸っぱく指定してきていた。

 

「……よし」

 

オシリスはそうつぶやくと仮面を装着した。その横顔に、ふとカヤは現実離れした危うさを感じ取った。なぜそう思ったのかは自分でも全くわからない。

ただ、虚構と現実の境界を、ひょいと越えてしまいそうな――そんな気がしてならなかった。

 

「……なんか、あなたって、正義感こじらせすぎてて“悪い大人が裏でコッソリ何か企んでいる”類の陰謀論に弱そうですよね」

おいまてそれはいったいどういう意味だ

「カイザーはともかく、そうそう漫画のような悪の組織なんて現実にあるわけじゃないんですから。あまりのめり込み過ぎないようにしてくださいよ」

 

背中越しに飛んでくる抗議を軽く無視して、カヤは自分の身支度を進めることにした。

 

 

 

 

 

 

地下に広がる空間は、まるでこの都市の闇がそのまま凝縮されたかのようだった。

円卓を挟んで向かい合った二つの影が、照明の灯りに照らされてゆらりと伸びる。

 

一人は黒いスーツの男。もう一人は、首のない男。深いコートをまとい、ステッキを携えている。その手に握られた肖像画には、後ろ姿のシルクハットの男が映っていた。

 

「誤解のないように言っておきましょう、黒服」

 

肖像画の中の男――ゴルコンダは紳士然としたトーンで語り掛けた。

 

「私は先生を――すなわち、物語を嫌っているわけではありません。むしろ根源的な理由は違えど、あなたと同様に好ましく思っています。しかしだからこそ批判したいのです」

 

黒服は黙ったまま、ひび割れた面の奥で光を揺らめかせる。

 

「ククッ……面白いですね。愛ゆえの批判とは。あなたの矛盾した態度は一種の倒錯だと推測できますが」

「ええ、陳腐でしょう?」

 

ゴルコンダは皮肉を含んだ口調で笑う。

 

「しかし陳腐を承知で言えば——もし“本当の愛”というものがあるならば、それは対象の美点だけでなく、欠点まで含めて全てのテクストを引き受ける態度に他ならないと思うのです。それを言い表すのに“覚悟”のような美化した言い方を使うつもりはありませんが」

 

黒服は腕を組み、テーブルの表面に反射する蛍光の明滅を無言で見つめていた。

 

「昨今、物語は必要以上にもてはやされている。あるいは異常な高揚感を得るためだけに消費されすぎています。観客は偉大なる傑作の金字塔を賞賛するばかりで、その隣の山が実は廃墟の丘であることに気づかず、滑落事故を起こしても平然としている。文学と商業が歩み寄りすぎた結果でしょうか。かといって作品を否定したり、批評に酔うことが正しいとも思いませんが」

「だからこそ、批判は別の側面を提示するためにあるのだと?」

「ええ。なかでも“青春”というテーマについては特に思うところがあります」

 

ゴルコンダの声はどこか苦笑を含んでいた。

 

「あの語は、すでに一つの既製の物語に堕してしまいました。眩しい夏空、光る汗、友情、挫折、努力、成長——最近の言葉では“エモい”、と言うのでしたか。そういう“透き通るような”文脈を否応なく伴ってしまう。それらがあまりにも均質に、ドラマチックに、消費されていく」

「ふむ……それは、青春という概念が普遍化しすぎたということでしょうか? もはや個人的な経験ではなく、共通認識のイメージとして流通していると?」

「そうです。しかし、私はこれに真正面から異議をとなえたい。世界はもっと退屈で、もっと静かでいいはずです」

「なるほど。あなたの言うことは一面では正しいのでしょうね」

「穏やかで、事件らしい事件のない青春があってもよい。ましてや、パブリックイメージに迎合しなかった十代を、欠落と見なして後悔する必要などない。そんな経験をすることができなかったとしても、それもまた大切な経験であり、人生であり、その人にとっての青春ではありませんか」

「ただ——あなたの批判が逆説的に“真摯な青春”を求めすぎている部分もあるかもしれません。言葉の流通性が高い時代においては、定型が浸透するのは必然です。過去の文学者たちも同じ問題を語ってきましたが――結局、“物語からは逃れられない”という結論に終始するにとどまっています」

「その通りです。しかし、私はそこでは止まりたくない」

 

ゴルコンダは静かに言った。

 

「世界は単一の“物語”ではない。無数のテクストが織り重なった、多層で、反復不可能な場です。だからこそ世界は豊かになる」

「……なるほど。無限の可能性を前提とする世界を描くためには、形式的には“反物語”を指向する必要がある——つまり、“物語であること”を意識的かつ批判的に越えていく態度が必要になる、と」

「ええ、黒服。だから私はあなたの要望に応えたい。技術も知識も提供しましょう。自由に使ってください」

「……! 非常に助かります」

「礼は要りません。むしろこちらこそ礼を言うべきでしょう。“先生”だけでも手強いのに、世界を物語へ作り替えるもう一つの装置——かの“神秘”が降りているという。これはすでに私自身の問題です。いま知れたことは幸運でした」

 

ゴルコンダの声は淡々としていた。だが、その奥に潜む熱量は、室内の冷気をゆっくりと押し返していく。

 

「これから先、世界を物語化する力はますます強まるでしょう。勝ち目は薄い。しかし――これはクリシェに過ぎませんが――勝ち目が薄いからと言って、抗わなくてよい理由にはなりません。抗うことを恐れてはならないのです」

 

黒服はわずかに体を傾け、沈黙のまま聞いている。

 

「なぜなら、真面目に生きていれば、誰だっていつの間にか、誰かの物語の悪役にされてしまうものなのですから。目を覚ます時が来たということでしょう。私たちの幸福を奪っているのは、しばしば“物語”そのものだという事実に」

 

『そういうこった!!』

 

首なしの体――デカルコマニーが大声で同調する。

 

「……そうですね。決別の証に、最後くらいは皮肉を込めて、物語の力を借りましょうか」

 

デカルコマニーが腕の中の額縁を抱き直し、ゴルコンダは懐かしむように言った。

 

 

 

「――そんな物語を廃棄するために。そして、テクストとしての世界を取り戻すために。私たち自身の戦いを始めましょう。指輪を捨てに火口へと向かった、小さく、しかし偉大な、かの旅人たちのように、ね」

 

 

 

 

 

 

むにむに、むぎゅむぎゅ。

 

先生は寝転びながら、頭にあずける重さを調整したり、少しだけ体の向きを変えて感触を確かめていた。白くて柔らかい膨らみの弾力と温もりが首筋に直に伝わってきて、顔にかかる髪の香りもほどよく甘やかで気持ちがいい。

 

「頭の下では確かに、柔らかさの中にしっかりとした骨格と筋肉が土台として存在している。だがそれだけでなく、汗ばんだ肌がわずかに熱を持っていて、ノノミの生命が確かにそこに生きていることが感じられた。汗に蒸れた制服が擦れる音と匂いが――そう、まさに日常と非日常が溶け合った瞬間。少し緊張したのか、ブラウスのボタンをひとつ多めに留めていたのが妙に印象的だった。あれはおそらく意識的なんだろう。そして頭上に感じたのは――圧倒的な重量感と温もり。ただ大きいだけではなく、重力に逆らわずに自然な形で存在している質量を伴った柔らかさだ。あれは偽りようがない天然の証左。そして――」

 

「先生~? さすがにちょっと気持ち悪いですよ?」

「――はっ!?」

 

心臓がぎゅっと縮み上がる心地がして、一瞬の間に先生は現実に戻ってきた。まずい。これは完全にアウトだ。社会復帰不可。逮捕。留置場。裁判。服役……。先生は慌てて体を起こそうとして

 

「わぷっ」

「きゃっ」

 

勢い余って巨乳に真正面から突っ込む羽目になった。すぐさま跳ね返されるような圧倒的な質量。暖かく、弾力がありすぎる脂肪の塊が先生の顔を包み込み、押し戻す。このとき初めて先生は悟った。これが圧殺という概念なんだなあと。

 

「――違う! そうじゃない! ご、ごめんノノミ!! ちょっとうとうとしてて……気がついたら……!」

「ん~……困りましたね~?」

「だから違うって!! 違うんだよ!!」

「そーんなに必死にならなくても……」

 

先生はすぐさま頭を床につけて謝罪しようとした。

ノノミはその慌て様に呆然としながらもクスクスと笑うと、起き上がろうとした先生の肩をトンッと押し返して元の膝上に戻した。

 

「よいしょっと」

「へ?」

「ほらほら、大人しく頭を載せてくださいね☆」

 

先生は事態を飲み込めず困惑しながらも言われるがままにする。

 

「私がいいって言ったんですから気にする必要ないんですよ」

「で……でも」

「むしろ先生は今すぐ休まないとダメですよ。気持ちはわかりますけど、もう4日も寝てないじゃないですか?」

「……あ」

「あんまり無理し過ぎたから混乱してるんですよ。しばらくこうしていてください」

 

そこで先生はようやく自分の現状を思い出した。

あの銀行強盗の一件の直後、先生と覆面水着団の面々は急いでホシノを病院に運び込んだ。幸いにも命に別状はなかったが、意識は依然として戻っていない。

 

『外傷がひどいのは事実なんですが、意識が少しくらい戻ってもいいはずなんです。それにもかかわらず全然兆しがないので……』

 

医師はそう言った。

 

『……なぜ、でしょうか?』

『多分精神的な負担か何かが原因だと考えてるんですが、そこら辺についてはもっと検査を進めないと何とも』

『精神的な……?』

『ええ、仮説でしかありませんが。しかしこれに関しては、意識が戻らないことには確かめようがないので……。とにかく私たちはできる限りの治療を行います』

『お願いします。私の大切な生徒なんです』

『こちらとしても全力を尽くしますので。脳に損傷があるわけじゃありませんから、きっと目を覚ましてくれると思いますよ』

『……そうですね、わかりました。ありがとうございました』

 

本心としてはずっとホシノに付き添っていたかったが、先生たちは後ろ髪を引かれる思いで病院をいったん後にした。銀行強盗の“成果”について検証をしなければならなかったからだ。

 

アビドス高校に戻ると、ヒフミも交えて全員で書類の確認を始めた。程なくして、バアン!という乾いた大きな音が対策委員会の部室に響く。セリカが興奮気味に両手の資料を叩きつけたのだ。

 

『なっ、何これ!? 一体どういうことなのっ!?』

 

セリカが狼狽するのも当然のことで、彼女らが入手した現金輸送車の集金記録には異常としか言えない資金の流れが残されていた。対策委員会から集金を受け取った直後、近頃アビドスを襲撃し続け先生に支援を求めるきっかけにもなったカタカタヘルメット団に任務補助金を渡していたのである。

 

『ど、どういうことでしょう!? 理解できません! 学校がつぶれたら、貸し付けたお金も回収できないでしょうに……』

 

ノノミの困惑はもっともであり、何が起こっているのかいろいろと話し合った末、一同の意見は「どう考えてもカイザーコーポレーション本社が闇銀行と裏でつながっている」にほぼ固まったのだった。

 

『詳しいことはまだわかりませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪者集団と何かしら関連があるという事実上の証拠になりえます。戻ったら、この事実とアビドスさんの現状についてティーパーティーに報告します!……ちょっと、怖いですけど』

 

ヒフミは若干しりすぼみになりながらもそう言った。

 

『ん。“怖い”って何かあるの?』

『い、いえ……そのぅ。ティーパーティーの一人と知り合いなのですけども、なんというか……ちょっとだけ、底知れないところがある方でして……。で、でも皆さんのためですから! 頑張ります!!』

 

ヒフミは自分を鼓舞するようにそう宣言した。それに対し対策委員会の皆もそれぞれ感謝の意を表し、今後の動きについて一旦の指針が決まった。

 

その後先生は働きづめの生活を送り、現在に至る。

具体的には三徹して、四日目の昼過ぎを迎えていたところだった。

その間様々な情報を集めたり実際に街を探ったりしながら情報を集めていたが、芳しい進展はなかった。ホシノのこともあり、文字通り夜も眠れないほどの心労がのしかかってる先生からすれば、ずっと動いている方が気が楽だった。

 

そんな彼を見かねたのかノノミに捕獲され膝枕されているのが今の現状なのである。

 

「先生」

 

ノノミの声はいつもの朗らかな口調とは違って幾分硬い。

 

「確かに今は焦燥感に駆られているかもしれませんが……先生が壊れてしまっては何もかもおしまいです。必ず何か方法があると信じて少しずつ動いていきましょう?」

「――!」

 

ノノミの言葉にはどこか強い芯が宿っているように思えた。最初はおっとりして可愛らしい女の子だと思っていたけれども、こうして正面から向き合うと確かに意思の強さを感じさせられる。その強い意志でここまで来ていたからこそ、ノノミは今でもアビドスの一員なのだろう。もちろん他のみんなもそうだけど。

そんな彼女の強さに触れると、ふっと力が抜けたような感じがして先生は脱力してしまった。いつの間にかずいぶん気を張ってしまっていたみたいだ。

 

「……うん。ありがとう。ノノミ」

「ふふっ☆」

「でもいきなりあんなこと口走っちゃうとは。俺、よっぽど疲れてたんだなぁ……」

「そうですねぇ。頭も埋められちゃってましたし……“俺”?」

「あっ、“私”! あと、その……さっきのことはみんなには言わないでくれると……」

「はい♪ 私たちだけの秘密、ですね? ふふっ、意外な一面を見れちゃいました」

 

ノノミと先生はそんな他愛もない話をしていたときであった。

廊下の扉の方からバン!と乱暴に扉が開かれる音が聞こえる。二人は同時に扉の方に目を向けた。現れたのはシロコだった。

 

「先生!! たいへ――何してるの?」

 

シロコは駆け込みながら発した言葉を途中で切ってぽかんとしながらこちらを見つめていた。先生はバッと起き上がり言い訳を探すように目を泳がせた。

 

「い、いやこれは違うんだシロコ! その……いやすまない!!」

「ち、違いますよ~! 私は膝枕していただけですから~!」

「……そっか。でも私もしたかった……羨ましい……!」

 

シロコは二人の説明に納得したようで腕を組んで頷いた。しかし若干複雑そうでもある。

 

「えっと……それで、どんな用件?」

「大事な話がある! 急いで来て!」

 

再びシロコは声色を凛々しいものに変えながら駆けだした。先生とノノミもすぐに立ち上がって後に続く。階段を上っていって対策委員会の部室に入ると、セリカとアヤネの姿があった。

 

「先生! 大変です!」

「大変なことになったわよ!」

「落ち着いて、一体何が?」

「じつは……」

 

先生は二人に問いかける。アヤネはすぐさまパソコンの画面を向けて先生に見せる。

 

「市街地で爆破があったことが検知されました! 衝撃波の形状からしてC4爆弾の連鎖反応だと思われます。し、しかも……」

「爆破地点の正確な位置を確認したら柴関ラーメンだったの! 柴関ラーメンが跡形もなく吹き飛んでる!」

「……!?」

 

先生は言葉を失ってしまった。何が一体どうなっているのかさっぱり理解が追い付かない。第一どうしてわざわざ柴関ラーメンが爆破される? そしていったい誰が?

 

「憶測は後でも遅くない。まずは手を打たないと! 先生、すぐに向かおう!」

 

シロコが即座の出動を促すが、そのタイミングでジリリリリ!と部屋の固定電話が鳴った。

 

「はあ!? 誰よ!! こんな緊急事態に……!」

「セリカ、落ち着いて。もしかしたら爆破の件と何か関係のある連絡かもしれない」

 

先生は怒り心頭と言った様子のセリカを制すと受話器を取った。

 

「はい、こちらアビドス対策委員会です。はい……はい、ええっ!?」

「先生! 一体どういう要件だったんですか!? やっぱり爆破の犯人が……」

「いや……それが。別の事件なんだ」

「はあぁ!? 何よそれ!! あたし達だって大変なのに!!」

 

先生は混乱を隠しきれない表情で答えた。

 

 

 

「その……ホシノが、病院から脱走したらしい」

 

「「「「えええぇっっ!?」」」」




青春の物語を批判するゴルコンダのシーンの直後に、ノノミと青春する先生のシーン配置するの背徳的で楽しすぎる。

*何を考えてたのか、柴関ラーメンを柴崎ラーメンと表記してました! 直しました! 恥ずかしい!
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