別にただの暇つぶしだった。
都市を移動するときに利用するバスが故障してしばらくこの都市に滞在する必要が出て、その暇つぶしに都市をうろついていたら出会った少女の幼馴染が出場する大会があると聞いたから興味が出て闘技場に向かったのだ。
そこで見た剣を引きずる少年が大人を負かす光景に言葉を失ったものだ。
しかしそれよりも驚愕する光景がすぐに起こった。
優勝した少年と、なにやら天剣授受者というものの試合があるというらしい。
天剣授受者というものが何かはわからなかったが、きっと強力な武芸者なのだろう。強者と少年の闘いを見れると聞いて、心が躍った。
そうして出てきたのはかわいらしい女の子だった。
長く艶やかな髪に、赤い瞳。白い道着に赤い袴をはいて、白い足袋に雪駄を履いている。
その顔の無表情さも、可愛さを引き立てるものにしかなっていない。
どう見ても強者には見えない存在に、周囲から歓声が上がっている様子は、どうにもちぐはぐな光景に見えた。
正直、自分は侮っていたのだろう。
先ほど子供が大人を圧倒した様を見たばかりだというのに。
その認識は試合の開始と共に粉々に砕かれたが。
驚きによってずれた眼鏡を無意識に直して引き続き目を見張る。
それ程までにカリアン・ロスは目の前の光景に魅入られていた。
まるで夢を見ているようだ。
人の溢れた闘技場から人の声が静まり、絶技の飛び交う音が響く。
それらの音の放つ主たちは自分よりも幼いものたちである。
剣が走り、太刀が迎えうつ。
振るう腕がが霞んで見えるほど早い一撃は最初からくる場所がわかっていたかのごとく先に置かれていた太刀を打った。
火花が散る。
その火花が照らす表情は方や苦悶の表情で、もう片方は涼しく凛としていた。
先程まで大人を圧倒していた子供が、同じ子供に圧倒されている。
剣を引きずるような子供が、太刀を引きずるような女童に翻弄されている。
自分のいた都市でも武芸者同士の試合を何度か見たことがあるが、これほどレベルが高いのは見たことが無い。
こんな光景をお目に掛かれるなんて思いもしなかった。
「この都市へは移動で立ち寄っただけだったのけどね…アイリス・リンドヴルム・バハムートとレイフォン・アルセイフか…」
天剣授受者という言葉と共に、その名前を心に焼き付けていくのだった。
◇
息苦しさから顔を歪めて、肩で息をする。
単純に疲労が溜まっているのもあるだろうが、それ以上にレイフォンは目の前の相手が放つ威圧感に飲み込まれていた。
「……強い」
流石は天剣だろうか。
此方は息がきれて、胸が激しく上下しているのに彼方の真白い道着に包まれた胸は至って平常運転だ。
二十分近く闘い続けているが、あちらは息一つ乱れていないのだろう。
赤い袴も、白い道着も、足を包む足袋にも目立った汚れがない。
せいぜい雪駄が、土で汚れているぐらいだ。
比べて土埃まみれな自分をみると悲しくなってくる。
とにかく、何か攻撃をしようと思い、勁を練り上げる。
練り上げた勁を剣に収束、放つ。
外力系衝勁の変化・閃断。
剣を振り切ると同時に勁の刃が発生。
そこそこの勁を込めたそれは相手へと飛翔していく。
「……ぬるい」
アイリスはその閃断をつまらなそうに見て、剄技を放った。
バハムート流太刀術。外力勁衝勁の重勁変化・式神返し。
幾度か重ねた事によって粘性を持った勁を太刀にまとわせ、その太刀を凪ぐと太刀に纏わりついた剄が強烈な流れを生み出す。
レイフォンが放った閃断はその剄の流れに絡め取られてしまった。
そのままその剄の流れと共に太刀を一閃。するとレイフォンの放った閃断がアイリスの勁が上乗せされてかえってきた。
「なっ⁈」
かえって来た閃断にレイフォンは面食らった。
似たような技は知っていたが、自分の技が返ってくるのは驚く。
反応が遅れたレイフォンは無様に地上に転がる事によって事なきを得た。
追撃を警戒して全力で跳ね起きたが、アイリスはその場から離れていない。
期待はずれという顔を隠しもせずに太刀を振るった姿勢のまま立っていた。
手加減されている。それを実感して悔しさから錬金綱を強く握る。
どうすれば…どうすれば一矢報いる事が出来るのだろうか。
レイフォンは考える。リーリンに脳筋と揶揄された頭を総動員する。
その間にも身体は切りかかり、鍔迫り合いをはじめる。
何とか思いついた所で鍔迫り合いをやめ、距離をとった。
勁を一息で練り上げ、足へ。
内力系活勁の変化・旋勁。
レイフォン高速でアイリスの後ろをとろうとする。
アイリスは当然のように反応し、後ろを見ないままにレイフォンの軌道上に太刀を薙ぎ払うと、レイフォンを切り裂いた。
レイフォンの胴が上下に分かれる。
観客は悲鳴を上げるが、切られたレイフォンは霞のように消えた。
ルッケンスが秘奥、千人衝。
以前に、偶然見る機会があったサヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスの闘い。
その最中で見た勁の流れを再現する事により体得した技だ。
レイフォンは切られる瞬間に千人衝と入れ替わっていたのだ。
ならば入れ替わったレイフォンは何処へ行ったのかというと……上だ。
レイフォンは落下しながら目に見なくてもわかるほど膨大な剄をその剣に纏わせていた。
流石のアイリスもこれには面食らったのか、目を見張る。
それに幾分か気が晴れたのを感じながら、全力で勁技を放つ。
外力系衝勁の変化・轟剣。
剣に込めた剄が巨大な剣の形をとりはじめ、同時にありえないほどの剄を込めた剣が悲鳴を上げるのを感じる。
耐えてくれ、と思いながら鋼鉄錬金綱を中心に形成された長大な勁の刃を叩きつける。
膨大な質量の刃は、天剣とはいえ子供の体格には受け切れなかったようで、アイリスを闘技場の壁に叩きつけた。
歓声があがる。
錬金鋼の限界を超えて技を放ったためか錬金鋼は赤熱し、爆発する兆しを見せたのでレイフォンは赤熱した錬金綱をすぐに放り投げる。
錬金綱が背後で爆発するのを感じながら、コレで倒せてたらなという淡い希望とともに吹き飛ばした方向を向いた。
がらがら、という音と共に瓦礫が崩れる。
これで倒れてくれたら、というのは非常に楽観的な考えだった様で、向いた方にはアイリスが立っていた。
先程とは違い、服は砂埃にまみれているが、怪我らしい怪我は無い。
それどころか雰囲気が先ほどと変わっているような気がする。
なんだか、すごく寒気がするような……。
レイフォンは嫌な予感がした。
「あ、あのー」
ぱんぱんと砂埃を打ち払っているアイリスにおそるおそる声をかける。
レイフォンの頭の中では危険を知らせる警報が鳴り響いていた。
目の前のリンドヴルム卿が地面に向けていた顔をゆっくりと上げていく。
「驚きました……サヴァリスの技、使うなんて」
レイフォンは何時も無表情な顔が少し笑みに変わっているのを見て、背中が粟立った。
なんか、こう、獲物を見つけたかのような……。
此方は丸腰だ。
此の儘ではまずい。
「こ、此れで僕の負けですよね?」
両手を挙げて丸腰アピールをしつつ、その場で後ずさる。
「良いもの…見せてもらいました…お礼」
剄が太刀に集まっているのを感じる。先ほどとは剄の量が桁が違う。
リンドヴルム卿が太刀を振り上げる。話を聞いてない。あ、これ死んだかも。
「上手く避けて…くださいね」
その言葉を最後にレイフォンの意識は途切れた。
戦闘描写むずい。
主人公はすこしだけ戦闘狂の気があるかも