【完結】オーバードーズ・ヒロイズム 〜時限能力獲得ドラッグ中毒TSヒーローちゃん〜   作:相竹空区

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12話 オーバードーズ/ヒロイズム(下)

 

 窓の外は雨。

 薄暗く、窓に打ち付ける雨の音だけが響く部屋に、突如出現したのはレイ。

 雨で濡れ、重たくなったパーカーのまま、自室へテレポートしてまず行ったのは扉に耳を当てる事。

 

「……音はしない。叔父さんはもう行ったかな?」

 

 そっと扉を開けて隙間から向こう側を伺って、それを全ての部屋で行う。

 とはいえそう部屋数は多くないので、濡れたパーカーが冷えるよりも先に、自宅の無人を確認出来た。

 

「ふぅ、雨酷いから早めに帰って来たけど……残り時間はまだそこそこあるなぁ」

 

 腕時計を見れば、レイが都度都度更新しているドラッグの効果時間の残りが見える。

 普段ならば、まだパトロールを行おうとするだけの残り時間が、まだあった。

 

「このペースで、薬が尽きるまでに間に合うのかな……」

 

 無駄になった時間に焦りと悔しさを滲ませて、アラームを解除したレイは重たいパーカーを脱ぎ捨てる。

 適当に、バスルームへテレポートして放り投げ、タオルを片手にダイニングへテレポート。

 パーカーだけでは吸いきれなかった水分を含んだタンクトップがじっとりと身体に張り付き、レイは不快そうに布を摘んで引き剥がす。

 

「ピッタリ張り付くと変な感じだ。まだこの身体に慣れないなぁ」

 

 レイはひと息吐きながらどっかと椅子に座り、その衝撃で毛先から水滴が幾つも落ちる。

 普段よりも長い髪は水を含んで重たく、身体にも張り付いてどうにも鬱陶しいのだろう、タオルドライをしながらテレビを付けた。

 

「まあ、どこ見てもこの天気の事やるよね」

 

 ザッピングをしても内容は何処も変わらない。

 記録的な大雨であると、そのような内容を話す人間が違うだけだ。

 

「テレビに出るような活躍が出来ればなぁ……結局、銀行強盗の時は姿を見せずに解決しちゃったし」

 

 とは言え今日のテレビの主役は悪天候。

 ヒーローは何処にも存在せず、酷い冠水被害ばかりが映っていた。

 

「テレビに出たら、インタビューされちゃったりして?そしたらなんて言おうかなぁ……お母さんに、呼び掛けてみようかな」

 

 と、そのような独り言を溢しているとテレビは今までとは少し違うものを映し始めた。

 

『ただいま入りました速報です。市内、高層マンション上層階で火災が発生しました。取り残された住民がいる模様です。現在、消防隊が懸命に消火活動を行っていますが、火の勢いは衰えず、この暴風雨の影響もあって救助活動は難航しております。引き続き情報が入り次第お伝えします』

 

 松明のように燃え盛るマンションを見上げる映像に、レイは思わず髪を拭く手を止める。

 

「うわ、凄いな。こんな天気なのに大変だ……でもまあ、ヒーローの人達も居るなら大丈夫でしょ」

 

 だが映像にはヒーロー達の姿も映っていた事で、レイが手を止めその被害の大きさに心を重くする時間は僅かだった。

 レイはヒーローというものを、疑う事無く信じているのだ。

 

「人命救助かぁ……まだやった事無いけど、どんな感じなんだろう?安心させる言葉とか、言える気がしないや」

 

 テレビの向こうで起きている事件は他人事。

 世の不幸の全ては解決出来ずとも、その場に居るのならヒーローはその能力に見合った責務を果たすだろう。

 自分にはまだ遠い……そのように思う行いを遠く見て、レイは茫然と言葉を溢した。

 

『──火災が起きたマンション近くから中継が繋がっています……あ、えぇっと?ヒーローのブライトハート氏からメッセージ?があるそうです』

 

 その機会が、自らの元までやって来るとはつゆ知らず。

 

『繋がって、いるのか?もう話してよいか、そうか』

 

 テレビにはギリシャの戦士のような格好をした、彫像のような肉体を持つ男が映る。

 兜の奥から鋭い眼光が覗き、胸には力強い光が灯る英雄然としたその姿は雨に打たれても、なお眩しい。

 

『助けが、必要だ。このマンションの、高層階に取り残された住人には。そして、それは我々ではない。故に、無力な我々には助けが必要だ』

 

 そんな大人物が衆人環視で、数多の人が見ているカメラの前で、助けを乞うている。

 

『如何に火に道を阻まれようとも、テレポートならば迅速に救助を行えるだろう。その善性に縋り、こうして呼び掛けている。我々を前に、その力を貸してはくれないか』

「こ、これ僕の事だ……」

 

 自らの力を必要としている声が、大勢を前に語られている。

 ただその大勢の中で、レイただひとりへ向けた呼び声は脳を揺らす程の衝撃だ。

 レイは血の気が失せ、脱力して椅子からずり落ちる。

 

『応えずとも、我々は全霊を以て救助にあたる。だが、もし来てくれたのなら、君は真にヒーローだ……ブリンク』

 

 その時、レイのスマホがポケットの中で振動した。

 取り出してみればロック画面にメッセージが1件。

 送り主はルミナス、『テレビ見た?勝手に名前付けてゴメンね!』と。

 

「はは……まさか、こんな時が来るなんて」

 

 レイは巡ってきた機会に身を震わせ、吊り上がる口の端を自覚する。

 そして歯を食い縛り、勢いよく立ち上がった。

 迷う必要は微塵も無い。

 レイはただ、己の胸の内から湧き上がるヒロイズムに身を任せるだけ。

 

「ヒーローになるんだ。人を助ければ、僕は許される。ヒーローになれば、僕は存在しても良いんだって思える」

 

 拳を握り締め、レイは自室へ走る。

 何度も救いを求めて行った手順をなぞり、隠し場所からケースを引っ張り出して、中から1回分の薬液が収められた容器を取り出した。

 

「効果時間はもう少しで切れる……なら追加で使うしかない、よね?

 

 未だレイとしての、少女の身体で注射器を手に取る。

 

「っ……追加で、使って大丈夫な物なのかな。1回使うとこうなって、この状態で更に使うと──」

 

 恐れが、レイの動きを鈍くする。

 使う事で変化を起こすこのドラッグが、更にどんな変化をもたらすのか。

 不足は感じつつも、以前よりも遥かに良いと感じる今より、良くなるとは限らない。

 だが、それでも。

 

「──本物のヒーローに、ならなくちゃ」

 

 レイには求めるものがある。

 

◆◆◆

 

 燃え盛る火に挑む、そんな人々を見ようと報道陣や野次馬が集まる。

 マンションからは距離を取り、それでもカメラを向けて少ない人数が救助されるたびに歓声を上げていた。

 人命救助も消費の対象。

 あるいは、このマンションに取り残された住民の安否に心を寄せているのかもしれないが、それを本心から行っている者は住民の家族などの関係者くらいだろう。

 そんなショーに、新たな火種が落とされる。

 

「おい!今、急に人が現れなかったか!?」

 

 群衆の誰かが指差した先は、立ち入り禁止のテープが貼られた向こう側。

 救助の為の作戦本部が築かれたその場所に、一瞬前まで存在しなかった人影が現れたのだから場は騒然だ。

 

「もしかしてあれがテレポーター?」

「ブライトハートに呼ばれるなんてどんな人かと思ったら……なんだ、子供じゃないか」

「でも結構可愛い。これなら人気出るんじゃない?」

 

 肩口まで伸びたブラウンの髪を雨で濡らした少女の姿は、ダクトテープを巻き付けたパーカーという奇妙なコスチュームすらもこの場においては盛り上がりのスパイスだ。

 遠慮無しにカメラは向けられ、好き勝手な言葉を浴びせ掛けられる。

 だがそんなものより何よりも、レイには今強い警戒心が向けられていた。

 

「君は……前にも会ったな」

「今日も、人を助けに来ただけ」

 

 複数人の警察官に囲まれて、その中に居た叔父さんに声を掛けられレイは毅然とそう答える。

 短い言葉だがそこには確固たる意志が宿り、緊張感が高まった。

 が、慌ただしく走る水音がそれを打ち消す。

 

「待っったぁ!そこのレ──じゃなかったブリンクは人を助ける仲間ですよ〜!」

 

 人工的な灯りに照らされているとはいえ夜の闇の中で、ルミナスの瞳は比喩ではなく輝いて目立つ。

 そんな彼女が物理的に眼を光らせて睨みを効かせれば、多少の説得力にはなった。

 

「ルミナス……眼、凄いね。眩しくないの?」

「全然?むしろ見えやすくて助かる感じかなぁ」

「いつかビーム出せたりして」

「それなら、犯罪者もウチの視線でイチコロだぁ」

 

 などと気の抜けた会話をしつつ、ルミナスはレイ──ブリンクの手を取り駆けてゆく。

 

「前と同じ!ウチが指示を出すから、そこに跳んで人を助けて欲しい感じかなぁ」

「分かった。僕はそれだけで良いの?」

「それだけじゃないよぉ。ここまで来てくれてありがとう、やっぱり人を助けに来てくれた」

 

 はにかむルミナスに手を引かれ続けて、やって来たのはマンションのエントランス近く、現在進行形で救助の為の様々な試みが行われている場所だった。

 

「えっと、僕はここで何をすれば……」

「来たな!あの時の逃走テレポーター!」

「うわぁ、スカイセイルだぁ。あの人キビシーらしいよぉ」

「知ってる……」

 

 風雨にマントを靡かせて、スカイセイルは勇足で近付いて来る。

 そんな様子を見てしまえば、以前追われた経験があるブリンクが身体を強張らせるのも無理のない事だった。

 

「以前の事はともかく……いや、一歩も譲る気は無いのだが!それはそれとして、このスカイセイルといえども飛べない気象状況というものがある!であるからには、救助の為には別の手段を講じなければならず──」

「つまり僕が助けてくれば良いんでしょ?」

「最終的にはな!なによりも人命が第一であるという話を聞いてもらいたいものだな!迅速にインカムを着けろ!そこのキミが指示を出すのだな、見落としのないように!」

 

 そう言ってスカイセイルはブリンクにインカムを押し付けて、言いたい事を言い切って去っていった。

 ブリンクとルミナスはそんな嵐のように去っていったスカイセイルがなんだか面白く、目を見合わせるとクスリと笑って強張らせた身体を綻ばせる。

 

「まあ、とにかく頑張るよ。でもその……火の中に飛び込んだり、しないように出来る?」

「安全な場所を探すからねぇ〜安心してウチの案内に身を委ねてごらんなさい!」

「信じてるからね……ほんとに」

「任せなさ〜い、じゃあまずは上へ!人が取り残された階までお願い!」

「分かった。じゃあ、行ってきます」

 

 ブリンクはその名の通り、瞬く間に姿を消す。

 どんな悪天候だろうとものともせず、あらゆる隔たりを無視して自在に移動が可能な能力など、どんな状況でも類稀な活躍を期待出来るもの。

 だがそれ以上に、その能力を扱う善性をルミナスは信じているのだ。

 

「やっぱりみんな助かるハッピーエンドが1番だからねぇ。一緒に頑張ろう」

 

 そして当然、それに伴う結果も。

 地上からマンションを見上げたルミナスが内部を視認し、幾つか指示を出す。

 ブリンクが地上を出発して10分程度だろうか、地上で待機していた救急隊の担架の前に、突如人影が現れ驚きの声が上がった。

 

「な、なんだ……!?」

「この人お願いします!」

「あ、ああ!分かった!君は大丈──」

 

 救助した住民を救急隊に任せると、その言葉を待たずに瞬きひとつする内に姿を消してしまう。

 

「まさしくブリンク!ウチのセンスは気に入った〜?」

『ちょっと安直過ぎない?』

「ウチなんて眼が光ってるからルミナスだかんね!」

 

 気の抜けるようなやり取りをしている内に、次の救助に取り掛かる。

 子供らしい無邪気さ、緊張感の無さ、無鉄砲さ……だが、それらを補って余りある結果が、ルミナスへ遠巻きに視線を向ける消防隊や救急隊や警察官ら、大人の前に提示されるのだ。

 次は10分足らずで、ブリンクは地上に降り立った。

 

「もう大丈夫ですよ──次!この人お願いします!」

「分かった!君は大丈夫か?」

「僕は気にしないで!」

 

 ブリンクが再び現れるまでの時間は次第に短くなる。

 ルミナスも分かりやすい伝え方を理解して、それに従うブリンクも跳ぶ際の恐れが消えてゆく。

 

「レ──ブリンクだったぁ!やっぱりもう2つ上の階を先!」

『自分で付けた名前なんだから……2つだね了解!』

「気を付けて!火の勢いが強くてクローゼット中まで逃げたみたい!」

 

 今回は少し長かった。

 ルミナスはしきりに指示を出し、時に狼狽える事も。

 それを周囲で見ているだけの者も流石に不安になる。

 手に握る汗すら流れていってしまう雨の中、ようやく現れたブリンクは、その傍にぐったりと脱力した住民を連れていた。

 

「この人、話し掛けても反応が無くて……!」

「あとはこちらに任せてくれ、他の人も頼む!」

「──!はい!」

 

 任せられた事が嬉しく、そして自身の存在理由を確かめブリンクは更に跳ぶ。

 何度も何度も往復して、その度に逃げ場を塞ぎ迫り来る火から人を救う。

 

「おい君!燃えてるぞ!」

「そうだね!めっちゃ燃えてる!」

「そうじゃ──」

 

 パーカーの端に小さな火の尾を残し、ブリンクは消え……その火を大きくして再び現れる。

 

「あっっつ!」

「パーカーが燃えているんだ!火を消さないと──!」

「雨に当たれば消えるよ!行ってきます!」

「その火は簡単には消えない!──君!彼女に伝えてくれ!」

「わ、分かりましたぁ!」

 

 ルミナスがブリンクの現在位置を見れば、既に次の場所へ向かおうとしていた。

 やはり火は不可思議にも雨に打たれても消える様子はなく、そもそも雨に濡れていたパーカーに火が着いた事も超常だ。

 

「ちょっと危ないよブリンク!自分の安全にも気を配って!」

『大丈夫大丈夫!それに分かったんだよ、この火の熱さが僕を善い存在に変えるんだ!あの時みたいに……僕はまだ変われる!』

「なんかハイになってるって!少しクールダウンしないと!」

 

 消えない火に追われるブリンクの精神状態はマトモだろうか?

 英雄願望に囚われて、それを叶えるこの瞬間はその身を焼き尽くす程に眩く輝いている。

 本来ならば分不相応な高みへと、レイモンドであった存在は跳び上がる。

 全員を救おうと、救わなければならないと手を伸ばす。

 

「ぅ〜おぉ!その人でラスト!早く戻ってブリンク!」

「はい到着!早いでしょ?」

「パーカー燃えてる!脱いで!」

「え?うわっわわ」

 

 火の中に取り残された最後の住民を救い出し、ブリンクはあわや大火傷の文字通りケツに火が着いた状態。

 慌てて脱ごうとするものの、濡れているうえにダクトテープを巻き付けて絞っている。

 

「ヤバい脱げない……」

「ちょっと〜!?」

「なんか脱ぎ方こう、袖が」

「ハサミ!ハサミ借りて来る〜!」

「いや、でもあ、こうか!」

 

 すぐに脱ぐには向かない状態であったものの、燃えるパーカーをその場に残してテレポートする機転を効かせ、燃えるパーカーのみが雨に濡れる地面に落ちた。

 ならばその持ち主は?

 ブリンクは、少し離れた場所から両腕を抱えてバツの悪そうに歩いて来た。

 

「お気に入りのパーカーだったんだけどな……」

「レ──ブリンク!ってうわぁ!透けてる!」

「透け?」

 

 ブリンクは上はタンクトップ、下はハーフパンツと雨の日にしては肌寒い格好だ。

 それが雨に濡れれば肌の赤さすら布越しに見えてしまう。

 ルミナスは咄嗟にブリンクへ抱きついて、周囲の視線からそれらを遮る。

 当のブリンク自身は労いのハグだと思い、照れ臭そうにルミナスの背を軽く叩いているが。

 

「これを着るといい」

 

 そんな状況に手を差し伸べたのは、自らの仕事を全霊でこなし、それでも全てを助ける事が出来なかった消防士だった。

 この場では全ての人がヒーローたらんと行動して、結果として表れたものは個人で出来る事の差異でしかない。

 であるならば、ブリンクの肩に掛けられたジャケットはまさしく人を助けようとして行動した者には相応しいもの。

 ただ貸しただけではあるものの、遠慮がちに顔色を窺うブリンクへ頷き、袖を通すように促したのは同じ目的を持って行動した仲間への信頼からだった。

 

「ありがとう……」

「違うよぉ、ほらもっと!大きく手を振って大きな声でパフォーマンスしなきゃねぇ〜」

「えっと、ありがとう!助けられて良かった……けどまだ上に居る?居るなら助けてくる!」

「あっちょっと……もぉ!」

 

 ルミナスの不満の声さえ置き去りにして、ブリンクは慌ただしくテレポートして、屋上まで逃げて来た人々を次々地上に下ろす。

 時間は殆ど掛からず、思い付きのような行動であっという間に人を救ってしまう。

 そんな全能さはまさしくヒーロー。

 傲慢に、全てを救う事を目指し、そして成し遂げる。

 

「凄いな……名前はなんだったっけか」

「ブリンク?凄いよ彼女。ホントに瞬きする間に助けちゃった」

「ブリンク……いいぞブリンク!」

「ブリンク!ブリンク!」

 

 全員を救ったブリンクは賞賛を浴びる。

 現場の消防士も、救急隊員も、警察官も……数多集まった群衆も、それを中継で見る視聴者からも。

 

「は、はは……アハハハ!凄い!凄い……!これなら、僕はもっと完璧な……!」

 

 身の丈に合わない力を持って、それに見合う責任を持たない。

 到底届かない願いを持ち、それに向かってひたすらに跳び上がる。

 レイモンドはブリンクへと。

 逃避が叶う束の間の夢ではなく、自らを救い得る魔法の薬(違法ドラッグ)へと。

 意識が切り替わった。

 

◆◆◆

 

「ブリンク……ブリンク、ブリンク、ブリンク。それじゃレイが遠くなっちゃうよ」

 

 エレベーターに乗り込み、大きな鞄と複数の紙袋を抱えた少女は慣れた手つきで最上階のボタンを押した。

 途中で止まる事なく、スムーズに上昇する小部屋の中でピンク髪の少女、ルミナス──ヒーロースーツを着ていない今はクリスタルと呼ぶべき彼女はしきりに上を見る。

 天井というよりはその向こう側を、掛けたサングラスを僅かにずらし、輝く両眼で見つめるのだ。

 

「良かった。今日も居る」

 

 視線の先、余人には見る事の出来ない床や壁の向こう側、このビルの屋上にはいつものようにレイが居る。

 エレベーターが上昇を続ける最中、繰り返し、繰り返し確認し続けて……扉が開くなり飛び出した。

 そうして屋上までの慣れた道のりを早足で進み、カバンは大切に背負い直す。

そうして扉ひとつを挟んだ向こう側にレイが居る、そんな段階でクリスタルは脚を止めた。

 そして再びサングラスをずらしてレイを見る。

 視線は金属製の扉を飛び越え、遮る物なくレイを、そのダクトテープを巻き付けた手作りスーツの更に向こう側までを見抜く。

 

「着ている物は全部男物。下着も、トランクス?お兄ちゃんが履いてるなぁ」

 

 ヒーローであるルミナスの能力は遠視、そして透視。

 ビルや金庫などの構造物を透かして見えるのなら、服も同様に透過させられる。

 

「はぁ、良くないなぁ。透視して秘密を覗き見するから〜って、昔は嫌われてたのにさぁ」

 

 そうひとりごちて、クリスタルは気まずさと覗き見した後ろめたさから扉に掛けた手を動かせずにいた。

 

「あの子は良い子……服が全部男物なのはなんで?買って貰えていないの?その力があればヒーローになれるのに、そうしないのは?」

 

 クリスタルの中に堆積する疑問は多い。

 ある日急に現れた人を助けるテレポーターの少女。

 謎が多く、ルミナスの透視でも見通せないものは多い。

 

「テレポートなんて出来るなら、物を盗むなんて簡単でしょ?なのにそれをしないなら、レイは何も貰えない。自分の服すら買えないのに、人を助けてるなんて偉過ぎるよ」

 

 高い能力を持ちながら、人を助ける為に正規の手段は取らない。

 高い能力を持ちながら、それを悪事には利用しない。

 下着含めて衣服は少し着古した男物。

 時折飛び出す発言からも、導き出される結論はひとつ。

 

「虐待、かなぁ……そんな力を持っていても、抜け出せない場所があるの?」

 

 レイモンドの傷としては間違ってはいない。

 ただ、見えているものと実態に大きなズレがあるだけ。

 レイという少女は実在せず、それに変身している少年がいる。

 その為の手段として偶然拾った違法ドラッグを使い、人助けを行なっている……そんな事になっているなど誰も予想出来ない話だ。

 

「ならウチが褒めないと。凄いって、そして力になりたいって……友達だから」

 

 クリスタルはただ目の前の友人を思いやる。

 呟いた言葉はひとりの沈黙に消え、代わりに大きなため息が空気を揺らす。

 

「はぁ……これを上手く言えたらなぁ」

 

 クリスタル自身は何も明るいだけの少女ではない。

 誰もが理想の自分を装っているように、ルミナスとは明るく振る舞うものだと、そう決めているだけの事。

 

「せめてこれは渡さないと。施しとか哀れみじゃなくて、レイを守りたいから」

 

 クリスタルは鞄を背負い直して意を決し、扉を開けて外へ踏み出す。

 眩い太陽に照らされた屋上は、今日も気持ちの良い風が吹く。

 両脚が地面を踏み締めていれば心地良いが、ビルのへりに座って脚を投げ出していれば自らの背を押す恐ろしいもの。

 だがそんな事を気にせずに、定位置にはやはりレイが居る。

 

「おはよ〜レイ〜」

「おは……えっえっ?」

「今日は私服なんだぁ〜ウチが誰か分かるかなあ?」

「ルミナスでしょ?知らない人かと思ってびっくりしたよ」

「ノンノン、スーツを着てない時はヒーロー名で呼んじゃダメだよ〜」

「えっと、クリスタル……さん」

 

 悪戯な笑みを浮かべながら、ルミナス(クリスタル)はレイが座るへりの隣へもたれかかる。

 サングラスの向こうから、レイを見上げる輝く両眼がチラリと覗く。

 

「固いなぁ……ウチらってそんなに距離あった?」

「ヒーローの人だし、良くない気がして」

「今更だなぁ。ウチらはもう友達だよ〜プレゼントを贈るくらいのねぇ」

 

 そう言ってクリスタルはその場にしゃがみ、肩に掛けていた鞄と紙袋を地面に置く。

 レイは理解が出来ずに、その様子をぼんやりと見つめていたが、クリスタルに促されて対面にしゃがみ込む。

 

「これは?」

「レイへのプレゼント」

「なんで?僕何もしてない」

「人助けいっぱいしたじゃん!レイは偉い!だからウチはその頑張りを褒めたい!さあ受け取って!」

 

 気圧されて、レイは恐る恐る紙袋を手に取り中身を見る。

 畳まれた、何かしらの布を。

 

「何これ?」

「レイってば疑問だらけだねぇ。それは下着」

「下着!?」

「こっちはスカート、パンツ……こっちはトップス類で、パーカーもあるよ!レイってパーカー好きでしょ〜?」

「へ?え?え?」

 

 紙袋を開けずとも、クリスタルは複数ある紙袋の中身を次々説明し、最後に鞄に手を当てる。

 

「これはとっておき!開けて開けて〜」

「なにが、なんだか……全然分からないんだけど」

「いいからいいから!開けてごらんなさ〜い」

 

 やはりレイは躊躇いがちに、その鞄を開いて見れば……中にはライトグレーの服。

 ただ、日常的に着るには派手な丈夫な服。

 レイにはこれが、何を目的とするものなのかすぐに理解出来た。

 

「これって……ヒーロースーツ?」

「そう!レイを守る、ブリンクの為のヒーロースーツ!」

「凄い……でも、良いの?こんな物貰えないよ」

「レイの為に、レイのサイズで作ってるんだから、もうレイの物だよ!」

「僕の、ヒーロースーツ……」

 

 スーツを手に取り、あちこち触って眺めるレイの表情は、次第に困惑を喜びが上回りはしゃぐ余裕も生まれ出す。

 

「これは身体にピッタリ密着するように絞る機能があるから、もうダクトテープを巻かなくていいんだよ〜」

「あれ結構大変だし、剥がれたら貼り直す必要あったから面倒だったんだ」

「そして……ヒーローにはマスクが必要でしょ?」

 

 そう言ってクリスタルが鞄の底から取り出したのはゴーグル。

 顔を隠すというよりも、眼球の保護を目的とした視野を広く取った透過部分の多い物。

 

「カッコいい……!」

「レイはテレポートする時、到着地点を見てから跳ぶでしょ?万が一、ゴミとか傷で眼を開けられなかったら大変だから。眼は大事にね〜?」

「分かった!これ、本当に凄いよ!」

 

 まるでクリスマスプレゼントを貰った子供のように、レイは跳ねるように喜ぶ。

 レイモンドの人生で、貰ったものといえば暴力や嘲笑が大半だ。

 それがどうだろう、レイとなれば全てが上手く回りだす。

 

「僕、もっと沢山の人を助けるヒーローになるよ……ありがとう」

 

 身の丈に合わない、過剰な英雄願望は肥大を続けて、いつか宿主を押し潰す。

 だがその時は、まだ先の事。

 




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